オタクおばさん転生する

ゆるりこ

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「あ~、お? 何ともない! 何ともないですよ! ミユキさん!」
「え? あ、塩谷くん、ついてきてくれてたんだ。ありがとうございます。あれ? そちらも?」

 何やら喜んでいる塩谷の横で呆然としている秋月に気づいたミユキは彼の顔を見上げた。

「大丈夫ですか?」
「……な、何ですか? 今のって」
「転移だよ。前のは魔力を根こそぎとられたから……大丈夫?」
「転移?」

 秋月がぐるりと周りを見回すと、自分が泊まっていた部屋によく似ている。

「ここは……?」
「あ、ここはですね、たぶん村原さんがいる部屋かと……?」

 ミユキも部屋を見回すと、落ち着いた色彩だが豪華な作りだった。泊まったことはないがドラマやら何やらで見るスイートルームっぽい感じだ。そしてひらひらしていたので思わずミユキは呟いた。

「……ベ○ばらっぽい」
「??」
「……ベ◯ばら……言われてみればそうですね。あ、祖母が好きだったので、子供の頃一緒にケーブルテレビでアニメを見てたから雰囲気は判りますよ」

 疑問符を浮かべて顔を凝視する塩谷に笑みを浮かべながら静かに答える秋月である。人間の出現にミユキは嬉しげに満面の笑みを浮かべた。

「おお、それはすばらしいですね。私も子供の頃従姉妹の家で漫画を読んでハマりましたよ。
(アニメはリアルタイムで見てたけどね! 夜の7時だったから家族の食卓で見るのは時折気まずかったわ~特に最終回近く……)」

 バラはバラは~と鼻歌を歌いながらミユキは部屋の奥のドアへと歩き出した。首を傾げながら秋月が塩谷を見ると、微妙な笑みを返してきた。

「あの、あのひとがその……みんなをハリウッドスターあんな姿に?」

 塩谷は神妙に頷いてから小声で答えた。

「そう、そうなんだよね。全員いとも簡単に変えてくれたよ。なんていうか、こっちのひともさ、最初から俺たちなんかを10人も20人も喚ぶよりミユキさんを一人喚んじゃえばよかったのにって思うよね」
「………」
「俺たちがこっちに喚ばれた原因もミユキさん一人でもう解決済みだし。だって、一昨日なんだよね? こっちにきたの」
「うん……一昨日だね」
「ミユキさんはさ、今朝からお昼までに三箇所の封印の地に行って、俺たちを助けてくれて浄化までしちゃったんだ。なんか、なんていうか、」
「よかったよね」
「え?」

 にこりと笑った秋月と目が合い、塩谷は口を噤んだ。秋月の目が、笑っていなかったからだ。

「だって無事だったし、帰れるんでしょ? あっちじゃあなたたちは、死んだんだか生きてるんだかそれすらも判らない状態だったし」
「え?」
「バスが海に転落して、何人も亡くなって、確か女性の先生もだったかな? 亡くなった人達は遺体が見つかったからね。でもキミたち十人は行方不明のままだからご家族の方達もあきらめられないだろうし。今年は亡くなった人たちの三回忌だからそれを節目にとかなんとかニュースで誰かの家族が言ってたな」
「死んだ?! 何人も?!」
「ああ。亡くなったよ。先生と運転手と生徒、合わせて8名。そして行方不明者10名」
「は……8にん…」

 塩谷は顔を青くして床に膝から崩れ落ちて手をついた。

「きみのせいじゃないけどね」

「……でも、死んでしまったんだよね?」

「──うん。ごめん、今話すことじゃなかったかも」

 ふと、気配に気づいた秋月が視線を上げると、ミユキが立っていた。その目は秋月を責めるでもなく、悲しむでもない。でも、このひとは知っていたんだなと秋月は思った。

「あのぅ、なんか向こうのドアの前に屈強な男の人が倒れてて、その向こうに村原さん?がいるようなんですが」
「屈強? あぁ、見張りの騎士さんかな。ひとりずつ付いててくれたから」

 秋月は塩谷に一度視線を落とした後、部屋の奥に向かって歩いていった。ミユキが小走りで近づいてきたが、塩谷は顔を上げることができなかった。

「──なんとか、二年前に戻れるよう頑張りますから。その時のことを、後で作戦を立てたいと思います」

「……作戦……?」

 うむ、とミユキが頷く。なんの根拠もないが、塩谷は少し心が軽くなった気がしてなんとか立ち上がった。自分の服装を見下ろして、何でこんな格好なんだろうとふと思う。やはりゲームのコスプレだ。大丈夫、俺はまだこっちに馴染んでいない。あっちに帰るんだから。

「バスが転落したのは皆さんが転移した後だというのが判ったから、対策を練りやすくなりました」

 腕を組み、うんうんと更に頷くミユキである。

「とりあえず、ここでの全員集合を遂行しましょう。 全員集まって、全員じゃないかもしれないけど帰りたい人は戻って、全員助かる。当面の目標はそんな感じでいきたいな~と思います」

「……そうですよね、ミユキさんも早く帰って旦那さんとか、会いたいですよね」

 窺うように尋ねてきた塩谷に、ミユキは口角を上げてみせた。

(どっちも死んじゃってること、説明すべきなんだろうか……。ま、いっか。通りすがりのオバさんのこととか今時の高校生にはどうでもいいことだよね~)

「そうですね~。とりあえず、帰る方向で頑張りましょう」

 へらっと笑ったミユキを秋月がじっと見ていたことに二人とも気付くことはなかった。





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