オタクおばさん転生する

ゆるりこ

文字の大きさ
79 / 91

79

しおりを挟む
「あ~、お? 何ともない! 何ともないですよ! ミユキさん!」
「え? あ、塩谷くん、ついてきてくれてたんだ。ありがとうございます。あれ? そちらも?」

 何やら喜んでいる塩谷の横で呆然としている秋月に気づいたミユキは彼の顔を見上げた。

「大丈夫ですか?」
「……な、何ですか? 今のって」
「転移だよ。前のは魔力を根こそぎとられたから……大丈夫?」
「転移?」

 秋月がぐるりと周りを見回すと、自分が泊まっていた部屋によく似ている。

「ここは……?」
「あ、ここはですね、たぶん村原さんがいる部屋かと……?」

 ミユキも部屋を見回すと、落ち着いた色彩だが豪華な作りだった。泊まったことはないがドラマやら何やらで見るスイートルームっぽい感じだ。そしてひらひらしていたので思わずミユキは呟いた。

「……ベ○ばらっぽい」
「??」
「……ベ◯ばら……言われてみればそうですね。あ、祖母が好きだったので、子供の頃一緒にケーブルテレビでアニメを見てたから雰囲気は判りますよ」

 疑問符を浮かべて顔を凝視する塩谷に笑みを浮かべながら静かに答える秋月である。人間の出現にミユキは嬉しげに満面の笑みを浮かべた。

「おお、それはすばらしいですね。私も子供の頃従姉妹の家で漫画を読んでハマりましたよ。
(アニメはリアルタイムで見てたけどね! 夜の7時だったから家族の食卓で見るのは時折気まずかったわ~特に最終回近く……)」

 バラはバラは~と鼻歌を歌いながらミユキは部屋の奥のドアへと歩き出した。首を傾げながら秋月が塩谷を見ると、微妙な笑みを返してきた。

「あの、あのひとがその……みんなをハリウッドスターあんな姿に?」

 塩谷は神妙に頷いてから小声で答えた。

「そう、そうなんだよね。全員いとも簡単に変えてくれたよ。なんていうか、こっちのひともさ、最初から俺たちなんかを10人も20人も喚ぶよりミユキさんを一人喚んじゃえばよかったのにって思うよね」
「………」
「俺たちがこっちに喚ばれた原因もミユキさん一人でもう解決済みだし。だって、一昨日なんだよね? こっちにきたの」
「うん……一昨日だね」
「ミユキさんはさ、今朝からお昼までに三箇所の封印の地に行って、俺たちを助けてくれて浄化までしちゃったんだ。なんか、なんていうか、」
「よかったよね」
「え?」

 にこりと笑った秋月と目が合い、塩谷は口を噤んだ。秋月の目が、笑っていなかったからだ。

「だって無事だったし、帰れるんでしょ? あっちじゃあなたたちは、死んだんだか生きてるんだかそれすらも判らない状態だったし」
「え?」
「バスが海に転落して、何人も亡くなって、確か女性の先生もだったかな? 亡くなった人達は遺体が見つかったからね。でもキミたち十人は行方不明のままだからご家族の方達もあきらめられないだろうし。今年は亡くなった人たちの三回忌だからそれを節目にとかなんとかニュースで誰かの家族が言ってたな」
「死んだ?! 何人も?!」
「ああ。亡くなったよ。先生と運転手と生徒、合わせて8名。そして行方不明者10名」
「は……8にん…」

 塩谷は顔を青くして床に膝から崩れ落ちて手をついた。

「きみのせいじゃないけどね」

「……でも、死んでしまったんだよね?」

「──うん。ごめん、今話すことじゃなかったかも」

 ふと、気配に気づいた秋月が視線を上げると、ミユキが立っていた。その目は秋月を責めるでもなく、悲しむでもない。でも、このひとは知っていたんだなと秋月は思った。

「あのぅ、なんか向こうのドアの前に屈強な男の人が倒れてて、その向こうに村原さん?がいるようなんですが」
「屈強? あぁ、見張りの騎士さんかな。ひとりずつ付いててくれたから」

 秋月は塩谷に一度視線を落とした後、部屋の奥に向かって歩いていった。ミユキが小走りで近づいてきたが、塩谷は顔を上げることができなかった。

「──なんとか、二年前に戻れるよう頑張りますから。その時のことを、後で作戦を立てたいと思います」

「……作戦……?」

 うむ、とミユキが頷く。なんの根拠もないが、塩谷は少し心が軽くなった気がしてなんとか立ち上がった。自分の服装を見下ろして、何でこんな格好なんだろうとふと思う。やはりゲームのコスプレだ。大丈夫、俺はまだこっちに馴染んでいない。あっちに帰るんだから。

「バスが転落したのは皆さんが転移した後だというのが判ったから、対策を練りやすくなりました」

 腕を組み、うんうんと更に頷くミユキである。

「とりあえず、ここでの全員集合を遂行しましょう。 全員集まって、全員じゃないかもしれないけど帰りたい人は戻って、全員助かる。当面の目標はそんな感じでいきたいな~と思います」

「……そうですよね、ミユキさんも早く帰って旦那さんとか、会いたいですよね」

 窺うように尋ねてきた塩谷に、ミユキは口角を上げてみせた。

(どっちも死んじゃってること、説明すべきなんだろうか……。ま、いっか。通りすがりのオバさんのこととか今時の高校生にはどうでもいいことだよね~)

「そうですね~。とりあえず、帰る方向で頑張りましょう」

 へらっと笑ったミユキを秋月がじっと見ていたことに二人とも気付くことはなかった。





しおりを挟む
感想 52

あなたにおすすめの小説

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

心が折れた日に神の声を聞く

木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。 どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。 何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。 絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。 没ネタ供養、第二弾の短編です。

私の生前がだいぶ不幸でカミサマにそれを話したら、何故かそれが役に立ったらしい

あとさん♪
ファンタジー
その瞬間を、何故かよく覚えている。 誰かに押されて、誰?と思って振り向いた。私の背を押したのはクラスメイトだった。私の背を押したままの、手を突き出した恰好で嘲笑っていた。 それが私の最後の記憶。 ※わかっている、これはご都合主義! ※設定はゆるんゆるん ※実在しない ※全五話

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

強制力がなくなった世界に残されたものは

りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った 令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達 世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか その世界を狂わせたものは

処理中です...