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もしかしてあのオバさん、めっちゃ危ないひとなんじゃないの?
転移には一応成功した。
だが、しばらくはやろうとは思えない。というか、できないだろう。怜美は宿のベッドで半身を起こし、隣のベッドで眠る夏光を確認すると、どさりと横たわった。塩谷は隣の部屋にいるようだが、まだ確かめに行く気力が湧かない。
さんはいの合図の後、空間がぐにゃりと曲がって景色が草原から建物の中に変化したと感じたが、直後に気を失ったらしい。今日で何度目だ?
原因は魔力の枯渇だ。MP不足である。
こちらに来て、大抵の魔法は使えるようになり、魔力は帝国の宮廷魔術師達すら凌ぐほどだったのに、一度の転移で根こそぎ持っていかれたように感じた。いや、おそらくだがゼロになったのではないだろうか?
そして意識が戻っても身体が動かない、話すこともできない時間が続いていた。
あのオバさんに、引っ張られた感覚がまだ残っている。引っ張ってもらえなかったら、どこに着地したのだろう? いや、そもそも、あんなにいきなりやるか? 普通。
しかし、もっと信じられないのは三人の魔力を一瞬で満タンに戻して動けない三人とここに転移し、ベッドに寝かせて更に封印の地へ向かって行ったことである。
この部屋と隣の部屋に、結界を張って。
錬金術~とか言って、る~~るるっるっる~~♫とかどこかで聞いたことがあるような、調子っ外れの鼻歌を歌いながら、隣の部屋と行き来できる扉を勝手に作って。
「おまじないですよ~~」
と、オバさんは軽く言った。
(おまじないって、何なの?)
天井を見ながら、怜美は呟いた。そして、目を閉じて思う。
(仮に帰ることができたとして……こっちで使えていた魔法とかは、どうなるのかなぁ)
***********************
「瘴気?」
酒場の奥にあるギルド長の個室で、森から戻った者の報告を受けたプルガティオの顔色が変わった。
「あぁ。だが、消えた」
「は?」
「消えたんだよ。凶暴化したオークが全滅したと思ったら、次はゴブリンの団体様の襲来で、そいつもいきなりの凶暴化だ。で、その原因が瘴気だと判って俺たちも万事休すって時に突然の全体回復がきた」
「あの緑色の?」
「……その緑色だ」
思い出したのか、ウルススは苦虫を噛み潰したような顔をしてプルガティオを見た。彼は、プルガティオよりも頭ひとつ以上身長が高く、図体も一回り以上大きい。筋肉に覆われた身体の動きは機敏で、冒険者のランクはSに近いAである。濃い茶色の髪は、昨晩会った時とはまるで違い、うねる様に伸び、艶々と輝いていた。深い緑色の瞳が長い前髪から覗いている。
(実は色男だったんだなぁ)
ギルド長は、一瞬どうでもいいことを思い浮かべ、ぶるりと頭を振った。
「で、その緑色の光が瘴気を上に押しやったかと思うと、白い光が落ちてきて、瘴気が消えた」
言葉もないプルガティオにウルススは無表情で続けた。
「で、瘴気が出てきた穴に飛び込んだ女を見たやつがいる。短い黒髪で緑の服だったらしいが」
「飛び込んだ? 瘴気の穴に? というか、そんなものに近づいて無事だったのか?」
そんなことをやりそうな、そしてできそうな人物が一人思い浮かんだ。そしてその人物は無事にきまっている気しかしない。が一応訊いてみた。
「知らねえ。確かめようがないしな。とりあえず穴はすぐに消えたってさ。それから……」
「それから?」
ウルススは一瞬の沈黙の後に言った。
「森の奥から入り口付近まで、薬草がてんこ盛りで生えていた。足の踏み場もないくらいにな。俺はそこまで詳しくないが、相当珍しいのもあったみたいで泣きながら採取してたヤツもいたくらいだからな」
「薬草だって?」
もう、あの森では薬草を見ることはできなくなっていたはずだ。
封印が弱まり魔物が凶暴化して、同時期に薬草が採れなくなってきたと言うのはあちこちで聞く話で、世界の常識となりつつあるのだ。
(あのオバ……ひとの、仕業なのか?)
顔を思い浮かべ、背筋をぞわりと冷える感覚が走ったところにノックが響いた。
「ギルド長、ミユキ様が戻られましたッ」
切羽詰まった声は副ギルド長のカメーロである。いつのまにかミユキは様付けになっていた。
「黒髪の方を四人お連れですッ! ギルド長!」
「え?」
「なに?」
プルカティオとウルススは弾かれたように立ち上がり、扉から飛び出した。
「どこに?!」
「それが……カローの精肉所に…」
「はぁ?」
「ミユキ様ってなんだ?」
三人が走って到着したとき、入り口で歓声ともため息とも取れる声が漏れてきた。
「まだあるのかよぅ」
「しばらく肉祭りだな!」
「いやぁ、お手間を取らせてしまい……申し訳ないです」
扉を開けると、オークが山積みにしてあった。そして頭をぺこぺこと下げるミユキと、その周りには黒い髪の男女四人がいる。三人は十代か? そして一人は三十代のようだ。三人の若い男女はぐったりと力なく床に座っていた。
「あの、ミユキさん……?」
恐る恐る声をかけたプルガティオにミユキが振り返った。同時に振り返った男の視線は鋭い。
「おぉ! プルガティオさん! よかった。この子達が体調を崩したようで……。お宿を2部屋お借りできないでしょうか?」
この子達、とミユキが指した三人の男女は、息をのむほどの美しさであった。
「こ、この方々は……?」
プルガティオは、声が裏返ってしまったのを咳払いでごまかしながら尋ねた。ウルススと副ギルド長も男女から目が離せないようだ。
「いやぁ、たまたま行った場所で迷子になってたので拾ってきたんですよ」
「え?」
「具合が悪そうだったので、早く寝かせてあげたいのですが」
ミユキの口が弧を描いて笑みを浮かべた。正副ギルド長はそれ以上の質問は許されないと本能で知る。
「……見事な黒髪だな」
しかし、ウルススは知らなかった。
「そしてあんたもだ。短い黒髪に、緑色の服。瘴気の穴に飛び込んだのはあんたなのか? オバさん」
世の中には決して言ってはならない言葉がある。
冒険者としてほぼ成功を収めつつあったウルススは、この日、とてもとても大事な事を学んだのだった。
転移には一応成功した。
だが、しばらくはやろうとは思えない。というか、できないだろう。怜美は宿のベッドで半身を起こし、隣のベッドで眠る夏光を確認すると、どさりと横たわった。塩谷は隣の部屋にいるようだが、まだ確かめに行く気力が湧かない。
さんはいの合図の後、空間がぐにゃりと曲がって景色が草原から建物の中に変化したと感じたが、直後に気を失ったらしい。今日で何度目だ?
原因は魔力の枯渇だ。MP不足である。
こちらに来て、大抵の魔法は使えるようになり、魔力は帝国の宮廷魔術師達すら凌ぐほどだったのに、一度の転移で根こそぎ持っていかれたように感じた。いや、おそらくだがゼロになったのではないだろうか?
そして意識が戻っても身体が動かない、話すこともできない時間が続いていた。
あのオバさんに、引っ張られた感覚がまだ残っている。引っ張ってもらえなかったら、どこに着地したのだろう? いや、そもそも、あんなにいきなりやるか? 普通。
しかし、もっと信じられないのは三人の魔力を一瞬で満タンに戻して動けない三人とここに転移し、ベッドに寝かせて更に封印の地へ向かって行ったことである。
この部屋と隣の部屋に、結界を張って。
錬金術~とか言って、る~~るるっるっる~~♫とかどこかで聞いたことがあるような、調子っ外れの鼻歌を歌いながら、隣の部屋と行き来できる扉を勝手に作って。
「おまじないですよ~~」
と、オバさんは軽く言った。
(おまじないって、何なの?)
天井を見ながら、怜美は呟いた。そして、目を閉じて思う。
(仮に帰ることができたとして……こっちで使えていた魔法とかは、どうなるのかなぁ)
***********************
「瘴気?」
酒場の奥にあるギルド長の個室で、森から戻った者の報告を受けたプルガティオの顔色が変わった。
「あぁ。だが、消えた」
「は?」
「消えたんだよ。凶暴化したオークが全滅したと思ったら、次はゴブリンの団体様の襲来で、そいつもいきなりの凶暴化だ。で、その原因が瘴気だと判って俺たちも万事休すって時に突然の全体回復がきた」
「あの緑色の?」
「……その緑色だ」
思い出したのか、ウルススは苦虫を噛み潰したような顔をしてプルガティオを見た。彼は、プルガティオよりも頭ひとつ以上身長が高く、図体も一回り以上大きい。筋肉に覆われた身体の動きは機敏で、冒険者のランクはSに近いAである。濃い茶色の髪は、昨晩会った時とはまるで違い、うねる様に伸び、艶々と輝いていた。深い緑色の瞳が長い前髪から覗いている。
(実は色男だったんだなぁ)
ギルド長は、一瞬どうでもいいことを思い浮かべ、ぶるりと頭を振った。
「で、その緑色の光が瘴気を上に押しやったかと思うと、白い光が落ちてきて、瘴気が消えた」
言葉もないプルガティオにウルススは無表情で続けた。
「で、瘴気が出てきた穴に飛び込んだ女を見たやつがいる。短い黒髪で緑の服だったらしいが」
「飛び込んだ? 瘴気の穴に? というか、そんなものに近づいて無事だったのか?」
そんなことをやりそうな、そしてできそうな人物が一人思い浮かんだ。そしてその人物は無事にきまっている気しかしない。が一応訊いてみた。
「知らねえ。確かめようがないしな。とりあえず穴はすぐに消えたってさ。それから……」
「それから?」
ウルススは一瞬の沈黙の後に言った。
「森の奥から入り口付近まで、薬草がてんこ盛りで生えていた。足の踏み場もないくらいにな。俺はそこまで詳しくないが、相当珍しいのもあったみたいで泣きながら採取してたヤツもいたくらいだからな」
「薬草だって?」
もう、あの森では薬草を見ることはできなくなっていたはずだ。
封印が弱まり魔物が凶暴化して、同時期に薬草が採れなくなってきたと言うのはあちこちで聞く話で、世界の常識となりつつあるのだ。
(あのオバ……ひとの、仕業なのか?)
顔を思い浮かべ、背筋をぞわりと冷える感覚が走ったところにノックが響いた。
「ギルド長、ミユキ様が戻られましたッ」
切羽詰まった声は副ギルド長のカメーロである。いつのまにかミユキは様付けになっていた。
「黒髪の方を四人お連れですッ! ギルド長!」
「え?」
「なに?」
プルカティオとウルススは弾かれたように立ち上がり、扉から飛び出した。
「どこに?!」
「それが……カローの精肉所に…」
「はぁ?」
「ミユキ様ってなんだ?」
三人が走って到着したとき、入り口で歓声ともため息とも取れる声が漏れてきた。
「まだあるのかよぅ」
「しばらく肉祭りだな!」
「いやぁ、お手間を取らせてしまい……申し訳ないです」
扉を開けると、オークが山積みにしてあった。そして頭をぺこぺこと下げるミユキと、その周りには黒い髪の男女四人がいる。三人は十代か? そして一人は三十代のようだ。三人の若い男女はぐったりと力なく床に座っていた。
「あの、ミユキさん……?」
恐る恐る声をかけたプルガティオにミユキが振り返った。同時に振り返った男の視線は鋭い。
「おぉ! プルガティオさん! よかった。この子達が体調を崩したようで……。お宿を2部屋お借りできないでしょうか?」
この子達、とミユキが指した三人の男女は、息をのむほどの美しさであった。
「こ、この方々は……?」
プルガティオは、声が裏返ってしまったのを咳払いでごまかしながら尋ねた。ウルススと副ギルド長も男女から目が離せないようだ。
「いやぁ、たまたま行った場所で迷子になってたので拾ってきたんですよ」
「え?」
「具合が悪そうだったので、早く寝かせてあげたいのですが」
ミユキの口が弧を描いて笑みを浮かべた。正副ギルド長はそれ以上の質問は許されないと本能で知る。
「……見事な黒髪だな」
しかし、ウルススは知らなかった。
「そしてあんたもだ。短い黒髪に、緑色の服。瘴気の穴に飛び込んだのはあんたなのか? オバさん」
世の中には決して言ってはならない言葉がある。
冒険者としてほぼ成功を収めつつあったウルススは、この日、とてもとても大事な事を学んだのだった。
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