50 / 91
50 その反対側では(前)
しおりを挟む
アルンドーは、彼が生まれてからすぐに国境は黒い瘴気に森と共に飲み込まれたと聞かされていた。
黒く濃い瘴気の森の向こうにはソール帝国があると言うが、今はそれは越えられるはずもなく、そこに行くのなら、まず海辺の町に出てから、船でかなり遠回りをして向かうしかなかった。現に今もアルンドーの国、アエス王国からも勇者様をお迎えする為にひと月も前から船団が向かっているのである。
勇者様の召喚は成功したのだろうか。
小高い丘の上の、屋根のある見張り台から黒の森を見続けるのがアルンドー達の仕事だった。
朝と昼と夕方と深夜に交代する。少し離れた所に兵舎があり、40人ほどの兵士が常駐していた。黒の森から時折魔物が出現するためだ。
もともと森にはゴブリンやオークなどがいたのだが、瘴気に飲み込まれてからは凶暴化したものが現れるようになった。凶暴化した上に頑丈でオークを一頭倒すのにどれだけの犠牲が出るかわからないくらいだ。
アルンドーが兵士になるだいぶ前に凶暴化したゴブリンの集団が現れ、ある村が蹂躙されたのをきっかけに森の見張りを兼ねて兵士が常駐されるようになった。
この一年、魔物出現の頻度が増え、凶暴さも増してきて、近いうちに兵士がまた追加されるという通達が来た昨日、凶暴化したオークがニ頭現れた。ほぼ全員で戦ったにも関わらず、犠牲者こそ出なかったものの、半数近くが大きな傷を負ったのである。そして、それでもオークを倒すことは出来ずに森に帰してしまったのだ。
アルンドーは怪我を負わなかったので、昨夜から交代することなく、見張り台に立っていた。
あの黒い森──と言っても木々があるわけではないだろうが……。近寄ることは禁じられているので森の中がどうなっているのかは誰も知ることはないが、あの森の周りは草木は枯れ、地面は灰色になっている。きっと森の中も同じように枯れ果てた岩の大地が広がっているのだろう。
瘴気はじわじわと、舐めるように草原を侵食していた。最初にここに来たときよりも、灰色の岩肌部分が広がってきているようだった。
「アルンドー! 大丈夫か?」
下からパストゥスの声がした。アルンドーの先輩である。昨日のオークの襲撃で利き腕を負傷し、三角巾で固定していた。
「大丈夫です。 パストゥス先輩こそ、安静にしておかないと……」
ダメじゃないすか、といい終わる前にパストゥスが梯子を上ってきた。横に立ち、黒の森を眺める。
「あんまり、気にすんなよ?って言っても気にするよなぁ」
アルンドーは力なく、首を振った。
あの襲撃で、アルンドーが無事だったのは熟練の兵士が庇ってくれたからだった。圧倒的な力に立ち竦んでしまったアルンドーの代わりにオークの一撃を受けたのだ。
もう、立つこともできないかもしれないが、その前に意識もまだ、戻っていない。
「……昔は一頭倒すのに三人いれば楽勝だったのになぁ」
パストゥスの横顔が悔しげだったので、アルンドーも黒の森に視線を移した。
「あいつらには魔法だって、ちゃんと効いてたんだぜ? ……あっ!」
「え? ……ッ!」
黒の森の方から、オークが数頭、こちらに向かって突進してきている。距離はかなりあるが、あの速さならここまで来るのにさして時間はかからないだろう。
昨日の二頭相手で、半数がほぼ戦えない。体力も魔力も回復していない。
そして五頭に増えている。
愕然と立ちすくむアルンドーに、パストゥスが叫んだ。
「鳴らせ! 早く!」
頭上の半鐘を、鳴らすしかなかった。足止めをするか、逃げるか、隠れるか。
おそらく全員戦うことを選ぶのだろう。この先には、村がある。その前に、動けない兵士達も宿舎にいるのだ。
半鐘の音が響く。
パストゥスが片手ながらも素早く梯子を降りていった。
「せ……先輩、逃げてください」
アルンドーの絞り出すような声に、パストゥスが唇を歪ませた。
「なに、言ってんだ?」
「だって、先輩、こないだ赤ちゃん生まれたばっかで、今回の任務が終わったら、奥さんの実家の店を継ぐって、俺に美人の奥さん見せてやるって……」
なにげに、いろんなフラグをたてまくっていたパストゥスであった。
「馬鹿。 逃げるたって……おまえ、どこに逃げるんだよ」
パストゥスはにやりと笑い、どこぞ軍参謀が言いそうな台詞を吐いた。
宿舎からばらばらと軽傷だった兵士達が飛び出してきた。ここからでも、突進してくるオークが確認できる。皆、息を呑み、立ち尽くした。
「くそったれ」
誰かが呟いた。もう、勇者召喚は終わっているはずだ。成功していれば、近いうちに勇者がこの地にやってきてくれて、瘴気は封印してもらい、やたら凶暴化した魔物も一緒に倒してくれるに違いなかった。忌々しい瘴気が消えてしまえば……。
唇を噛み、包帯を巻いた手で剣を握る。
肩の痛みを隠し、槍を掴みオークを見据える。
杖を掲げて、呪文を唱え始める。
アルンドーも剣を握り、先陣を切ろうと駆け出した。後ろから誰かが叫んでいる。パストゥスだ。
「くそったれめ」
何もできなかった自分を守ってくれた人たちのために。
ここで少しでも足止めできますように。
***********************
皆さまのご想像通りになると思いますが、つづきます
黒く濃い瘴気の森の向こうにはソール帝国があると言うが、今はそれは越えられるはずもなく、そこに行くのなら、まず海辺の町に出てから、船でかなり遠回りをして向かうしかなかった。現に今もアルンドーの国、アエス王国からも勇者様をお迎えする為にひと月も前から船団が向かっているのである。
勇者様の召喚は成功したのだろうか。
小高い丘の上の、屋根のある見張り台から黒の森を見続けるのがアルンドー達の仕事だった。
朝と昼と夕方と深夜に交代する。少し離れた所に兵舎があり、40人ほどの兵士が常駐していた。黒の森から時折魔物が出現するためだ。
もともと森にはゴブリンやオークなどがいたのだが、瘴気に飲み込まれてからは凶暴化したものが現れるようになった。凶暴化した上に頑丈でオークを一頭倒すのにどれだけの犠牲が出るかわからないくらいだ。
アルンドーが兵士になるだいぶ前に凶暴化したゴブリンの集団が現れ、ある村が蹂躙されたのをきっかけに森の見張りを兼ねて兵士が常駐されるようになった。
この一年、魔物出現の頻度が増え、凶暴さも増してきて、近いうちに兵士がまた追加されるという通達が来た昨日、凶暴化したオークがニ頭現れた。ほぼ全員で戦ったにも関わらず、犠牲者こそ出なかったものの、半数近くが大きな傷を負ったのである。そして、それでもオークを倒すことは出来ずに森に帰してしまったのだ。
アルンドーは怪我を負わなかったので、昨夜から交代することなく、見張り台に立っていた。
あの黒い森──と言っても木々があるわけではないだろうが……。近寄ることは禁じられているので森の中がどうなっているのかは誰も知ることはないが、あの森の周りは草木は枯れ、地面は灰色になっている。きっと森の中も同じように枯れ果てた岩の大地が広がっているのだろう。
瘴気はじわじわと、舐めるように草原を侵食していた。最初にここに来たときよりも、灰色の岩肌部分が広がってきているようだった。
「アルンドー! 大丈夫か?」
下からパストゥスの声がした。アルンドーの先輩である。昨日のオークの襲撃で利き腕を負傷し、三角巾で固定していた。
「大丈夫です。 パストゥス先輩こそ、安静にしておかないと……」
ダメじゃないすか、といい終わる前にパストゥスが梯子を上ってきた。横に立ち、黒の森を眺める。
「あんまり、気にすんなよ?って言っても気にするよなぁ」
アルンドーは力なく、首を振った。
あの襲撃で、アルンドーが無事だったのは熟練の兵士が庇ってくれたからだった。圧倒的な力に立ち竦んでしまったアルンドーの代わりにオークの一撃を受けたのだ。
もう、立つこともできないかもしれないが、その前に意識もまだ、戻っていない。
「……昔は一頭倒すのに三人いれば楽勝だったのになぁ」
パストゥスの横顔が悔しげだったので、アルンドーも黒の森に視線を移した。
「あいつらには魔法だって、ちゃんと効いてたんだぜ? ……あっ!」
「え? ……ッ!」
黒の森の方から、オークが数頭、こちらに向かって突進してきている。距離はかなりあるが、あの速さならここまで来るのにさして時間はかからないだろう。
昨日の二頭相手で、半数がほぼ戦えない。体力も魔力も回復していない。
そして五頭に増えている。
愕然と立ちすくむアルンドーに、パストゥスが叫んだ。
「鳴らせ! 早く!」
頭上の半鐘を、鳴らすしかなかった。足止めをするか、逃げるか、隠れるか。
おそらく全員戦うことを選ぶのだろう。この先には、村がある。その前に、動けない兵士達も宿舎にいるのだ。
半鐘の音が響く。
パストゥスが片手ながらも素早く梯子を降りていった。
「せ……先輩、逃げてください」
アルンドーの絞り出すような声に、パストゥスが唇を歪ませた。
「なに、言ってんだ?」
「だって、先輩、こないだ赤ちゃん生まれたばっかで、今回の任務が終わったら、奥さんの実家の店を継ぐって、俺に美人の奥さん見せてやるって……」
なにげに、いろんなフラグをたてまくっていたパストゥスであった。
「馬鹿。 逃げるたって……おまえ、どこに逃げるんだよ」
パストゥスはにやりと笑い、どこぞ軍参謀が言いそうな台詞を吐いた。
宿舎からばらばらと軽傷だった兵士達が飛び出してきた。ここからでも、突進してくるオークが確認できる。皆、息を呑み、立ち尽くした。
「くそったれ」
誰かが呟いた。もう、勇者召喚は終わっているはずだ。成功していれば、近いうちに勇者がこの地にやってきてくれて、瘴気は封印してもらい、やたら凶暴化した魔物も一緒に倒してくれるに違いなかった。忌々しい瘴気が消えてしまえば……。
唇を噛み、包帯を巻いた手で剣を握る。
肩の痛みを隠し、槍を掴みオークを見据える。
杖を掲げて、呪文を唱え始める。
アルンドーも剣を握り、先陣を切ろうと駆け出した。後ろから誰かが叫んでいる。パストゥスだ。
「くそったれめ」
何もできなかった自分を守ってくれた人たちのために。
ここで少しでも足止めできますように。
***********************
皆さまのご想像通りになると思いますが、つづきます
221
あなたにおすすめの小説
心が折れた日に神の声を聞く
木嶋うめ香
ファンタジー
ある日目を覚ましたアンカーは、自分が何度も何度も自分に生まれ変わり、父と義母と義妹に虐げられ冤罪で処刑された人生を送っていたと気が付く。
どうして何度も生まれ変わっているの、もう繰り返したくない、生まれ変わりたくなんてない。
何度生まれ変わりを繰り返しても、苦しい人生を送った末に処刑される。
絶望のあまり、アンカーは自ら命を断とうとした瞬間、神の声を聞く。
没ネタ供養、第二弾の短編です。
転生ヒロインは不倫が嫌いなので地道な道を選らぶ
karon
ファンタジー
デビュタントドレスを見た瞬間アメリアはかつて好きだった乙女ゲーム「薔薇の言の葉」の世界に転生したことを悟った。
しかし、攻略対象に張り付いた自分より身分の高い悪役令嬢と戦う危険性を考え、攻略対象完全無視でモブとくっつくことを決心、しかし、アメリアの思惑は思わぬ方向に横滑りし。
異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!
明衣令央
ファンタジー
糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。
一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。
だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。
そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。
この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。
2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
幼女と執事が異世界で
天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。
当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった!
謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!?
おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。
オレの人生はまだ始まったばかりだ!
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる