剣豪、未だ至らぬ

萎びた家猫

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迂闊な獲物

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剣聖イナバ•コハクとの決闘からしばらく経ちウィルの生活に変化が生じ始めた。

 主な変化はウィルを倒し名を挙げようとする者たちが現れ、決闘を申し込まれることが多くなったこと。

 だがそのどれもが取るに足らない凡夫ばかり。剣聖イナバ•コハクとの激闘を制したウィルの心を動かす存在は未だ現れず。

 そしてとある街道を歩いている時に剣を携えた武人に決闘を申し込まれる。

「あんたがあの剣聖に勝った剣鬼だな? あんたに決闘を申し込む!! 」

「…受けよう」

 武人の申し出を承諾し剣を構えると、それに呼応するように相手も剣を構える。

「…いざ!! 」

 相手が剣を振り上げながらこちらに近づく、そして間合いに入った瞬間に剣が振り下ろされる。

「遅い」

 しかしその剣が完全に振り下ろされるよりも疾くウィルの剣が相手の身体を両断する。

「グッ...!?」

 相手は一瞬訪れた激痛に苦悶の表情を浮かべながら地に倒れ伏した。

「…どうした、これで終いか?」

 ウィルは少しの間倒れ伏す相手の前で待つが、一切の動きが無いことを確認すると、一度溜息を漏らした後にその場を去った。





 ウィルの姿が視界から完全に消え、誰もいないことを確認すると木陰に隠れていた存在が姿を表す。

「いやぁ…あれはちょっと規格外だぞ。体捌きや技のキレ、そして何よりも…」

「…目が良すぎる」

「ああそうだな。俺だけならともかく隠密スキル持ちのリュークすら気取るのは明らかに異常だ。決着がついた後も俺等が襲撃してくるか警戒してたし、もしあの時俺等が動いていたら殺されてたろうなぁ…」

 そんな話を聞きつつ、リュークと呼ばれた男はたった今ウィルに敗れた男の死体に近づいて調べ始める。

「この男はどうやらギルドマンのようだな」

 男の死体が身につけていたネームタグを確認すると、この男が王国内に存在する冒険者ギルド所属の者だと判明する。

「おおよそ【剣鬼】に恨みを持つ貴族か武人が仲介屋を通して、クランに所属していないフリーのギルドマンへ殺害の依頼を出していたんだろう」

 リュークは死体のネームタグだけ回収するとウィルが去った方とは別の方角へと歩み始め、もうひとりの男も急ぎ足でついていく。

「にしても自分で手を汚さず他人に殺させるとは、卑怯というかなんというか…」

「今の決闘を見た後だとその気持ちも分かる。しかし俺達には彼奴を捕まえる義務がある。王国の平和を脅かす存在は放ってはおけないからな、グレッグもそこんとこは忘れるなよ?」

 グレッグと呼ばれた男は少し戯けたように反応を返す。

「もちろんさ!! 我ら王国騎士団の名の下に悪は絶対排除して見せる!!」

「アホ…あくまで捕縛が優先で最終手段が排除だ。それに今は騎士団の身分は隠してるんだあまり大声で叫ぶな」

「 はははっ!! すまんすまん、まあでもどうせ俺等が戦うわけじゃないんだ気楽に行こうぜ!! いつもの様に騎士団長様がどうにかしてくれるだろうしさ!! 」

 注意を全く気にもとめず大声で笑うグレッグに、リュークはため息を吐きながら自らの拠点へと戻っていった。

二人は知らない。

鬼は自らを完璧に闇へ紛れ込ませる術を持っていることを…

だから二人は気づけない。

鬼が闇の中で彼らを見定めていることに…

鬼は決して獲物を逃さない。
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