【完結】呼ばれたその名を 忘るるなかれ

ミスミ シン

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第一章

最強の姫君

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 翌日、四ノ宮はタイゴクと遙を連れて一条の家へと向かっていた。
 四ノ宮はいつものカマーベスト姿だが、スーツも手袋もいつもより上等なものだし、遙はぴっちりと折り目なく学校の制服をまとっている。
 タイゴクには契約をしてすぐに仕立てた上質な和装一式を持ってきて、いつものTシャツでは駄目だとそれを着せ付けてきた。
 お陰様で腹と肩が苦しくてたまらなくて、四ノ宮は渋い顔をして「帰ったら新しく仕立てよう」なんて言う。
 贅沢な金の使い方だが、使うべき所に使っている、という所だろうか。
 
 そうしてきっちり正装をした上で呼んだ車は、遠くの任務地に行く際に運転手を務める四ノ宮の車ではない。
 おそらくは、今日のために用意された一条の家の者だろう。
 だが、一条の家、と言っても本家屋敷のある場所へ行くわけではないと、四ノ宮は言う。
 一条家の屋敷は、もうすでに戦火で焼かれて消失してしまって、一条家の当主は「上」に隠されているのだ、と。
 一条家はかつて存在していた五家の一であるだけあって、特殊な術を保持する家だ。
 今でこそ最強を冠するのは四ノ宮家当主である司だが、かつてはその術でもって五家を統率していたのだと、四ノ宮は語る。
 はて、そんな特殊な術を人間が持っていただろうか。
 タイゴクは四ノ宮の左に座る遙を見て、しかし遙はタイゴクを見返しながら首を傾げる。

「まー知らないだろうね。祓人の中の特別な秘匿事項だから」
「その術って、俺は聞いてもいいんですか」
「そりゃね。これからその一条の当主を護るんだから、必要でしょ」
「特別な術など、オレも見たことはないが?」
「タイゴクからしたら地味だろうねぇ」

 あのねぇ、一条の術は治癒の術だよ。
 両脇に座る二人にだけ聞こえるように、四ノ宮は声を潜めた。
 運転手にも聞こえないように声を潜めた上で沈黙の術を漂わせるのは、徹底している。それだけ重要事項ということか、と、タイゴクは顎を撫でた。
 治癒の術は、確かに珍しい。
 何しろ治癒者の源力でもって他者の身体を癒やすのだから、存在が知れれば大事になるだろう。
 病気を治癒出来るとなれば、それこそ神だ仏だと祓人も一般人も関係なく群れてくるのは間違いない。
 だからこその「深窓の姫君」か、と、タイゴクはようやっと納得して頷いた。
 なんとなく、一条家の本家屋敷が戦争で消失した理由というのも、治癒の術を使うと聞けば理解出来てしまう。
 一条の力を手に入れることこそが戦争の火種になってもおかしくない、ということだ。

「情報統制は余程のものなのだろうな?」
「そのはずだけどね。でも、完璧じゃない。完璧だったら【壁】なんか要らないからね」
「それは……そうですね」
「だぁいじょうぶ。章親あきちかは悪いヤツじゃないよ。最初はちょっと大変かもだけど」
 
 一条家には、今は当主が一人と、側仕えの縁者が数人居るのみだ。
 四ノ宮が言うには一条の当主──一条章親いちじょう あきちかは幼馴染みであり、当主仲間でもあるらしい。
 やはり血統主義である部分が強いからか、この2つの家の当主は近しく育てられるのだろう。
 最初はちょっと大変、という四ノ宮の言葉に口角をヒクつかせる遙は、果たしてうまくやれるのか。
 タイゴクから見る遙はまだまだ子供で、幼い頃に親の愛を失ったからか臆病な所もある。
 四ノ宮という男は、ある意味では名家の当主としては規格外の性格をしているので、真の意味での「名家の当主」とソリが合わなそうにも思えた。

 だが、それはそれで面白い。
 タイゴクは思わずニヤリとしながら、遙を見てやった。
 遙には、この半年間散々夜を邪魔されてきたのだ。ここらで大人の苦労を知っても悪くはあるまい。
 ニヤニヤとしているタイゴクに気付いた遙の眼光たるや毛を逆立てる子猫のようだが、この任務の最中にどれだけ成長することだろうか。
 人間同士の関係性だとかギスギスなんかは一切どうでもいいタイゴクにしてみれば、これは娯楽だ。
 何かあれば報告が来るだろう四ノ宮の近くで、遙の奮闘を楽しませてもらおう。
 タイゴクは、四ノ宮が間に居るせいで睨むことしか出来ない遙に、それはもう嫌味な笑顔を向けてやった。


「そんな子供に【壁】が務まるのかい?」


 だが正直、五霊殿ごりょうでんに到着して向けられた第一声がこれとは、流石に想像もしていなかった。

 ──五霊殿。祓人たちの本拠地であり、四ノ宮の言う「上」が議場を作る日本の中枢だ。
 五霊殿の柱の一本一本に様々な術が封じられていて、中に入るにも外に出るにも結界が発動し、中から外の風景を見ることも出来ないらしい。
 タイゴクの封じられていた社も地下深くではあったが、こちらは外に面しているのに外が見られない封状にあるということだ。
 四ノ宮が言うには、国会議事堂の「裏側」に存在しているとのことだが、タイゴクにとってはそんなことはどうでもいい。
 ただ、この巨大な屋敷を構築する術式の一つ一つが不快で、まるで常にどこからか監視されているようだった。

 そんな場所に顔パスで入れたのは、四ノ宮が居たからだ。
 車でぐるぐると変な通路を回ったかと思ったら突如として広がった空間に驚いている間に、身体が結界をすり抜けた感覚だけがあった。
 まるで石鹸水の泡に指を入れた時のような、表面だけに触れたような不快感。
 門前にも、その奥にも門番なのだろう祓人が控えているのも、タイゴクにとっては居心地の悪いどころではない。

「子供って言うけどね、もう17だよ。日本の法律ではあと1年で大人っ」
「法律とかそういう話じゃないだろう、司」
「僕が10年育てたって言っても不安?」
「源力の高さは疑ってないよ。でも、17でここに来るのは早計過ぎたんじゃないかい?」

 だがおそらく、ここの門番どもはそう位の高い祓人ではない。
 何しろ、四ノ宮が入ってきたと気付いたのも門を通った後なら、出迎えたのもこの「姫君」が先だった。
 普通は門番や護衛が先に気付くモンなんじゃないのか?
 呆れながら、タイゴクはワイワイとやっている四ノ宮と姫君のやりとりを眺める。

 一条の姫君──一条章親いちじょう あきちかは、確かにまぁ美人と言えば美人の部類だろう。
 四ノ宮とは系統の違う顔過ぎて一瞬判断に困ったが、双方種類の違う美しさなのは否定出来ない。
 しかし、なんというか……一条が着ているのがタイゴクの方が見慣れているとも思える狩衣なせいで、世界観があまりにもチグハグに見えた。
 片やスーツに日本刀を持った美青年。
 片や狩衣姿で長い黒髪の美青年……

「……五家ってのは、顔が審査対象か?」
「ん、っふ」

 思わず隣に立っている遙にボソッと呟けば、バッグを抱えたまま遙が吹き出す。
 別に笑わそうと思ったわけではないのだが、遙の妙なツボに入ったらしく思い切り下駄の足を踏みつけられた。
 まぁそのようなことをされても、タイゴクにとっては痛くも痒くもないのだが。

「それにしても、まさか本当に鬼を連れているとはね……祓人の矜持ってものを捨てたのか」
「プライドで生きていけるのなら持っとくけどねぇ~。それだけじゃ報酬は上がんないんだよね」
「……まさかまだ安い金で使われているのかい? だから、私が話をつけると何度も」
「要らないって! お金はね、使い切れないほど持ってんの。僕が死んで全部遙に遺しても使い切れないくらいにはあるんだから」
「はぁ? 要りませんよアンタの遺産なんてっ」

 一条の姫君は流石にタイゴクの正体を看破していたようだが、やはり周囲の護衛どもの質は良くなさそうだ。
 四ノ宮が鬼を連れている、と言われてザワつき、遙なのかタイゴクなのか、正体を探ろうと視線をウロウロさせている。
 結局は遙が思わず声をあげたことで、「あのデカイ方が鬼か」という視線がタイゴクに集まった。
 それにしたって、遅すぎる。
 一番護られるべき姫君が看破しているというのに、護衛が鬼の源力を感じ取れないとはどういうことだ?
 いくら祓人の質が落ちていると聞いていたとははいえ、まさかここまでとは思っていなかった。

 タイゴクは腕を組んだまま深くため息を吐き、四ノ宮のすぐ背後に並ぶ。
 不思議そうにタイゴクを見上げた四ノ宮はその真意にまったく気付いていないようだが、姫君は何かを察したのか不快そうな表情で細目をさらに細くして一歩を退いた。
 姫君だとか呼ばれているわりに、この男はきちんと己と相手の力量差を推し量れる程度には、技量のある祓人だ。
 つまり「壁」は本当の意味で「壁」でしかないのだろうなと、タイゴクはほんの少しだけ遙のこれからの任務に思いを馳せた。
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