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第三章
②
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いけない。
これはいけないのだと、何かが訴えかけるようなそれに、わたしは状況も忘れて叫びそうになりました。
同時に動いたのは、わたしの勇者でした。
背にしていたわたしをかなぐり捨てて、ほんの少しだけ離れている勇大に手を伸ばし、抱き寄せて、
それから、血が、しぶきました。
『まったく愚かよ。何度経験しても、学習をしない』
地面を叩く血にか、それとも脳に直接叩きつけられるその声にか、わたしは呆然と地面に転がっておりました。
黒と金の毛の猫は、ゆらゆらと尻尾を振りながらこちらを見下ろしています。
それは、まるで、かつてと逆の、ようで。
かつて? とは?
いつのことなのでしょう?
そうは思うのですけれど、思考はまるで動いてはくれませんでした。
地面に伏す、身体があります。
幼子を胸に抱くようにして蹲るその姿に、血の帯の中に居る勇者の姿に、エードラムが悲鳴のような、怒号のような声をあげて駆け寄りました。
その声が猫に対する威嚇であったのか否かは、わたしには、判断が出来ません。
が、猫は、スカーと呼ばれるのだろうその存在は、ひらりと彼等から離れ距離をとりました。
「おい! おいしっかりしろ!!」
駆け寄り抱き起こした勇者は、目を見開いて震えながら幼子を抱き締めておりました。
その手には深い深い傷が穿たれ、一見すれば穴でも開いているかのように見えるそれは勇者の腕を貫通して勇大の小さな体に突き刺さって、いました。
その身を抱き締める勇者の腕から放たれている光は、治癒の光。
血を吐きながら胸を喘がせる少年の身体を包み込むそれを必死に放ち続ける腕は血を噴出し続けていて、わたしは滑稽なくらいに動揺をしておりました。
咄嗟に、柊とガーラハドへの緊急回線を開きます。
まさか、まさかスカーへの対策を話し合っていたほんの翌日に、こんなことになる、なんて、
わたしは
わたしは……
「テメェがスカーか……っ!」
『はじめまして、ではないのだがね』
「知るか!何度会ったかなんてどうでもいいんだクソ野郎が!」
勇者と勇大をかばうように立ったエードラムは地面に転がっているわたしの入った袋のベルトを器用に足で手繰ると中からわたしを引き出して抜き放ちました。
こんな往来で戦えば周囲に影響が及ぶこと必至ですが、一方的に攻撃を仕掛けてきた相手を前にして丸腰ではいられません。
わたしも、動揺している感情を必死にセーブして対魔物用の機能を解放しました。
対魔物用のこの機能を解放すればわたしは太古の魔術を身に帯び、魔物の存在そのものを消滅させる力を持つ一撃必殺の武器となります。
その機能が今のエードラムにどう影響するのかは流石に確認をしてはおりませんが、勇大を抱えているわたしの勇者が動けない以上はエードラムがわたしを持つしか、ないのです。
勇者は目を見開き真っ青な顔をしたまま、動きません。
治癒魔術は魔術の中でも相当に高位に属するものであり、強い集中を必要とします。
しかしそれ以上に、わたしの勇者の心の中にとてつもないショックが渦巻いていることは明白でした。
ここで勇大を失ったら、二人が生きていたとしても勇者の心にはとてもとても大きな傷が残ったままになるでしょう。
そうでなくても、こんな小さな命を目の前で失うなど、耐えられるものではありません。
あぁ何故、もっと早くに行動を起こしておかなかったのか……悔いばかりが重なって積み重なって澱のように沈殿していくようです。
その中にあって、エードラムはスカーを睨みつけながら戦う体勢をとっておりました。
周囲に視線を走らせ誰も通らないのを確認しながら、勇大を抱えている勇者をまた抱えるようにして立たせると徐々にスカーから距離をとります。
攻撃をするには近付いているしかない。
けれど、今の状態の勇者をスカーに近づけているのが得策であるとは、思えませんでした。
『まったく、魔王たる者が人間を庇うなどとは情け無い』
「るっせぇ。関係ねぇだろうがっ」
『その者が、お前を手中にするためにお前の魔力の源を手折ったのだとしても、か?』
「あぁ?」
スカーの言葉に、エードラムの眉間の皺が深くなり、勇者の肩がびくりと揺れました。
馬鹿を言うな、と言いかけて、わたしは何も言えずに無言を貫きました。
確かに、勇者のしようとしていた事を考えるとスカーの言うことは事実と相違ないのでしょう。
彼はエードラムを生かすために、エードラムと共に生きるために、その魔力の源を奪い取ったのです。その段階で、エードラムが魔王として生きるという選択肢を奪ったのだと言われればその通りでしょう。
最初は故意ではなかったのかもしれませんが、それは事実ですから、言い訳は出来ません。
しかし、
「だから?」
案の定、エードラムはそれがどうしたと言いたげな表情でスカーを見詰めました。
スカーはほんの少しだけ眉間をピクリと動かしましたが、凡そ猫らしくない表情で彼を見ると高らかに笑い、
『なるほど、懐柔済みであったのか』
「懐柔じゃねぇ」
『まったく、弱々しいことよな。魔王よっ!』
言葉と共に、スカーの背後に真っ黒な魔力が渦巻きまるで波打つようにゆらゆらと揺れ始めました。
あまりに巨大すぎる魔力の奔流に、咄嗟にエードラムが勇者と勇大を抱え込んでわたしを前にかざしました。
直後に襲い来る、衝撃。
「ぐっ!」
『これはっ……』
わたしは対魔物用に開発された兵器であり、闇の魔術に特段の耐性を持っている存在です。
闇の魔術を切り裂くなどお手の物。闇の魔力に反応して防護壁を張るのもお手の物、だったはず、なのに……
『重すぎるっ……!』
スカーの魔力は、圧倒的過ぎました。
わたしの防護壁にヒビを入れ押し戻し、まるで濁流の中に小石を投げ込んでいるかのように些細な抵抗であるように翻弄し始めました。
どうにも出来ない。
これは、こんな強大な魔力を、わたしは、
わたしはっ……
「頭を下げろ!!」
困惑しただただ闇の魔力の奔流を見詰めているだけだったわたしは、轟々という音の合間に声が聞こえてきたと思った瞬間に地面に叩き落されておりました。
何事か、と考えている猶予もありません。
ただ、エードラムに思い切り地面に投げ捨てられたという事だけは、はっきりと分かりました。
「やれやれまったく、こんな往来でおっぱじめているとはなぁ」
苦笑交じりの声が一体誰のものであるのかは、考えるよりも先に分かりました。
センサーを上方に上げれば、我々の目の前に存在している輝く大きな盾。
これが我々を囲う結界の一部であるのは、疑いようがありませんでした。
『貴様等は……』
「はっはっは、援軍の登場だ。はじめまして!」
「お待たせしました……大丈夫ですか」
ガーラハドと、柊。
我々を助け起こしてくる腕の主を確認して、わたしはがっくりと身体から力が抜けたような錯覚を覚えました。
来てくれた、間に合ってくれた。
安堵であるのか喜びであるのか分からない疲労に、エードラムもまた溜息を吐きつつ立ち上がっておりました。
しかし勇者だけは、じっと勇大を抱き締めたまま動きません。
柊はわたしの勇者の腕の中の少年と勇者の発している治癒魔術に気付いたのか、わたしの勇者の肩をそっと抱いて少しずつ後方へと退避してくれました。
ありがたい。
今の勇者では、恐らくは戦力にはなれないでしょうから。
『まったく、忌々しい勇者どもめ……』
「褒め言葉として受け取っておこうか」
地面に立てていた身を覆うほどの盾を再び手に取り、ガーラハドはエードラムと共に柊たちを庇うように立ちました。
スカーは実に忌々しげに唸ると、ほんの少しだけ前身を倒して警戒するようなポーズをとります。
見れば、スカーの口からはボタボタと黒い血が流れ出しておりました。
巨大な魔力の影響であるのか、それともそれをガーラハドと柊に弾き返された余波であるのか。
その血の色は、まるで闇を吐き出しているかのように真っ黒で、やけに気味が悪く見えました。
「スカー、テメェはなんなんだ。何でオレを狙う?」
これはいけないのだと、何かが訴えかけるようなそれに、わたしは状況も忘れて叫びそうになりました。
同時に動いたのは、わたしの勇者でした。
背にしていたわたしをかなぐり捨てて、ほんの少しだけ離れている勇大に手を伸ばし、抱き寄せて、
それから、血が、しぶきました。
『まったく愚かよ。何度経験しても、学習をしない』
地面を叩く血にか、それとも脳に直接叩きつけられるその声にか、わたしは呆然と地面に転がっておりました。
黒と金の毛の猫は、ゆらゆらと尻尾を振りながらこちらを見下ろしています。
それは、まるで、かつてと逆の、ようで。
かつて? とは?
いつのことなのでしょう?
そうは思うのですけれど、思考はまるで動いてはくれませんでした。
地面に伏す、身体があります。
幼子を胸に抱くようにして蹲るその姿に、血の帯の中に居る勇者の姿に、エードラムが悲鳴のような、怒号のような声をあげて駆け寄りました。
その声が猫に対する威嚇であったのか否かは、わたしには、判断が出来ません。
が、猫は、スカーと呼ばれるのだろうその存在は、ひらりと彼等から離れ距離をとりました。
「おい! おいしっかりしろ!!」
駆け寄り抱き起こした勇者は、目を見開いて震えながら幼子を抱き締めておりました。
その手には深い深い傷が穿たれ、一見すれば穴でも開いているかのように見えるそれは勇者の腕を貫通して勇大の小さな体に突き刺さって、いました。
その身を抱き締める勇者の腕から放たれている光は、治癒の光。
血を吐きながら胸を喘がせる少年の身体を包み込むそれを必死に放ち続ける腕は血を噴出し続けていて、わたしは滑稽なくらいに動揺をしておりました。
咄嗟に、柊とガーラハドへの緊急回線を開きます。
まさか、まさかスカーへの対策を話し合っていたほんの翌日に、こんなことになる、なんて、
わたしは
わたしは……
「テメェがスカーか……っ!」
『はじめまして、ではないのだがね』
「知るか!何度会ったかなんてどうでもいいんだクソ野郎が!」
勇者と勇大をかばうように立ったエードラムは地面に転がっているわたしの入った袋のベルトを器用に足で手繰ると中からわたしを引き出して抜き放ちました。
こんな往来で戦えば周囲に影響が及ぶこと必至ですが、一方的に攻撃を仕掛けてきた相手を前にして丸腰ではいられません。
わたしも、動揺している感情を必死にセーブして対魔物用の機能を解放しました。
対魔物用のこの機能を解放すればわたしは太古の魔術を身に帯び、魔物の存在そのものを消滅させる力を持つ一撃必殺の武器となります。
その機能が今のエードラムにどう影響するのかは流石に確認をしてはおりませんが、勇大を抱えているわたしの勇者が動けない以上はエードラムがわたしを持つしか、ないのです。
勇者は目を見開き真っ青な顔をしたまま、動きません。
治癒魔術は魔術の中でも相当に高位に属するものであり、強い集中を必要とします。
しかしそれ以上に、わたしの勇者の心の中にとてつもないショックが渦巻いていることは明白でした。
ここで勇大を失ったら、二人が生きていたとしても勇者の心にはとてもとても大きな傷が残ったままになるでしょう。
そうでなくても、こんな小さな命を目の前で失うなど、耐えられるものではありません。
あぁ何故、もっと早くに行動を起こしておかなかったのか……悔いばかりが重なって積み重なって澱のように沈殿していくようです。
その中にあって、エードラムはスカーを睨みつけながら戦う体勢をとっておりました。
周囲に視線を走らせ誰も通らないのを確認しながら、勇大を抱えている勇者をまた抱えるようにして立たせると徐々にスカーから距離をとります。
攻撃をするには近付いているしかない。
けれど、今の状態の勇者をスカーに近づけているのが得策であるとは、思えませんでした。
『まったく、魔王たる者が人間を庇うなどとは情け無い』
「るっせぇ。関係ねぇだろうがっ」
『その者が、お前を手中にするためにお前の魔力の源を手折ったのだとしても、か?』
「あぁ?」
スカーの言葉に、エードラムの眉間の皺が深くなり、勇者の肩がびくりと揺れました。
馬鹿を言うな、と言いかけて、わたしは何も言えずに無言を貫きました。
確かに、勇者のしようとしていた事を考えるとスカーの言うことは事実と相違ないのでしょう。
彼はエードラムを生かすために、エードラムと共に生きるために、その魔力の源を奪い取ったのです。その段階で、エードラムが魔王として生きるという選択肢を奪ったのだと言われればその通りでしょう。
最初は故意ではなかったのかもしれませんが、それは事実ですから、言い訳は出来ません。
しかし、
「だから?」
案の定、エードラムはそれがどうしたと言いたげな表情でスカーを見詰めました。
スカーはほんの少しだけ眉間をピクリと動かしましたが、凡そ猫らしくない表情で彼を見ると高らかに笑い、
『なるほど、懐柔済みであったのか』
「懐柔じゃねぇ」
『まったく、弱々しいことよな。魔王よっ!』
言葉と共に、スカーの背後に真っ黒な魔力が渦巻きまるで波打つようにゆらゆらと揺れ始めました。
あまりに巨大すぎる魔力の奔流に、咄嗟にエードラムが勇者と勇大を抱え込んでわたしを前にかざしました。
直後に襲い来る、衝撃。
「ぐっ!」
『これはっ……』
わたしは対魔物用に開発された兵器であり、闇の魔術に特段の耐性を持っている存在です。
闇の魔術を切り裂くなどお手の物。闇の魔力に反応して防護壁を張るのもお手の物、だったはず、なのに……
『重すぎるっ……!』
スカーの魔力は、圧倒的過ぎました。
わたしの防護壁にヒビを入れ押し戻し、まるで濁流の中に小石を投げ込んでいるかのように些細な抵抗であるように翻弄し始めました。
どうにも出来ない。
これは、こんな強大な魔力を、わたしは、
わたしはっ……
「頭を下げろ!!」
困惑しただただ闇の魔力の奔流を見詰めているだけだったわたしは、轟々という音の合間に声が聞こえてきたと思った瞬間に地面に叩き落されておりました。
何事か、と考えている猶予もありません。
ただ、エードラムに思い切り地面に投げ捨てられたという事だけは、はっきりと分かりました。
「やれやれまったく、こんな往来でおっぱじめているとはなぁ」
苦笑交じりの声が一体誰のものであるのかは、考えるよりも先に分かりました。
センサーを上方に上げれば、我々の目の前に存在している輝く大きな盾。
これが我々を囲う結界の一部であるのは、疑いようがありませんでした。
『貴様等は……』
「はっはっは、援軍の登場だ。はじめまして!」
「お待たせしました……大丈夫ですか」
ガーラハドと、柊。
我々を助け起こしてくる腕の主を確認して、わたしはがっくりと身体から力が抜けたような錯覚を覚えました。
来てくれた、間に合ってくれた。
安堵であるのか喜びであるのか分からない疲労に、エードラムもまた溜息を吐きつつ立ち上がっておりました。
しかし勇者だけは、じっと勇大を抱き締めたまま動きません。
柊はわたしの勇者の腕の中の少年と勇者の発している治癒魔術に気付いたのか、わたしの勇者の肩をそっと抱いて少しずつ後方へと退避してくれました。
ありがたい。
今の勇者では、恐らくは戦力にはなれないでしょうから。
『まったく、忌々しい勇者どもめ……』
「褒め言葉として受け取っておこうか」
地面に立てていた身を覆うほどの盾を再び手に取り、ガーラハドはエードラムと共に柊たちを庇うように立ちました。
スカーは実に忌々しげに唸ると、ほんの少しだけ前身を倒して警戒するようなポーズをとります。
見れば、スカーの口からはボタボタと黒い血が流れ出しておりました。
巨大な魔力の影響であるのか、それともそれをガーラハドと柊に弾き返された余波であるのか。
その血の色は、まるで闇を吐き出しているかのように真っ黒で、やけに気味が悪く見えました。
「スカー、テメェはなんなんだ。何でオレを狙う?」
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