30 / 31
第三章
ほんとうのおわり
しおりを挟む
『愚かななまくらが! 我を殺せると思うておるのか!』
『愚かはお前です。我が勇者はお前になど負けはしないっ』
『言わせておけばっ!』
膨れ上がる闇の魔力に、反射的にエードラムが柊の傍に退避をしました。
彼が間に割って入って魔術が放たれる勢いを削いでも、普通の人間にとってはスカーの魔力は一撃必殺のもの。
一人で防げるものではないのです。
しかしこれはわたしにとっては僥倖でした。
『エードラム。その本を拾いなさい』
「あぁ? これか」
『そしてそれをわたしと重ねて、胸に抱いたままで居てくださいっ』
わたしの声はエードラムに聞こえたのでしょうか。
襲い来る闇の魔力の激突に膝をついたエードラムは、本を抱え込むのに精一杯といった表情でした。
最早柊も立っていることが出来ず、ガーラハドと共に勇大を抱え込むようにして守るのが精々で。
それでも、わたしは最奥から引きずり出してきた過去の知識を全身に行き渡らせながら、闇の魔力の向こうで戦うあの人に視線を向けておりました。
我が勇者。
今尚心折れず、わたしを信じて刃を振るう勇気ある者。
わたしはあなたのためならば何でもしてあげたかったけれど、身体を持たぬ存在では何も出来なくて幾度臍を噛んだことか。
だから、せめて、出来る事があるのならば存在をかけてでも達成をしなければならないのです。
ひとつでも、あなたのために出来ることがあるのならば、何だって。
「くっそ……!」
血反吐を吐きながら、エードラムが本ごとわたしを自分の胸に抱きました。
そうすると、本を挟んでいるというのにエードラムの心臓の音が確かにわたしに流れ込んで来るような錯覚に囚われます。
それにしても、あぁ、太古の本の魔力の何とあたたかな事か。
知らぬというのにまるで母の腕に抱かれているようなそのあたたかさに、わたしは存在しない腕を、本に向けて伸ばしているような感覚に陥りました。
太古の人々は、人間の救いになるようにとわたしをお創りになられました。それを考えると、わたしにとってはこの本は母なる御手の一部であるのかも、しれません。
また放たれようとしたスカーの魔術を、わたしの勇者が懐に飛び込んで相殺しているのが視界の端で見て取れました。
しかしその勇者の身体は血で塗れ、最初に穿たれた腕は最早だらんと下がり勇者の動きと共に情けなくぶらぶらと動くばかり。
見ていられなかったのか、エードラムがわたしの柄をとって駆け寄ろうとしました。けれどその足は踏み出される事はなく、闇の重圧に負けてガクリと膝を折るだけで終わりました。
闇の魔術はエードラムの魔力管を通ってスカーによって放たれているために、その負荷はエードラムただ一人に掛かっているのでしょう。
魔力管と魔力の源を切り離す事で自分に負担を及ぼす事もなく強力な魔術を連発するだなんて、人間では考えられないことです。
しかし、魔力の源が別にあり、それが命の根幹であるというのなら……
『エードラム、本を離さないで下さいね』
「何を……する気だ」
『さぁ、なんでしょうね』
それはただの賭け、でした。
存在自体が魔力の塊である魔王は、魔力の源を失えば消滅する。
けれど今のエードラムは魔王でありながら人間として生きると決断した者でもあり、柊の渡した魔力回復薬のお陰で角という魔力の源以外でも自らの肉体を構成させる事が出来ている。
しかしそれでも、魔力の源が存在している以上は、魔力の源が消失すれば、彼は道連れにされて死ぬ……
ならばスカーが完全に消滅し、エードラムが完全に人間となるまでの間命を繋いでやれる、別の魔力の源を用意してやればよい。
わたしは、太古の人々に刻まれた記憶の中から魔術文字に命を吹き込む魔術を、引っ張り出しました。
「!!」
驚愕に、エードラムが身体を震わせます。
元々わたしは対魔物用兵器であり、持ち手の魔力に反応して自らの刀身に対魔物用の魔力を帯びさせる能力しか有していない存在です。
しかし、持ち手の魔力に反応する事が出来る機能のお陰で出来ることが、あるのです。
「バルィ!」
私の勇者の声が、聞こえてきました。
あぁ我が勇者よ、貴方がこんなにも声を荒げるところを、わたしは一度も見たことがありません。
そう、一度もです。
貴方は今まで幾度戦いを経験しても、悲しみの慟哭すらも上げませんでした。
それでも、我が身を案じ声を上げてくださいますのか。
――何と、嬉しいことなのでしょうか。
エードラムの闇の魔力と、太古の人々の光の魔力。
相反するふたつの魔力に反応を返せば、恐らくわたしは無事ではいられぬ事でしょう。
わたしを掴んでいるエードラムの闇の魔力を吸い出して、わたしに触れている太古の本の魔力と同質のものへと変換をさせる。
それが、わたしがこれから行おうとしている賭けで御座いました。
わたしの中に記録されている様々な魔力への対応手段。
その中のひとつに、闇の魔力に汚染された大地を浄化していくためのプロセスが残っていることを、思い出したのです。
それは単純に泥水の中に真水を延々流し込んで徐々に透明度を上げていくような、気の長くなるような手段です。
しかしエードラムの魔力と太古の本とを共鳴させる事が出来たなら、太古の本が彼の魔力の源の代わりとなってエードラムが生き延びられるかもしれません。
出来ないかも、しれません。
けれど、出来ない可能性に怯えている場合ではないのです。
我が勇者がずっと、ほんの小さな可能性に賭けて戦い続けていたように、わたしだってこの身を投げ打ってでも先へ進まなければならないのです。
ビキリと、硬い物にヒビの入る音が聞こえた気がしました。
それが身の内から発せられているのか、それとも違う所からなのか、それはわかりません。
我が視界に入るのは最早太古の本から発せられる白い輝きと、エードラムの逞しい腕のみでしたので。
あぁ我が勇者よ、誇らしく御座いました。
貴方と戦ってきた日々は、貴方の腕にあった日々は、わたしにとっては何よりも誇らしい日々でありました。
貴方がわたしを信じて戦ってくれたことは、何よりも喜ばしい事実でありました。
ただ、惜しみます。
今一度貴方の笑顔を見たかった。
今一度、貴方の名を呼びたかった、のですけれど
『愚かはお前です。我が勇者はお前になど負けはしないっ』
『言わせておけばっ!』
膨れ上がる闇の魔力に、反射的にエードラムが柊の傍に退避をしました。
彼が間に割って入って魔術が放たれる勢いを削いでも、普通の人間にとってはスカーの魔力は一撃必殺のもの。
一人で防げるものではないのです。
しかしこれはわたしにとっては僥倖でした。
『エードラム。その本を拾いなさい』
「あぁ? これか」
『そしてそれをわたしと重ねて、胸に抱いたままで居てくださいっ』
わたしの声はエードラムに聞こえたのでしょうか。
襲い来る闇の魔力の激突に膝をついたエードラムは、本を抱え込むのに精一杯といった表情でした。
最早柊も立っていることが出来ず、ガーラハドと共に勇大を抱え込むようにして守るのが精々で。
それでも、わたしは最奥から引きずり出してきた過去の知識を全身に行き渡らせながら、闇の魔力の向こうで戦うあの人に視線を向けておりました。
我が勇者。
今尚心折れず、わたしを信じて刃を振るう勇気ある者。
わたしはあなたのためならば何でもしてあげたかったけれど、身体を持たぬ存在では何も出来なくて幾度臍を噛んだことか。
だから、せめて、出来る事があるのならば存在をかけてでも達成をしなければならないのです。
ひとつでも、あなたのために出来ることがあるのならば、何だって。
「くっそ……!」
血反吐を吐きながら、エードラムが本ごとわたしを自分の胸に抱きました。
そうすると、本を挟んでいるというのにエードラムの心臓の音が確かにわたしに流れ込んで来るような錯覚に囚われます。
それにしても、あぁ、太古の本の魔力の何とあたたかな事か。
知らぬというのにまるで母の腕に抱かれているようなそのあたたかさに、わたしは存在しない腕を、本に向けて伸ばしているような感覚に陥りました。
太古の人々は、人間の救いになるようにとわたしをお創りになられました。それを考えると、わたしにとってはこの本は母なる御手の一部であるのかも、しれません。
また放たれようとしたスカーの魔術を、わたしの勇者が懐に飛び込んで相殺しているのが視界の端で見て取れました。
しかしその勇者の身体は血で塗れ、最初に穿たれた腕は最早だらんと下がり勇者の動きと共に情けなくぶらぶらと動くばかり。
見ていられなかったのか、エードラムがわたしの柄をとって駆け寄ろうとしました。けれどその足は踏み出される事はなく、闇の重圧に負けてガクリと膝を折るだけで終わりました。
闇の魔術はエードラムの魔力管を通ってスカーによって放たれているために、その負荷はエードラムただ一人に掛かっているのでしょう。
魔力管と魔力の源を切り離す事で自分に負担を及ぼす事もなく強力な魔術を連発するだなんて、人間では考えられないことです。
しかし、魔力の源が別にあり、それが命の根幹であるというのなら……
『エードラム、本を離さないで下さいね』
「何を……する気だ」
『さぁ、なんでしょうね』
それはただの賭け、でした。
存在自体が魔力の塊である魔王は、魔力の源を失えば消滅する。
けれど今のエードラムは魔王でありながら人間として生きると決断した者でもあり、柊の渡した魔力回復薬のお陰で角という魔力の源以外でも自らの肉体を構成させる事が出来ている。
しかしそれでも、魔力の源が存在している以上は、魔力の源が消失すれば、彼は道連れにされて死ぬ……
ならばスカーが完全に消滅し、エードラムが完全に人間となるまでの間命を繋いでやれる、別の魔力の源を用意してやればよい。
わたしは、太古の人々に刻まれた記憶の中から魔術文字に命を吹き込む魔術を、引っ張り出しました。
「!!」
驚愕に、エードラムが身体を震わせます。
元々わたしは対魔物用兵器であり、持ち手の魔力に反応して自らの刀身に対魔物用の魔力を帯びさせる能力しか有していない存在です。
しかし、持ち手の魔力に反応する事が出来る機能のお陰で出来ることが、あるのです。
「バルィ!」
私の勇者の声が、聞こえてきました。
あぁ我が勇者よ、貴方がこんなにも声を荒げるところを、わたしは一度も見たことがありません。
そう、一度もです。
貴方は今まで幾度戦いを経験しても、悲しみの慟哭すらも上げませんでした。
それでも、我が身を案じ声を上げてくださいますのか。
――何と、嬉しいことなのでしょうか。
エードラムの闇の魔力と、太古の人々の光の魔力。
相反するふたつの魔力に反応を返せば、恐らくわたしは無事ではいられぬ事でしょう。
わたしを掴んでいるエードラムの闇の魔力を吸い出して、わたしに触れている太古の本の魔力と同質のものへと変換をさせる。
それが、わたしがこれから行おうとしている賭けで御座いました。
わたしの中に記録されている様々な魔力への対応手段。
その中のひとつに、闇の魔力に汚染された大地を浄化していくためのプロセスが残っていることを、思い出したのです。
それは単純に泥水の中に真水を延々流し込んで徐々に透明度を上げていくような、気の長くなるような手段です。
しかしエードラムの魔力と太古の本とを共鳴させる事が出来たなら、太古の本が彼の魔力の源の代わりとなってエードラムが生き延びられるかもしれません。
出来ないかも、しれません。
けれど、出来ない可能性に怯えている場合ではないのです。
我が勇者がずっと、ほんの小さな可能性に賭けて戦い続けていたように、わたしだってこの身を投げ打ってでも先へ進まなければならないのです。
ビキリと、硬い物にヒビの入る音が聞こえた気がしました。
それが身の内から発せられているのか、それとも違う所からなのか、それはわかりません。
我が視界に入るのは最早太古の本から発せられる白い輝きと、エードラムの逞しい腕のみでしたので。
あぁ我が勇者よ、誇らしく御座いました。
貴方と戦ってきた日々は、貴方の腕にあった日々は、わたしにとっては何よりも誇らしい日々でありました。
貴方がわたしを信じて戦ってくれたことは、何よりも喜ばしい事実でありました。
ただ、惜しみます。
今一度貴方の笑顔を見たかった。
今一度、貴方の名を呼びたかった、のですけれど
20
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
その首輪は、弟の牙でしか外せない。
ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。
第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。
初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。
「今すぐ部屋から出ろ!」
独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。
翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。
「俺以外に触らせるな」
そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。
弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。
本当にこのままでもいいのか。
ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。
その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。
どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。
リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24)
※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。
三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。
大事な呼び名
夕月ねむ
BL
異世界に転移したらしいのだが俺には記憶がない。おまけに外見が変わった可能性があるという。身元は分からないし身内はいないし、本名すら判明していない状態。それでも俺はどうにか生活できていた。国の支援で学校に入学できたし、親切なクラスメイトもいる。ちょっと、強引なやつだけどな。
※FANBOXからの転載です
※他サイトにも投稿しています
恋愛速度【あっというまに始まった、おれと遊び人の先輩の恋の行方……】
毬村 緋紗子
BL
高校生になったばかりの千波矢は、2コ上の先輩、高城 慶と知り合う。
女の子にモテる慶は、これまでかなり派手に遊んできたらしい。
そんな慶から告白されて付き合いはじめた千波矢だったけれど、すぐに身体を求められて、戸惑い、思い悩んでしまう。
先輩は、本当におれのことが好きなのかな
おれは、先輩に遊ばれてるだけなのかな──。
〈登場人物〉
瀧川 千波矢 タキガワ チハヤ 高1
高城 慶 タカシロ ケイ 高3
表紙イラストは、生成AIによる自作です。
エールをありがとうございます!(ω〃)
泣き虫だったはずの幼なじみが再会したら僕を守るために完璧超人になっていた話。
ネギマ
BL
気弱で泣き虫な高校生、日比野千明は、昔からいじめられっ子体質だった。
高校生になればマシになるかと期待したが状況は変わらず、クラスメイトから雑用を押し付けられる毎日を送っていた。
そんなある日、いつものように雑用を押し付けられそうになっている千明を助けたのは、学校中が恐れる“完璧超人”の男子生徒、山吹史郎だった。
文武両道、眉目秀麗、近寄りがたい雰囲気を纏う一匹狼の生徒だったが、実は二人は、幼い頃に離れ離れになった幼なじみだった――。
勇者様への片思いを拗らせていた僕は勇者様から溺愛される
八朔バニラ
BL
蓮とリアムは共に孤児院育ちの幼馴染。
蓮とリアムは切磋琢磨しながら成長し、リアムは村の勇者として祭り上げられた。
リアムは勇者として村に入ってくる魔物退治をしていたが、だんだんと疲れが見えてきた。
ある日、蓮は何者かに誘拐されてしまい……
スパダリ勇者×ツンデレ陰陽師(忘却の術熟練者)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる