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第三章
④
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「お前の、じゃねぇだろ。あの家に住むのを決めたのはオレだっつーの」
「…………」
「冗談じゃねぇ。オレはお前等と暮らすって決めたんだ。人間になるって決断をするにも時間が掛かったつーのに、また戻って来いとかふざけんなっつんだ」
来週は悠輝の保育園のお遊戯会があるだろうが、みんなでちゃんと見に行くって約束した。
お遊戯会で勇大は王子様の役を射止めたんだ。まぁ、男子はみんな王子様役なんだけどな。
作り置きの飯をとっとと食わないとテーブルの上に置きっ放しだからダメになっちまう。
この間貰った取って置きの菓子をまだ少しも食ってねぇんだから戻らないわけにはいかない。
まるで再確認をするように、エードラムの言葉は未来についてを話しながら止まりませんでした。
そのひとつひとつはとても小さくて、とても素朴なものでしかありません。
しかしそのどれもが希望に満ち、やりたいという願いで覆われておりました。
「知ってるか、おい。勇大のやつお絵かきの時間にお前とオレを描いたんだってよ。お遊戯会のときに保護者にお披露目で、その後持って帰っていいんだってな」
「ははは、そりゃあ是非とも見ないと勿体無い」
「羨ましいですね。我々も描いて欲しいくらいです」
壊れた篭手も捨てて槍を持ち直しながら、ガーラハドが笑いました。
わたしの勇者の肩を支え杖を握りなおしながら、柊も笑いました。
忌々しげに鼻の頭に皺を刻むスカーの喉からおぞましい声が上がり、しかし誰もがそれに少しも怯みませんでした。
希望を持てるのは人間の特権。
未来を夢見るのもまた、人間の特権。
それを知った以上、エードラムを引き戻すものも、我々を止めるものも、最早ありませんでした。
『下らぬ人間風情が! よかろう、また絶望だけの過去へ引き戻してやるっ!』
「猫の姿で言われてもなぁ? 可愛いだけだぜ、ネコちゃん?」
『消えよ!!』
再び、スカーの背におびただしい量の魔力が渦巻きました。
それを見詰めながら、わたしはひたすらに己の中に存在する太古からの記憶を検索し続けておりました。
エードラムが死ななくていいように、わたしの勇者が消えなくていいように、スカーを倒せるように。
そんな都合のいい呪文も武器も存在はしているはずがないのですけれど、それでも、神とも呼ばれた方々に縋りたくてたまらなかったのです。
彼等は絶望しか抱けなかった人間に希望を与えました。
勇気を奮い立たせた者たちに武器を与えました。
今また、この世界の端っこで絶望に包まれているわたしの勇者を守る希望を下さいと、そればかりを願っていました。
三度目の、魔力の本流。
闇に抗うわたしの輝きと柊の結界を重ねても肉を裂き心を萎えさせるそれに、エードラムの肩が深く傷を受けました。
最早我々の中で無傷の者は居らず、結界を張るだけで魔力が失われていきます。
何とかしなければ、全員死ぬ。
わたしは、身にヒビが入る音を聞いたような、気がしました。
「あっ!」
わたしとエードラムの背後で、柊の悲鳴が聞こえました。
一体何だとセンサーをそちらに向けようとしたとき、視界の端を赤い影が走り抜けたことに気付きました。
その影は闇の魔力の中に突っ込んで、驚くべき速度とパワーで魔力の渦を引き裂き突破しました。
わたしの、勇者。
止める間もなく、わたしの勇者の硬く握られた拳が最早猫とも言えぬ形状になっている魔の者の身に埋め込まれ、その衝撃にか魔力にかスカーの立っていた壁がハンマーでも食らったかのように粉砕されました。
「死なっ、ない!」
死なせないっ
そう叫びながら、再び振るわれた魔力を帯びた拳がスカーの頭部のほんの数ミリ隣を粉砕しました。
恐らくコンマ数秒、スカーの回避が遅ければその頭部は勇者の大きいとは言えない拳に叩き潰されていたでしょう。
それをダメージも感じさせぬ身のこなしで回避したスカーは、闇の魔力を槍のように細く長く収束させると連続でわたしの勇者に打ち出しました。
しかし勇者はやはり素手でそれを叩き落し回避すると、腕から流れる血はそのままに再びスカーに肉迫しました。
その速度は最早、わたしのセンサーでも追うのがギリギリなほどで。
『す、凄い……』
「さ、流石は太古の勇者」
「馬鹿野郎!」
押し付けられた勇大を抱えなおしながら呆然と呟くガーラハドに同調すると、それを叱咤したのはエードラムでした。
「あんな戦い方してたら潰れるに決まってんだろうが! あの馬鹿、全身から魔力噴き出してやがる!」
「あれでは、魔力管がズタズタになってしまいますっ」
戦闘に加わろうと反射的に駆け出したエードラムは、しかし襲い来る闇の魔力と光の魔力の混ざり合った衝撃に押し流されてたたらを踏むしか出来ませんでした。
危く弾かれそうになったわたしも、ただ見つめるしか出来ません。
柊が言うようにあれではいずれ失血と魔力管の使用過多で身体か精神がダメになってしまうかもしれません。
けれど、でも、ではどうやって止めればいいのか。
止めたところで、何が出来るというのか……
悩むわたしがそれに気付いたのは、再び突入をしようと自分の身の回りに結界を張ろうとしたエードラムがわたしを脇に抱えなおした時でした。
視界の端でうっすらと光を放っていたそれは、わたしの勇者が持っていた太古の本、でした。
まるで勇者の魔力に反応するように明滅を繰り返す太古の本は風でページをパラパラと自動で泳がせていて、そのどのページにも魔力が宿っているのが目に見えたのです。
太古の本。
太古の方々が魔力を持つ字で直接記した、それ自体が莫大な魔力を秘める伝説の書物。
それを見た瞬間、わたしはひとつのひらめきを得ました。
『我が勇者よ!! スカーを倒してください!』
「!」
「おいっ!」
『大丈夫です! そのまま、殺してしまってください!』
「バルッ!?」
エードラムが、ガーラハドが、柊が、驚愕しわたしを咎めるように視線を向けます。
スカーを殺せと言うという事は、エードラムにも死ねと言っているのと同じ意味を持っているというのは流石のわたしにも分かっています。
けれどそれだけではない。それだけでは、ないのです。
魔力を放ちながら一度後退した勇者の視線が、わたしに向けられました。
表情はなく、血塗れの顔にあるのは困惑と、ある種の決意。
『大丈夫です、わたしを信じてください』
その目に向けるように、今度は静かに、わたしは言いました。
途端に視線を外されたのは、それ自体が返答だったのでしょうか。
勇者は着ていたジャケットの裏に隠し持っていた銀の短剣を抜き放つと、再びスカーに相対しました。
「…………」
「冗談じゃねぇ。オレはお前等と暮らすって決めたんだ。人間になるって決断をするにも時間が掛かったつーのに、また戻って来いとかふざけんなっつんだ」
来週は悠輝の保育園のお遊戯会があるだろうが、みんなでちゃんと見に行くって約束した。
お遊戯会で勇大は王子様の役を射止めたんだ。まぁ、男子はみんな王子様役なんだけどな。
作り置きの飯をとっとと食わないとテーブルの上に置きっ放しだからダメになっちまう。
この間貰った取って置きの菓子をまだ少しも食ってねぇんだから戻らないわけにはいかない。
まるで再確認をするように、エードラムの言葉は未来についてを話しながら止まりませんでした。
そのひとつひとつはとても小さくて、とても素朴なものでしかありません。
しかしそのどれもが希望に満ち、やりたいという願いで覆われておりました。
「知ってるか、おい。勇大のやつお絵かきの時間にお前とオレを描いたんだってよ。お遊戯会のときに保護者にお披露目で、その後持って帰っていいんだってな」
「ははは、そりゃあ是非とも見ないと勿体無い」
「羨ましいですね。我々も描いて欲しいくらいです」
壊れた篭手も捨てて槍を持ち直しながら、ガーラハドが笑いました。
わたしの勇者の肩を支え杖を握りなおしながら、柊も笑いました。
忌々しげに鼻の頭に皺を刻むスカーの喉からおぞましい声が上がり、しかし誰もがそれに少しも怯みませんでした。
希望を持てるのは人間の特権。
未来を夢見るのもまた、人間の特権。
それを知った以上、エードラムを引き戻すものも、我々を止めるものも、最早ありませんでした。
『下らぬ人間風情が! よかろう、また絶望だけの過去へ引き戻してやるっ!』
「猫の姿で言われてもなぁ? 可愛いだけだぜ、ネコちゃん?」
『消えよ!!』
再び、スカーの背におびただしい量の魔力が渦巻きました。
それを見詰めながら、わたしはひたすらに己の中に存在する太古からの記憶を検索し続けておりました。
エードラムが死ななくていいように、わたしの勇者が消えなくていいように、スカーを倒せるように。
そんな都合のいい呪文も武器も存在はしているはずがないのですけれど、それでも、神とも呼ばれた方々に縋りたくてたまらなかったのです。
彼等は絶望しか抱けなかった人間に希望を与えました。
勇気を奮い立たせた者たちに武器を与えました。
今また、この世界の端っこで絶望に包まれているわたしの勇者を守る希望を下さいと、そればかりを願っていました。
三度目の、魔力の本流。
闇に抗うわたしの輝きと柊の結界を重ねても肉を裂き心を萎えさせるそれに、エードラムの肩が深く傷を受けました。
最早我々の中で無傷の者は居らず、結界を張るだけで魔力が失われていきます。
何とかしなければ、全員死ぬ。
わたしは、身にヒビが入る音を聞いたような、気がしました。
「あっ!」
わたしとエードラムの背後で、柊の悲鳴が聞こえました。
一体何だとセンサーをそちらに向けようとしたとき、視界の端を赤い影が走り抜けたことに気付きました。
その影は闇の魔力の中に突っ込んで、驚くべき速度とパワーで魔力の渦を引き裂き突破しました。
わたしの、勇者。
止める間もなく、わたしの勇者の硬く握られた拳が最早猫とも言えぬ形状になっている魔の者の身に埋め込まれ、その衝撃にか魔力にかスカーの立っていた壁がハンマーでも食らったかのように粉砕されました。
「死なっ、ない!」
死なせないっ
そう叫びながら、再び振るわれた魔力を帯びた拳がスカーの頭部のほんの数ミリ隣を粉砕しました。
恐らくコンマ数秒、スカーの回避が遅ければその頭部は勇者の大きいとは言えない拳に叩き潰されていたでしょう。
それをダメージも感じさせぬ身のこなしで回避したスカーは、闇の魔力を槍のように細く長く収束させると連続でわたしの勇者に打ち出しました。
しかし勇者はやはり素手でそれを叩き落し回避すると、腕から流れる血はそのままに再びスカーに肉迫しました。
その速度は最早、わたしのセンサーでも追うのがギリギリなほどで。
『す、凄い……』
「さ、流石は太古の勇者」
「馬鹿野郎!」
押し付けられた勇大を抱えなおしながら呆然と呟くガーラハドに同調すると、それを叱咤したのはエードラムでした。
「あんな戦い方してたら潰れるに決まってんだろうが! あの馬鹿、全身から魔力噴き出してやがる!」
「あれでは、魔力管がズタズタになってしまいますっ」
戦闘に加わろうと反射的に駆け出したエードラムは、しかし襲い来る闇の魔力と光の魔力の混ざり合った衝撃に押し流されてたたらを踏むしか出来ませんでした。
危く弾かれそうになったわたしも、ただ見つめるしか出来ません。
柊が言うようにあれではいずれ失血と魔力管の使用過多で身体か精神がダメになってしまうかもしれません。
けれど、でも、ではどうやって止めればいいのか。
止めたところで、何が出来るというのか……
悩むわたしがそれに気付いたのは、再び突入をしようと自分の身の回りに結界を張ろうとしたエードラムがわたしを脇に抱えなおした時でした。
視界の端でうっすらと光を放っていたそれは、わたしの勇者が持っていた太古の本、でした。
まるで勇者の魔力に反応するように明滅を繰り返す太古の本は風でページをパラパラと自動で泳がせていて、そのどのページにも魔力が宿っているのが目に見えたのです。
太古の本。
太古の方々が魔力を持つ字で直接記した、それ自体が莫大な魔力を秘める伝説の書物。
それを見た瞬間、わたしはひとつのひらめきを得ました。
『我が勇者よ!! スカーを倒してください!』
「!」
「おいっ!」
『大丈夫です! そのまま、殺してしまってください!』
「バルッ!?」
エードラムが、ガーラハドが、柊が、驚愕しわたしを咎めるように視線を向けます。
スカーを殺せと言うという事は、エードラムにも死ねと言っているのと同じ意味を持っているというのは流石のわたしにも分かっています。
けれどそれだけではない。それだけでは、ないのです。
魔力を放ちながら一度後退した勇者の視線が、わたしに向けられました。
表情はなく、血塗れの顔にあるのは困惑と、ある種の決意。
『大丈夫です、わたしを信じてください』
その目に向けるように、今度は静かに、わたしは言いました。
途端に視線を外されたのは、それ自体が返答だったのでしょうか。
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