編み物好き地味令嬢はお荷物として幼女化されましたが、えっ?これ魔法陣なんですか?

灯息めてら

文字の大きさ
6 / 22

第5話 世界一の編み棒を君に

しおりを挟む
三日後の朝。

「ニニィアネ、こちらへ」

アス様に呼ばれて工房へ向かった。お屋敷に併設されている魔道具を作る場所だと聞いている。普段はあまり立ち寄るところではない。

「あの、アス様? ここで何を……」
「これを見てほしい」

差し出されたものを見て、息を呑んだ。

「編み棒……!」

それは、確かに母の編み棒だった。でも、以前とは少しだけ違う。全体に細かな銀の装飾が施され、ところどころに小さな宝石が鏤められている。折れていた部分は、魔法銀で丁寧に繋ぎ合わされていた。元の形状を大事に大事に残し、そして、新しい命を吹き込んでくれたような、そんな作り。

「直して……くれたの?」
「ただ直しただけではない」

アス様が優しく説明してくれた。

「魔法金属で補強し、永続の術式を刻んだ。もう二度と壊れることはない。それに——」

編み棒を手渡される。持った瞬間、温かい感触が手に伝わった。

「これは……」
「温もりの魔法だ。君の母上の思い出と、私の君への想いを込めた」
「……っ!」

涙が、溢れてきた。

「うわああああん!」

子供の体だからかな。感情が抑えられない。アス様の胸に飛び込んで、声を上げて泣いた。

「あ、ありがとうございます……! ありがとうございます……!」
「泣くな、ニニィアネ。いや、泣いてもいい。私がいるから」

大きな手が、背中をぽんぽんと優しく叩いてくれる。

「アス様、大好き……」
「あぁ。私も君を、世界で一番愛している」

アス様の声が、いつもより低く、甘い響きを帯びていた。顔を上げると、赤い瞳がじっと私を見つめている。

「ニニィアネ、君は本当に綺麗で……いや、私は待つと決めた。今言うことではないな」
「?」

よく分からないけど、アス様の頬がほんのり赤い。

しばらく泣いた後、落ち着いてから改めて編み棒を見た。
装飾は美しいけれど、編み物の邪魔にならないよう考えられている。重さも、以前とほぼ同じ。

「すごい……前より使いやすくなっているかも……」
「そうだろう? 私も頑張ったのだ」
「アス様が、自分で?」
「当然だ。君の大切なものなら、私が直々に手をかける」

なんてことだろう。また涙が出そうになった。

「あ、あの! お礼に、何か編ませてください!」
「お礼など必要ない」
「でも、作りたいの! アス様のために!」

真剣にそう伝えると、アス様は優しく微笑んでくれた。

「では、好きなものを編んでくれ。君の作るものなら、何でも宝物だ」
「はい!」

よーし! とびきり可愛いものを作ろう!
心を込めて、愛情を込めて、最高の作品を!

書庫に戻って、さっそく編み始めた。編み棒は、よくなじみ、本当に使いやすい。まるで手の一部みたい。

「何を作ろうかな……?」

アス様は強くて優しくて、いつも私を守ってくれる。だから、今度は私がアス様を守る何かを作りたい。

「守護のお守り……いや、でも指輪とかたくさんあるし……あ!」

閃いた!
小さな騎士の編みぐるみはどうだろう? アス様を守る、小さな守護者。

「うん! これだ!」

灰色の毛糸で鎧を、茶色で小さな体を編んでいく。
顔は……ネズミさんにしよう。可愛いから。小さな剣と盾も編んで、立派な騎士の完成!

「できた~!」

手のひらサイズの、ネズミの騎士。つぶらな瞳が可愛い。

「アス様を守ってね」

ぎゅっと抱きしめて、心を込める。願いと祈りをしっかりと織り込んで。

その瞬間だった。

ピカッ!

編みぐるみが、光った。

「え?」

そして——

「はっ!」

ネズミの騎士が、動いた!?

「ええええええ!?」

手のひらの上で、小さな騎士がきょろきょろと辺りを見回している。そして、私と目が合った。

「我が主よ!」

喋ったああああああ!?

「この騎士チューベエ、主にお仕えいたします!」
「ちゅ、チューベエ?」
「はっ! 我が名前でございます!」

覗き込むと、小さな騎士——チューベエは、ぴしっと敬礼した。

「主よ、ご命令を! 誰を斬ればよろしいですか!」
「き、斬らなくていいです!」
「敵はいずこ! いざゆかん!」
「え、えーと……?」

混乱していると、扉が開いた。

「ニニィアネ、新しい編み棒の調子は……ん?」

アス様が、固まった。

「こ、これは……?」
「あ、あのー! 違うのー! 急に動き出してなにがなにやらー!」

慌てて弁明すると、チューベエがアス様に気づいた。

「むっ! 怪しい奴! 主から離れろ!」

ちっちゃい剣を構えて、威嚇している。

「うわぁ! チューベエ! その人はアス様! 私の大切な人!」
「なんと! 貴公がアスタロト様でございましたか! これはこれは、失礼いたしました!」

今度はアス様に向かって敬礼するチューベエ。アス様は、呆然とした顔で呟いた。

「式神……ではないか……それも、自律型の……」
「し、式神?」
「魂を持つ物質型の使い魔だ。作れる者は、上位の魔族でも一握り。それを、編み物で……?」

アス様が私を見る目が、また変わった。尊敬と、驚きと、そして深い愛情が混じった眼差し。

「ニニィアネ、君という子は……」

そして、アス様は編み棒を見つめた。

「わかってはいたが、編み棒に魔法がかかっているわけではなかったのだな。編み棒に手を入れても、君の才能は変わらず輝く。君自身が魔法陣を編み上げる、類稀なる才能を持っているのだ」
「え、あ、でも編んでいるだけなのに……」
「編み物で魔法陣を作る……これは服に魔法を忍ばせられるということ。実はこれ自体は古の失われし技術として文献が残る。だが、いまその陣を織るものはいない」

アス様の声が震えている。

「いや、魔法陣自体、今は描く者が稀だというのに。さらに式神生成だなんて、最上位の高等魔術……いったい君の才能は、どこまで……そして、それをこんなに、優しく……ネズミの騎士、か。はは、本当に素晴らしい子だ」

アス様がチューベエに手を差し出した。

「初めまして、小さな騎士。私はアスタロトだ」
「アスタロト様! 主がお世話になっております!」

ちっちゃい手で握手するチューベエ。その姿が可愛すぎて、アス様も頬を緩めた。

「して、小さな騎士よ。君の使命は?」
「はっ! 主の大切な人、アスタロト様をお守りすることです!」
「ほう?」
「主が、そう願いを込めました! 『アス様を守ってね』と!」

アス様が私を見た。その瞳に、深い感動が浮かんでいる。

「ニニィアネ……」
「わ、わー……チューベエ、そういうのはね、その、内緒にしておいてほしいの……」

恥ずかしくてうつむいた。すると、大きな手があごをそっと持ち上げた。

「君は本当に……」

アス様の顔が、近い。赤い瞳に、私の姿が映っている。

「愛おしい」

額に、そっとキスをされた。

「きゃっ!」
「すまない。つい」

でも、全然謝ってる顔じゃない。むしろ、とても幸せそう。
横で、チューベエが胸を張った。

「うむ! やはり願いに間違いなし! このチューベエ、この命に代えても、アスタロト様をお守りしますぞ!」
「ふはは、頼もしいな。よろしく頼む」
「はっ!」

その時、セバスが慌てた様子で入ってきた。

「アスタロト様! 大変です!」
「どうした?」
「隣国から使者が……どうやら、ニニィアネ様の才能の噂が広まっているようで」
「……!」

嫌な予感に目を見開く。でも、アス様は冷たく笑って断言した。

「はっきりと断れ。ニニィアネは渡さん」
「しかし、相手は大国です。下手をすれば——」
「誰にも負ける気はしない」

アス様が私を抱き上げた。
真剣な眼差しで私を見つめる。

「君の才能は、確かに世界を変える力だ。だからこそ、守らねば」
「アス様……」

チューベエが剣を掲げた。

「ご心配なく! この騎士チューベエがいる限り、誰も手出しはさせませぬー!」
「おや、小さいのに頼もしい」
「ええ、このチューベエ、小さくとも立派な騎士ですからな! 剣捌きをご覧に入れましょうぞ!」
「はは、なかなか良い動きだ」

賑やかで、でも少し不安な夜。私の編み物は、本当に特別なものらしい。でも、大丈夫。
アス様がいて、チューベエがいて、皆がいる。

「アス様」
「なんだ?」
「私、もっと編んでみたい。皆を守れるような、素敵なものを。ずっと皆と笑っていられるように」
「ああ、いいとも。私が必ず、君の夢を守る」

窓の外には、優しい風が吹いている。
新しい物語が、始まろうとしている予感がした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

天才すぎて追放された薬師令嬢は、番のお薬を作っちゃったようです――運命、上書きしちゃいましょ!

灯息めてら
恋愛
令嬢ミーニェの趣味は魔法薬調合。しかし、その才能に嫉妬した妹に魔法薬が危険だと摘発され、国外追放されてしまう。行き場を失ったミーニェは隣国騎士団長シュレツと出会う。妹の運命の番になることを拒否したいと言う彼に、ミーニェは告げる。――『番』上書きのお薬ですか? 作れますよ? 天才薬師ミーニェは、騎士団長シュレツと番になる薬を用意し、妹との運命を上書きする。シュレツは彼女の才能に惚れ込み、薬師かつ番として、彼女を連れ帰るのだが――待っていたのは波乱万丈、破天荒な日々!?

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】嫌われ公女が継母になった結果

三矢さくら
恋愛
王国で権勢を誇る大公家の次女アデールは、母である女大公から嫌われて育った。いつか温かい家族を持つことを夢見るアデールに母が命じたのは、悪名高い辺地の子爵家への政略結婚。 わずかな希望を胸に、華やかな王都を後に北の辺境へと向かうアデールを待っていたのは、戦乱と過去の愛憎に囚われ、すれ違いを重ねる冷徹な夫と心を閉ざした継子だった。

【完】出来損ない令嬢は、双子の娘を持つ公爵様と契約結婚する~いつの間にか公爵様と7歳のかわいい双子たちに、めいっぱい溺愛されていました~

夏芽空
恋愛
子爵令嬢のエレナは、常に優秀な妹と比較され家族からひどい扱いを受けてきた。 しかし彼女は7歳の双子の娘を持つ公爵――ジオルトと契約結婚したことで、最低な家族の元を離れることができた。 しかも、条件は最高。公の場で妻を演じる以外は自由に過ごしていい上に、さらには給料までも出してくてれるという。 夢のような生活を手に入れた――と、思ったのもつかの間。 いきなり事件が発生してしまう。 結婚したその翌日に、双子の姉が令嬢教育の教育係をやめさせてしまった。 しかもジオルトは仕事で出かけていて、帰ってくるのはなんと一週間後だ。 (こうなったら、私がなんとかするしかないわ!) 腹をくくったエレナは、おもいきった行動を起こす。 それがきっかけとなり、ちょっと癖のある美少女双子義娘と、彼女たちよりもさらに癖の強いジオルトとの距離が縮まっていくのだった――。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

前世の記憶が蘇ったので、身を引いてのんびり過ごすことにします

柚木ゆず
恋愛
 ※明日(3月6日)より、もうひとつのエピローグと番外編の投稿を始めさせていただきます。  我が儘で強引で性格が非常に悪い、筆頭侯爵家の嫡男アルノー。そんな彼を伯爵令嬢エレーヌは『ブレずに力強く引っ張ってくださる自信に満ちた方』と狂信的に愛し、アルノーが自ら選んだ5人の婚約者候補の1人として、アルノーに選んでもらえるよう3年間必死に自分を磨き続けていました。  けれどある日無理がたたり、倒れて後頭部を打ったことで前世の記憶が覚醒。それによって冷静に物事を見られるようになり、ようやくアルノーは滅茶苦茶な人間だと気付いたのでした。 「オレの婚約者候補になれと言ってきて、それを光栄に思えだとか……。倒れたのに心配をしてくださらないどころか、異常が残っていたら候補者から脱落させると言い出すとか……。そんな方に夢中になっていただなんて、私はなんて愚かなのかしら」  そのためエレーヌは即座に、候補者を辞退。その出来事が切っ掛けとなって、エレーヌの人生は明るいものへと変化してゆくことになるのでした。

処理中です...