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Past#2 対峙-confront-
Past#2 対峙-confront- 9
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「放せと言ってる」
「それでも、放しません」
「なんで」
"怒鳴られる"
その瞬間、咄嗟に身構えていた。ぴり、と肌を焼くようなそういう空気を確かに感じた。でも実際は、彼はあくまで声を抑え布団に横になったまま、落ち着いた調子で自分に問いかけてくる。
あぁでも、呼吸が早まる。
この指先から凍りつく感覚に。
一瞬のまばたきすらを赦さない彼の視線に。
「……昔、シズさんと約束しました。拾った限りは最後まで責任を」
「俺は猫じゃない」
なんとか絞り出した声は、容赦なく遮られる。
「俺には俺の意思を伝える言葉がある。俺は拾い主の意志に従うしかない猫じゃない」
「そんなの分かって」
「分かってない」
声は断定する。少し語調を強めて、再度。
「アンタは何にも分かってない」
「っ自分は!」
思わず声を荒げていた。
叫ばずにいられなかった。
彼の言葉を今すぐ遮らないといけない。頭にあったのはそんなこと。
「拾った時にいつも覚悟してる、拾うことに伴う意味なんて何度も諭されてる、貴方が人間で猫じゃないなんてそんなことは百も承知だ!!」
「覚悟?」
波から逃れようと必死な自分に対し、彼の声はあくまで静かに雨音の中へ浸透していく。怒っているわけではない。呆れた様子もない。彼の声に今、抑揚はない。無機質という表現がふさわしい。
でも彼がそうであればあるほど、怒りが自分の中に芽生え育つようだった。彼にはそんなつもりはないのかもしれないが、見下ろされると自分が感じ取るには十分な気がした。
彼が猫じゃないのは見ても分かりきったこと。だから同じ"拾う"でも規模が違うことだって分かりきってる。
でも命の重みは猫も人も同じ。助けの手を差し出すのは人として当たり前。
そして拾ったからには責任を負う。途中で投げ出すことは許されない。
誰に何を言われても、猫を拾うことをやめられなかった自分は、ずっとその信念で生きてきた。
道理はこちらにあるはずだ。
自分の言っていることは特別でもない。人として『当たり前のこと』だ。
そう心から思ってる。
なのになんで。
かたかたと右手の指が震える。押さえつけた左手も、共に震え出す。
空気が薄い。
酸素が足りない。
背中に走る嫌な感じ。
――当たり前のことを言っただけのつもりなのに、自分は彼からの返答をこんなにも恐れてる。
「アンタの主張だと、『覚悟』と『責任』の元に保護されることが当然で、俺の意思は潰されるわけだな」
「本人の意思を尊重しましょうにも程度があるでしょう……ッ?」
「自由権ってなかったか。俺らみたいのには認められねぇ?」
「確かに自分は貴方の行為を規制することはできませんが、貴方が自由を主張するように、自分にも貴方の願望を引き留めるよう行動する『自由』は認められるはずです!」
「そもそも俺がどうなろうとアンタには関係ねぇはずだが」
「関係あります、貴方を助けた時点で関係は生まれました。無関係じゃない!」
言葉を吐く。全力疾走を終えた後のように肩で息をつく自分に、一言当たり障りない言葉が返される。
「なるほど」
次いでからからと彼はまた笑うかと思った。
でも彼は笑わなかった。
「アンタの言い分は分かった。……だが」
それどころか、変わらない声音で吐き捨てた。
「まるで二次元」
「ッ」
「アンタの人生が垣間見えんな」
「それでも、放しません」
「なんで」
"怒鳴られる"
その瞬間、咄嗟に身構えていた。ぴり、と肌を焼くようなそういう空気を確かに感じた。でも実際は、彼はあくまで声を抑え布団に横になったまま、落ち着いた調子で自分に問いかけてくる。
あぁでも、呼吸が早まる。
この指先から凍りつく感覚に。
一瞬のまばたきすらを赦さない彼の視線に。
「……昔、シズさんと約束しました。拾った限りは最後まで責任を」
「俺は猫じゃない」
なんとか絞り出した声は、容赦なく遮られる。
「俺には俺の意思を伝える言葉がある。俺は拾い主の意志に従うしかない猫じゃない」
「そんなの分かって」
「分かってない」
声は断定する。少し語調を強めて、再度。
「アンタは何にも分かってない」
「っ自分は!」
思わず声を荒げていた。
叫ばずにいられなかった。
彼の言葉を今すぐ遮らないといけない。頭にあったのはそんなこと。
「拾った時にいつも覚悟してる、拾うことに伴う意味なんて何度も諭されてる、貴方が人間で猫じゃないなんてそんなことは百も承知だ!!」
「覚悟?」
波から逃れようと必死な自分に対し、彼の声はあくまで静かに雨音の中へ浸透していく。怒っているわけではない。呆れた様子もない。彼の声に今、抑揚はない。無機質という表現がふさわしい。
でも彼がそうであればあるほど、怒りが自分の中に芽生え育つようだった。彼にはそんなつもりはないのかもしれないが、見下ろされると自分が感じ取るには十分な気がした。
彼が猫じゃないのは見ても分かりきったこと。だから同じ"拾う"でも規模が違うことだって分かりきってる。
でも命の重みは猫も人も同じ。助けの手を差し出すのは人として当たり前。
そして拾ったからには責任を負う。途中で投げ出すことは許されない。
誰に何を言われても、猫を拾うことをやめられなかった自分は、ずっとその信念で生きてきた。
道理はこちらにあるはずだ。
自分の言っていることは特別でもない。人として『当たり前のこと』だ。
そう心から思ってる。
なのになんで。
かたかたと右手の指が震える。押さえつけた左手も、共に震え出す。
空気が薄い。
酸素が足りない。
背中に走る嫌な感じ。
――当たり前のことを言っただけのつもりなのに、自分は彼からの返答をこんなにも恐れてる。
「アンタの主張だと、『覚悟』と『責任』の元に保護されることが当然で、俺の意思は潰されるわけだな」
「本人の意思を尊重しましょうにも程度があるでしょう……ッ?」
「自由権ってなかったか。俺らみたいのには認められねぇ?」
「確かに自分は貴方の行為を規制することはできませんが、貴方が自由を主張するように、自分にも貴方の願望を引き留めるよう行動する『自由』は認められるはずです!」
「そもそも俺がどうなろうとアンタには関係ねぇはずだが」
「関係あります、貴方を助けた時点で関係は生まれました。無関係じゃない!」
言葉を吐く。全力疾走を終えた後のように肩で息をつく自分に、一言当たり障りない言葉が返される。
「なるほど」
次いでからからと彼はまた笑うかと思った。
でも彼は笑わなかった。
「アンタの言い分は分かった。……だが」
それどころか、変わらない声音で吐き捨てた。
「まるで二次元」
「ッ」
「アンタの人生が垣間見えんな」
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