Rainy Cat

mito

文字の大きさ
上 下
36 / 140
Past#2 対峙-confront-

Past#2 対峙-confront- 9

しおりを挟む
「放せと言ってる」

「それでも、放しません」

「なんで」

"怒鳴られる"


その瞬間、咄嗟に身構えていた。ぴり、と肌を焼くようなそういう空気を確かに感じた。でも実際は、彼はあくまで声を抑え布団に横になったまま、落ち着いた調子で自分に問いかけてくる。


あぁでも、呼吸が早まる。
この指先から凍りつく感覚に。
一瞬のまばたきすらを赦さない彼の視線に。


「……昔、シズさんと約束しました。拾った限りは最後まで責任を」

「俺は猫じゃない」


なんとか絞り出した声は、容赦なく遮られる。

「俺には俺の意思を伝える言葉がある。俺は拾い主の意志に従うしかない猫じゃない」

「そんなの分かって」

「分かってない」

声は断定する。少し語調を強めて、再度。



「アンタは何にも分かってない」


「っ自分は!」

思わず声を荒げていた。
叫ばずにいられなかった。
彼の言葉を今すぐ遮らないといけない。頭にあったのはそんなこと。


「拾った時にいつも覚悟してる、拾うことに伴う意味なんて何度も諭されてる、貴方が人間で猫じゃないなんてそんなことは百も承知だ!!」

「覚悟?」


波から逃れようと必死な自分に対し、彼の声はあくまで静かに雨音の中へ浸透していく。怒っているわけではない。呆れた様子もない。彼の声に今、抑揚はない。無機質という表現がふさわしい。


でも彼がそうであればあるほど、怒りが自分の中に芽生え育つようだった。彼にはそんなつもりはないのかもしれないが、見下ろされると自分が感じ取るには十分な気がした。


彼が猫じゃないのは見ても分かりきったこと。だから同じ"拾う"でも規模が違うことだって分かりきってる。
でも命の重みは猫も人も同じ。助けの手を差し出すのは人として当たり前。

そして拾ったからには責任を負う。途中で投げ出すことは許されない。


誰に何を言われても、猫を拾うことをやめられなかった自分は、ずっとその信念で生きてきた。


道理はこちらにあるはずだ。
自分の言っていることは特別でもない。人として『当たり前のこと』だ。

そう心から思ってる。
なのになんで。


かたかたと右手の指が震える。押さえつけた左手も、共に震え出す。


空気が薄い。
酸素が足りない。

背中に走る嫌な感じ。


――当たり前のことを言っただけのつもりなのに、自分は彼からの返答をこんなにも恐れてる。


「アンタの主張だと、『覚悟』と『責任』の元に保護されることが当然で、俺の意思は潰されるわけだな」

「本人の意思を尊重しましょうにも程度があるでしょう……ッ?」

「自由権ってなかったか。俺らみたいのには認められねぇ?」

「確かに自分は貴方の行為を規制することはできませんが、貴方が自由を主張するように、自分にも貴方の願望を引き留めるよう行動する『自由』は認められるはずです!」

「そもそも俺がどうなろうとアンタには関係ねぇはずだが」

「関係あります、貴方を助けた時点で関係は生まれました。無関係じゃない!」


言葉を吐く。全力疾走を終えた後のように肩で息をつく自分に、一言当たり障りない言葉が返される。


「なるほど」


次いでからからと彼はまた笑うかと思った。
でも彼は笑わなかった。


「アンタの言い分は分かった。……だが」


それどころか、変わらない声音で吐き捨てた。


「まるで二次元」

「ッ」

「アンタの人生が垣間見えんな」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,733pt お気に入り:281

資産家令嬢に愛と執念の起死回生を

恋愛 / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:23

お騒がせ銀河婦警セラとミーチャ♡百合の華咲く捜査線

SF / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:7

満州国、戦車開発会社

歴史・時代 / 連載中 24h.ポイント:21pt お気に入り:13

冒険旅行でハッピーライフ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:370pt お気に入り:17

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,735pt お気に入り:3,343

処理中です...