Rainy Cat

mito

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それはあの足音たちがこのアンダーグラウンドまで来るのが、ということか。


でも問うことはできない。
薄い布越しに、黒の服で色こそ解らないがぬめりが唇に触れ、濃い鉄の臭いが脳を麻痺させた。

状況への焦り。
状態への焦り。
分からないことの恐怖と
想像通りだった場合を考えることでの恐怖。


脳をひしめくそれらの感情が今に叫び声をあげそうで、理性で必死に抑えていた。

息を潜める。入り組み煩雑な路地の造りと雨が簑となって、死を暗示する足音は近づくもの、また遠ざかっていく。それでも自分たちのいる道へ一本入られれば見つかることは必然。

微かな身動ぎすらできない。でも、体の震えが止まらない。理性ではもう耐用できない事態に震えは徐々に大きくなる一方で、そして倒れ込んだ時投げ出されたままだった右足に、鉄パイプがかかってしまった。


「!?」


カラン


アスファルトを転がる鉄特有の軽い音が雨空に高く鳴る。雨は弱い。雨音は弱い。
咄嗟に彼の服を握った手が強ばる。


ばれるな!!


だが次の瞬間声なき叫びは虚しく書き消された。


「そっちで音がしたぞ!!」

「回れ!!」

「挟みこめ!!」


やばい……!!



「大丈夫」


何を根拠に、見上げた唇が紡いだ言葉に返そうとした自分へ、彼はもう一度、声にはせず言葉を唇だけで象った。


大丈夫


その口端は仄かに上がっていて、何も、何もかもが大丈夫じゃないこの状況で、笑えるその神経を疑う。



見つかったら?
この状況と状態でどう逃げる……?

彼は動けないくせに。
平常の状態でも、自分は彼を背負えないのに。
ましてやこの状況下で、自分が彼を負い逃げるなど、不可能だ。

それらはどう考えても明らかだって言うのに。


いざという時は置いていけって?
囮になるって?
だから大丈夫?
またアンタには関係ないとか言い出すつもり?



「…………ない」

大丈夫じゃない。
だった、関係ないわけ、ない。

忘れようと思ってた。
大丈夫かと心配で、案じてたけど、貴方の言う通りにしようと思ってた。


それを関わらせたのは、貴方なんだ。



「いたぞッ」




足音が、止まる。




覚悟して開けた目に、しかし雨と薄闇以外、映るものはない。

逃げた、まわれ、そんな声は今もまだ聞こえる。しかし、この通りではない。ちょうど、反対の通りから。
そろりと顔を上げて見た唇は、分かっていたように、薄笑いを浮かべていた。
でもそれは逃れたことへの安堵ではなく、酷く冷たい感情のもとに造られたものに感じられた。


「……悪いな」


遠くから聞こえてきたような声に、拳を握る。
するりとぬぐうように、頬に添えられた彼の左手が動く。
柔く。



「あれは、」

口がうまく動かない。強張った声帯を無理やり震わせて、なんとか言葉を吐き出す。
喧騒が「何か」を追いかけ遠くへ流れていくのを聞きながら。


「……追っ手かな」


しばらくの沈黙ののち、答えが返ってくる。


「何で追われてるんですか」


初めて会った時同様、満身創痍である彼にその理由を尋ねることは、つまり彼と関わりを持つことと同義だ。

すでに無関係では決してないが、これ以上の関わりをいくら彼が望まないとしても、自分にはこれを問う権利がある。

関わるなと言ったくせに殺してくれと頼み込む彼には、この問いに応える義務がある。

彼もわかってるのだろう。
諦めたように、小さく笑った。


「『死神』って、知ってっか」


冷たい響きに、目を瞑る。



『死神』
覚悟していた。予想は立っていた。


『死神』
それが、彼を取り巻く全ての事象の鍵だった。



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