123 / 140
Past#7 日常-daily-
Past#7 日常-daily- 1
しおりを挟む
**************
富岡道場の朝は早い。
それはシズさんの稽古があるからで、それに合わせて僕の朝も早くなったのだけれど。
「早いな」
「……」
朝日を浴びて、少し目を細めるようにして僕を見上げる彼の手に、大人しく収まるのは竹箒。
『アズミ』の訪れから二週間。
学校は夏期講習と名前を変えただけで、生活は何も変わらない。
その中で、彼が静かに床についていたのは一週間にも満たず、その細く大きな手が手にした清掃アイテムはかれこれいくつ目になるのだろう。
ふぅ、と思わずため息が漏れる。それを彼は苦笑で迎えて、小さく肩を竦める。
しかたがないだろうというように。
確かに働かざる者食うべからず、と掃除を命じたのはシズさんだけれども。
「こんな朝やらなくたって……」
呟きに彼は相変わらず声なく笑うだけだ。
そうして、いう。
「おはよう、コタ」
「……おはよう、アズ」
本当はわかってる。
この声を朝一番に聞いて安堵する胸が、彼がいつも早朝に自分の部屋の辺りを掃除するの意味を悟ってる。
……今日も、居た。
居てくれた。
浴衣一つ残して、それ以外の痕跡をすべて消して、彼が姿をくらましたあの日が脳裏を離れない。
背中に隠した右手の拳を解き、脱力を装って肩の力を抜く。
こんな、不安が拭えず不安定な自分のを、どんなに笑顔で取り繕ったところで、
聡い彼が気づかないはずがないのだ。
彼が掃除を終えた頃に、朝ご飯を作り終える。
同じ食卓を囲む。
最初の日、食べられない、すまないと、用意した食事を前に小さく呟いた彼は、たぶんシズさんが睨みを利かせているせいもあるのだろうけど、今では少量のお粥を口にするようになった。
もともと食は細いらしい。
その上、ここ数日ろくなものを食べていなかったから、今の状態で固形物を受け入れられないだろうと判断したのだ、と彼はその夜言った。
『アンタの料理だから食べられないんじゃない』
謝罪のあとに加えられた言葉は、いつだって自分を気遣うもの。
いつだって、この胸の内を見透かしたように、彼の言葉は計算されたタイミングで与えられる。
そこまで気遣わなくて大丈夫なのに。
そんなに彼の一挙一動に動揺しているように見えるのだろうか。
会話のない食事の最中も、彼が手を止め自分を見つめているのは、そんなに自分が不安定で、いつも言葉を欲しているように見えるからだろうか……
言葉ですべての理由を明かされなくたって、自分は……
「そう思ってんのはお前だけだろ。なに、自覚ないの、コタロって」
「……え、は!? 岡やん!?」
「お前はさ、言葉でいちいち説明してやんないと、自分で勝手に悪い方に思い込んで自己完結してさ。ぶっちゃけかなり面倒くさいタイプだよなー」
「いきなり何言ってんの、てかかなり辛辣な評価なんだけど、僕何か岡やんにした!?」
突然思考に割り込んできた岡やんの声に、困惑と混乱の最中に放り込まれた自分のもとへ、はぁ? とこれはまた呆れた声が投げかけられる。
「帰りのSHR終わったから、帰ろーぜっていいにきたら、一人でぶつぶつ言ったの、自覚なかったのかよ。隣の女子引いてたぜ?」
「うわ、痛い……」
「あのな、他人事じゃなくてお前の話よ、お前の」
富岡道場の朝は早い。
それはシズさんの稽古があるからで、それに合わせて僕の朝も早くなったのだけれど。
「早いな」
「……」
朝日を浴びて、少し目を細めるようにして僕を見上げる彼の手に、大人しく収まるのは竹箒。
『アズミ』の訪れから二週間。
学校は夏期講習と名前を変えただけで、生活は何も変わらない。
その中で、彼が静かに床についていたのは一週間にも満たず、その細く大きな手が手にした清掃アイテムはかれこれいくつ目になるのだろう。
ふぅ、と思わずため息が漏れる。それを彼は苦笑で迎えて、小さく肩を竦める。
しかたがないだろうというように。
確かに働かざる者食うべからず、と掃除を命じたのはシズさんだけれども。
「こんな朝やらなくたって……」
呟きに彼は相変わらず声なく笑うだけだ。
そうして、いう。
「おはよう、コタ」
「……おはよう、アズ」
本当はわかってる。
この声を朝一番に聞いて安堵する胸が、彼がいつも早朝に自分の部屋の辺りを掃除するの意味を悟ってる。
……今日も、居た。
居てくれた。
浴衣一つ残して、それ以外の痕跡をすべて消して、彼が姿をくらましたあの日が脳裏を離れない。
背中に隠した右手の拳を解き、脱力を装って肩の力を抜く。
こんな、不安が拭えず不安定な自分のを、どんなに笑顔で取り繕ったところで、
聡い彼が気づかないはずがないのだ。
彼が掃除を終えた頃に、朝ご飯を作り終える。
同じ食卓を囲む。
最初の日、食べられない、すまないと、用意した食事を前に小さく呟いた彼は、たぶんシズさんが睨みを利かせているせいもあるのだろうけど、今では少量のお粥を口にするようになった。
もともと食は細いらしい。
その上、ここ数日ろくなものを食べていなかったから、今の状態で固形物を受け入れられないだろうと判断したのだ、と彼はその夜言った。
『アンタの料理だから食べられないんじゃない』
謝罪のあとに加えられた言葉は、いつだって自分を気遣うもの。
いつだって、この胸の内を見透かしたように、彼の言葉は計算されたタイミングで与えられる。
そこまで気遣わなくて大丈夫なのに。
そんなに彼の一挙一動に動揺しているように見えるのだろうか。
会話のない食事の最中も、彼が手を止め自分を見つめているのは、そんなに自分が不安定で、いつも言葉を欲しているように見えるからだろうか……
言葉ですべての理由を明かされなくたって、自分は……
「そう思ってんのはお前だけだろ。なに、自覚ないの、コタロって」
「……え、は!? 岡やん!?」
「お前はさ、言葉でいちいち説明してやんないと、自分で勝手に悪い方に思い込んで自己完結してさ。ぶっちゃけかなり面倒くさいタイプだよなー」
「いきなり何言ってんの、てかかなり辛辣な評価なんだけど、僕何か岡やんにした!?」
突然思考に割り込んできた岡やんの声に、困惑と混乱の最中に放り込まれた自分のもとへ、はぁ? とこれはまた呆れた声が投げかけられる。
「帰りのSHR終わったから、帰ろーぜっていいにきたら、一人でぶつぶつ言ったの、自覚なかったのかよ。隣の女子引いてたぜ?」
「うわ、痛い……」
「あのな、他人事じゃなくてお前の話よ、お前の」
0
あなたにおすすめの小説
シスルの花束を
碧月 晶
BL
年下俺様モデル×年上訳あり青年
~人物紹介~
○氷室 三門(ひむろ みかど)
・攻め(主人公)
・23歳、身長178cm
・モデル
・俺様な性格、短気
・訳あって、雨月の所に転がり込んだ
○寒河江 雨月(さがえ うげつ)
・受け
・26歳、身長170cm
・常に無表情で、人形のように顔が整っている
・童顔
※作中に英会話が出てきますが、翻訳アプリで訳したため正しいとは限りません。
※濡れ場があるシーンはタイトルに*マークが付きます。
※基本、三門視点で進みます。
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
あなたの隣で初めての恋を知る
彩矢
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。
その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。
そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。
一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。
初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。
表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
あの部屋でまだ待ってる
名雪
BL
アパートの一室。
どんなに遅くなっても、帰りを待つ習慣だけが残っている。
始まりは、ほんの気まぐれ。
終わる理由もないまま、十年が過ぎた。
与え続けることも、受け取るだけでいることも、いつしか当たり前になっていく。
――あの部屋で、まだ待ってる。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる