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地下水道
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王都の夜。
レイドとリーシャは、学院の裏門から地下に降りた。
石の階段が闇の中に続いている。リーシャが小さな魔法灯を手に掲げると、青白い光が壁面を照らした。湿った石壁。苔の匂い。足元を流れる浅い水の音。
「ここが学院の地下二層です。古い排水路と繋がっています」
リーシャが先に立ち、狭い通路を進んだ。レイドが後に続く。天井が低く、身を屈めなければ通れない場所もある。
ミラがエルステッドの街道で監視役を引きつけている間に、二人は商人に紛れて王都に入った。学院にはリーシャの教授が協力してくれた。守り手の研究に理解を示す数少ない学者だ。
「この先で道が分岐します。右は学院の貯水槽。左が——大聖堂の方角」
「左だ」
二人は左の通路に入った。水の流れが変わった。排水路から、もっと古い構造物に入っていく。壁の石材が変わり、明らかに学院より古い時代のものだ。
「この石組みは——千年以上前のものです」リーシャが壁に手を触れた。「大聖堂の建設記録にあった『既存の地下構造物』は、これのことかもしれません」
通路は徐々に広くなった。天井が高くなり、壁面に古代の文字が刻まれている。レイドは足を止め、文字を読もうとした。
「読めるか」
「一部だけ。古代共通語の変形です。——『此処に柱の記憶が眠る。触れる者は資格を問われる』」
「資格」
「守り手の血筋のことでしょう。柱の力に適合する者だけが、残滓に触れることを許される」
通路の先に、鉄格子があった。錆びついているが、鍵がかかっている。
「封鎖されてる」
「でも——鍵の構造が古い。千年前のものなら、今の技術で開けられるはずです」
リーシャが鞄から工具を取り出した。学者の装備には、遺跡調査用の解錠道具も含まれている。細い金属棒を鍵穴に差し込み、繊細な手つきで操作する。
数分後、錠前が軋みながら開いた。
「開きました」
鉄格子を押し開けると、冷たい空気が吹き出してきた。温度が明らかに下がっている。そして——空気の中に、微かな魔力の振動がある。
リーシャの手が震えた。
「感じます。この先に——柱の残滓がある」
二人は鉄格子をくぐった。通路が急に広がり、石段が下に続いている。降りていくにつれて、魔力の振動が強くなる。壁面の古代文字が増え、ところどころに聖教会の封印が貼られていた。封印の紙は古く、黄ばんで端が朽ちている。だが魔力は残っている。
「聖教会がここを封印した。柱の残滓を——封じるために」
リーシャが封印の一枚に手を近づけた。聖印と同じ波形の魔力。だが古く、弱い。
「私の魔力なら——共鳴で解除できるかもしれません」
「やってみろ」
リーシャが両手を封印に当てた。碧眼を閉じ、魔力を集中させる。
白い光が手から溢れた。封印の紙が震え、古代文字が一瞬光り——封印が音もなく消えた。
リーシャが息を荒げた。額に汗が浮かんでいる。
「解除できました。ただ——力を使いすぎると、聖教会に気づかれます。大聖堂の警備に感知されるかもしれない」
「急ごう」
二人は石段を駆け降りた。暗闇の中を、リーシャの魔法灯だけが照らしている。
石段が途切れた。
広い空間に出た。円形の部屋。天井は高く、闇の中に消えている。そして部屋の中央に——
巨大な魔法陣があった。
青い線が石の床に刻まれ、複雑な紋様を描いている。だがその光は弱く、点滅している。壊れかけた力の残滓。千年前に砕かれた柱の、最後の痕跡。
「これが——」リーシャの声が震えた。
「柱の残滓か」
「はい。間違いありません。この魔法陣は——柱の力の一部がここに封じられている。千年前に砕かれた後も、完全には消えなかったのです」
リーシャが魔法陣の縁に立った。青い光がリーシャの足元から立ち上り、銀髪を揺らした。碧眼が魔法陣の光を映し、蒼く輝いている。
「触れます」
「待て。危険は」
「分かりません。でも——これが覚醒の第三段階なら、ここで止まるわけにはいきません」
リーシャが魔法陣の中央に足を踏み入れた。
瞬間——青い光が爆発するように膨張した。
部屋全体が光に包まれた。壁の古代文字が全て発光し、天井の闇が消え、空間が蒼い世界に変わった。
リーシャの体から、銀色の光が立ち上った。
守り手の力が——目覚めようとしている。
だがその時、地上から重い足音が降りてきた。複数の足音。金属が擦れる音。
「——見つかった」レイドの背筋に冷たいものが走った。
石段の上方に、松明の明かりが見えた。聖教会の紋章を掲げた兵士たちが、地下に降りてくる。
「異端者を確認! 大聖堂の地下に侵入した者がいる!」
レイドは剣を抜いた。左手の紋様が脈動する。使うなとリーシャに言われた力。だが今、使わなければ——
「レイド! 使わないで!」
リーシャが叫んだ。魔法陣の中央で、銀色の光に包まれながら。碧眼が涙に濡れていた。
「使わなくても——あなたを守ります!」
リーシャの手から、銀色の光が放たれた。
光が兵士たちを包んだ。攻撃ではない。防壁だ。銀色の光が壁のように立ち上がり、石段と部屋の間を遮った。
兵士たちが足を止めた。光の壁に手を触れようとし、弾かれた。
「何だ、この光は——」
「聖印と同じ……いや、もっと強い」
レイドはリーシャを見た。魔法陣の中央で、銀色の光を纏ったリーシャの姿は——美しかった。碧眼が光り、銀髪が逆立ち、体全体が淡い輝きを放っている。
だが同時に、リーシャの顔が蒼白だった。力を使いすぎている。覚醒が完了していない状態で、守り手の力を無理に行使している。
「リーシャ! 止めろ! 体が持たない!」
「まだ——もう少しだけ」
リーシャの声が震えた。防壁の光が揺れている。持続できるのはあと数十秒だろう。
レイドは選択を迫られた。左手の紋様を使えば、兵士たちを退けられる。だがリーシャの警告通り、使えば体が蝕まれる。
——使わない方法を考えろ。
一周目の記憶が走った。この地下空間の構造。古代の排水路は複数の出口を持っていたはずだ。
「リーシャ。この部屋に別の出口はあるか」
「壁の——反対側に。古代文字が示している。排水路への接続口が——」
「そっちから逃げる。防壁を持たせろ。十秒でいい」
レイドが走った。部屋の反対側の壁を手で探る。古代文字の間に、石の継ぎ目がある。押した。石が動き、隙間から冷たい風が吹き込んだ。
「ここだ! リーシャ!」
リーシャが魔法陣から足を離した。銀色の光が一気に弱まり、防壁が消えた。兵士たちが石段を駆け降りてくる。
レイドがリーシャの手を掴み、隠し通路に飛び込んだ。背後で兵士たちの怒号が響く。
狭い通路を走った。暗闇の中を、手を繋いだまま。リーシャの手が冷たく、震えていた。力を使い果たしている。
「もう少しだ。——もう少しで地上に出る」
通路が上り坂になった。風の匂いが変わる。排水口の格子が見え、その向こうに——夜空の星が光っていた。
格子を蹴破り、二人は地上に転がり出た。
学院の裏庭。月明かりの下、二人は息を切らして地面に倒れた。
リーシャの手が、まだレイドの手を握っていた。
「リーシャ。大丈夫か」
「……少し、疲れました」
リーシャが微笑んだ。蒼白な顔に浮かんだ、弱々しいが確かな笑み。
「でも——感じました。柱の残滓に触れた時。私の中で、何かが——目覚めかけています」
「覚醒は——」
「完了していません。途中で中断されました。でも——次は。もう一度触れれば——」
リーシャの意識が途切れた。レイドの腕の中で、銀髪の学者が力尽きて眠りに落ちた。
レイドはリーシャを抱き上げ、学院の中に運んだ。
左手が脈動していた。使わなかった。リーシャの言葉を守った。
だが——次はどうなるか分からない。
月が雲に隠れた。王都の夜が、深まっていく。
レイドとリーシャは、学院の裏門から地下に降りた。
石の階段が闇の中に続いている。リーシャが小さな魔法灯を手に掲げると、青白い光が壁面を照らした。湿った石壁。苔の匂い。足元を流れる浅い水の音。
「ここが学院の地下二層です。古い排水路と繋がっています」
リーシャが先に立ち、狭い通路を進んだ。レイドが後に続く。天井が低く、身を屈めなければ通れない場所もある。
ミラがエルステッドの街道で監視役を引きつけている間に、二人は商人に紛れて王都に入った。学院にはリーシャの教授が協力してくれた。守り手の研究に理解を示す数少ない学者だ。
「この先で道が分岐します。右は学院の貯水槽。左が——大聖堂の方角」
「左だ」
二人は左の通路に入った。水の流れが変わった。排水路から、もっと古い構造物に入っていく。壁の石材が変わり、明らかに学院より古い時代のものだ。
「この石組みは——千年以上前のものです」リーシャが壁に手を触れた。「大聖堂の建設記録にあった『既存の地下構造物』は、これのことかもしれません」
通路は徐々に広くなった。天井が高くなり、壁面に古代の文字が刻まれている。レイドは足を止め、文字を読もうとした。
「読めるか」
「一部だけ。古代共通語の変形です。——『此処に柱の記憶が眠る。触れる者は資格を問われる』」
「資格」
「守り手の血筋のことでしょう。柱の力に適合する者だけが、残滓に触れることを許される」
通路の先に、鉄格子があった。錆びついているが、鍵がかかっている。
「封鎖されてる」
「でも——鍵の構造が古い。千年前のものなら、今の技術で開けられるはずです」
リーシャが鞄から工具を取り出した。学者の装備には、遺跡調査用の解錠道具も含まれている。細い金属棒を鍵穴に差し込み、繊細な手つきで操作する。
数分後、錠前が軋みながら開いた。
「開きました」
鉄格子を押し開けると、冷たい空気が吹き出してきた。温度が明らかに下がっている。そして——空気の中に、微かな魔力の振動がある。
リーシャの手が震えた。
「感じます。この先に——柱の残滓がある」
二人は鉄格子をくぐった。通路が急に広がり、石段が下に続いている。降りていくにつれて、魔力の振動が強くなる。壁面の古代文字が増え、ところどころに聖教会の封印が貼られていた。封印の紙は古く、黄ばんで端が朽ちている。だが魔力は残っている。
「聖教会がここを封印した。柱の残滓を——封じるために」
リーシャが封印の一枚に手を近づけた。聖印と同じ波形の魔力。だが古く、弱い。
「私の魔力なら——共鳴で解除できるかもしれません」
「やってみろ」
リーシャが両手を封印に当てた。碧眼を閉じ、魔力を集中させる。
白い光が手から溢れた。封印の紙が震え、古代文字が一瞬光り——封印が音もなく消えた。
リーシャが息を荒げた。額に汗が浮かんでいる。
「解除できました。ただ——力を使いすぎると、聖教会に気づかれます。大聖堂の警備に感知されるかもしれない」
「急ごう」
二人は石段を駆け降りた。暗闇の中を、リーシャの魔法灯だけが照らしている。
石段が途切れた。
広い空間に出た。円形の部屋。天井は高く、闇の中に消えている。そして部屋の中央に——
巨大な魔法陣があった。
青い線が石の床に刻まれ、複雑な紋様を描いている。だがその光は弱く、点滅している。壊れかけた力の残滓。千年前に砕かれた柱の、最後の痕跡。
「これが——」リーシャの声が震えた。
「柱の残滓か」
「はい。間違いありません。この魔法陣は——柱の力の一部がここに封じられている。千年前に砕かれた後も、完全には消えなかったのです」
リーシャが魔法陣の縁に立った。青い光がリーシャの足元から立ち上り、銀髪を揺らした。碧眼が魔法陣の光を映し、蒼く輝いている。
「触れます」
「待て。危険は」
「分かりません。でも——これが覚醒の第三段階なら、ここで止まるわけにはいきません」
リーシャが魔法陣の中央に足を踏み入れた。
瞬間——青い光が爆発するように膨張した。
部屋全体が光に包まれた。壁の古代文字が全て発光し、天井の闇が消え、空間が蒼い世界に変わった。
リーシャの体から、銀色の光が立ち上った。
守り手の力が——目覚めようとしている。
だがその時、地上から重い足音が降りてきた。複数の足音。金属が擦れる音。
「——見つかった」レイドの背筋に冷たいものが走った。
石段の上方に、松明の明かりが見えた。聖教会の紋章を掲げた兵士たちが、地下に降りてくる。
「異端者を確認! 大聖堂の地下に侵入した者がいる!」
レイドは剣を抜いた。左手の紋様が脈動する。使うなとリーシャに言われた力。だが今、使わなければ——
「レイド! 使わないで!」
リーシャが叫んだ。魔法陣の中央で、銀色の光に包まれながら。碧眼が涙に濡れていた。
「使わなくても——あなたを守ります!」
リーシャの手から、銀色の光が放たれた。
光が兵士たちを包んだ。攻撃ではない。防壁だ。銀色の光が壁のように立ち上がり、石段と部屋の間を遮った。
兵士たちが足を止めた。光の壁に手を触れようとし、弾かれた。
「何だ、この光は——」
「聖印と同じ……いや、もっと強い」
レイドはリーシャを見た。魔法陣の中央で、銀色の光を纏ったリーシャの姿は——美しかった。碧眼が光り、銀髪が逆立ち、体全体が淡い輝きを放っている。
だが同時に、リーシャの顔が蒼白だった。力を使いすぎている。覚醒が完了していない状態で、守り手の力を無理に行使している。
「リーシャ! 止めろ! 体が持たない!」
「まだ——もう少しだけ」
リーシャの声が震えた。防壁の光が揺れている。持続できるのはあと数十秒だろう。
レイドは選択を迫られた。左手の紋様を使えば、兵士たちを退けられる。だがリーシャの警告通り、使えば体が蝕まれる。
——使わない方法を考えろ。
一周目の記憶が走った。この地下空間の構造。古代の排水路は複数の出口を持っていたはずだ。
「リーシャ。この部屋に別の出口はあるか」
「壁の——反対側に。古代文字が示している。排水路への接続口が——」
「そっちから逃げる。防壁を持たせろ。十秒でいい」
レイドが走った。部屋の反対側の壁を手で探る。古代文字の間に、石の継ぎ目がある。押した。石が動き、隙間から冷たい風が吹き込んだ。
「ここだ! リーシャ!」
リーシャが魔法陣から足を離した。銀色の光が一気に弱まり、防壁が消えた。兵士たちが石段を駆け降りてくる。
レイドがリーシャの手を掴み、隠し通路に飛び込んだ。背後で兵士たちの怒号が響く。
狭い通路を走った。暗闇の中を、手を繋いだまま。リーシャの手が冷たく、震えていた。力を使い果たしている。
「もう少しだ。——もう少しで地上に出る」
通路が上り坂になった。風の匂いが変わる。排水口の格子が見え、その向こうに——夜空の星が光っていた。
格子を蹴破り、二人は地上に転がり出た。
学院の裏庭。月明かりの下、二人は息を切らして地面に倒れた。
リーシャの手が、まだレイドの手を握っていた。
「リーシャ。大丈夫か」
「……少し、疲れました」
リーシャが微笑んだ。蒼白な顔に浮かんだ、弱々しいが確かな笑み。
「でも——感じました。柱の残滓に触れた時。私の中で、何かが——目覚めかけています」
「覚醒は——」
「完了していません。途中で中断されました。でも——次は。もう一度触れれば——」
リーシャの意識が途切れた。レイドの腕の中で、銀髪の学者が力尽きて眠りに落ちた。
レイドはリーシャを抱き上げ、学院の中に運んだ。
左手が脈動していた。使わなかった。リーシャの言葉を守った。
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