勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

文字の大きさ
40 / 127

地下水道

しおりを挟む
 王都の夜。

 レイドとリーシャは、学院の裏門から地下に降りた。

 石の階段が闇の中に続いている。リーシャが小さな魔法灯を手に掲げると、青白い光が壁面を照らした。湿った石壁。苔の匂い。足元を流れる浅い水の音。

「ここが学院の地下二層です。古い排水路と繋がっています」

 リーシャが先に立ち、狭い通路を進んだ。レイドが後に続く。天井が低く、身を屈めなければ通れない場所もある。

 ミラがエルステッドの街道で監視役を引きつけている間に、二人は商人に紛れて王都に入った。学院にはリーシャの教授が協力してくれた。守り手の研究に理解を示す数少ない学者だ。

「この先で道が分岐します。右は学院の貯水槽。左が——大聖堂の方角」

「左だ」

 二人は左の通路に入った。水の流れが変わった。排水路から、もっと古い構造物に入っていく。壁の石材が変わり、明らかに学院より古い時代のものだ。

「この石組みは——千年以上前のものです」リーシャが壁に手を触れた。「大聖堂の建設記録にあった『既存の地下構造物』は、これのことかもしれません」

 通路は徐々に広くなった。天井が高くなり、壁面に古代の文字が刻まれている。レイドは足を止め、文字を読もうとした。

「読めるか」

「一部だけ。古代共通語の変形です。——『此処に柱の記憶が眠る。触れる者は資格を問われる』」

「資格」

「守り手の血筋のことでしょう。柱の力に適合する者だけが、残滓に触れることを許される」

 通路の先に、鉄格子があった。錆びついているが、鍵がかかっている。

「封鎖されてる」

「でも——鍵の構造が古い。千年前のものなら、今の技術で開けられるはずです」

 リーシャが鞄から工具を取り出した。学者の装備には、遺跡調査用の解錠道具も含まれている。細い金属棒を鍵穴に差し込み、繊細な手つきで操作する。

 数分後、錠前が軋みながら開いた。

「開きました」

 鉄格子を押し開けると、冷たい空気が吹き出してきた。温度が明らかに下がっている。そして——空気の中に、微かな魔力の振動がある。

 リーシャの手が震えた。

「感じます。この先に——柱の残滓がある」

 二人は鉄格子をくぐった。通路が急に広がり、石段が下に続いている。降りていくにつれて、魔力の振動が強くなる。壁面の古代文字が増え、ところどころに聖教会の封印が貼られていた。封印の紙は古く、黄ばんで端が朽ちている。だが魔力は残っている。

「聖教会がここを封印した。柱の残滓を——封じるために」

 リーシャが封印の一枚に手を近づけた。聖印と同じ波形の魔力。だが古く、弱い。

「私の魔力なら——共鳴で解除できるかもしれません」

「やってみろ」

 リーシャが両手を封印に当てた。碧眼を閉じ、魔力を集中させる。

 白い光が手から溢れた。封印の紙が震え、古代文字が一瞬光り——封印が音もなく消えた。

 リーシャが息を荒げた。額に汗が浮かんでいる。

「解除できました。ただ——力を使いすぎると、聖教会に気づかれます。大聖堂の警備に感知されるかもしれない」

「急ごう」

 二人は石段を駆け降りた。暗闇の中を、リーシャの魔法灯だけが照らしている。

 石段が途切れた。

 広い空間に出た。円形の部屋。天井は高く、闇の中に消えている。そして部屋の中央に——

 巨大な魔法陣があった。

 青い線が石の床に刻まれ、複雑な紋様を描いている。だがその光は弱く、点滅している。壊れかけた力の残滓。千年前に砕かれた柱の、最後の痕跡。

「これが——」リーシャの声が震えた。

「柱の残滓か」

「はい。間違いありません。この魔法陣は——柱の力の一部がここに封じられている。千年前に砕かれた後も、完全には消えなかったのです」

 リーシャが魔法陣の縁に立った。青い光がリーシャの足元から立ち上り、銀髪を揺らした。碧眼が魔法陣の光を映し、蒼く輝いている。

「触れます」

「待て。危険は」

「分かりません。でも——これが覚醒の第三段階なら、ここで止まるわけにはいきません」

 リーシャが魔法陣の中央に足を踏み入れた。

 瞬間——青い光が爆発するように膨張した。

 部屋全体が光に包まれた。壁の古代文字が全て発光し、天井の闇が消え、空間が蒼い世界に変わった。

 リーシャの体から、銀色の光が立ち上った。

 守り手の力が——目覚めようとしている。

 だがその時、地上から重い足音が降りてきた。複数の足音。金属が擦れる音。

「——見つかった」レイドの背筋に冷たいものが走った。

 石段の上方に、松明の明かりが見えた。聖教会の紋章を掲げた兵士たちが、地下に降りてくる。

「異端者を確認! 大聖堂の地下に侵入した者がいる!」

 レイドは剣を抜いた。左手の紋様が脈動する。使うなとリーシャに言われた力。だが今、使わなければ——

「レイド! 使わないで!」

 リーシャが叫んだ。魔法陣の中央で、銀色の光に包まれながら。碧眼が涙に濡れていた。

「使わなくても——あなたを守ります!」

 リーシャの手から、銀色の光が放たれた。

 光が兵士たちを包んだ。攻撃ではない。防壁だ。銀色の光が壁のように立ち上がり、石段と部屋の間を遮った。

 兵士たちが足を止めた。光の壁に手を触れようとし、弾かれた。

「何だ、この光は——」

「聖印と同じ……いや、もっと強い」

 レイドはリーシャを見た。魔法陣の中央で、銀色の光を纏ったリーシャの姿は——美しかった。碧眼が光り、銀髪が逆立ち、体全体が淡い輝きを放っている。

 だが同時に、リーシャの顔が蒼白だった。力を使いすぎている。覚醒が完了していない状態で、守り手の力を無理に行使している。

「リーシャ! 止めろ! 体が持たない!」

「まだ——もう少しだけ」

 リーシャの声が震えた。防壁の光が揺れている。持続できるのはあと数十秒だろう。

 レイドは選択を迫られた。左手の紋様を使えば、兵士たちを退けられる。だがリーシャの警告通り、使えば体が蝕まれる。

 ——使わない方法を考えろ。

 一周目の記憶が走った。この地下空間の構造。古代の排水路は複数の出口を持っていたはずだ。

「リーシャ。この部屋に別の出口はあるか」

「壁の——反対側に。古代文字が示している。排水路への接続口が——」

「そっちから逃げる。防壁を持たせろ。十秒でいい」

 レイドが走った。部屋の反対側の壁を手で探る。古代文字の間に、石の継ぎ目がある。押した。石が動き、隙間から冷たい風が吹き込んだ。

「ここだ! リーシャ!」

 リーシャが魔法陣から足を離した。銀色の光が一気に弱まり、防壁が消えた。兵士たちが石段を駆け降りてくる。

 レイドがリーシャの手を掴み、隠し通路に飛び込んだ。背後で兵士たちの怒号が響く。

 狭い通路を走った。暗闇の中を、手を繋いだまま。リーシャの手が冷たく、震えていた。力を使い果たしている。

「もう少しだ。——もう少しで地上に出る」

 通路が上り坂になった。風の匂いが変わる。排水口の格子が見え、その向こうに——夜空の星が光っていた。

 格子を蹴破り、二人は地上に転がり出た。

 学院の裏庭。月明かりの下、二人は息を切らして地面に倒れた。

 リーシャの手が、まだレイドの手を握っていた。

「リーシャ。大丈夫か」

「……少し、疲れました」

 リーシャが微笑んだ。蒼白な顔に浮かんだ、弱々しいが確かな笑み。

「でも——感じました。柱の残滓に触れた時。私の中で、何かが——目覚めかけています」

「覚醒は——」

「完了していません。途中で中断されました。でも——次は。もう一度触れれば——」

 リーシャの意識が途切れた。レイドの腕の中で、銀髪の学者が力尽きて眠りに落ちた。

 レイドはリーシャを抱き上げ、学院の中に運んだ。

 左手が脈動していた。使わなかった。リーシャの言葉を守った。

 だが——次はどうなるか分からない。

 月が雲に隠れた。王都の夜が、深まっていく。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

処理中です...