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三つ目の柱
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夜の谷は静かだった。
月が雲に隠れている。カイルが先頭に立ち、谷の東斜面を這うように降りていく。足元の砂利が崩れないよう、一歩一歩を慎重に選ぶ。レイド、リーシャ、ガレスが後に続いた。
聖堂を囲む聖騎士たちの松明が、谷の反対側で揺れている。風に乗って話し声が断片的に聞こえる。「交代は四刻後」「裏手の見張りを増やせ」。
——裏手の見張りを増やしている。だがカイルが知る石切り場の入口は、見張りの配置からさらに東にある。岩壁の陰に隠された、誰も知らない坑道。
「ここだ」カイルが囁いた。
崖面に、人一人がしゃがんで入れるほどの穴が開いていた。周囲に石屑が散乱し、長年使われていないことが分かる。だが穴の奥から——僅かに風が吹いている。繋がっている証拠だ。
四人は穴に潜り込んだ。坑道は想像以上に狭く、ガレスの大盾が壁に引っかかった。
「盾、置いていくか」
「冗談だろ」
ガレスが盾を斜めにして無理やり通り抜けた。坑道は次第に広くなり、石切り場の跡に出た。壁面に鑿の痕が残り、千年前の建設の記憶を伝えている。
さらに奥に進むと——地下が開けた。
カルディナ聖堂の地下。アイゼンと同じ円形の広間。だがここはさらに古く、壁面の紋様は完全に風化している。天井から水が滴り、床に水溜りができている。
広間の中央に——結晶柱があった。
アイゼンのものより小さい。だが輝きは強い。青い光が規則的に明滅し、地脈の鼓動を伝えている。
「三つ目」リーシャの声が震えた。「ここにも——確かにある」
「守護者は」
「いません。この柱の守護者は——既に消えています。力が弱すぎたのでしょう。千年の間に、消滅した」
レイドは広間を見回した。罠も、番人もいない。ただ柱の残滓だけが、千年間ここで脈動し続けていた。誰にも知られず。誰にも触れられず。
「カイル。入口を見張ってくれ」
「任せろ」
カイルが坑道の入口に弓を構えて立った。ガレスが広間の反対側に移動し、聖堂の地上に繋がる階段を警戒する。
レイドとリーシャが結晶柱の前に立った。
「始めよう」
リーシャが手を結晶に添えた。銀色の光が指先から流れ、青い光と交わっていく。三度目の覚醒。体は手順を覚えている。力の受け入れ方を、知っている。
だが——三つ目は、一つ目や二つ目とは違った。
リーシャの体が大きく震えた。
「リーシャ!」
「大丈夫——大丈夫です。ただ——量が多い。この柱は——他より力が残っている」
銀色と青の光が激しく交錯し、広間全体が眩い白に染まった。水溜りの水面が波立ち、天井から石粉が舞い落ちる。
リーシャの髪が逆立ち、碧眼が完全に銀色に変わった。両手が結晶に張り付いたように離れない。力が奔流のように体に流れ込んでいる。
「レイド——左手を——」
レイドの左手が激しく脈動していた。ヴェルディアの紋様が光を放ち、結晶柱と共鳴している。力を引き出そうとしている。リーシャを助けようと——ヴェルディアの力が、自ら動いている。
約束。左手は使わない。だがリーシャが苦しんでいる。
「リーシャ。力を制御しろ。一度に全てを取り込む必要はない。——少しずつだ」
「はい——はい、分かっています——」
リーシャが歯を食いしばった。力の奔流を制御し、取り込む速度を落とす。銀色の光が安定し始め、脈動が規則的になっていく。
五分。十分。
結晶柱が砕けた。青い光が粒子となってリーシャに吸い込まれ——静寂が戻った。
リーシャが膝をついた。レイドが肩を支えた。
「終わった?」
「——はい。三つ目——完了」
リーシャの碧眼が戻った。だがその奥に、銀色の光が以前よりも深く根を下ろしている。三つの残滓。五つのうち三つ。半分以上の力が、守り手に宿った。
「地脈が——見えます。この山全体の。そして——遠くの地脈も。王都の地下を流れる力も。魔王城の結界も。全てが——繋がっている」
リーシャの声に、畏怖があった。世界の全体像が、守り手の目に映り始めている。
「ヴェルディアの負荷は」
「大幅に軽減されています。三つの残滓で——ヴェルディアが背負っていた力の三割を引き受けています。残り二つを取り込めば——五割。それだけあれば、ヴェルディアは安定します。世界の崩壊は——止まる」
レイドの胸に安堵が広がった。三つ目。あと二つ。
だがその安堵を打ち砕くように——頭上から、石が砕ける音が響いた。
「レイド!」ガレスが叫んだ。「上から聖騎士が来る! 地上の扉を破った!」
「こっちもだ!」カイルの声。「坑道の入口に——松明が見えた。追手が回り込んでる!」
挟まれた。前後から聖騎士に挟まれている。
レイドは一瞬で判断した。
「リーシャ。防壁は」
「張れます。三つ目の残滓で——以前より遥かに強い防壁を」
「全員を包め。突破する。——カイル、坑道側に行くぞ。人数が少ないはずだ」
「了解!」
銀色の防壁が四人を包んだ。聖堂の階段から駆け降りてきた聖騎士たちの剣が防壁に弾かれ、火花が散った。
四人は坑道に向かって走った。三つの残滓の力を胸に。あと二つの希望を抱いて。
◇
坑道を駆け抜け、崖の穴から夜の谷に飛び出した。
背後の坑道から聖騎士の怒号が響くが、四人は既に崖を登り始めている。カイルが獣道を導き、ガレスが殿を守る。リーシャの防壁が後方からの矢を弾いた。
崖の上に出た時、追手の松明は谷底に残されていた。重い鎧では崖を登れない。
「撒いた」カイルが息を切らしながら言った。
「だが時間がない。増援を呼ばれる前に——この山を離れる」
四人は北嶺の稜線を東に走った。夜明けが近い。東の空が白み始め、山々の輪郭が浮かび上がっている。
レイドは走りながら、次の行動を考えた。三つの残滓を確保した。残り二つ。四つ目のヴェルデ聖堂は西の大陸にあり、五つ目は王都の大聖堂——一度侵入して中断された場所だ。
四つ目に向かうか、五つ目に戻るか。
ジークからの伝書が脳裏に蘇った。マルティウスが禁術を準備している。守り手の力を奪う禁術。三日以内に完成。
——先に王都だ。マルティウスを止めなければ、四つ目も五つ目もない。
「方針を変える」レイドが走りながら言った。「王都に向かう」
「王都? 聖騎士がうじゃうじゃいるところにか」ガレスが声を上げた。
「ミラとジークが内側で動いている。アルヴィンが表で時間を稼いでいる。今なら——内と外から同時に動ける」
「全軍集結ってことか」
「ああ。最終決戦だ」
夜が明けた。北嶺の峰々が朝日に金色に染まり、四人の影が長く伸びた。
王都へ。全ての始まりと終わりがある場所へ。
月が雲に隠れている。カイルが先頭に立ち、谷の東斜面を這うように降りていく。足元の砂利が崩れないよう、一歩一歩を慎重に選ぶ。レイド、リーシャ、ガレスが後に続いた。
聖堂を囲む聖騎士たちの松明が、谷の反対側で揺れている。風に乗って話し声が断片的に聞こえる。「交代は四刻後」「裏手の見張りを増やせ」。
——裏手の見張りを増やしている。だがカイルが知る石切り場の入口は、見張りの配置からさらに東にある。岩壁の陰に隠された、誰も知らない坑道。
「ここだ」カイルが囁いた。
崖面に、人一人がしゃがんで入れるほどの穴が開いていた。周囲に石屑が散乱し、長年使われていないことが分かる。だが穴の奥から——僅かに風が吹いている。繋がっている証拠だ。
四人は穴に潜り込んだ。坑道は想像以上に狭く、ガレスの大盾が壁に引っかかった。
「盾、置いていくか」
「冗談だろ」
ガレスが盾を斜めにして無理やり通り抜けた。坑道は次第に広くなり、石切り場の跡に出た。壁面に鑿の痕が残り、千年前の建設の記憶を伝えている。
さらに奥に進むと——地下が開けた。
カルディナ聖堂の地下。アイゼンと同じ円形の広間。だがここはさらに古く、壁面の紋様は完全に風化している。天井から水が滴り、床に水溜りができている。
広間の中央に——結晶柱があった。
アイゼンのものより小さい。だが輝きは強い。青い光が規則的に明滅し、地脈の鼓動を伝えている。
「三つ目」リーシャの声が震えた。「ここにも——確かにある」
「守護者は」
「いません。この柱の守護者は——既に消えています。力が弱すぎたのでしょう。千年の間に、消滅した」
レイドは広間を見回した。罠も、番人もいない。ただ柱の残滓だけが、千年間ここで脈動し続けていた。誰にも知られず。誰にも触れられず。
「カイル。入口を見張ってくれ」
「任せろ」
カイルが坑道の入口に弓を構えて立った。ガレスが広間の反対側に移動し、聖堂の地上に繋がる階段を警戒する。
レイドとリーシャが結晶柱の前に立った。
「始めよう」
リーシャが手を結晶に添えた。銀色の光が指先から流れ、青い光と交わっていく。三度目の覚醒。体は手順を覚えている。力の受け入れ方を、知っている。
だが——三つ目は、一つ目や二つ目とは違った。
リーシャの体が大きく震えた。
「リーシャ!」
「大丈夫——大丈夫です。ただ——量が多い。この柱は——他より力が残っている」
銀色と青の光が激しく交錯し、広間全体が眩い白に染まった。水溜りの水面が波立ち、天井から石粉が舞い落ちる。
リーシャの髪が逆立ち、碧眼が完全に銀色に変わった。両手が結晶に張り付いたように離れない。力が奔流のように体に流れ込んでいる。
「レイド——左手を——」
レイドの左手が激しく脈動していた。ヴェルディアの紋様が光を放ち、結晶柱と共鳴している。力を引き出そうとしている。リーシャを助けようと——ヴェルディアの力が、自ら動いている。
約束。左手は使わない。だがリーシャが苦しんでいる。
「リーシャ。力を制御しろ。一度に全てを取り込む必要はない。——少しずつだ」
「はい——はい、分かっています——」
リーシャが歯を食いしばった。力の奔流を制御し、取り込む速度を落とす。銀色の光が安定し始め、脈動が規則的になっていく。
五分。十分。
結晶柱が砕けた。青い光が粒子となってリーシャに吸い込まれ——静寂が戻った。
リーシャが膝をついた。レイドが肩を支えた。
「終わった?」
「——はい。三つ目——完了」
リーシャの碧眼が戻った。だがその奥に、銀色の光が以前よりも深く根を下ろしている。三つの残滓。五つのうち三つ。半分以上の力が、守り手に宿った。
「地脈が——見えます。この山全体の。そして——遠くの地脈も。王都の地下を流れる力も。魔王城の結界も。全てが——繋がっている」
リーシャの声に、畏怖があった。世界の全体像が、守り手の目に映り始めている。
「ヴェルディアの負荷は」
「大幅に軽減されています。三つの残滓で——ヴェルディアが背負っていた力の三割を引き受けています。残り二つを取り込めば——五割。それだけあれば、ヴェルディアは安定します。世界の崩壊は——止まる」
レイドの胸に安堵が広がった。三つ目。あと二つ。
だがその安堵を打ち砕くように——頭上から、石が砕ける音が響いた。
「レイド!」ガレスが叫んだ。「上から聖騎士が来る! 地上の扉を破った!」
「こっちもだ!」カイルの声。「坑道の入口に——松明が見えた。追手が回り込んでる!」
挟まれた。前後から聖騎士に挟まれている。
レイドは一瞬で判断した。
「リーシャ。防壁は」
「張れます。三つ目の残滓で——以前より遥かに強い防壁を」
「全員を包め。突破する。——カイル、坑道側に行くぞ。人数が少ないはずだ」
「了解!」
銀色の防壁が四人を包んだ。聖堂の階段から駆け降りてきた聖騎士たちの剣が防壁に弾かれ、火花が散った。
四人は坑道に向かって走った。三つの残滓の力を胸に。あと二つの希望を抱いて。
◇
坑道を駆け抜け、崖の穴から夜の谷に飛び出した。
背後の坑道から聖騎士の怒号が響くが、四人は既に崖を登り始めている。カイルが獣道を導き、ガレスが殿を守る。リーシャの防壁が後方からの矢を弾いた。
崖の上に出た時、追手の松明は谷底に残されていた。重い鎧では崖を登れない。
「撒いた」カイルが息を切らしながら言った。
「だが時間がない。増援を呼ばれる前に——この山を離れる」
四人は北嶺の稜線を東に走った。夜明けが近い。東の空が白み始め、山々の輪郭が浮かび上がっている。
レイドは走りながら、次の行動を考えた。三つの残滓を確保した。残り二つ。四つ目のヴェルデ聖堂は西の大陸にあり、五つ目は王都の大聖堂——一度侵入して中断された場所だ。
四つ目に向かうか、五つ目に戻るか。
ジークからの伝書が脳裏に蘇った。マルティウスが禁術を準備している。守り手の力を奪う禁術。三日以内に完成。
——先に王都だ。マルティウスを止めなければ、四つ目も五つ目もない。
「方針を変える」レイドが走りながら言った。「王都に向かう」
「王都? 聖騎士がうじゃうじゃいるところにか」ガレスが声を上げた。
「ミラとジークが内側で動いている。アルヴィンが表で時間を稼いでいる。今なら——内と外から同時に動ける」
「全軍集結ってことか」
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