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決壊
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七度目の修復。青い領域が七割を超えた。
結晶球の表面は、碧の光が大半を占めている。赤い脈動は残り三割弱。端に追い詰められた赤い光が、密度を増して脈打っている。
「あと二日——いや、三日で完了する」ヴェルディアが結晶球を見上げた。
リーシャが修復を続けている。碧眼は半ば閉じられ、集中の深度が増している。レイドが背後から魔力を注ぎ、二人の力が結晶球に流れ込んでいく。
イルヴァーンの声は——聞こえていた。だがリーシャは無視し続けている。声に耐えることにも慣れ始めていた。
「『——感心するよ、守り手の娘。お前の精神力は——あの五人の術者以上だ。だが——無駄だ。封印を完成させても——私は出る。もう一つの道がある』」
ヴェルディアの瞳が動いた。
「もう一つの道——」
その時だった。
通路の方から——音が響いた。地鳴りではない。水の音だ。大量の水が流れ込んでくる音。
「通路が——」フェリクスが通路の入口に駆け寄った。「水が! 壁が——」
通路の壁面が——崩壊していた。リーシャが修復した亀裂の二つ上——手の届かなかった位置の壁が割れ、海水が滝のように通路に流れ込んでいる。
「まずい」ジークが叫んだ。「通路が水没する——退路が断たれる!」
レイドが一瞬で判断した。
「リーシャ、修復を止めろ! 全員退避——」
「待ってください!」リーシャが振り返った。碧眼が決意に燃えている。「あと少しで七割五分に達します。ここで止めたら——次に来た時、赤い脈動に押し戻されているかもしれない」
「通路が水没するんだぞ!」
「私が——通路の壁も同時に塞ぎます」
「同時に——馬鹿な、二つの作業を同時にできるわけが——」
「できます。レイド。あなたの魔力を——全部ください」
リーシャの碧眼が真っ直ぐにレイドを見つめた。迷いのない目。レイドは——その目を知っている。一周目で仲間たちが命を懸ける時に見せた目と同じだ。
「……分かった」
レイドがリーシャの背に両手を当てた。体内の魔力を——残さず全て注ぎ込む。
リーシャの体が光った。碧の光が全身から溢れ、右手を結晶球に向け、左手を通路の方角に向けた。二つの魔法を同時に展開する。
結晶球への修復。通路の壁面への修復。二つの力が同時にリーシャの体から放たれた。
碧の光が通路に走り、崩壊した壁面を覆った。海水の流入が——止まった。同時に結晶球の青い領域がさらに広がり、七割五分に達した。
だがリーシャの体が——軋んでいた。鼻から一筋の血が流れた。唇が白くなり、膝が震えている。
「リーシャ!」
「もう——少し——」
「止めろ!」レイドがリーシャの体を引き剥がすように結晶球から離した。リーシャの体が崩れ落ち、レイドが抱き留めた。
碧の光が消えた。通路の壁面は——修復されている。海水の流入は止まった。結晶球の青い領域は七割六分で停止した。
「リーシャ。リーシャ!」
リーシャの碧眼が——半開きのまま、焦点が合っていない。
「……やり——ました」
そして——意識を失った。
ガレスがリーシャを背負った。レイドの魔力も底をつきかけている。足がふらつく。
「退避だ。今すぐ」ジークが全員を促した。
通路を上った。リーシャが応急処置した壁面から、まだ水が滲んでいる。修復は不完全だ。持って——数日か。
地上に出た。潮が満ちかけており、入口の半分が水に浸かっていた。全員が這うようにして隙間を抜けた。
船に乗った。ガレスがリーシャをそっと甲板に横たえた。海風がリーシャの銀髪を揺らしている。顔色は蒼白だが——呼吸はある。
「魔力の過剰消費です」ヴェルディアがリーシャの脈を取った。「命に別状はない。だが——回復には最低三日はかかる」
「三日——」レイドが唇を噛んだ。「その間に——通路の壁が持つか」
「持たないかもしれない。リーシャの修復は応急処置だ。本格的な補修をしなければ——」
「誰がやる。リーシャ以外に修復できる者は——」
「私がやる」ヴェルディアが言った。
全員がヴェルディアを見た。
「私には柱の力はもうない。だが——三千年の知識がある。修復の技術を知っている。魔力は——レイドから借りれば、最低限の補修はできるはずだ」
「お前の体が——」
「持つかどうかは分からない。だが——やるしかない。リーシャが倒れた今、私しかいない」
船がレヴァルスに向かう。夕陽が沈み、空が紫から黒に変わっていく。リーシャは甲板で眠り続けている。
レイドは船縁に座り、暗い海を見つめた。
「『もう一つの道がある』——イルヴァーンはそう言った」
「ああ」ヴェルディアが隣に立った。「あれが気になる。封印以外に——脱出する方法があるということか」
「封印が完全であっても——出られる方法。それが——何なのか」
「分からない。だが——修復を止めるわけにはいかない。考えるのは、封印を完成させてからだ」
船が港に入った。灯台の光が回り、港の灯りが波に映っている。
リーシャを宿に運び、寝かせた。ガレスが見張りに立った。
レイドは自室の窓辺に座り、暗い海を見つめた。
通路の崩壊。リーシャの消耗。イルヴァーンの言葉。——全てが、修復の完了を妨げようとしている。
だが——ここで止まるわけにはいかない。
五つ目の封印。最後の——最も深い封印。あと二割四分で完了する。
何があっても——終わらせる。
結晶球の表面は、碧の光が大半を占めている。赤い脈動は残り三割弱。端に追い詰められた赤い光が、密度を増して脈打っている。
「あと二日——いや、三日で完了する」ヴェルディアが結晶球を見上げた。
リーシャが修復を続けている。碧眼は半ば閉じられ、集中の深度が増している。レイドが背後から魔力を注ぎ、二人の力が結晶球に流れ込んでいく。
イルヴァーンの声は——聞こえていた。だがリーシャは無視し続けている。声に耐えることにも慣れ始めていた。
「『——感心するよ、守り手の娘。お前の精神力は——あの五人の術者以上だ。だが——無駄だ。封印を完成させても——私は出る。もう一つの道がある』」
ヴェルディアの瞳が動いた。
「もう一つの道——」
その時だった。
通路の方から——音が響いた。地鳴りではない。水の音だ。大量の水が流れ込んでくる音。
「通路が——」フェリクスが通路の入口に駆け寄った。「水が! 壁が——」
通路の壁面が——崩壊していた。リーシャが修復した亀裂の二つ上——手の届かなかった位置の壁が割れ、海水が滝のように通路に流れ込んでいる。
「まずい」ジークが叫んだ。「通路が水没する——退路が断たれる!」
レイドが一瞬で判断した。
「リーシャ、修復を止めろ! 全員退避——」
「待ってください!」リーシャが振り返った。碧眼が決意に燃えている。「あと少しで七割五分に達します。ここで止めたら——次に来た時、赤い脈動に押し戻されているかもしれない」
「通路が水没するんだぞ!」
「私が——通路の壁も同時に塞ぎます」
「同時に——馬鹿な、二つの作業を同時にできるわけが——」
「できます。レイド。あなたの魔力を——全部ください」
リーシャの碧眼が真っ直ぐにレイドを見つめた。迷いのない目。レイドは——その目を知っている。一周目で仲間たちが命を懸ける時に見せた目と同じだ。
「……分かった」
レイドがリーシャの背に両手を当てた。体内の魔力を——残さず全て注ぎ込む。
リーシャの体が光った。碧の光が全身から溢れ、右手を結晶球に向け、左手を通路の方角に向けた。二つの魔法を同時に展開する。
結晶球への修復。通路の壁面への修復。二つの力が同時にリーシャの体から放たれた。
碧の光が通路に走り、崩壊した壁面を覆った。海水の流入が——止まった。同時に結晶球の青い領域がさらに広がり、七割五分に達した。
だがリーシャの体が——軋んでいた。鼻から一筋の血が流れた。唇が白くなり、膝が震えている。
「リーシャ!」
「もう——少し——」
「止めろ!」レイドがリーシャの体を引き剥がすように結晶球から離した。リーシャの体が崩れ落ち、レイドが抱き留めた。
碧の光が消えた。通路の壁面は——修復されている。海水の流入は止まった。結晶球の青い領域は七割六分で停止した。
「リーシャ。リーシャ!」
リーシャの碧眼が——半開きのまま、焦点が合っていない。
「……やり——ました」
そして——意識を失った。
ガレスがリーシャを背負った。レイドの魔力も底をつきかけている。足がふらつく。
「退避だ。今すぐ」ジークが全員を促した。
通路を上った。リーシャが応急処置した壁面から、まだ水が滲んでいる。修復は不完全だ。持って——数日か。
地上に出た。潮が満ちかけており、入口の半分が水に浸かっていた。全員が這うようにして隙間を抜けた。
船に乗った。ガレスがリーシャをそっと甲板に横たえた。海風がリーシャの銀髪を揺らしている。顔色は蒼白だが——呼吸はある。
「魔力の過剰消費です」ヴェルディアがリーシャの脈を取った。「命に別状はない。だが——回復には最低三日はかかる」
「三日——」レイドが唇を噛んだ。「その間に——通路の壁が持つか」
「持たないかもしれない。リーシャの修復は応急処置だ。本格的な補修をしなければ——」
「誰がやる。リーシャ以外に修復できる者は——」
「私がやる」ヴェルディアが言った。
全員がヴェルディアを見た。
「私には柱の力はもうない。だが——三千年の知識がある。修復の技術を知っている。魔力は——レイドから借りれば、最低限の補修はできるはずだ」
「お前の体が——」
「持つかどうかは分からない。だが——やるしかない。リーシャが倒れた今、私しかいない」
船がレヴァルスに向かう。夕陽が沈み、空が紫から黒に変わっていく。リーシャは甲板で眠り続けている。
レイドは船縁に座り、暗い海を見つめた。
「『もう一つの道がある』——イルヴァーンはそう言った」
「ああ」ヴェルディアが隣に立った。「あれが気になる。封印以外に——脱出する方法があるということか」
「封印が完全であっても——出られる方法。それが——何なのか」
「分からない。だが——修復を止めるわけにはいかない。考えるのは、封印を完成させてからだ」
船が港に入った。灯台の光が回り、港の灯りが波に映っている。
リーシャを宿に運び、寝かせた。ガレスが見張りに立った。
レイドは自室の窓辺に座り、暗い海を見つめた。
通路の崩壊。リーシャの消耗。イルヴァーンの言葉。——全てが、修復の完了を妨げようとしている。
だが——ここで止まるわけにはいかない。
五つ目の封印。最後の——最も深い封印。あと二割四分で完了する。
何があっても——終わらせる。
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