勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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断層

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 白い光が——全てを飲み込んだ。

 レイドの意識が——引き伸ばされた。時間が遅くなる。いや——時間の中に入った。

 見えた。

 世界の回路が——二層に分かれている。下層はリーシャの設計。人間の魔力で描かれた、精密で美しい回路。上層はイルヴァーンの深淵の力。赤い光が——下層に食い込んでいる。

 その間に——界面がある。二つの層が接する面。薄い、透明な膜。

 十人の魔力が——その界面に集中した。時間方向に回転した力が——界面を剪断する。剥がす。引き裂く。

 赤い光が——震えた。

「やめろ——」イルヴァーンの声が悲鳴に変わった。「やめろ——世界が——」

 界面が——裂け始めた。上層の赤い力と、下層の人間の回路が——分離していく。

 だが——完全には剥がれない。

 四箇所。イルヴァーンの力が——特に深く食い込んでいる場所がある。そこだけは——剪断力が足りない。

「四箇所——剥がれない」リーシャが叫んだ。「魂の断片だ——レイド、私、フェリクス、ヴァレリウス——四人の魂の断片が礎石にある。その経路で——イルヴァーンの力が直接繋がっている。断片がある限り——完全に切り離せない」

「魂の断片——」レイドは自分の胸に手を当てた。礎石に預けた魂の断片。封印を修復するために捧げたもの。

「断片を——取り戻せばいいのか」

「取り戻すのではない。——断片を通じた経路を、内側から閉じるんです。あなたたちの魂の断片は——あなたたちの一部。あなたたちの意志で——経路を遮断できる」

「どうやって——」

「断片に——語りかけてください。自分自身に。経路を閉じろと」

 レイドは目を閉じた。

 自分の魂の断片を——探した。胸の奥。心臓の隣に——微かな痛みがある。そこだ。断片が——呼んでいる。赤い光に繋がれて——引っ張られている。

「戻ってこい——」レイドが呟いた。「お前は俺の一部だ。——イルヴァーンのものじゃない」

 胸の痛みが——強まった。断片が——揺れている。赤い経路と、レイドの意志の間で。

「俺は——もう、何も捧げない。世界のために魂を差し出すのは——終わりだ。修繕屋は——壊れたものを直す。自分の魂を壊して直すんじゃない」

 断片が——動いた。赤い経路が——細くなる。

 同時に——リーシャの声が聞こえた。

「私の魂は——私のもの。学問のために捧げた。イルヴァーンのためではない」

 フェリクスの声。

「数字は——嘘をつかない。この経路は——閉じるべきだと、計測が示している」

 ヴァレリウスの声。

「神に祈る。だが——魂を明け渡すのは神にだけだ。お前にではない、イルヴァーン」

 四つの経路が——同時に閉じた。

 赤い光が——泉から剥がれた。イルヴァーンの深淵の力が——上層ごと消えていく。

「——ああ」

 イルヴァーンの声が——静かに響いた。

「そうか。お前たちは——そこまで」

 赤い光が消え、泉が——澄んだ光に戻った。下層のリーシャの回路だけが残っている。

 だが——回路は未完成だ。赤い力に浸食された部分が——欠けている。書き換えられかけた紋様が——歪んでいる。

「リーシャ——」レイドが見た。回路の損傷。完成間近だったのに——また、欠けてしまった。

「分かっています」リーシャの声は——冷静だった。「損傷は——三箇所。主回路の一つと、副回路の二つ。修復には——」

 その時——イルヴァーンの声が割り込んだ。

「もう一度——やり直すつもりか」

「当然です」

「……俺が——また妨害するとは、思わないのか」

「妨害しないでしょう。——あなたの力はもう届かない。四つの経路は閉じました」

 長い沈黙。

「……そうだな。——もう、届かない」

 イルヴァーンの声が——微かに震えていた。

「三千年——一人で戦った。一人で考えた。一人で——全てを背負った。お前たちに——十人に阻まれるとは。——いや。十人だから——阻めたのか」

「イルヴァーン」ヴェルディアが声を上げた。「お前は——」

「ヴェルディア。——すまなかった。お前の信頼を——二度裏切った」

 琥珀色の瞳が——揺れた。

「だが——見せてくれ。お前たちの方法で——世界が完成するところを。今度こそ——見物させてくれ。何もせずに」

 泉の水が——静かに揺れた。

 レイドは周囲を見回した。十人の仲間。全員が——消耗している。魔力の大半を使い果たした。体が重い。指先が震えている。

 だが——目は死んでいない。

「回路の修復——どのくらい時間がかかる」

「損傷箇所の再計算に——一日。修復自体は——もう一度、同じ儀式を行います」

「魔力の回復は」

「全員が全力を出せるまで——三日」

「合計四日」

「はい」

 レイドは泉の水面を見上げた。柱のない泉。光のない水面。——世界は今、裸だ。柱が止まっている間——地上では地震と嵐が続いている。

「四日——世界は持つか」

「持ちます」ヴェルディアが答えた。「私が——支える。三千年間そうしたように。四日くらい——」

 琥珀色の瞳に——かつての竜の力が宿った。

「——朝飯前だ」

 十人が——泉から上がった。

 水面が静かに揺れている。世界の核が——露出したまま。未完成のまま。

 だが——回路の七割は完成している。あと三割。あと一回の儀式で——全てが終わる。

 レイドは泉の縁に座り込んだ。全身の力が抜けている。隣にリーシャが倒れ込んだ。碧眼は——まだ数式を追っている。

「リーシャ。——休め」

「……少しだけ」

 リーシャの目が閉じた。三秒で——寝息が聞こえた。

 レイドは空を見上げた。地下空洞の天井。ひびが入っている。砂が落ちてくる。

 四日。あと四日で——全てが決まる。

 世界の運命が——十人の手に、委ねられていた。
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