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帰路
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ヴェルデの港から、船が出た。
朝凪の海。波は穏やかで、船は滑るように進んだ。甲板に潮風が吹いている。塩の匂いが鼻をくすぐった。
イルヴァーンは船室で眠っていた。人間の体に戻って三日。まだ歩くのがやっとだ。だが——食欲は旺盛で、出された食事は全て平らげた。
「三千年分の空腹を取り戻すつもりかね」ガレスが笑った。
「体が——吸い込んでいる」ヴェルディアが答えた。「私も——最初はそうだった。人間の体は——常にエネルギーを求める。竜の体とは違う」
甲板で、全員がそれぞれの時間を過ごしていた。
ジークが船縁に座り、海を見ていた。フェリクスが隣に立っている。
「金勘定をしている場合じゃねえな」ジークが言った。
「珍しいね。いつもなら——報酬の計算を始めてる頃だ」
「報酬か。——世界を救った報酬って、いくらだ」
「値段がつけられない」
「だろうな。——まあいい。黒鷹のギルドに戻る。傭兵の仕事は——なくならない。世界が平和になっても、人間同士の揉め事は尽きない」
「相変わらずだね」
「お前はどうする」
フェリクスが眼鏡を押し上げた。
「黒鷹に残るよ。計測と分析は——傭兵ギルドにも需要がある。それに——封印の定期点検も必要だ。ヴァレリウスの教団と連携して、五つの神殿の結晶球を定期的にチェックする仕組みを作りたい」
「真面目だな」
「数字が嘘をつかないようにするのが——俺の仕事だから」
ジークが笑った。眼帯の下の傷跡が——引きつった。
「お前がいてよかったよ。——金にならねえが、そう思う」
「記録しておく。ジーク・ヴァンガードが金にならないことを言った日、として」
「余計なこと記録するな」
◇
セレナはミラと並んで甲板の日陰に座っていた。
「セレナは——王都に帰るの?」
「ええ。聖教会の改革を——続けなければ。アウグストゥスの教団とも連携して。教義を書き換える仕事が——山ほど残っている」
「大変そう」
「大変——だけど、やりがいがある。マルティウスの教えが全て間違いだったわけではない。人々に希望を与えたい——その思いは本物だった。ただ——方法が間違っていた。新しい教義は——真実の上に建てる」
「真実の教義——いいね。嘘よりずっとマシ」
「ミラは——どうするの」
ミラが脚を伸ばし、空を見上げた。雲が流れている。
「分かんない。とりあえず——しばらくぶらぶらする。情報屋の仕事を再開するかも。平和になった世界の情報を集める——それも悪くない」
「居場所は——できた?」
ミラが一瞬、目を丸くした。そして——笑った。
「できたよ。みんなが——居場所になった。どこにいても——帰る場所がある。それだけで——十分」
セレナが微笑んだ。
「いつでも——王都に来てね。聖教会の門は——いつでも開いている」
「教会にはあんまり行きたくないけどね。——でも、セレナに会いには行く」
◇
ヴァレリウスは船首に立っていた。白い法衣が風にはためいている。
レイドが隣に立った。
「サルディスに帰るのか」
「ああ。アウグストゥスと合流する。五つの神殿の管理体制を——本格的に構築する。信者たちに——新しい使命を伝える」
「新しい使命——封印の管理者か」
「そうだ。聖教会は——千年間、嘘の教義で人々を導いた。だが——嘘の下に、本当の使命があった。封印を守ること。世界の均衡を支えること。それが——本来の聖教会の役割だった」
「マルティウスは——知っていた」
「知っていて——歪めた。だが俺は——歪めない。真実のまま、人々に伝える」
ヴァレリウスの聖印が——白く光った。穏やかな光。信仰の光。
「レイド。お前に——感謝している。お前がいなければ——俺はマルティウスの影を追い続けていた」
「お前が自分で選んだことだ」
「選べたのは——お前が道を示してくれたからだ。四つ目の神殿で——お前は俺に真実を見せた。あの時から——全てが変わった」
船が波を切った。白い飛沫が上がった。
レイドは海を見つめた。碧い海。どこまでも続く水平線。
「ヴァレリウス。百年後の修復——頼んだぞ」
「任せろ。百年後の管理者を育てる。そのまた百年後の管理者も。——永遠に続く鎖を作る。それが——俺の信仰だ」
◇
夕方。北大陸の港が見えてきた。
レヴァルスの灯台が光を回している。何度も見た光景だ。だが——今日は違う。全てが終わった後の——帰路の光景。
船が桟橋に着いた。全員が下船した。
港の広場で——足が止まった。
「ここで——別れるか」ジークが言った。
全員が顔を見合わせた。十人と——まだ船室で眠っている一人。
「アルヴィンとセレナは王都。ジークとフェリクスは南大陸のレグス。ヴァレリウスはサルディス。ガレスは——」
「海村に帰る。——今度こそ、引退だ」
「前もそう言ってたよね」ミラが笑った。
「今度は本当だ。——まあ、また飽きたら出てくるかもしれねえが」
「ミラは?」
「風の向くまま。——とりあえず東に行ってみる」
「レイドは——」
全員がレイドを見た。
レイドは空を見上げた。夕焼けの空。星が一つ、西に輝いている。
「俺は——もう少し考える。ヴェルディアとイルヴァーンの面倒を見ないといけないし。リーシャとも——話がある」
リーシャが隣で頷いた。
「今日は——ここで泊まりましょう。明日——それぞれの道に」
「最後の夜だな」ガレスが言った。「——飲むか」
「飲もう」ジークが答えた。
全員が——レヴァルスの酒場に向かった。最後の夜。十人と——一つのテーブル。
朝凪の海。波は穏やかで、船は滑るように進んだ。甲板に潮風が吹いている。塩の匂いが鼻をくすぐった。
イルヴァーンは船室で眠っていた。人間の体に戻って三日。まだ歩くのがやっとだ。だが——食欲は旺盛で、出された食事は全て平らげた。
「三千年分の空腹を取り戻すつもりかね」ガレスが笑った。
「体が——吸い込んでいる」ヴェルディアが答えた。「私も——最初はそうだった。人間の体は——常にエネルギーを求める。竜の体とは違う」
甲板で、全員がそれぞれの時間を過ごしていた。
ジークが船縁に座り、海を見ていた。フェリクスが隣に立っている。
「金勘定をしている場合じゃねえな」ジークが言った。
「珍しいね。いつもなら——報酬の計算を始めてる頃だ」
「報酬か。——世界を救った報酬って、いくらだ」
「値段がつけられない」
「だろうな。——まあいい。黒鷹のギルドに戻る。傭兵の仕事は——なくならない。世界が平和になっても、人間同士の揉め事は尽きない」
「相変わらずだね」
「お前はどうする」
フェリクスが眼鏡を押し上げた。
「黒鷹に残るよ。計測と分析は——傭兵ギルドにも需要がある。それに——封印の定期点検も必要だ。ヴァレリウスの教団と連携して、五つの神殿の結晶球を定期的にチェックする仕組みを作りたい」
「真面目だな」
「数字が嘘をつかないようにするのが——俺の仕事だから」
ジークが笑った。眼帯の下の傷跡が——引きつった。
「お前がいてよかったよ。——金にならねえが、そう思う」
「記録しておく。ジーク・ヴァンガードが金にならないことを言った日、として」
「余計なこと記録するな」
◇
セレナはミラと並んで甲板の日陰に座っていた。
「セレナは——王都に帰るの?」
「ええ。聖教会の改革を——続けなければ。アウグストゥスの教団とも連携して。教義を書き換える仕事が——山ほど残っている」
「大変そう」
「大変——だけど、やりがいがある。マルティウスの教えが全て間違いだったわけではない。人々に希望を与えたい——その思いは本物だった。ただ——方法が間違っていた。新しい教義は——真実の上に建てる」
「真実の教義——いいね。嘘よりずっとマシ」
「ミラは——どうするの」
ミラが脚を伸ばし、空を見上げた。雲が流れている。
「分かんない。とりあえず——しばらくぶらぶらする。情報屋の仕事を再開するかも。平和になった世界の情報を集める——それも悪くない」
「居場所は——できた?」
ミラが一瞬、目を丸くした。そして——笑った。
「できたよ。みんなが——居場所になった。どこにいても——帰る場所がある。それだけで——十分」
セレナが微笑んだ。
「いつでも——王都に来てね。聖教会の門は——いつでも開いている」
「教会にはあんまり行きたくないけどね。——でも、セレナに会いには行く」
◇
ヴァレリウスは船首に立っていた。白い法衣が風にはためいている。
レイドが隣に立った。
「サルディスに帰るのか」
「ああ。アウグストゥスと合流する。五つの神殿の管理体制を——本格的に構築する。信者たちに——新しい使命を伝える」
「新しい使命——封印の管理者か」
「そうだ。聖教会は——千年間、嘘の教義で人々を導いた。だが——嘘の下に、本当の使命があった。封印を守ること。世界の均衡を支えること。それが——本来の聖教会の役割だった」
「マルティウスは——知っていた」
「知っていて——歪めた。だが俺は——歪めない。真実のまま、人々に伝える」
ヴァレリウスの聖印が——白く光った。穏やかな光。信仰の光。
「レイド。お前に——感謝している。お前がいなければ——俺はマルティウスの影を追い続けていた」
「お前が自分で選んだことだ」
「選べたのは——お前が道を示してくれたからだ。四つ目の神殿で——お前は俺に真実を見せた。あの時から——全てが変わった」
船が波を切った。白い飛沫が上がった。
レイドは海を見つめた。碧い海。どこまでも続く水平線。
「ヴァレリウス。百年後の修復——頼んだぞ」
「任せろ。百年後の管理者を育てる。そのまた百年後の管理者も。——永遠に続く鎖を作る。それが——俺の信仰だ」
◇
夕方。北大陸の港が見えてきた。
レヴァルスの灯台が光を回している。何度も見た光景だ。だが——今日は違う。全てが終わった後の——帰路の光景。
船が桟橋に着いた。全員が下船した。
港の広場で——足が止まった。
「ここで——別れるか」ジークが言った。
全員が顔を見合わせた。十人と——まだ船室で眠っている一人。
「アルヴィンとセレナは王都。ジークとフェリクスは南大陸のレグス。ヴァレリウスはサルディス。ガレスは——」
「海村に帰る。——今度こそ、引退だ」
「前もそう言ってたよね」ミラが笑った。
「今度は本当だ。——まあ、また飽きたら出てくるかもしれねえが」
「ミラは?」
「風の向くまま。——とりあえず東に行ってみる」
「レイドは——」
全員がレイドを見た。
レイドは空を見上げた。夕焼けの空。星が一つ、西に輝いている。
「俺は——もう少し考える。ヴェルディアとイルヴァーンの面倒を見ないといけないし。リーシャとも——話がある」
リーシャが隣で頷いた。
「今日は——ここで泊まりましょう。明日——それぞれの道に」
「最後の夜だな」ガレスが言った。「——飲むか」
「飲もう」ジークが答えた。
全員が——レヴァルスの酒場に向かった。最後の夜。十人と——一つのテーブル。
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