勇者だった俺は死に戻りして知った――魔王を殺せば世界が滅ぶので、今度は勇者を止めることにした

ポポリーナ

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最後の夜

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 レヴァルスの酒場。

 テーブルに酒と料理が並んでいた。焼き魚。貝のスープ。港町のパン。塩漬けの肉。杯には——琥珀色の麦酒。

 十人が席についた。イルヴァーンも——ヴェルディアに支えられながら席に着いた。椅子に座ると——周囲を見回した。黒い瞳に——戸惑いの色。

「こういう場所は——初めてだ。三千年前は——酒場という文化がなかった」

「飲めるのか」ジークが杯を差し出した。

「分からない。——試す」

 イルヴァーンが一口飲んだ。顔がくしゃりと歪んだ。

「苦い」

「そりゃ麦酒だからな」ガレスが笑った。

「だが——悪くない。苦いのに——温かい」

「それが酒だ」

 ガレスが杯を掲げた。

「乾杯しよう。——何に乾杯だ」

「世界の完成に」アルヴィンが杯を掲げた。

「金にならない旅の完了に」ジークが続けた。

「数字では測れないものに」フェリクスが加えた。

「信仰の新しい形に」ヴァレリウスが言った。

「居場所に」ミラが言った。

「真実の上に建てる未来に」セレナが言った。

「三千年の孤独の終わりに」ヴェルディアが言った。

「帰ってこれたことに」イルヴァーンが掠れた声で言った。

「世界を救った理論に」リーシャが言った。

「——仲間に」レイドが言った。

 十一の杯が——鳴った。


  ◇


 夜が更けた。

 酒が進み——それぞれが、それぞれの相手と話している。

 ガレスとジークは腕相撲をしていた。テーブルが揺れる。周囲の客が迷惑そうに見ている。

「おっさん——まだやるか」

「まだだ。——お前こそ、片目で距離感狂ってるだろ」

「腕相撲に距離感は関係ねえ」

「うるせえ」

 二人の腕が——拮抗していた。筋肉が盛り上がり、血管が浮き出ている。

 ガレスが押した。ジークの手が——テーブルに叩きつけられた。

「ガハハ! 俺の勝ちだ!」

「力だけは認めてやる」ジークが手を振った。「だが次は——金を賭けてやるぞ」

「受けて立つ」

 フェリクスがため息をついた。

「品がないね」

「品で腹は膨れねえよ」ジークが言った。


  ◇


 セレナがアルヴィンの隣に座っていた。

「明日——王都に帰ったら、すぐに聖教会本部に入る」

「一人で大丈夫か」

「一人じゃないわ。改革派の司祭たちが——もう動き始めている。ルーカスからの手紙で知った。ラトリアの町から——改革の波が広がっている」

「ルーカスか。——いい司祭だと聞いている」

「マルティウスの教えの良い部分を残して——嘘を取り除く。それが——私の仕事」

 アルヴィンが杯を傾けた。

「俺も——王都で仕事がある。国王に報告しなければ。世界の回路のこと。新しい均衡のこと。——そして、マルティウスのこと」

「マルティウスは——」

「死んではいない。拘束されたまま——王都にいるはずだ。裁くのは——俺の仕事ではない。だが——彼の行いを記録に残す必要がある」

 セレナが俯いた。

「彼は——悪人だったのかしら」

「悪人——ではなかったのだろう。方法が間違っていた。だが——世界を守りたかった気持ちは、本物だったのかもしれない」

「だとしても——許されないことをした」

「ああ。許されない。——だが、理解はできる。理解した上で——二度と繰り返さないようにする。それが——改革だ」

 セレナが頷いた。翡翠の瞳に——決意が宿っていた。


  ◇


 深夜。

 客が減った酒場で、レイドとヴェルディアとイルヴァーンが残っていた。

 イルヴァーンは二杯目の麦酒を——ゆっくりと飲んでいた。顔が赤い。人間の体は——酒に弱い。

「レイド」イルヴァーンが言った。「お前は——死に戻りをした男だと聞いた」

「ああ」

「一周目の世界では——俺はどうなった」

「存在自体が——知られていなかった。封印の中にいたまま——世界が崩壊した」

「崩壊——」

「魔王が倒され、柱が消え、均衡が崩壊した。全てが終わった。——お前の封印も、意味を失った」

 イルヴァーンが杯を見つめた。琥珀色の液体に——自分の顔が映っている。

「三千年——封印の中で計画を練り続けた。世界を完成させるために。だが——一周目の世界では、俺の計画は実行されることなく終わった。世界が崩壊して——全てが無駄になった」

「無駄じゃなかった」レイドが言った。「お前が世界の回路の欠陥を見つけた。それがなければ——俺たちは回路を完成させる方法を知らなかった」

「俺の三千年は——お前たちの踏み台か」

「踏み台——ではない。土台だ。お前の知識が——俺たちの土台になった」

 イルヴァーンが黙った。そして——微かに笑った。

「土台——か。悪くない」

 ヴェルディアが三人目の杯を空にした。琥珀色の瞳が——少し潤んでいる。酒のせいか。

「イルヴァーン。お前は——これからどうする」

「分からない。体が——まだまともに動かない。歩くのがやっとだ」

「落ち着くまで——俺たちと一緒にいろ」レイドが言った。

「俺たち——」

「俺とリーシャとヴェルディア。三人で旅をしていた。お前も来い。四人になる」

「裏切り者の俺を——」

「二度裏切った。ああ。——だが、お前は帰ってきた。帰ってきた奴を追い返すほど、俺は狭量じゃない」

 イルヴァーンが——長い沈黙の後、頷いた。

「世話になる」

「遠慮するな。——ヴェルディアが面倒を見てくれる」

「私が——?」

「三千年ぶりの再会だろう。積もる話もあるだろうし」

 ヴェルディアとイルヴァーンが——顔を見合わせた。三千年の距離。裏切りと封印。だが——今は隣に座っている。人間として。

「……積もる話——三千年分か」ヴェルディアが言った。

「三千年分は——何年かかるだろうな」

「生きている限り——話し続ければいい」

 窓の外で——夜明けの気配がした。空の端が——僅かに白んでいる。

 最後の夜が——終わろうとしていた。
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