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旅立ちの朝
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レヴァルスの港。朝日が海を照らしていた。
波が桟橋を優しく叩いている。潮の匂い。海鳥の声。漁師たちが網を繕っている。日常の風景——世界が終わりかけていたことなど嘘のように、穏やかな朝だ。
港の広場に——十一人が集まった。
アルヴィンが最初に口を開いた。
「俺は——この船で王都に帰る。セレナ、一緒に来るか」
「ええ。——一緒に」
セレナがアルヴィンの隣に並んだ。白い髪が朝日に輝いている。
アルヴィンが全員を見回した。金髪碧眼の勇者。聖剣は——腰に佩いている。だが、かつてのように光ってはいない。穏やかに——鞘の中で眠っている。
「またな。——世界のどこかで」
ジークが鼻で笑った。
「金が必要になったら呼べ。傭兵は——平和な時代でも需要がある」
「金勘定は変わらないな」
「変わらないさ。——行くぞ、フェリクス」
ジークとフェリクスが、南大陸行きの商船に向かった。フェリクスが振り返り、手を上げた。
「計測記録は——全てまとめて王都に送ります。世界の回路の設計図も含めて。後世に残すべき資料だ」
「頼んだ」リーシャが頷いた。
ヴァレリウスが白い法衣の襟を正した。
「俺は陸路でサルディスに向かう。アウグストゥスに——全てを報告する。五つの神殿の管理体制を——整える」
「ヴァレリウス」レイドが声をかけた。
「何だ」
「お前は——いい管理者になる」
ヴァレリウスの口元が——僅かに緩んだ。笑顔とは言えないが——信頼への応答。
「約束する。——百年後も、封印は守る」
ヴァレリウスが去った。白い法衣が朝日の中に消えていく。
ガレスが大きく伸びをした。
「俺も行くか。海村まで——船で一日だ」
「引退するんだろう」ミラが聞いた。
「ああ。——今度こそ。畑を耕して、魚を釣って、孫の顔を見て暮らす。——ガハハ、嘘だ。孫はいねえ」
「また飽きたら出てくるくせに」
「かもな。——だが、しばらくはのんびりする。世界が平和になったんだ。盾を担ぐ理由がない」
ガレスがレイドの前に立った。大きな体。赤毛。日に焼けた顔。
「レイド」
「何だ」
「お前は——いい仲間だった。一周目のことは知らねえが——二周目のお前は、俺の誇りだ」
大きな手が——レイドの肩を掴んだ。力が込められた。痛いほど。だが——温かい。
「またな、ガレス」
「ああ。——飯くらい食いに来い。俺の焼き魚は絶品だぞ」
ガレスが笑って去った。大きな背中が——港の人混みに消えていった。
ミラが最後に残った。
「あたしも——行くわ。東に。何があるか分かんないけど」
「気をつけろ」
「心配しないで。あたし、斥候だから。——危険は避けるのが仕事」
ミラがレイドの前で足を止めた。猫のような目が——真っ直ぐにレイドを見つめた。
「レイド。——ありがとう」
「何がだ」
「居場所をくれたこと。あんたが——『一緒に来い』って言ってくれた。あの時から——あたしの人生が変わった」
「俺の方が——お前に助けられた」
「お互い様ってことね。——じゃあね」
ミラが手を振って走り出した。身軽に。猫のように。振り返らずに——朝日の中に消えていった。
◇
港に——四人が残った。
レイド。リーシャ。ヴェルディア。イルヴァーン。
「これから——どうする」リーシャが聞いた。
レイドは海を見つめた。碧い海。どこまでも続く水平線。
「旅を——続けよう」
「続ける——」
「ヴェルディアとイルヴァーンは——まだ人間の世界を知らない。見せたいものがある。美味いもの。美しい景色。——普通の日常」
ヴェルディアが微かに笑った。
「普通の日常——三千年ぶりだ。いや——私にとっては初めてだ。竜だった頃は——日常という概念がなかった」
「イルヴァーンは——歩けるか」
「まだ——長距離は無理だ」イルヴァーンが答えた。「だが——ゆっくりなら」
「ゆっくり行こう。急ぐ旅じゃない」
リーシャがレイドの横に並んだ。
「どこに行きますか」
「まずは——西へ。ヴェルデの街で一泊して、それから——」
「それから?」
「決めない。——風の向くまま」
「ミラみたいなことを言いますね」
「ミラの影響かもな」
四人が——港を後にした。
朝日の街道を歩き始めた。ゆっくりと。イルヴァーンの歩調に合わせて。ヴェルディアがイルヴァーンの腕を支えている。
街道の両脇に——花が咲いていた。黄色い野花。風に揺れている。
「花だ」イルヴァーンが足を止めた。
「花だよ」
「三千年——花を見なかった。深淵には——何も咲かない」
イルヴァーンがしゃがみ込んだ。花に顔を近づけた。匂いを嗅いだ。
「甘い。——これが花の匂いか」
「そうだ」ヴェルディアが答えた。「私も——人間になって初めて花の匂いを知った。竜の鼻は——鈍かった」
「人間の体は——不便で、脆くて、疲れる。だが——花の匂いが分かる」
「ああ。——それだけで十分だ」
四人が歩き始めた。街道は西に続いている。海が左手に見えている。波が光っている。
レイドはリーシャの横を歩いた。
「リーシャ」
「はい」
「ありがとう」
「何に対してですか。いくつかありすぎて」
「全部に」
リーシャが笑った。銀髪が風に揺れている。碧眼が——朝日を映している。
「私もです。——全部に」
四人の影が——街道に伸びていた。朝日が背中を照らしている。長い影。四つの影。
旅は——まだ終わらない。
波が桟橋を優しく叩いている。潮の匂い。海鳥の声。漁師たちが網を繕っている。日常の風景——世界が終わりかけていたことなど嘘のように、穏やかな朝だ。
港の広場に——十一人が集まった。
アルヴィンが最初に口を開いた。
「俺は——この船で王都に帰る。セレナ、一緒に来るか」
「ええ。——一緒に」
セレナがアルヴィンの隣に並んだ。白い髪が朝日に輝いている。
アルヴィンが全員を見回した。金髪碧眼の勇者。聖剣は——腰に佩いている。だが、かつてのように光ってはいない。穏やかに——鞘の中で眠っている。
「またな。——世界のどこかで」
ジークが鼻で笑った。
「金が必要になったら呼べ。傭兵は——平和な時代でも需要がある」
「金勘定は変わらないな」
「変わらないさ。——行くぞ、フェリクス」
ジークとフェリクスが、南大陸行きの商船に向かった。フェリクスが振り返り、手を上げた。
「計測記録は——全てまとめて王都に送ります。世界の回路の設計図も含めて。後世に残すべき資料だ」
「頼んだ」リーシャが頷いた。
ヴァレリウスが白い法衣の襟を正した。
「俺は陸路でサルディスに向かう。アウグストゥスに——全てを報告する。五つの神殿の管理体制を——整える」
「ヴァレリウス」レイドが声をかけた。
「何だ」
「お前は——いい管理者になる」
ヴァレリウスの口元が——僅かに緩んだ。笑顔とは言えないが——信頼への応答。
「約束する。——百年後も、封印は守る」
ヴァレリウスが去った。白い法衣が朝日の中に消えていく。
ガレスが大きく伸びをした。
「俺も行くか。海村まで——船で一日だ」
「引退するんだろう」ミラが聞いた。
「ああ。——今度こそ。畑を耕して、魚を釣って、孫の顔を見て暮らす。——ガハハ、嘘だ。孫はいねえ」
「また飽きたら出てくるくせに」
「かもな。——だが、しばらくはのんびりする。世界が平和になったんだ。盾を担ぐ理由がない」
ガレスがレイドの前に立った。大きな体。赤毛。日に焼けた顔。
「レイド」
「何だ」
「お前は——いい仲間だった。一周目のことは知らねえが——二周目のお前は、俺の誇りだ」
大きな手が——レイドの肩を掴んだ。力が込められた。痛いほど。だが——温かい。
「またな、ガレス」
「ああ。——飯くらい食いに来い。俺の焼き魚は絶品だぞ」
ガレスが笑って去った。大きな背中が——港の人混みに消えていった。
ミラが最後に残った。
「あたしも——行くわ。東に。何があるか分かんないけど」
「気をつけろ」
「心配しないで。あたし、斥候だから。——危険は避けるのが仕事」
ミラがレイドの前で足を止めた。猫のような目が——真っ直ぐにレイドを見つめた。
「レイド。——ありがとう」
「何がだ」
「居場所をくれたこと。あんたが——『一緒に来い』って言ってくれた。あの時から——あたしの人生が変わった」
「俺の方が——お前に助けられた」
「お互い様ってことね。——じゃあね」
ミラが手を振って走り出した。身軽に。猫のように。振り返らずに——朝日の中に消えていった。
◇
港に——四人が残った。
レイド。リーシャ。ヴェルディア。イルヴァーン。
「これから——どうする」リーシャが聞いた。
レイドは海を見つめた。碧い海。どこまでも続く水平線。
「旅を——続けよう」
「続ける——」
「ヴェルディアとイルヴァーンは——まだ人間の世界を知らない。見せたいものがある。美味いもの。美しい景色。——普通の日常」
ヴェルディアが微かに笑った。
「普通の日常——三千年ぶりだ。いや——私にとっては初めてだ。竜だった頃は——日常という概念がなかった」
「イルヴァーンは——歩けるか」
「まだ——長距離は無理だ」イルヴァーンが答えた。「だが——ゆっくりなら」
「ゆっくり行こう。急ぐ旅じゃない」
リーシャがレイドの横に並んだ。
「どこに行きますか」
「まずは——西へ。ヴェルデの街で一泊して、それから——」
「それから?」
「決めない。——風の向くまま」
「ミラみたいなことを言いますね」
「ミラの影響かもな」
四人が——港を後にした。
朝日の街道を歩き始めた。ゆっくりと。イルヴァーンの歩調に合わせて。ヴェルディアがイルヴァーンの腕を支えている。
街道の両脇に——花が咲いていた。黄色い野花。風に揺れている。
「花だ」イルヴァーンが足を止めた。
「花だよ」
「三千年——花を見なかった。深淵には——何も咲かない」
イルヴァーンがしゃがみ込んだ。花に顔を近づけた。匂いを嗅いだ。
「甘い。——これが花の匂いか」
「そうだ」ヴェルディアが答えた。「私も——人間になって初めて花の匂いを知った。竜の鼻は——鈍かった」
「人間の体は——不便で、脆くて、疲れる。だが——花の匂いが分かる」
「ああ。——それだけで十分だ」
四人が歩き始めた。街道は西に続いている。海が左手に見えている。波が光っている。
レイドはリーシャの横を歩いた。
「リーシャ」
「はい」
「ありがとう」
「何に対してですか。いくつかありすぎて」
「全部に」
リーシャが笑った。銀髪が風に揺れている。碧眼が——朝日を映している。
「私もです。——全部に」
四人の影が——街道に伸びていた。朝日が背中を照らしている。長い影。四つの影。
旅は——まだ終わらない。
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