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修繕屋の旅
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三ヶ月が経った。
四人はゆっくりと世界を巡った。ヴェルデの街から南に下り、港町カレンで船に乗り、南大陸の砂漠を横断し、レグスでジークと再会し、海岸線を北上し、サルディスでヴァレリウスと合流し、東回廊の山を越え——気がつけば、北大陸を半周していた。
イルヴァーンの体は——少しずつ回復していた。最初は百歩で息が上がったが、今では一日中歩ける。食事の量も安定し、顔色に血の気が戻っている。
「人間の体は——適応するものだな」イルヴァーンが言った。
「三千年で忘れたか」ヴェルディアが答えた。
「忘れた。——だが、思い出した。足が地面を蹴る感覚。風が頬に当たる温度。日差しの角度で時間が分かること。——全部、思い出した」
旅の道中で、四人は様々なものを見た。
砂漠の二つ目の神殿では——かつて花畑だった跡地に、再び花が咲き始めていた。回路の完成が——地脈を通じて、枯れた土地に魔力を巡らせたのだ。
「千年前の花畑が——蘇るのか」リーシャが花を見つめた。
「回路の効果だ」ヴェルディアが頷いた。「地脈が正常に循環すれば——大地は自ら回復する」
サルディスではアウグストゥスが——五つの神殿の管理体制を整えていた。各神殿に司祭を配置し、結晶球の定期点検の手順を確立している。
「お前の提案通りだ」アウグストゥスがレイドに言った。「聖教会は——封印の管理者になった。新しい使命だ」
「うまくいっているか」
「問題はある。旧来の教義にしがみつく者もいる。だが——真実を知った者は、変わっていく。時間がかかるが——変わっていく」
レグスではジークが黒鷹の傭兵ギルドを拡大していた。封印の護衛任務を正式に請け負い、五つの神殿の警備を担当している。
「金にならねえ仕事だが——安定はしてる」ジークが言った。
「安定を求めるなんて——らしくないね」フェリクスが笑った。
「うるせえ。——歳を取ったんだよ」
◇
そして——四人は東回廊を抜け、故郷の地に近づいていた。
アッシュベリー村。レイドの生まれた村。死に戻りの朝——全てが始まった場所。
「ここが——お前の故郷か」ヴェルディアが村の入口に立った。
小さな村だ。石造りの家が数十軒。畑が広がり、裏山の緑が空を縁取っている。村の中央に井戸。道端に子供たちが走り回っている。
「ああ。——小さい村だ」
「温かい場所だ」イルヴァーンが言った。「空気が——優しい」
村の入口で——少年が駆けてきた。
「レイド! レイドが帰ってきた!」
ルカだ。背が伸びていた。半年ぶりの再会。
「ルカ。——大きくなったな」
「レイド——何があったの? 嵐が来て、地震が来て——それが急に止まって。世界中がおかしかったのに——今は、すっごく穏やかで」
「長い話だ。——後で話す」
「あ、それと——裏山の泉! すっごく綺麗になったんだ! 前は少し濁ってたのに——今は、底まで見えるくらい透き通ってる!」
レイドが笑った。
「そうか。——見に行くか」
◇
裏山の泉。
木漏れ日が水面に落ちている。水は——透明だ。底の小石が一つ一つ数えられるほど。水草が揺れている。泉の縁に——小さな花が咲いていた。白い花。
「綺麗——」リーシャが膝をついて水面を覗き込んだ。「魔力の流れが——安定しています。地脈からの供給が正常。この泉は——世界の回路と繋がっているんですね」
「全ての泉が——繋がっている」ヴェルディアが答えた。「地脈は世界の血管だ。回路が完成したことで——血の巡りが良くなった」
レイドは泉の縁に座った。水に手を浸した。冷たい。——清らかな冷たさ。
一周目では——この泉を見ることなく旅に出た。そして二度と帰れなかった。
二周目では——この泉の水が濁り始めていることを、ルカの言葉で知った。世界の均衡が崩れ始めていた証拠。だが今——泉は澄んでいる。
「ここで——始まったんだ」レイドが呟いた。
「何が?」リーシャが聞いた。
「全部。——死に戻りの朝、この村で目を覚ました。窓の外に——滅んだはずの村が広がっていた。そこから——全部始まった」
「そして——ここに帰ってきた」
「ああ。——帰ってきた」
イルヴァーンが泉の水を手ですくった。
「この水——泉の核にある水と似ている。組成が。——だが、こちらの方が美味い」
「飲んだのか」
「飲んだ。——冷たくて、甘い。深淵の水とは——正反対だ」
ヴェルディアが泉の縁に腰を下ろした。琥珀色の瞳が——水面を見つめている。
「三千年——世界を支え続けた。何のためか——分からなくなった時もあった。だが——」
「だが?」
「この泉を見て——分かった。世界は——こういう場所のためにある。小さな泉。小さな花。小さな村。——大きなことのためじゃない。小さな、穏やかなもののために——世界は在る」
風が吹いた。木の葉がさざめいた。水面に波紋が広がり、消えた。
レイドは空を見上げた。青い空。白い雲。太陽が——温かい。
「リーシャ」
「はい」
「俺の旅は——何だったと思う」
「修繕の旅です」
「修繕——」
「壊れたものを直す旅。世界の均衡を。封印を。回路を。——そして、人の心を。アルヴィンの正義を。ヴァレリウスの信仰を。イルヴァーンの孤独を。——レイドは、壊れたものを直し続けた」
「修繕屋か。——格好悪いな」
「格好悪くないです。世界を救うのは——壊す力じゃなく、直す力です。一周目では——勇者は魔王を壊しに行った。二周目では——修繕屋が世界を直しに行った。どちらが本当の勇者か——明白です」
レイドが笑った。一周目の口調が——少しだけ漏れた。
「——そうかもな」
リーシャが隣に座った。肩が触れた。銀髪が風に揺れている。碧眼が——泉の水面を映している。
「これからも——直し続けますか」
「ああ。壊れたものがあれば——直す。それが俺の仕事だ。——でも、もう一人じゃない」
「ええ。一人じゃない」
四人が——泉の畔に座っていた。レイドとリーシャ。ヴェルディアとイルヴァーン。
泉の水が——澄んでいる。底まで見える。小石の一つ一つが光っている。白い花が風に揺れている。
世界は——もう、誰か一人の犠牲で支える必要はない。回路が完成し、均衡は自律的に維持されている。百年後に劣化すれば——次の世代が直す。その次の世代も。人間は——壊れたものを直し続ける。それが——生きるということだ。
レイドは泉の水をすくった。冷たい水が指の間を流れ落ちた。
死に戻りした朝——この村で全てが始まった。世界を救うために。勇者を止めるために。魔王を守るために。——そしてたくさんの仲間と出会い、たくさんの壊れたものを直し、ここに戻ってきた。
ルカの声が遠くから聞こえた。「レイドー! お昼ごはんだよー!」
レイドが立ち上がった。リーシャが手を差し出した。レイドがその手を取った。
「行こう」
「ええ」
四人が村に向かって歩き始めた。小さな村。石造りの家。畑。井戸。子供たちの声。
裏山の泉が——きらきらと光っていた。底まで澄んだ水に——空が映っている。青い空。白い雲。
世界は——穏やかだった。
修繕屋の旅は——終わった。
だが——修繕屋の日常は、これからも続いていく。壊れたものがあれば直す。それだけのことだ。それだけのことが——世界を繋いでいく。
泉の畔に、白い花が風に揺れていた。
四人はゆっくりと世界を巡った。ヴェルデの街から南に下り、港町カレンで船に乗り、南大陸の砂漠を横断し、レグスでジークと再会し、海岸線を北上し、サルディスでヴァレリウスと合流し、東回廊の山を越え——気がつけば、北大陸を半周していた。
イルヴァーンの体は——少しずつ回復していた。最初は百歩で息が上がったが、今では一日中歩ける。食事の量も安定し、顔色に血の気が戻っている。
「人間の体は——適応するものだな」イルヴァーンが言った。
「三千年で忘れたか」ヴェルディアが答えた。
「忘れた。——だが、思い出した。足が地面を蹴る感覚。風が頬に当たる温度。日差しの角度で時間が分かること。——全部、思い出した」
旅の道中で、四人は様々なものを見た。
砂漠の二つ目の神殿では——かつて花畑だった跡地に、再び花が咲き始めていた。回路の完成が——地脈を通じて、枯れた土地に魔力を巡らせたのだ。
「千年前の花畑が——蘇るのか」リーシャが花を見つめた。
「回路の効果だ」ヴェルディアが頷いた。「地脈が正常に循環すれば——大地は自ら回復する」
サルディスではアウグストゥスが——五つの神殿の管理体制を整えていた。各神殿に司祭を配置し、結晶球の定期点検の手順を確立している。
「お前の提案通りだ」アウグストゥスがレイドに言った。「聖教会は——封印の管理者になった。新しい使命だ」
「うまくいっているか」
「問題はある。旧来の教義にしがみつく者もいる。だが——真実を知った者は、変わっていく。時間がかかるが——変わっていく」
レグスではジークが黒鷹の傭兵ギルドを拡大していた。封印の護衛任務を正式に請け負い、五つの神殿の警備を担当している。
「金にならねえ仕事だが——安定はしてる」ジークが言った。
「安定を求めるなんて——らしくないね」フェリクスが笑った。
「うるせえ。——歳を取ったんだよ」
◇
そして——四人は東回廊を抜け、故郷の地に近づいていた。
アッシュベリー村。レイドの生まれた村。死に戻りの朝——全てが始まった場所。
「ここが——お前の故郷か」ヴェルディアが村の入口に立った。
小さな村だ。石造りの家が数十軒。畑が広がり、裏山の緑が空を縁取っている。村の中央に井戸。道端に子供たちが走り回っている。
「ああ。——小さい村だ」
「温かい場所だ」イルヴァーンが言った。「空気が——優しい」
村の入口で——少年が駆けてきた。
「レイド! レイドが帰ってきた!」
ルカだ。背が伸びていた。半年ぶりの再会。
「ルカ。——大きくなったな」
「レイド——何があったの? 嵐が来て、地震が来て——それが急に止まって。世界中がおかしかったのに——今は、すっごく穏やかで」
「長い話だ。——後で話す」
「あ、それと——裏山の泉! すっごく綺麗になったんだ! 前は少し濁ってたのに——今は、底まで見えるくらい透き通ってる!」
レイドが笑った。
「そうか。——見に行くか」
◇
裏山の泉。
木漏れ日が水面に落ちている。水は——透明だ。底の小石が一つ一つ数えられるほど。水草が揺れている。泉の縁に——小さな花が咲いていた。白い花。
「綺麗——」リーシャが膝をついて水面を覗き込んだ。「魔力の流れが——安定しています。地脈からの供給が正常。この泉は——世界の回路と繋がっているんですね」
「全ての泉が——繋がっている」ヴェルディアが答えた。「地脈は世界の血管だ。回路が完成したことで——血の巡りが良くなった」
レイドは泉の縁に座った。水に手を浸した。冷たい。——清らかな冷たさ。
一周目では——この泉を見ることなく旅に出た。そして二度と帰れなかった。
二周目では——この泉の水が濁り始めていることを、ルカの言葉で知った。世界の均衡が崩れ始めていた証拠。だが今——泉は澄んでいる。
「ここで——始まったんだ」レイドが呟いた。
「何が?」リーシャが聞いた。
「全部。——死に戻りの朝、この村で目を覚ました。窓の外に——滅んだはずの村が広がっていた。そこから——全部始まった」
「そして——ここに帰ってきた」
「ああ。——帰ってきた」
イルヴァーンが泉の水を手ですくった。
「この水——泉の核にある水と似ている。組成が。——だが、こちらの方が美味い」
「飲んだのか」
「飲んだ。——冷たくて、甘い。深淵の水とは——正反対だ」
ヴェルディアが泉の縁に腰を下ろした。琥珀色の瞳が——水面を見つめている。
「三千年——世界を支え続けた。何のためか——分からなくなった時もあった。だが——」
「だが?」
「この泉を見て——分かった。世界は——こういう場所のためにある。小さな泉。小さな花。小さな村。——大きなことのためじゃない。小さな、穏やかなもののために——世界は在る」
風が吹いた。木の葉がさざめいた。水面に波紋が広がり、消えた。
レイドは空を見上げた。青い空。白い雲。太陽が——温かい。
「リーシャ」
「はい」
「俺の旅は——何だったと思う」
「修繕の旅です」
「修繕——」
「壊れたものを直す旅。世界の均衡を。封印を。回路を。——そして、人の心を。アルヴィンの正義を。ヴァレリウスの信仰を。イルヴァーンの孤独を。——レイドは、壊れたものを直し続けた」
「修繕屋か。——格好悪いな」
「格好悪くないです。世界を救うのは——壊す力じゃなく、直す力です。一周目では——勇者は魔王を壊しに行った。二周目では——修繕屋が世界を直しに行った。どちらが本当の勇者か——明白です」
レイドが笑った。一周目の口調が——少しだけ漏れた。
「——そうかもな」
リーシャが隣に座った。肩が触れた。銀髪が風に揺れている。碧眼が——泉の水面を映している。
「これからも——直し続けますか」
「ああ。壊れたものがあれば——直す。それが俺の仕事だ。——でも、もう一人じゃない」
「ええ。一人じゃない」
四人が——泉の畔に座っていた。レイドとリーシャ。ヴェルディアとイルヴァーン。
泉の水が——澄んでいる。底まで見える。小石の一つ一つが光っている。白い花が風に揺れている。
世界は——もう、誰か一人の犠牲で支える必要はない。回路が完成し、均衡は自律的に維持されている。百年後に劣化すれば——次の世代が直す。その次の世代も。人間は——壊れたものを直し続ける。それが——生きるということだ。
レイドは泉の水をすくった。冷たい水が指の間を流れ落ちた。
死に戻りした朝——この村で全てが始まった。世界を救うために。勇者を止めるために。魔王を守るために。——そしてたくさんの仲間と出会い、たくさんの壊れたものを直し、ここに戻ってきた。
ルカの声が遠くから聞こえた。「レイドー! お昼ごはんだよー!」
レイドが立ち上がった。リーシャが手を差し出した。レイドがその手を取った。
「行こう」
「ええ」
四人が村に向かって歩き始めた。小さな村。石造りの家。畑。井戸。子供たちの声。
裏山の泉が——きらきらと光っていた。底まで澄んだ水に——空が映っている。青い空。白い雲。
世界は——穏やかだった。
修繕屋の旅は——終わった。
だが——修繕屋の日常は、これからも続いていく。壊れたものがあれば直す。それだけのことだ。それだけのことが——世界を繋いでいく。
泉の畔に、白い花が風に揺れていた。
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