処刑エンドの悪役令嬢に転生したので攻略対象を全員回避して辺境で起業したら、なぜか王太子が追いかけてくるんですが

ポポリーナ

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三つの言い訳——攻略対象、勢揃い

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 レオンハルトが東の客室から。ルキウスが北の練兵場から。エミルが薬草園の方角から。三つの方向から同時に廊下に出てきて、交差点で鉢合わせた。

 三者が互いを認識する。

 レオンハルトの鋭い視線が険しくなった。「なぜルキウスだけでなくエミルまでいる」と言いたげだ。

 ルキウスの琥珀の目がエミルを射抜いた。「また面倒な奴が増えた」という顔だ。

 エミルは穏やかに微笑んだまま、二人を観察している。「興味深い構図ですね」とでも思っているのだろう。

 私は廊下の隅で石像になりたかった。あるいは壁に溶け込みたかった。存在を消す魔法があるなら全財産を払う。

 三秒間の沈黙が、廊下を支配した。

 レオンハルトが姿勢を正した。王太子モードに切り替わるのが見えた。ルキウスは腕を組んだ。エミルは微笑みを崩さない。三者三様の反応。しかし共通しているのは、「自分以外がここにいる理由」を測っていること。

「セラフィーナ、今夜の食事はどうなっている」

 レオンハルトが最初に口を開いた。日常的な問いかけで場を切り替える判断。さすがに政務慣れしている。

「あ、えーと、ヘルガに——」

「全員で食べることになっていますよ。ヘルガ殿が準備を進めてくださっています」

 エミルが横から答えた。いつの間にヘルガと打ち合わせたのだ。

「……全員で?」

 ルキウスの声が低い。大勢の食事は苦手なタイプだろう。剣を振っている方が落ち着く人間だ。

「はい。フリッツ殿とヨハン殿も一緒です。六人ですね」

「七人です」

 ヘルガが廊下の奥から現れた。エプロン姿。手には大鍋。

「私も食べます。作った人間が食べないのは失礼ですからね」

 ヘルガ。誰もあなたを除外していない。しかしこの毒舌家政婦長が加わることで、食卓の空気が少しだけ和むような気がした。


  ◇


 領主館の食堂。

 長いテーブルの周りに七人が座った。上座にレオンハルト——と思ったが、本人が「余は客だ。セラフィーナが上座に座れ」と主張し、結局私が上座に収まった。向かいにレオンハルト。右にルキウス。左にエミル。ヨハンが私の隣、フリッツがレオンハルトの隣。ヘルガは端の席で全員を見渡せる位置。

 配置図だけ見れば、面接官三人に挟まれた求職者の気分だ。あるいは、取引先三社の重役に囲まれた営業担当の気分。どちらにせよ、胃が痛い。

 ヨハンが隣で緊張した顔をしている。フリッツは手帳を膝の上に隠し持って、記録体勢だ。ヘルガだけが泰然としていた。四十年分の胆力は伊達ではない。

 料理はヘルガの辺境料理。根菜のポタージュ、黒パン、鹿肉の煮込み、ヘルムガルド鋼で作った鍋で調理した温野菜。素朴だが、量は十分。味は保証する。ヘルガの料理は裏切らない。

 レオンハルトが鹿肉を一口食べて「美味い」と呟いた。ルキウスも黙って食べている。食事の量はルキウスが圧倒的で、一人で三人分を平らげそうな勢いだ。エミルは上品に食べながら、卓上の全員の表情を観察している。

「それで——」

 私が場を取り持つべきだろう。これは食事会であって裁判ではない。

「皆様、それぞれの辺境訪問の目的を改めてお聞かせ願えますか」

 外交的な口調。令嬢モード全開。

「辺境視察。王太子としての公務だ」

 レオンハルトが即答した。嘘ではないが全部でもない。

「北方の治安維持。騎士団長としての職責だ」

 ルキウスも即答。同じく嘘ではないが全部でもない。

「魔力循環の学術調査。宮廷魔術師ギルドの研究プロジェクトの一環です」

 エミルだけが笑顔で答えた。この人の答えが一番嘘っぽい。

 三人がそれぞれの「建前」を述べた。本音は誰も言わない。しかし三つの建前が全てセラフィーナ——私——に収束しているという事実は、テーブルの全員が気づいている。

 ヨハンがスープを啜りながら、小声で呟いた。

「これ、ゲームのイベントが全部発動してませんか」

 ポタージュを噴き出しそうになった。

 ヨハンは「ゲーム」の意味を知らない。しかし「何かの物語のように都合よく人が集まっている」という直感は正しい。恐ろしいほど正しい。

「ヨハン、声が大きいですわ」

「え、小声のつもりでしたけど——」

 エミルが穏やかに笑った。聞こえていた。絶対に聞こえていた。

 食事が進むにつれ、テーブルの空気は少しずつ変わっていった。

 最初の変化は、ルキウスだった。鹿肉の煮込みを三杯目おかわりした後、ぼそりと「この肉、鍛冶場のそばで干していたやつか。火の加減がいい」と言った。料理を褒めるルキウスを見たのは初めてだ。ヘルガが「あんたは正直な腹をしてるね」と返し、ルキウスの耳が赤くなった。

 次にレオンハルトが帳簿で学んだ複式簿記の応用について話し始めた。「王国の軍事費の記帳にこの方法を適用すれば、装備費の膨張を早期発見できる」と熱弁し、フリッツが慌てて手帳にメモを取った。ルキウスが「軍事費の話は食事の席でするな」と言い、レオンハルトが「お前が三杯目のおかわりをしている間に話は進む」と返した。食卓に笑いが起きた。初めての笑い。

 エミルは聖光草の魔力特性について見解を述べた。「古代の魔術師たちは、魔力脈の活性域に聖堂を建てた。ヘルムガルドの地下にあるものは、自然の聖堂かもしれません」。オルガの名前が出た時、エミルの声に敬意が混じった。

 三人とも、辺境の実態に本気で感心している。建前を超えた、生の反応。

 ヘルガが黙ってワインを注ぎ足している。あの鋭い目が全員を見回して、何かを測っている。

 ヨハンが料理の追加を取りに厨房へ走る。フリッツが記録を続ける。私は上座で、全員の会話を聞きながら胃薬が欲しいと思っていた。この食卓の料理は美味しいのに、味がわからない。三人の攻略対象に囲まれた緊張で、舌が麻痺している。

 食事が終盤に差しかかった時だった。

 ルキウスがフォークを置いた。金属が皿に当たる乾いた音が、食堂に響いた。

 空気が変わった。

「一つ、言っておくことがある」

 ルキウスの声は低く、重かった。琥珀の目が——珍しく揺れていた。

 テーブルが静まり返った。ヘルガのワイン瓶が止まった。フリッツのペンが止まった。ヨハンのスプーンが止まった。

「学園時代のことだが」

 レオンハルトの碧い目が微かに動いた。エミルが眼鏡の位置を直した。

「……お前に——セラフィーナに、借りがある」

 食堂の温かい空気が、一瞬で凍りついた。

 借り。学園時代の。ルキウスと、セラフィーナの。

 私の脳が全速力でゲームの記憶を検索している。ルキウスルートの選択肢。学園のイベント。セラフィーナが関わるシーン——。

 ……見つからない。

 ゲームのプレイ動画を見た程度の記憶だ。細かい選択肢イベントまで覚えていない。「借り」が何を指すのか、わからない。

 しかしルキウスの目は真剣だった。この不器用な男が、この場で、全員の前で——「借り」を明かそうとしている。

 それがどれほどの勇気を要することか。この鎧のような男にとって、過去の恩義を口にすることは——鎧を脱ぐことに等しいのだ。

「ルキウス殿、それは——」

「黙って聞け」

 低い声。しかし震えていた。微かに。ワインの杯を握る指の関節が白い。

 フォークが皿の上で沈黙を守っている。食卓の温かさと、告白の緊張感が同居している。

 全員の目がルキウスに集まった。

 レオンハルトの表情に、微かな緊張が走った。フリッツのペンが紙の上で固まっている。書いていいのかわからない、という顔だ。

 エミルだけが、相変わらず穏やかに微笑んでいた。しかしその微笑みの奥——銀縁の眼鏡の向こうで、目が鋭く光っていた。観察者の目。三人の反応を同時に記録している目。この男は、食事中ずっとこの目をしていたはずだ。私が気づかなかっただけで。

 ヘルガがワイン瓶を静かにテーブルに置いた。音を立てないように。この老家政婦長は、場の空気が変わる瞬間を嗅ぎ取れる人間だ。

 ヨハンが私の袖を引っ張った。「大丈夫ですか」と目が言っている。大丈夫ではない。しかし今は——ルキウスの言葉を、聞かなければならない。

 ルキウスの耳の先が赤くなっていた。今度は、北風のせいではない。

 蝋燭の炎が揺れ、ルキウスの横顔に影を落とした。この男が鎧を脱ぐ瞬間が、今、来ようとしている。

 食卓の温かさの中で、一つの告白が始まろうとしていた。それがこの先の全てを変えることになるとは、この時の私は知らなかった。
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