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第9章 最終章 異世界人と竜の姫
01 もうひとつの方法
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・・・91日目・・・
「うわっ、すごい着信……」
昨日あれだけの暴風雨だったのが未明から止みだして夜明けにはすっかり上がった。
功助たちは一旦朝方に帰城し仮眠を取ることとなったのだが、功助が自室に置いていたスマホには数十件メッセージが入っていた。
「あちゃあ、全部親父たちからだ」
とどうしたもんかと腕を組む。
「コースケ様……」
「ミュゼ。そんなに心配しなくていいよ。俺が決めたことなんだからさ」
と言ってスマホを捜査する。
「電話してみるよ」
トゥルルルルル
何度目かの呼び出し音がして父進の声が聞こえてきた。
『功助、どないしたんや?夕べやったよなこっちに還ってくるの』
「あ、父さん。うん、そうだったんだけど……」
功助は昨日の話をした。暴風雨と洪水で壊滅的な惨状なこと。救助をしていて還れなかったことなどを話しした。
進むはそれを黙って聞いていたが、功助が話終わるとふうとため息をついた。
『そうか……。そんなことがあったんか。まあ、お前の性格やとそんなん見ててほっとけへんわな』
「父さん……」
『ほんで今城に戻ってきたんか?』
「うん」
『たくさんの人を助けられたんか?』
『うん。助けられるだけ助けた。でも、どうしようもなかったこともたくさんあった」
『そりゃそうや。総ての人を助けられへんかったって言うんは単なる驕りやさかいな』
「……うん。でも……」
『功助』
「はい」
『疲れたやろ?また救助に行くんやろけど、ゆっくり休ぃや。しっかり休んでまた救助に行ったらええ』
「うん」
『母さんと真依には俺から説明しとく。心配せんでええで功助』
「うん。わかった。……父さん」
『なんや?』
「ごめん」
『あほ。お前が謝ることちゃうやろ。さあ功助、少しでも休んどきや』
「うん。ありがとう」
『おう。ほんならな』
「うん。それじゃ」
功助はスマホをタップし電話を切るとふうと息を吐いた。
「コースケ様」
「うん。親父はわかってくれたみたいだ」
「そうですか」
と少しホッとするミュゼリア。
そして功助とミュゼリアは仮眠をとり昼前に魔法師隊控室に移動した。
「おはようございます。すんません、遅くなりました」
魔法師隊の控室に入る功助とミュゼリア。
「おはよ。ってもうお昼ね。ダーリン、疲れとれた?」
「すみません。仮眠のつもりがけっこう眠ってしまって」
と少し頭をかいた。
「いいのよ。でも、光魔法で疲労回復させてないわよね?」
「はい。ちゃんと自力です」
「そう、それはよかった。回復魔法で体力戻しても本当に戻ったことにはならないからね。それで、どうだった元の世界の家族との連絡」
「はい」
と早朝の父との話をした。
「お父さんはわかってくれたみたいね。でも、お母さんとマイちゃんはどうかなあ」
と心配そうなシャリーナ。
とその時ラナーシアが控室に入ってきた。
「隊長、召集です。ってコースケ隊長、体調はよろしいんですか?」
「あ、ラナーシア副隊長。はい、もう元気ですよ。それで召集って?」
「はい」
国王から、騎士団とともに城下及び周辺地域に救助救命に向かえとの勅命が下ったのだと言う。
「ダーリン……」
「大丈夫です。俺も行きます。魔法師隊の名誉隊長なんですよ俺」
と微笑む。
「……ダーリン……。わかったわ。ラナーシア、魔法師隊全員出動よ!」
「はい!」
青の騎士団、緑の騎士団、そして魔法師隊の白竜軍は被災地を巡り次々と救助救命を行なった。
浸水地区の排水は水魔法師が、汚泥処理は土魔法師が、そして救命処置は治癒術師を中心に光魔法を使える者が対応している。大きな岩や樹木などは竜化した青の騎士団が除去し緑の騎士団は被災地の警戒に当たったりしている。
魔法の存在するこの世界ではやはり地球とは違い復興速度は早い。
その夜、再び功助は元の世界と連絡をとった。今度はビデオ通話で両親と妹の真依と話をした。
『……で、どうするつもりなの功助』
元の世界に戻る儀式ができなかったことを説明すると母の友紀も妹の真依も困惑していた。だが父進の言葉に二人とも何も言えなくなった。「俺達の息子、功助は誰かが助けを求めれば喜んで手を貸す。放って見過ごすことなどできない男だ」と。
「……、もうひとつだけ、元の世界に戻れる方法はあるにはある。だけどそれは使いたくない」
『……真依から聞いたわよ。そうね、功助にそんなことできるわけないわよね。もしできるって言ったら、私、功助を半殺しにするかもね』
と笑う友紀。
『あたしも母さんと同じことするよたぶん』
と真依も笑う。
『まあ、そういうことや功助。お前とはもう会うこともでけへんやろけど。それはもうしゃあないわ。そのお前のスマホが壊れるまではこうやって話できるんやさかいな。寂しいけどお前も男や、腹くくりぃや』
と進むは真剣な目で功助を見つめた。
「うん。そうだよな」
功助が微小した時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、お待ちください」
離れたところで待機していたミュゼリアがドアを開けるとそこにはシオンベールが立っていた。
「姫様?」
「入ってもよろしいですかミュゼリア」
ミュゼリアはチラッと功助を見た。功助は小さく頷く。
はい。どうぞお入りください」
そしてシオンベールは元の世界とビデオ通話で話している功助の横に座った。一緒に入ってきたライラはミュゼリアとともに少し離れたところで待機する。
『あっ、シオン!』
真依がシオンベールに気づき声をかけた。
「お久しぶりですマイさん」
と微笑む。だが、すぐにスマホに向かって頭を下げた。
「みなさま、申し訳ございません。すべてわたくしの身勝手な行動がコースケ様の元の世界へのご帰還を奪ってしまいました。本当に申し訳ございません」
と額がテーブルに着くほど叩頭する。
「シオン……?」
功助が驚く。
『シオン、頭なんか下げないで、ね、シオン。話は兄貴から聞いたよ。いいのよシオン。シオンが気に病むことはないの』
と真依。
『そうよシオンさん。困ってる人を放っておけない子なのよ功助は。あなたが悪いんじゃない、ね』
と優しい声の友紀。
『そやでシオンちゃん。困ってる人をおいといてこっちに戻ってきてたらどつき回して追い返してたで。そやから気にせんといてや』
と進むも真依と友紀の後ろから声をかけた。
「お気遣いありがとうございます。しかし……、ご安心ください」
とスマホを見つめ背を伸ばすと言った。
「わたくしが、どんな方法を使ってでも、コースケ様が元の世界にご帰還できるよう献身いたします」
と胸を張る。すると真依が真剣な瞳をシオンに向けた。
『……シオン……、あなたもしかしてあの方法を使うつもりじゃないでしょうね?』
真依が無表情でシオンベールを見る。
「あの方法……?」
口を手で隠す。
『聞いてるのよ兄貴から。あなたの牙を使う方法があるってね』
「……」
横にいる功助を見るシオンベール。
『そうよシオンさん。そんな方法を使ってまでこっちに還ってきてほしくないわよわたしたち』
と友紀が言う。
「でも……」
『ええからええから。もうええから。全部功助が決めたことなんやから。なあ功助』
「うん。そのとおりだシオン。お前の牙なんて使うわけないぞ俺」
と言ってシオンベールの頭を撫でた。
『ああっ!功助お前!』
「な、なんだよ父さん」
『シオンちゃんの頭撫でやがって!許さんぞ!』
『あら?なんで許さないのかしら?』
とギロリと進むを睨む友紀。
『へ…?あ、いや、その』
『そうよ、お兄ちゃんの彼女なのよ。頭撫でるぐらい当然でしょ。目の前でチューしてもニコニコ笑ってるのが親よ。ねえ母さん』
『そうね。だから功助、シオンさんにチューしてみて。ね、ね、ね!』
と目をピンクのハートにしてニコニコする友紀。
「か、母さん、何言ってんだよもう」
と功助。
「わ、私は、い、いいのですが……」
と真っ赤な顔のシオンベール。
『うっわあ!シオン可愛いっ!積極的ィ!』
と嬉しそうな真依。
「ま、まあ、そんなことはいいからさ。そういうことなんでそろそろ電話切るよ」
と赤い顔の功助。
『んもう功助ったら。ふふふ。わかったわ、それじゃまた電話してきてね』
と笑顔の友紀。
「うん。それじゃ」
と言って通話を切ろうとした時。
「たっだいまぁ!」
と言って白竜神ユリアルが窓を開けて入ってきた。
『ん?誰か来たの功助?』
「え、うん。一応神様……?になるのかな?白い竜の神様。ただし新米の」
と言ってユリアルにスマホを向けた。
『お、おおお!なんて可愛いの!ねえねえ功助、この白いのが神様なの?へえ』
と言って微笑む友紀。
『母さん、あたしにも見せて。うわぁ、可愛い!ねえねえお兄ちゃんもっとアップにしてよ!』
と真依。
「仕方ないな。おいユリアル」
「なあに。…ってそれなあに?あっ!ちっちゃい人族がいる!」
と言ってスマホのディスプレイに顔を近づけるユリアル。
『うわあ、めっちゃどアップや~!めっちゃ可愛いしぃ、ほんま白い竜やんかぁ!』
と関西弁で喜ぶ真依。
「ねえねえコースケ!何?これ何何何?」
とユリアル。
「これはな……」
とスマホとそこに映ってる功助の家族のことを説明した。
「へえ、すごいすごい。へえ!」
と感心しきりのユリアル。その喜んでいる姿を見て全員がなんとなく癒された。
「それで、ユリアル、何しにきたんだ?」
「ん?あ、ああ、そうだ!コースケの元の世界の帰還法を教えにきたんだよ」
「おい、それってこないだ聞いたぞ。神満月のことだったよな」
「うん。それともうひとつ還り方があるんだよ。こないだボクが教えてあげようとしたけど、コースケもミュゼも聞かずに部屋出て行ったし。仕方ないからこうしてまた来てあげたんだよ」
とドヤ顔のユリアル。
「もうひとつの方法……」
困惑する功助たち。
「ユリアル、それはどういうことなのですか?」
とシオンベールが胸を張るユリアルに尋ねた。
「ん?えとね。本来はコースケがこの世界に来て最初に触れた竜の牙を力任せに引き抜いて魔力と気を注げは門が開くんだ。それは知ってるよね」
「ああ」
と功助。
「でも牙を抜かれた竜は死んだり再起不能になったりする。これも知ってるね」
「はい、知ってます」
とシオンベール。
「それと、四代魔族の骸を触媒に魔力と気を同時に使えば門が開く。これも知ってるよね」
「ああ」
と功助。
「普通はこの二つの方法しかないんだけど。そこでボクの登場なの!」
と翼を天に掲げるユリアル。
「だから?」
とあきれる功助。
「竜化したシオンとボクが融合してから牙を引っこ抜けばシオンは死なないし再起不能にもならないんだ!」
とドヤ顔だ。
「……」
全員が無言になる。
「な、なあユリアル」
「なあに?」
「ということはだな……。50年後の神満月まで待たなくても俺は元の世界に還ることができるってこと……か?」
「そうだよ!どう?凄いでしょう!」
とひっくり返りそうなくらい胸を張るユリアル。
「でもね」
とユリアルが話を続けた。
「でも、ボクがこの世界にいられるのはあと十日ほどなんだけどね」
と翼を腰に当ててなぜかうんうんと頷くユリアル。
「コースケ様!」
といきなりシオンベールが功助の腕をつかむ。
「な、なんだシオン」
「私、やります!」
「何を…」
「んもう、ユリアルの話を聞いてたでしょコースケ様。私とユリアルが融合すれば牙を抜かれても死なないのです。再起不能にならないのです。だから、だから……、だから……、安心して元の世界にお戻りになってください!」
と少し潤んだ黄金の瞳で功助を見つめるシオンベール。
「で、でも……」
「躊躇ってる時間はないのです!コースケ様!50年待たなくても元の世界に戻れるのです。この機会を逃してはなりません。だから、だから…、だから……、私の牙を使ってください!」
最後にはだんだんと絶叫に近いほどの声で功助に迫った。
「シ、シオン……」
真剣に自分を見るシオンベールの目を見る功助。
『功助……』
『お兄ちゃん……』
スマホの向こうでは友紀も真依も困惑している。父の進は腕を組み功助とシオンを見ていた。
「コースケ様!ユリアルがここにいるのはあと十日しかないのです。おわかりですか!」
「わ、わかってるけど……。ユリアル……?」
功助はユリアルを見るがそのユリアルはミュゼリアにミルクをねだっていた。
「あの、姫様」
シオンベールに声をかけたのはなんとライラだった。
「なんですかライラ・今……」
「姫様。落ち着いてください。そのように強引にされるとコースケ様も混乱されます。ユリアル様のご提案が急なことだったのでコースケ様もまだ心の整理がついておられないのだと思います。なので、このことは日を改めてはどうでしょうか?まだあと十日もあるようですので落ち着いてお考えになられることをお勧めいたします」
シオンベールを落ち着かせようと柔和な声のライラ。
「あ、はい。そうかもしれません……。コースケ様、それでよろしいでしょうか?」
「あ、うん」
と功助。
「それとコースケ様のお母様マイさん、それとお父様、よろしいでしょうか?」
『いいわよシオンさん』
『そうだね。また家族会議した方がいいと思う』
『悪いなシオンちゃん』
スマホの向こうの家族も困惑しているようでライラの提案を受け入れた。
『功助、それじゃ、話はまた明日ということでいいわよね」
「うん。またこっちから電話する」
『ええ。わかったわ。それから、シオンさん』
「はい、お母様」
『功助のことよろしくね』
「はい?あの、どういう……」
『それじゃ功助、また連絡してね』
「あ、うん」
功助は今度こそ通話を切った。
それから、次の日もその次の日もシオンベールは功助の許に通い、自分の牙を使い元の世界に帰還するようにと説得に訪れる。
功助は元の世界の家族と電話で話をしてそれとなく相談するが三人ともに華麗にスルーされまったく別の話にされてしまう。
こちらの世界でも皆同じだ。シャリーナやラナーシア、ベルクリットもハンスも、庭師のゼフもその孫フィリシアも、誰もこのことについては意見どころかアドバイスも無い。
それは当たり前だと功助もわかっている。わかっているがなかなか決められずにいる。
「……」
今日も眉間を寄せて難しい顔をしている。だがこの表情はミュゼリアの前だけ見せているもの、一歩外に出るとさわやか青年のようにしているのだ。
ソファーに寝転んで天井を見上げる功助。じっと天井を見ているとミュゼリアがそっと声をかけた。
「コースケ様、夕食の準備をさせていただきます」
ここしばらくは王家との会食もなく一人で食べることが多くなってきている。たまにはシャリーナたちと一緒することもあるがほとんどは一人きりだ。
「ん?ああ。もうそんな時間か」
功助はよっこらしょっと起き上がるとソファーに座りなおす。そして食事の準備をするミュゼリアをボーッと見つめる。
「はい?」
小首を傾げて功助を見るミュゼリア。
「あ、ごめん。なんでもないよ。あはは」
「そうですか。さ、準備が整いました。コースケ様どうぞお召し上がりください」
ミュゼリアは一歩下がるとペコリと頭を下げた。
「うん。ありがとう」
功助は微笑むミュゼリアに見守られながら食事を始めた。
そしていつもとおり入浴を済ませるとベッドに潜り込む。
「あと二日か……」
そう呟くと目を閉じた。
・・・99日目・・・
「よし!腹を決めたぞミュゼ!」
「はい!」
ソファーから勢いよく立った功助に何事かと少し驚くがミュゼリアは直立不動で功助の次の言葉を待つ。
「シオンのところに行く。まずは時間をとってもらえるか聞いてきてくれ」
「はい。わかりました。ライラ副侍女長にお尋ねしてきます」
と言って部屋を飛び出していった。
「それでコースケ様。御用というのは…、もしかして……?」
「ああ。元の世界に戻るのにはシオンの牙が必要なんだよな」
と真剣な目の功助。
「はいそうです。……そうですか、ようやく……ようやく決心されましたか…。わかりました、喜んで」
と笑顔で功助に応える。
「それで明日のことなんだけど、できればたくさんの人に来てもらえるとうれしい。できるだけの人を集めて欲しいんだ。俺のことをちょっとでも知ってくれてる人を。城の人だけじゃなく城下の人も。マギーさんとか養老院の人たちとか、そして奴隷の人たちもできれば……」
「えっ?そんなに大勢の方々をでしょうか?……奴隷の方まで?」
「うん。身分なんて関係ない。差別したくないんだ。集めるのもあの白い牙のところに連れて行くのも大変だろうけど、集めて欲しい。できるだろうか?」
「……」
少し思案する。と、その時シオンベールの寝室のドアが開いたかと思えば白い竜がトコトコ歩いてきた。
「それボクにまかせて!」
「あれ?ユリアル?」
出てきた白竜神のユリアルに驚く功助。
「うふふ。ユリアルは三日ほど前から私のところにいるんですよ」
とシオンベール。
「へえ、そうだったんだ。ちょっと見かけないと思ったらここにいたのか?」
「うん。それよりさっきの話。コースケを知ってる人をみーんな白い牙のところに連れて行くのボクにまかせて。ただし一ヶ所に集めてくれればの話だけど」
「そんなことができるのですかユリアル」
「うん、できるよ。ねえシオン、集められる?」
「わかりました。白竜軍に話をして集めさせます。ユリアル、お願いしますね」
「了解」
とユリアルは今度はライラのところにトコトコ歩いて行くと「いつものちょうだい」とライラを見上げた。
「コースケ様。コースケ様の願い、了承いたしました。ライラ、ユリアルにミルクあげたらベルクリット団長に連絡をとってください」
「はい。了解いたしました」
と複雑な表情のライラ。その横でミュゼリアは何をお考えなのだろうと功助を見つめていた。
「うわっ、すごい着信……」
昨日あれだけの暴風雨だったのが未明から止みだして夜明けにはすっかり上がった。
功助たちは一旦朝方に帰城し仮眠を取ることとなったのだが、功助が自室に置いていたスマホには数十件メッセージが入っていた。
「あちゃあ、全部親父たちからだ」
とどうしたもんかと腕を組む。
「コースケ様……」
「ミュゼ。そんなに心配しなくていいよ。俺が決めたことなんだからさ」
と言ってスマホを捜査する。
「電話してみるよ」
トゥルルルルル
何度目かの呼び出し音がして父進の声が聞こえてきた。
『功助、どないしたんや?夕べやったよなこっちに還ってくるの』
「あ、父さん。うん、そうだったんだけど……」
功助は昨日の話をした。暴風雨と洪水で壊滅的な惨状なこと。救助をしていて還れなかったことなどを話しした。
進むはそれを黙って聞いていたが、功助が話終わるとふうとため息をついた。
『そうか……。そんなことがあったんか。まあ、お前の性格やとそんなん見ててほっとけへんわな』
「父さん……」
『ほんで今城に戻ってきたんか?』
「うん」
『たくさんの人を助けられたんか?』
『うん。助けられるだけ助けた。でも、どうしようもなかったこともたくさんあった」
『そりゃそうや。総ての人を助けられへんかったって言うんは単なる驕りやさかいな』
「……うん。でも……」
『功助』
「はい」
『疲れたやろ?また救助に行くんやろけど、ゆっくり休ぃや。しっかり休んでまた救助に行ったらええ』
「うん」
『母さんと真依には俺から説明しとく。心配せんでええで功助』
「うん。わかった。……父さん」
『なんや?』
「ごめん」
『あほ。お前が謝ることちゃうやろ。さあ功助、少しでも休んどきや』
「うん。ありがとう」
『おう。ほんならな』
「うん。それじゃ」
功助はスマホをタップし電話を切るとふうと息を吐いた。
「コースケ様」
「うん。親父はわかってくれたみたいだ」
「そうですか」
と少しホッとするミュゼリア。
そして功助とミュゼリアは仮眠をとり昼前に魔法師隊控室に移動した。
「おはようございます。すんません、遅くなりました」
魔法師隊の控室に入る功助とミュゼリア。
「おはよ。ってもうお昼ね。ダーリン、疲れとれた?」
「すみません。仮眠のつもりがけっこう眠ってしまって」
と少し頭をかいた。
「いいのよ。でも、光魔法で疲労回復させてないわよね?」
「はい。ちゃんと自力です」
「そう、それはよかった。回復魔法で体力戻しても本当に戻ったことにはならないからね。それで、どうだった元の世界の家族との連絡」
「はい」
と早朝の父との話をした。
「お父さんはわかってくれたみたいね。でも、お母さんとマイちゃんはどうかなあ」
と心配そうなシャリーナ。
とその時ラナーシアが控室に入ってきた。
「隊長、召集です。ってコースケ隊長、体調はよろしいんですか?」
「あ、ラナーシア副隊長。はい、もう元気ですよ。それで召集って?」
「はい」
国王から、騎士団とともに城下及び周辺地域に救助救命に向かえとの勅命が下ったのだと言う。
「ダーリン……」
「大丈夫です。俺も行きます。魔法師隊の名誉隊長なんですよ俺」
と微笑む。
「……ダーリン……。わかったわ。ラナーシア、魔法師隊全員出動よ!」
「はい!」
青の騎士団、緑の騎士団、そして魔法師隊の白竜軍は被災地を巡り次々と救助救命を行なった。
浸水地区の排水は水魔法師が、汚泥処理は土魔法師が、そして救命処置は治癒術師を中心に光魔法を使える者が対応している。大きな岩や樹木などは竜化した青の騎士団が除去し緑の騎士団は被災地の警戒に当たったりしている。
魔法の存在するこの世界ではやはり地球とは違い復興速度は早い。
その夜、再び功助は元の世界と連絡をとった。今度はビデオ通話で両親と妹の真依と話をした。
『……で、どうするつもりなの功助』
元の世界に戻る儀式ができなかったことを説明すると母の友紀も妹の真依も困惑していた。だが父進の言葉に二人とも何も言えなくなった。「俺達の息子、功助は誰かが助けを求めれば喜んで手を貸す。放って見過ごすことなどできない男だ」と。
「……、もうひとつだけ、元の世界に戻れる方法はあるにはある。だけどそれは使いたくない」
『……真依から聞いたわよ。そうね、功助にそんなことできるわけないわよね。もしできるって言ったら、私、功助を半殺しにするかもね』
と笑う友紀。
『あたしも母さんと同じことするよたぶん』
と真依も笑う。
『まあ、そういうことや功助。お前とはもう会うこともでけへんやろけど。それはもうしゃあないわ。そのお前のスマホが壊れるまではこうやって話できるんやさかいな。寂しいけどお前も男や、腹くくりぃや』
と進むは真剣な目で功助を見つめた。
「うん。そうだよな」
功助が微小した時、部屋のドアをノックする音が聞こえた。
「はい、お待ちください」
離れたところで待機していたミュゼリアがドアを開けるとそこにはシオンベールが立っていた。
「姫様?」
「入ってもよろしいですかミュゼリア」
ミュゼリアはチラッと功助を見た。功助は小さく頷く。
はい。どうぞお入りください」
そしてシオンベールは元の世界とビデオ通話で話している功助の横に座った。一緒に入ってきたライラはミュゼリアとともに少し離れたところで待機する。
『あっ、シオン!』
真依がシオンベールに気づき声をかけた。
「お久しぶりですマイさん」
と微笑む。だが、すぐにスマホに向かって頭を下げた。
「みなさま、申し訳ございません。すべてわたくしの身勝手な行動がコースケ様の元の世界へのご帰還を奪ってしまいました。本当に申し訳ございません」
と額がテーブルに着くほど叩頭する。
「シオン……?」
功助が驚く。
『シオン、頭なんか下げないで、ね、シオン。話は兄貴から聞いたよ。いいのよシオン。シオンが気に病むことはないの』
と真依。
『そうよシオンさん。困ってる人を放っておけない子なのよ功助は。あなたが悪いんじゃない、ね』
と優しい声の友紀。
『そやでシオンちゃん。困ってる人をおいといてこっちに戻ってきてたらどつき回して追い返してたで。そやから気にせんといてや』
と進むも真依と友紀の後ろから声をかけた。
「お気遣いありがとうございます。しかし……、ご安心ください」
とスマホを見つめ背を伸ばすと言った。
「わたくしが、どんな方法を使ってでも、コースケ様が元の世界にご帰還できるよう献身いたします」
と胸を張る。すると真依が真剣な瞳をシオンに向けた。
『……シオン……、あなたもしかしてあの方法を使うつもりじゃないでしょうね?』
真依が無表情でシオンベールを見る。
「あの方法……?」
口を手で隠す。
『聞いてるのよ兄貴から。あなたの牙を使う方法があるってね』
「……」
横にいる功助を見るシオンベール。
『そうよシオンさん。そんな方法を使ってまでこっちに還ってきてほしくないわよわたしたち』
と友紀が言う。
「でも……」
『ええからええから。もうええから。全部功助が決めたことなんやから。なあ功助』
「うん。そのとおりだシオン。お前の牙なんて使うわけないぞ俺」
と言ってシオンベールの頭を撫でた。
『ああっ!功助お前!』
「な、なんだよ父さん」
『シオンちゃんの頭撫でやがって!許さんぞ!』
『あら?なんで許さないのかしら?』
とギロリと進むを睨む友紀。
『へ…?あ、いや、その』
『そうよ、お兄ちゃんの彼女なのよ。頭撫でるぐらい当然でしょ。目の前でチューしてもニコニコ笑ってるのが親よ。ねえ母さん』
『そうね。だから功助、シオンさんにチューしてみて。ね、ね、ね!』
と目をピンクのハートにしてニコニコする友紀。
「か、母さん、何言ってんだよもう」
と功助。
「わ、私は、い、いいのですが……」
と真っ赤な顔のシオンベール。
『うっわあ!シオン可愛いっ!積極的ィ!』
と嬉しそうな真依。
「ま、まあ、そんなことはいいからさ。そういうことなんでそろそろ電話切るよ」
と赤い顔の功助。
『んもう功助ったら。ふふふ。わかったわ、それじゃまた電話してきてね』
と笑顔の友紀。
「うん。それじゃ」
と言って通話を切ろうとした時。
「たっだいまぁ!」
と言って白竜神ユリアルが窓を開けて入ってきた。
『ん?誰か来たの功助?』
「え、うん。一応神様……?になるのかな?白い竜の神様。ただし新米の」
と言ってユリアルにスマホを向けた。
『お、おおお!なんて可愛いの!ねえねえ功助、この白いのが神様なの?へえ』
と言って微笑む友紀。
『母さん、あたしにも見せて。うわぁ、可愛い!ねえねえお兄ちゃんもっとアップにしてよ!』
と真依。
「仕方ないな。おいユリアル」
「なあに。…ってそれなあに?あっ!ちっちゃい人族がいる!」
と言ってスマホのディスプレイに顔を近づけるユリアル。
『うわあ、めっちゃどアップや~!めっちゃ可愛いしぃ、ほんま白い竜やんかぁ!』
と関西弁で喜ぶ真依。
「ねえねえコースケ!何?これ何何何?」
とユリアル。
「これはな……」
とスマホとそこに映ってる功助の家族のことを説明した。
「へえ、すごいすごい。へえ!」
と感心しきりのユリアル。その喜んでいる姿を見て全員がなんとなく癒された。
「それで、ユリアル、何しにきたんだ?」
「ん?あ、ああ、そうだ!コースケの元の世界の帰還法を教えにきたんだよ」
「おい、それってこないだ聞いたぞ。神満月のことだったよな」
「うん。それともうひとつ還り方があるんだよ。こないだボクが教えてあげようとしたけど、コースケもミュゼも聞かずに部屋出て行ったし。仕方ないからこうしてまた来てあげたんだよ」
とドヤ顔のユリアル。
「もうひとつの方法……」
困惑する功助たち。
「ユリアル、それはどういうことなのですか?」
とシオンベールが胸を張るユリアルに尋ねた。
「ん?えとね。本来はコースケがこの世界に来て最初に触れた竜の牙を力任せに引き抜いて魔力と気を注げは門が開くんだ。それは知ってるよね」
「ああ」
と功助。
「でも牙を抜かれた竜は死んだり再起不能になったりする。これも知ってるね」
「はい、知ってます」
とシオンベール。
「それと、四代魔族の骸を触媒に魔力と気を同時に使えば門が開く。これも知ってるよね」
「ああ」
と功助。
「普通はこの二つの方法しかないんだけど。そこでボクの登場なの!」
と翼を天に掲げるユリアル。
「だから?」
とあきれる功助。
「竜化したシオンとボクが融合してから牙を引っこ抜けばシオンは死なないし再起不能にもならないんだ!」
とドヤ顔だ。
「……」
全員が無言になる。
「な、なあユリアル」
「なあに?」
「ということはだな……。50年後の神満月まで待たなくても俺は元の世界に還ることができるってこと……か?」
「そうだよ!どう?凄いでしょう!」
とひっくり返りそうなくらい胸を張るユリアル。
「でもね」
とユリアルが話を続けた。
「でも、ボクがこの世界にいられるのはあと十日ほどなんだけどね」
と翼を腰に当ててなぜかうんうんと頷くユリアル。
「コースケ様!」
といきなりシオンベールが功助の腕をつかむ。
「な、なんだシオン」
「私、やります!」
「何を…」
「んもう、ユリアルの話を聞いてたでしょコースケ様。私とユリアルが融合すれば牙を抜かれても死なないのです。再起不能にならないのです。だから、だから……、だから……、安心して元の世界にお戻りになってください!」
と少し潤んだ黄金の瞳で功助を見つめるシオンベール。
「で、でも……」
「躊躇ってる時間はないのです!コースケ様!50年待たなくても元の世界に戻れるのです。この機会を逃してはなりません。だから、だから…、だから……、私の牙を使ってください!」
最後にはだんだんと絶叫に近いほどの声で功助に迫った。
「シ、シオン……」
真剣に自分を見るシオンベールの目を見る功助。
『功助……』
『お兄ちゃん……』
スマホの向こうでは友紀も真依も困惑している。父の進は腕を組み功助とシオンを見ていた。
「コースケ様!ユリアルがここにいるのはあと十日しかないのです。おわかりですか!」
「わ、わかってるけど……。ユリアル……?」
功助はユリアルを見るがそのユリアルはミュゼリアにミルクをねだっていた。
「あの、姫様」
シオンベールに声をかけたのはなんとライラだった。
「なんですかライラ・今……」
「姫様。落ち着いてください。そのように強引にされるとコースケ様も混乱されます。ユリアル様のご提案が急なことだったのでコースケ様もまだ心の整理がついておられないのだと思います。なので、このことは日を改めてはどうでしょうか?まだあと十日もあるようですので落ち着いてお考えになられることをお勧めいたします」
シオンベールを落ち着かせようと柔和な声のライラ。
「あ、はい。そうかもしれません……。コースケ様、それでよろしいでしょうか?」
「あ、うん」
と功助。
「それとコースケ様のお母様マイさん、それとお父様、よろしいでしょうか?」
『いいわよシオンさん』
『そうだね。また家族会議した方がいいと思う』
『悪いなシオンちゃん』
スマホの向こうの家族も困惑しているようでライラの提案を受け入れた。
『功助、それじゃ、話はまた明日ということでいいわよね」
「うん。またこっちから電話する」
『ええ。わかったわ。それから、シオンさん』
「はい、お母様」
『功助のことよろしくね』
「はい?あの、どういう……」
『それじゃ功助、また連絡してね』
「あ、うん」
功助は今度こそ通話を切った。
それから、次の日もその次の日もシオンベールは功助の許に通い、自分の牙を使い元の世界に帰還するようにと説得に訪れる。
功助は元の世界の家族と電話で話をしてそれとなく相談するが三人ともに華麗にスルーされまったく別の話にされてしまう。
こちらの世界でも皆同じだ。シャリーナやラナーシア、ベルクリットもハンスも、庭師のゼフもその孫フィリシアも、誰もこのことについては意見どころかアドバイスも無い。
それは当たり前だと功助もわかっている。わかっているがなかなか決められずにいる。
「……」
今日も眉間を寄せて難しい顔をしている。だがこの表情はミュゼリアの前だけ見せているもの、一歩外に出るとさわやか青年のようにしているのだ。
ソファーに寝転んで天井を見上げる功助。じっと天井を見ているとミュゼリアがそっと声をかけた。
「コースケ様、夕食の準備をさせていただきます」
ここしばらくは王家との会食もなく一人で食べることが多くなってきている。たまにはシャリーナたちと一緒することもあるがほとんどは一人きりだ。
「ん?ああ。もうそんな時間か」
功助はよっこらしょっと起き上がるとソファーに座りなおす。そして食事の準備をするミュゼリアをボーッと見つめる。
「はい?」
小首を傾げて功助を見るミュゼリア。
「あ、ごめん。なんでもないよ。あはは」
「そうですか。さ、準備が整いました。コースケ様どうぞお召し上がりください」
ミュゼリアは一歩下がるとペコリと頭を下げた。
「うん。ありがとう」
功助は微笑むミュゼリアに見守られながら食事を始めた。
そしていつもとおり入浴を済ませるとベッドに潜り込む。
「あと二日か……」
そう呟くと目を閉じた。
・・・99日目・・・
「よし!腹を決めたぞミュゼ!」
「はい!」
ソファーから勢いよく立った功助に何事かと少し驚くがミュゼリアは直立不動で功助の次の言葉を待つ。
「シオンのところに行く。まずは時間をとってもらえるか聞いてきてくれ」
「はい。わかりました。ライラ副侍女長にお尋ねしてきます」
と言って部屋を飛び出していった。
「それでコースケ様。御用というのは…、もしかして……?」
「ああ。元の世界に戻るのにはシオンの牙が必要なんだよな」
と真剣な目の功助。
「はいそうです。……そうですか、ようやく……ようやく決心されましたか…。わかりました、喜んで」
と笑顔で功助に応える。
「それで明日のことなんだけど、できればたくさんの人に来てもらえるとうれしい。できるだけの人を集めて欲しいんだ。俺のことをちょっとでも知ってくれてる人を。城の人だけじゃなく城下の人も。マギーさんとか養老院の人たちとか、そして奴隷の人たちもできれば……」
「えっ?そんなに大勢の方々をでしょうか?……奴隷の方まで?」
「うん。身分なんて関係ない。差別したくないんだ。集めるのもあの白い牙のところに連れて行くのも大変だろうけど、集めて欲しい。できるだろうか?」
「……」
少し思案する。と、その時シオンベールの寝室のドアが開いたかと思えば白い竜がトコトコ歩いてきた。
「それボクにまかせて!」
「あれ?ユリアル?」
出てきた白竜神のユリアルに驚く功助。
「うふふ。ユリアルは三日ほど前から私のところにいるんですよ」
とシオンベール。
「へえ、そうだったんだ。ちょっと見かけないと思ったらここにいたのか?」
「うん。それよりさっきの話。コースケを知ってる人をみーんな白い牙のところに連れて行くのボクにまかせて。ただし一ヶ所に集めてくれればの話だけど」
「そんなことができるのですかユリアル」
「うん、できるよ。ねえシオン、集められる?」
「わかりました。白竜軍に話をして集めさせます。ユリアル、お願いしますね」
「了解」
とユリアルは今度はライラのところにトコトコ歩いて行くと「いつものちょうだい」とライラを見上げた。
「コースケ様。コースケ様の願い、了承いたしました。ライラ、ユリアルにミルクあげたらベルクリット団長に連絡をとってください」
「はい。了解いたしました」
と複雑な表情のライラ。その横でミュゼリアは何をお考えなのだろうと功助を見つめていた。
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