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06 おっさん、何者だ……
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アルスタク村に着いて5日。予定より3日遅れてメガ・ユニコーンは村を出発となった。
「すまんな砂塵の。それからヒドラの。俺たちは先に行くから」
「気にすんなユニコーンの。俺たちゃ急がねえ旅だしな。もうちょっとここの復興手伝ってくさ」
「うちも一緒だ。急がねえしな」
「ありがとな」
大地の砂塵とビッグヒドラは旅に余裕があると被災したアルスタク村にもうしばらく滞在するのだと言う。リュウトたちメガ・ユニコーンは護衛の途中でこれ以上出発を後らせることができない。そのため後ろ髪をひかれながらも今日帰途につく。
「ありがとうねリュウト、シーちゃん、ビル。また来ておくれね」
ピーニャ亭の女将がメガ・ユニコーン全員の手を握り礼を言った。
「また来るさ」「きっと来るからお元気でいてくださいね」「またうまい飯頼むよ」
そして康人の両手を握る。
「ヤッさん先生。あんたの力すごかったよ。何人もの村の人を助けてくれてありがとね。この恩は忘れないよ。ほんとありがとねヤッさん先生。お元気でね」
「喜んでもらえてうれしいですよ女将さん。女将さんもお元気で」
笑顔の二人。
よし、そろそろ出発しようか。シーディア」
「うん、了解」
馭者席のシーディアが手綱で合図を送ると馬たちはゆっくりと歩きだした。
「ヤッさ~ん、元気でねぇ!」
大地の砂塵の魔法師リディアが大声で手を振る。
「ん・その声はリディアちゃん。ありがとうリディアちゃん。リディアちゃんも元気で!」
康人も馬車の窓から顔を出し手を振った。
馬車は5人を乗せて一路オリスメイへの帰途についた。
その後康人たちメガ・ユニコーン一行は何事もなく3日後の昼前。ようやくオリスメイに到着した。
「ヤッさん着いたわよ。前の方にオリスメイの門が見えたよ」
ガタゴトと揺れる馬車は下腿土の地面を進みようやくオリスメイに到着した。
「そうなんだ。往来してる人たちが多くなってきたみたいだからそろそろかなとは思ってたけど、そうか、ようやく着いたか。ふう」
大きなため息をついた康人にオッティーが笑いながら話しかけた。
「ははは。こんな長旅は初めてですかヤッさん」
「えっ、あ、そうなんですよ。元の世界じゃどこに行くのも一日あれば行けますからね。こんな長旅ははじめてで。ちょっとつかれましたよ」
「そうでしょうな。ヤッさんのお話によればデンシャとかヒコウキとかですぐに目的地なんでしょうな。うぅ、うらやましい」
とオッティー。
「なあヤッさん、町に入ったらまずは冒険者ギルドに行くからな。それでヤッさんの今後の処遇とか相談しようと思う」
「ありがとうリュウト。そっか、冒険者ギルドか……」
冒険者ギルド。そこはリュウトたちのような冒険者を統括し運用するための組織でほとんどの町や村にあり互いに連携し運営されている。
馬車はほどなくオリスメイの門にたどり着いた。
「ヤッさん」
「なんだリュウト」
「オリスメイの入り口に着いたらヤッさんのことを尋ねられる」
「俺のことを?」
「ああ。そいつは誰だってな」
「ああ、そうか、そうだよな」
「まさか異世界からやってきましたなんて言えないし、まあ、言っても信じてもらえないだろう。でだ、俺が考えたんだがヤッさんは鳥型の魔獣に攫われてミーガの森に捨てられたってことにするからな」
「鳥型の魔獣に?」
「ああ。こっちの世界には大型の鳥の魔獣もいる。まあ、心配するなって」
「ああ、、なんかよくわからんがリュウトに任せるよ。よろしくな」
「わかった。だからみんなそう言うことでよろしく」
リュウトは仲間のシーディアとビル、そして雇人のオッティーにそう言った。
「ギルドカードを拝見します」
「はいよ」
リュウトが門番に懐から出したカードを提示する。
「えと、リュウトさんたちと商人のオッティーさんですね。それともう一人いるようですが」
「ああ。彼はヤスヒト。アーウイナンから戻る途中で迷ってたから拾って保護した。なんか鳥型の魔獣に攫われて気が付いたらそこに捨てられたってさ。それと、彼は盲目だ。だから攫われてきた方向もまったくわからないみたいだ。これからどうしたらいいのかわからないんで相談するのにギルドに連れて行こうと思ってな」
「そうでしたか。ご苦労様です。ではお入りください」
門番からカードを返してもらったリュウトはシーディアに合図をする。そして康人たちの乗った馬車はオリスメイの町に入った。
ガタゴトと舗装されたオリスメイのメインストリートをゆっくり進む馬車。周囲からはにぎやかな呼び込みの声や何かが焼けるおいしそうな匂いが漂ってくる。
「なんか店多そうだな」
「そうですよ。串焼き屋に果実水屋、宝飾に武具屋とか。とにかくこの通りは店や屋台が多いよ。私もたまに買い食いしたりしてね」
と隣に座るオッティーが説明する。
「そうなんですか。……それから確か今からギルドに行くんでしたよね」
「はい、そうですが、まずは私の店に行き荷物を降ろします」
「その後ヤッさんと俺たちはギルドに行くんだ。ヤッさんのことをグラマスに報告しないといけないしな」
オッティーのあとにリュウトが続けた。
「そうか。……グラマス……、ギルドマスターならなんかわかるけどグラマスって?」
「オリスメイのギルドは世界各地津々浦々にあるギルド支部の総本部だからオリスメイのギルマスのことをグラマス、グランドギルドマスターっていうんだよヤッさん」
と反対側の窓の下から説明したのはビルだった。
そうなんだ。ギルドで一番偉い人なんだ。なんか怖そう」
「大丈夫だよヤッさん。グラマスは真面目に働いてる者には怖い人じゃないよ」
とビルが苦笑してそう言った。
「ふーん、そうなんだ。どんな人なんだろう」
と康人。
「おらおらおら!殺してやる!」
おだやかでない男の罵声が聞こえたのはすぐ後だった。
「なんだ?」
康人が窓の外に顔を向ける。
「ケンカみたいですね」
オッティーが同じように窓の外を見て顔をしかめる。
シーディアは馬車を停めてその様子を伺う。
「なによもう。こんなとこでケンカ?」
目を血走らせた男が肉霧ナイフを持って振り回しているのが見えた。
「てめえら死ね死ね死ね!うがぁぁぁぁ!」
誰彼かまわず肉霧ナイフを振り回す男。
「ヤッさん、私たちは大丈夫ですよ。リュウトさんたちが護ってくれますから」
と余裕のオッティー。
「え、あ、はい」
でも康人は少し心配になる。
「ヤッさん、あたしたちがついてるから大丈夫よ」
「あ、ありがとうシーちゃん」
少しホッとする康人。
「やめろ!離せ!俺は、俺は、うわああああ!」
暴れていた男が絶叫したようだ。
「どうなったんだ?」
康人は窓の外にいるだろうリュウトに尋ねた。
「ああ、男が取り押さえられた…が、……。あいつ……」
「知り合いか?」
「ああ。いつもここらで焼き鳥と酒を売ってる男だ。でも、とても温厚な男なんだがな。あんなとこがあったとは」
少しとまどうがシーディアに「行くぞ」と声をかけると再び動き出す馬車。
これと同じようなことがギルドに向かう間に二度ほどあったが、オリスメイの兵士や冒険者に取り押さえられ大事には至らなかった。
「なんかケンカが多い町なんだな」
康人がふと呟く。
「私も驚いてますよ」
とオッティー。
「以前はこんなこと極たまにあったくらいなのですが……」
不思議そうに窓の外を眺めるオッティー。そしてこう続けた。
「私たちがいない|一月〈ひとつき〉の間に何かあったのでしょうか……?」
そして間もなくシーディアの操る馬車はオッティーの店に到着した。
オッティーの店は万屋だ。生活用品から衣料品、鍋や鎌の金物、家具や寝具など多種多様な商品を扱っている。
馬車が到着するとすぐに店の中から何人もの使用人が出てきて荷台の荷物をテキパキと店内に運び入れた。
「それではヤッさん。お疲れ様でした。この服ありがとうございました」
とオッティーは手に持ったデニムジャケットをポンポンッと叩いた。
「いえ、こちらこそお世話になりましたオッティーさん。ほんと助かりました」
頭を下げる康人。
「困ったことがありましたらオッティー商店にお気軽にご相談ください。サービスさせていただきます」
そう言ってオッティーは店内に入っていった。
「さあヤッさん、ギルドに行きましょう」
シーディアは康人の横に行くとその左手を自分の右肩に導いた。
「ありがとうシーちゃん」
そして康人たちはギルドを総括する総本部に向かった。
ギルドの中に入ると独特の喧騒が康人たちを出迎えた。
「なんか気ぜわしそうなとこだなここ」
首を左右に動かして周囲の様子を耳で探る康人。
「まあそうね。でも、どこのギルドもおんなじようなもんよ」
といいながら前を進むリュウトとビルに続きカウンターに向かう。
その途中。
「ようシーディア。久しぶりだな。今晩どうだ?」
男が下卑た口調でシーディアを呼び止めた。
「ふん。どいて、邪魔」
シーディアはその男を一瞥しただけで無視しようとした。が、男は少し声を荒げる。
「おいおいシーディアよ。無視すんなよ、おい!」
横を通り過ぎようとしたがその男がシーディアの左肩を掴んだ。
「触らないで!気持ち悪い!」
バチッと音をさせてその手を払いのけた。
「痛ぇ。何すんだおい!」
すごむ男。だがシーディアは余裕で一瞥するとやはり無視して歩き出した。
「待てよ!」
「うるさいっていってるのがわからないの?!邪魔!」
「てめえ!」
男が腕を振り上げ殴りかかってきた。
「(やばいんじゃないかこれ!)」
康人がハラハラしているのをよそにシーディアは余裕でその拳を受けた。
ガキッ!
「いってぇ!」
男が自分の拳を抱え込んだ。
「ふん。あたしに拳を向けるだなんて一万年早いのよ。とっとと消えて」
余裕のシーディア。
「な、何がどうなってどうなったんだシーちゃん?」
おどおどする康人にシーディアはくすくす笑いながら説明した。
「ごめんねヤッさん。あの男が殴りかかってきたからちょっと障壁張っただけよ、硬いのをね。それを殴って拳を痛めただけのこと。怖がらせたみたいでごめんねヤッさん」
あははと笑いながらそう言うシーディア。
「そ、そうなんだ。でもなんでリュウトが助けに入らないんだ?」
「こうなることがわかってたからだぞヤッさん。よくあることさ」
少し前で立ち止まりこちらを見ていたリュウトが苦笑する。
「言っただろヤッさん、姉さんは強いんだって」
ビルも笑った。
「そ言うこと。さ、行きましょ」
シーディアはリュウトたちに続いて康人を連れてカウンターに向かった。しかしカウンターはなかなか遠かった。
「うわっ!」
突然康人が体制をくずし倒れそうになるがなんとか持ち直す。しかし運悪くサングラスが飛んで行き床に転がる音がした。。どうやら誰かが康人にぶつかったようだ。
「あっ!大丈夫ヤッさん!」
シーディアが康人の背中を支えてぶつかった相手を睨む。
「どこ見てんのよ!」
睨んだ相手は悪びれもなく口をゆがめて笑っていた。
「ぐへへへへ。ぶつかってきたのはそっちだぜ。俺はちゃんと前見て歩いてたからな」
ニヤニヤする男。
「なんですって?!言いがかりはやめてよね!」
「おいおい。ぶつかっといてそれはないだろう。それに女の肩にしがみついて歩いてりゃ世話ないけどな。ぐわははは」
「ちょっとあんた!この人はね盲目なの、こうやってあたしが手引きしてんのよ。わかんないの?まああんたバカみたいだし仕方ないんだろうけどね」
ふんっと言って男を睨むシーディア。
「なんだとてめえ。そんな誰かにしがみついてなきゃ歩けねえヤツなんざアーガの森の奥にでも捨ててこいや!」
「……なんですって!!」
目を吊り上げるシーディア。
「なんだやんのかてめえ!犯すぞ!」
すごむ男。だがシーディアは余裕で男を睨み返す。
「おい、ちょっと待てって、彼女は関係ない。それにぶつかったのは俺じゃない。あんたが俺の方に近づいてきたんだぞ!」
すると康人がシーディアと男の間に入りその見えない目で男を睨んだ。
「なんだと!」
「あんたがこっちに歩いてきてたのは足音でわかってた。でもあんた急に向き変えたよな、俺の方に」
「やっぱりそうだったのね。さすがはヤッさん。注意力が半端ないわ」
少しうれしそうなシーディア。
「だから俺は謝らない。あんたがわざと俺にぶつかってきたんだからな」
「あん!なんだとてめえ。|盲〈めくら〉のくせにいきがってんじゃねえ!殺すぞ!」
康人を睨む男。だがその時康人の目は睨む男の魂の炎に気が付いた。
「(ん?この男の炎……。傷だらけだ。首から右腕付近が酷いことになってる。右肩が酷いけど……一番の原因は首だな。そのせいで肩関節の可動域が狭くなってるんじゃないだろうか……。これじゃ痛くて何もできないぞ。服着るのも辛そうだ)」
男はその見えない目で睨まれ少したじろいだ。
「……ふん。まあいい。気をつけなおっさん」
男はその場から離れようとした。が、康人が男の足を止めた。
「アンちゃん、ちょっと待て」
反対を向きかけた男が康人を見る。
「なんだおっさん、まだ何か用か?」
と言って強く睨んだ。
「ああ、ちょっとな。だからちょっと待てって。その前にシーちゃん」
「へ、何ヤッさん」
「治療部位がわかってる時の治療費っていくらぐらいなんだ?」
「へ?なんで今?」
「いいからいいから。それでピンポイントでわかってる損傷部位の治療費はだいたいいくらぐらいだ?」
「えと、あの、……だいたい銀貨四,五枚くらいかな……」
「そっか。ありがとう」
そして康人は男に向かって言った。
「なあアンちゃん、銀貨四,五枚くらいはもってるか?」
「あん?なんでそんなこと聞く?おっさんに言ういわれはない。じゃあな」
「ちょっと待てって。銀貨四枚でアンちゃんの右肩治してやろうって言ってるんだ」
「な、何……?」
すると男の顔色が変わった。
「てめえ……。なんで知ってる?!どういうことだ?あん!」
「そんなにカリカリするなって。アンちゃんさ、右肩ケガしてるだろう。それもかなり酷いケガだな。ケガしてからそんなに日はたってないと思うんだが?どうだ?」
「……」
無言で康人を見る男。
「なあアンちゃん」
「……なんだ……」
「ちょっとしゃがんでくれないか」
「なんで?」
「アンちゃんの背が高いからだ。ちょっとしゃがんでその右肩を診せてみろ」
「な、なんでおっさんに見せにゃならんのだ!」
「いいから黙ってしゃがめ!」
康人はそう言うと男の右腕をつかむとグイッと引っ張った。
「痛ぇっ!な、何しやがるてめえ!」
「うるさい!いいから黙ってしゃがめ!」
有無を言わせず康人は男をその場にしゃがませた。
周囲にいる者たちはこれから何が起こるんだろうと康人と男を見守っている。
「触るぞ」
康人が男の右肩を触診する。そして腕を前や後ろにゆっくりと動かして肩関節の可動域を調べた。
男は時折歯を食いしばったり痛みで身体が強張ったりしている。康人はその度に周囲をマッサージしながら診て行った。
「かなり悪いな。表面の傷自体は完治してるみたいだけど、肩の関節周囲に圧痛が多い。おそらく関節自体の損傷がかなり酷いんだと思う。脱臼を何度もしてるみたいだしおそらく腱板も損傷してるだろうな」
「……お……、おっさん、何者だ……」
目を見開いて康人を見る男。
「肩はわかった。次は首だ」
「首?」
康人は続いて頸部をゆっくりと診る。
「なるほどな。なあ、アンちゃんさ、最近頭痛がしたり右手の先が痺れたりしてないか?」
「あ、ああ。ここんとこずっと頭が痛いし手も痺れててうまく動かせねえ。……、でも、なんでわかった?」
「アンちゃんの首の周囲の筋肉の張が尋常じゃないくらい硬い。それにアンちゃんの手、とても冷たい」
と言って触診していた男の右手を離した。
「おっさん……。あんた治癒術師か?」
「まあ似たようなもんだけど、そんなことはどうでもいい。銀貨四枚や五枚くらいは持ってるだろ?」
「あ、ああ。でももう治らないと思う……。この肩はもうすぐ使えなくなると思う……」
少し俯く男。
「これまで何度も治癒術師に診てもらったが、みんなもうこの肩はダメだと言ってた。もう冒険者を続けるのは無理だと……」
「まあ、そうだな。肩だけ診てればもうダメだと言うだろうな」
「おっさん……」
少し微笑む康人を見つめる男。
「シーちゃん」
「あ、はい」
康人の行動に見入っていたシーディアが急に声をかけられて少し驚いた。
「このアンちゃんの首と肩の治療頼む」
「で、でも……」
「首がとても悪いし肩の関節もかなり悪いんだ。光魔法でなら治るんじゃないかな。アンちゃんも銀貨四,五枚は持ってるってことだから。シーちゃん、頼むよ」
「……んもう、ヤッさんったら。わかったわ、治療しましょう」
苦笑するシーディアは男に近づくとその首から右肩にかけて掌を向けた。
「お、おい、ちょっと待てって。俺は治療を頼んじゃいねえ……」
「黙って治療してもらえ!そうでないとアンちゃん、二度と右手が動かなくなるぞ」
康人の言葉に大柄な男が首を竦める。
「し、しかし……」
「大変だったなアンちゃん。もう悔しがることはないんだぞ。肩が治ればまたすぐに金を稼げるさ。さあシーちゃん」
「はい」
「俺が今から言うことをしっかりイメージしてくれるか?」
「え?……わかったわ。それじゃどう治療すればいいか教えて」
その手がほんのりと白く輝くと男の首から右肩を優しく癒しの光が包み込む。
それから康人はシーディアに治療すべき部位を支持した。
「関節の周囲の腱や筋肉、それに靱帯と言われる関節を補強している|筋〈すじ〉がかなり伸びて傷ついてると思うからそれらを縮めて傷を治す。そして血管や神経もかなりダメージがあると思うからそれも。そして首の方はかなり左右に歪んでる。それで中にある脊髄がかなり圧迫されてると思う。歪みを伸ばして脊髄への圧迫を除去。そして周囲の筋や神経それに血管のダメージを回復させる。そして……」
そして十数分後。
「ふう、終わったわよヤッさん。ヤッさんの言われたとおりに治療を進めたわ。うまく行ったと思う」
シーディアが肩から手を離すと康人に治療が終わったことを言った。
「ありがとシーちゃん。そしたらアンちゃん、もう一回診るぞ」
康人は頸部から右肩にかけて触診する。さっきまであった関節の腫れもなくなり圧痛点も消失したようだ。他動で肩関節を動かしたがすべてスムーズに動かせた。
そしてもう一度炎心眼で男の魂の火を見た。さっき首から右腕にかけて弱まっていた炎の勢いが強くなっているのを確認した。
「ほらアンちゃん。自分で首と肩動かしてみろよ。どうだ痛みはないか?」
「あ、ああ。痛みはない……。動くよ、痛みなく動く。……おっさん……」
「さあアンちゃん、治療費を払ってくれないかな?銀貨五枚でいいよ」
微笑みながら康人が男を見た。
「あ、いや、五枚なんて言わねえ。俺の気持ちだ、受け取ってくれ」
男は内ポケットから巾着を取り出すとその中から金貨を一枚取り出して康人に手渡した。そしてそのごつい手で華奢な康人の手を握った。
「……おっさん……。おっさん……。う、うぅっ……」
男は少し涙声になっていた。
「よかったなアンちゃん。これでまた働けるぞ」
微笑む康人。
「すまねえおっさん。さっきは酷い言葉でののしってしまった。許してくれ」
男は康人の手を握ったまま深々と頭を下げた。
「はは、いいって、気にすんなって。それに俺はおっさんだけどおっさんじゃない。康人のヤッさんだ」
なぜか胸を張る康人。
「へ?……あはは、あはははは。そうかおっさんじゃなくてヤッさんか。そうか、あははは。ありがとうヤッさん。俺の名前はガンマだ。この恩は生涯忘れねぇ。感謝する!」
男は康人の手を強く握ると何度も何度も感謝の言葉を言った。
「ガンマか。よかったなガンマ」
「それと姐御さん」
「姐御さん?」
きょとんとするシーディア。
「さっきはすまねえ。ついいらだってしまってて。許してくれ」
ガンマはシーディアに深々と頭を下げた。
「い、いいって、気にしないで。でも、姐御さんって……」
少し面食らうシーディア。
「俺たちの出る幕はなかったな」
「そうだな兄貴」
康人の行動を見守っていたリュウトとビルは苦笑する。
「ほお。たいした知識をもっているようだな」
リュウトとビルの間に立つ女は興味深そうに康人を見ていた。そして無意識に胸に手を当てると数度目を瞬かせ笑むとふっとため息をついた。
「(ふう……。しかし……、似ているな……。まあ、他人の空似……だろうが……)」
「すまんな砂塵の。それからヒドラの。俺たちは先に行くから」
「気にすんなユニコーンの。俺たちゃ急がねえ旅だしな。もうちょっとここの復興手伝ってくさ」
「うちも一緒だ。急がねえしな」
「ありがとな」
大地の砂塵とビッグヒドラは旅に余裕があると被災したアルスタク村にもうしばらく滞在するのだと言う。リュウトたちメガ・ユニコーンは護衛の途中でこれ以上出発を後らせることができない。そのため後ろ髪をひかれながらも今日帰途につく。
「ありがとうねリュウト、シーちゃん、ビル。また来ておくれね」
ピーニャ亭の女将がメガ・ユニコーン全員の手を握り礼を言った。
「また来るさ」「きっと来るからお元気でいてくださいね」「またうまい飯頼むよ」
そして康人の両手を握る。
「ヤッさん先生。あんたの力すごかったよ。何人もの村の人を助けてくれてありがとね。この恩は忘れないよ。ほんとありがとねヤッさん先生。お元気でね」
「喜んでもらえてうれしいですよ女将さん。女将さんもお元気で」
笑顔の二人。
よし、そろそろ出発しようか。シーディア」
「うん、了解」
馭者席のシーディアが手綱で合図を送ると馬たちはゆっくりと歩きだした。
「ヤッさ~ん、元気でねぇ!」
大地の砂塵の魔法師リディアが大声で手を振る。
「ん・その声はリディアちゃん。ありがとうリディアちゃん。リディアちゃんも元気で!」
康人も馬車の窓から顔を出し手を振った。
馬車は5人を乗せて一路オリスメイへの帰途についた。
その後康人たちメガ・ユニコーン一行は何事もなく3日後の昼前。ようやくオリスメイに到着した。
「ヤッさん着いたわよ。前の方にオリスメイの門が見えたよ」
ガタゴトと揺れる馬車は下腿土の地面を進みようやくオリスメイに到着した。
「そうなんだ。往来してる人たちが多くなってきたみたいだからそろそろかなとは思ってたけど、そうか、ようやく着いたか。ふう」
大きなため息をついた康人にオッティーが笑いながら話しかけた。
「ははは。こんな長旅は初めてですかヤッさん」
「えっ、あ、そうなんですよ。元の世界じゃどこに行くのも一日あれば行けますからね。こんな長旅ははじめてで。ちょっとつかれましたよ」
「そうでしょうな。ヤッさんのお話によればデンシャとかヒコウキとかですぐに目的地なんでしょうな。うぅ、うらやましい」
とオッティー。
「なあヤッさん、町に入ったらまずは冒険者ギルドに行くからな。それでヤッさんの今後の処遇とか相談しようと思う」
「ありがとうリュウト。そっか、冒険者ギルドか……」
冒険者ギルド。そこはリュウトたちのような冒険者を統括し運用するための組織でほとんどの町や村にあり互いに連携し運営されている。
馬車はほどなくオリスメイの門にたどり着いた。
「ヤッさん」
「なんだリュウト」
「オリスメイの入り口に着いたらヤッさんのことを尋ねられる」
「俺のことを?」
「ああ。そいつは誰だってな」
「ああ、そうか、そうだよな」
「まさか異世界からやってきましたなんて言えないし、まあ、言っても信じてもらえないだろう。でだ、俺が考えたんだがヤッさんは鳥型の魔獣に攫われてミーガの森に捨てられたってことにするからな」
「鳥型の魔獣に?」
「ああ。こっちの世界には大型の鳥の魔獣もいる。まあ、心配するなって」
「ああ、、なんかよくわからんがリュウトに任せるよ。よろしくな」
「わかった。だからみんなそう言うことでよろしく」
リュウトは仲間のシーディアとビル、そして雇人のオッティーにそう言った。
「ギルドカードを拝見します」
「はいよ」
リュウトが門番に懐から出したカードを提示する。
「えと、リュウトさんたちと商人のオッティーさんですね。それともう一人いるようですが」
「ああ。彼はヤスヒト。アーウイナンから戻る途中で迷ってたから拾って保護した。なんか鳥型の魔獣に攫われて気が付いたらそこに捨てられたってさ。それと、彼は盲目だ。だから攫われてきた方向もまったくわからないみたいだ。これからどうしたらいいのかわからないんで相談するのにギルドに連れて行こうと思ってな」
「そうでしたか。ご苦労様です。ではお入りください」
門番からカードを返してもらったリュウトはシーディアに合図をする。そして康人たちの乗った馬車はオリスメイの町に入った。
ガタゴトと舗装されたオリスメイのメインストリートをゆっくり進む馬車。周囲からはにぎやかな呼び込みの声や何かが焼けるおいしそうな匂いが漂ってくる。
「なんか店多そうだな」
「そうですよ。串焼き屋に果実水屋、宝飾に武具屋とか。とにかくこの通りは店や屋台が多いよ。私もたまに買い食いしたりしてね」
と隣に座るオッティーが説明する。
「そうなんですか。……それから確か今からギルドに行くんでしたよね」
「はい、そうですが、まずは私の店に行き荷物を降ろします」
「その後ヤッさんと俺たちはギルドに行くんだ。ヤッさんのことをグラマスに報告しないといけないしな」
オッティーのあとにリュウトが続けた。
「そうか。……グラマス……、ギルドマスターならなんかわかるけどグラマスって?」
「オリスメイのギルドは世界各地津々浦々にあるギルド支部の総本部だからオリスメイのギルマスのことをグラマス、グランドギルドマスターっていうんだよヤッさん」
と反対側の窓の下から説明したのはビルだった。
そうなんだ。ギルドで一番偉い人なんだ。なんか怖そう」
「大丈夫だよヤッさん。グラマスは真面目に働いてる者には怖い人じゃないよ」
とビルが苦笑してそう言った。
「ふーん、そうなんだ。どんな人なんだろう」
と康人。
「おらおらおら!殺してやる!」
おだやかでない男の罵声が聞こえたのはすぐ後だった。
「なんだ?」
康人が窓の外に顔を向ける。
「ケンカみたいですね」
オッティーが同じように窓の外を見て顔をしかめる。
シーディアは馬車を停めてその様子を伺う。
「なによもう。こんなとこでケンカ?」
目を血走らせた男が肉霧ナイフを持って振り回しているのが見えた。
「てめえら死ね死ね死ね!うがぁぁぁぁ!」
誰彼かまわず肉霧ナイフを振り回す男。
「ヤッさん、私たちは大丈夫ですよ。リュウトさんたちが護ってくれますから」
と余裕のオッティー。
「え、あ、はい」
でも康人は少し心配になる。
「ヤッさん、あたしたちがついてるから大丈夫よ」
「あ、ありがとうシーちゃん」
少しホッとする康人。
「やめろ!離せ!俺は、俺は、うわああああ!」
暴れていた男が絶叫したようだ。
「どうなったんだ?」
康人は窓の外にいるだろうリュウトに尋ねた。
「ああ、男が取り押さえられた…が、……。あいつ……」
「知り合いか?」
「ああ。いつもここらで焼き鳥と酒を売ってる男だ。でも、とても温厚な男なんだがな。あんなとこがあったとは」
少しとまどうがシーディアに「行くぞ」と声をかけると再び動き出す馬車。
これと同じようなことがギルドに向かう間に二度ほどあったが、オリスメイの兵士や冒険者に取り押さえられ大事には至らなかった。
「なんかケンカが多い町なんだな」
康人がふと呟く。
「私も驚いてますよ」
とオッティー。
「以前はこんなこと極たまにあったくらいなのですが……」
不思議そうに窓の外を眺めるオッティー。そしてこう続けた。
「私たちがいない|一月〈ひとつき〉の間に何かあったのでしょうか……?」
そして間もなくシーディアの操る馬車はオッティーの店に到着した。
オッティーの店は万屋だ。生活用品から衣料品、鍋や鎌の金物、家具や寝具など多種多様な商品を扱っている。
馬車が到着するとすぐに店の中から何人もの使用人が出てきて荷台の荷物をテキパキと店内に運び入れた。
「それではヤッさん。お疲れ様でした。この服ありがとうございました」
とオッティーは手に持ったデニムジャケットをポンポンッと叩いた。
「いえ、こちらこそお世話になりましたオッティーさん。ほんと助かりました」
頭を下げる康人。
「困ったことがありましたらオッティー商店にお気軽にご相談ください。サービスさせていただきます」
そう言ってオッティーは店内に入っていった。
「さあヤッさん、ギルドに行きましょう」
シーディアは康人の横に行くとその左手を自分の右肩に導いた。
「ありがとうシーちゃん」
そして康人たちはギルドを総括する総本部に向かった。
ギルドの中に入ると独特の喧騒が康人たちを出迎えた。
「なんか気ぜわしそうなとこだなここ」
首を左右に動かして周囲の様子を耳で探る康人。
「まあそうね。でも、どこのギルドもおんなじようなもんよ」
といいながら前を進むリュウトとビルに続きカウンターに向かう。
その途中。
「ようシーディア。久しぶりだな。今晩どうだ?」
男が下卑た口調でシーディアを呼び止めた。
「ふん。どいて、邪魔」
シーディアはその男を一瞥しただけで無視しようとした。が、男は少し声を荒げる。
「おいおいシーディアよ。無視すんなよ、おい!」
横を通り過ぎようとしたがその男がシーディアの左肩を掴んだ。
「触らないで!気持ち悪い!」
バチッと音をさせてその手を払いのけた。
「痛ぇ。何すんだおい!」
すごむ男。だがシーディアは余裕で一瞥するとやはり無視して歩き出した。
「待てよ!」
「うるさいっていってるのがわからないの?!邪魔!」
「てめえ!」
男が腕を振り上げ殴りかかってきた。
「(やばいんじゃないかこれ!)」
康人がハラハラしているのをよそにシーディアは余裕でその拳を受けた。
ガキッ!
「いってぇ!」
男が自分の拳を抱え込んだ。
「ふん。あたしに拳を向けるだなんて一万年早いのよ。とっとと消えて」
余裕のシーディア。
「な、何がどうなってどうなったんだシーちゃん?」
おどおどする康人にシーディアはくすくす笑いながら説明した。
「ごめんねヤッさん。あの男が殴りかかってきたからちょっと障壁張っただけよ、硬いのをね。それを殴って拳を痛めただけのこと。怖がらせたみたいでごめんねヤッさん」
あははと笑いながらそう言うシーディア。
「そ、そうなんだ。でもなんでリュウトが助けに入らないんだ?」
「こうなることがわかってたからだぞヤッさん。よくあることさ」
少し前で立ち止まりこちらを見ていたリュウトが苦笑する。
「言っただろヤッさん、姉さんは強いんだって」
ビルも笑った。
「そ言うこと。さ、行きましょ」
シーディアはリュウトたちに続いて康人を連れてカウンターに向かった。しかしカウンターはなかなか遠かった。
「うわっ!」
突然康人が体制をくずし倒れそうになるがなんとか持ち直す。しかし運悪くサングラスが飛んで行き床に転がる音がした。。どうやら誰かが康人にぶつかったようだ。
「あっ!大丈夫ヤッさん!」
シーディアが康人の背中を支えてぶつかった相手を睨む。
「どこ見てんのよ!」
睨んだ相手は悪びれもなく口をゆがめて笑っていた。
「ぐへへへへ。ぶつかってきたのはそっちだぜ。俺はちゃんと前見て歩いてたからな」
ニヤニヤする男。
「なんですって?!言いがかりはやめてよね!」
「おいおい。ぶつかっといてそれはないだろう。それに女の肩にしがみついて歩いてりゃ世話ないけどな。ぐわははは」
「ちょっとあんた!この人はね盲目なの、こうやってあたしが手引きしてんのよ。わかんないの?まああんたバカみたいだし仕方ないんだろうけどね」
ふんっと言って男を睨むシーディア。
「なんだとてめえ。そんな誰かにしがみついてなきゃ歩けねえヤツなんざアーガの森の奥にでも捨ててこいや!」
「……なんですって!!」
目を吊り上げるシーディア。
「なんだやんのかてめえ!犯すぞ!」
すごむ男。だがシーディアは余裕で男を睨み返す。
「おい、ちょっと待てって、彼女は関係ない。それにぶつかったのは俺じゃない。あんたが俺の方に近づいてきたんだぞ!」
すると康人がシーディアと男の間に入りその見えない目で男を睨んだ。
「なんだと!」
「あんたがこっちに歩いてきてたのは足音でわかってた。でもあんた急に向き変えたよな、俺の方に」
「やっぱりそうだったのね。さすがはヤッさん。注意力が半端ないわ」
少しうれしそうなシーディア。
「だから俺は謝らない。あんたがわざと俺にぶつかってきたんだからな」
「あん!なんだとてめえ。|盲〈めくら〉のくせにいきがってんじゃねえ!殺すぞ!」
康人を睨む男。だがその時康人の目は睨む男の魂の炎に気が付いた。
「(ん?この男の炎……。傷だらけだ。首から右腕付近が酷いことになってる。右肩が酷いけど……一番の原因は首だな。そのせいで肩関節の可動域が狭くなってるんじゃないだろうか……。これじゃ痛くて何もできないぞ。服着るのも辛そうだ)」
男はその見えない目で睨まれ少したじろいだ。
「……ふん。まあいい。気をつけなおっさん」
男はその場から離れようとした。が、康人が男の足を止めた。
「アンちゃん、ちょっと待て」
反対を向きかけた男が康人を見る。
「なんだおっさん、まだ何か用か?」
と言って強く睨んだ。
「ああ、ちょっとな。だからちょっと待てって。その前にシーちゃん」
「へ、何ヤッさん」
「治療部位がわかってる時の治療費っていくらぐらいなんだ?」
「へ?なんで今?」
「いいからいいから。それでピンポイントでわかってる損傷部位の治療費はだいたいいくらぐらいだ?」
「えと、あの、……だいたい銀貨四,五枚くらいかな……」
「そっか。ありがとう」
そして康人は男に向かって言った。
「なあアンちゃん、銀貨四,五枚くらいはもってるか?」
「あん?なんでそんなこと聞く?おっさんに言ういわれはない。じゃあな」
「ちょっと待てって。銀貨四枚でアンちゃんの右肩治してやろうって言ってるんだ」
「な、何……?」
すると男の顔色が変わった。
「てめえ……。なんで知ってる?!どういうことだ?あん!」
「そんなにカリカリするなって。アンちゃんさ、右肩ケガしてるだろう。それもかなり酷いケガだな。ケガしてからそんなに日はたってないと思うんだが?どうだ?」
「……」
無言で康人を見る男。
「なあアンちゃん」
「……なんだ……」
「ちょっとしゃがんでくれないか」
「なんで?」
「アンちゃんの背が高いからだ。ちょっとしゃがんでその右肩を診せてみろ」
「な、なんでおっさんに見せにゃならんのだ!」
「いいから黙ってしゃがめ!」
康人はそう言うと男の右腕をつかむとグイッと引っ張った。
「痛ぇっ!な、何しやがるてめえ!」
「うるさい!いいから黙ってしゃがめ!」
有無を言わせず康人は男をその場にしゃがませた。
周囲にいる者たちはこれから何が起こるんだろうと康人と男を見守っている。
「触るぞ」
康人が男の右肩を触診する。そして腕を前や後ろにゆっくりと動かして肩関節の可動域を調べた。
男は時折歯を食いしばったり痛みで身体が強張ったりしている。康人はその度に周囲をマッサージしながら診て行った。
「かなり悪いな。表面の傷自体は完治してるみたいだけど、肩の関節周囲に圧痛が多い。おそらく関節自体の損傷がかなり酷いんだと思う。脱臼を何度もしてるみたいだしおそらく腱板も損傷してるだろうな」
「……お……、おっさん、何者だ……」
目を見開いて康人を見る男。
「肩はわかった。次は首だ」
「首?」
康人は続いて頸部をゆっくりと診る。
「なるほどな。なあ、アンちゃんさ、最近頭痛がしたり右手の先が痺れたりしてないか?」
「あ、ああ。ここんとこずっと頭が痛いし手も痺れててうまく動かせねえ。……、でも、なんでわかった?」
「アンちゃんの首の周囲の筋肉の張が尋常じゃないくらい硬い。それにアンちゃんの手、とても冷たい」
と言って触診していた男の右手を離した。
「おっさん……。あんた治癒術師か?」
「まあ似たようなもんだけど、そんなことはどうでもいい。銀貨四枚や五枚くらいは持ってるだろ?」
「あ、ああ。でももう治らないと思う……。この肩はもうすぐ使えなくなると思う……」
少し俯く男。
「これまで何度も治癒術師に診てもらったが、みんなもうこの肩はダメだと言ってた。もう冒険者を続けるのは無理だと……」
「まあ、そうだな。肩だけ診てればもうダメだと言うだろうな」
「おっさん……」
少し微笑む康人を見つめる男。
「シーちゃん」
「あ、はい」
康人の行動に見入っていたシーディアが急に声をかけられて少し驚いた。
「このアンちゃんの首と肩の治療頼む」
「で、でも……」
「首がとても悪いし肩の関節もかなり悪いんだ。光魔法でなら治るんじゃないかな。アンちゃんも銀貨四,五枚は持ってるってことだから。シーちゃん、頼むよ」
「……んもう、ヤッさんったら。わかったわ、治療しましょう」
苦笑するシーディアは男に近づくとその首から右肩にかけて掌を向けた。
「お、おい、ちょっと待てって。俺は治療を頼んじゃいねえ……」
「黙って治療してもらえ!そうでないとアンちゃん、二度と右手が動かなくなるぞ」
康人の言葉に大柄な男が首を竦める。
「し、しかし……」
「大変だったなアンちゃん。もう悔しがることはないんだぞ。肩が治ればまたすぐに金を稼げるさ。さあシーちゃん」
「はい」
「俺が今から言うことをしっかりイメージしてくれるか?」
「え?……わかったわ。それじゃどう治療すればいいか教えて」
その手がほんのりと白く輝くと男の首から右肩を優しく癒しの光が包み込む。
それから康人はシーディアに治療すべき部位を支持した。
「関節の周囲の腱や筋肉、それに靱帯と言われる関節を補強している|筋〈すじ〉がかなり伸びて傷ついてると思うからそれらを縮めて傷を治す。そして血管や神経もかなりダメージがあると思うからそれも。そして首の方はかなり左右に歪んでる。それで中にある脊髄がかなり圧迫されてると思う。歪みを伸ばして脊髄への圧迫を除去。そして周囲の筋や神経それに血管のダメージを回復させる。そして……」
そして十数分後。
「ふう、終わったわよヤッさん。ヤッさんの言われたとおりに治療を進めたわ。うまく行ったと思う」
シーディアが肩から手を離すと康人に治療が終わったことを言った。
「ありがとシーちゃん。そしたらアンちゃん、もう一回診るぞ」
康人は頸部から右肩にかけて触診する。さっきまであった関節の腫れもなくなり圧痛点も消失したようだ。他動で肩関節を動かしたがすべてスムーズに動かせた。
そしてもう一度炎心眼で男の魂の火を見た。さっき首から右腕にかけて弱まっていた炎の勢いが強くなっているのを確認した。
「ほらアンちゃん。自分で首と肩動かしてみろよ。どうだ痛みはないか?」
「あ、ああ。痛みはない……。動くよ、痛みなく動く。……おっさん……」
「さあアンちゃん、治療費を払ってくれないかな?銀貨五枚でいいよ」
微笑みながら康人が男を見た。
「あ、いや、五枚なんて言わねえ。俺の気持ちだ、受け取ってくれ」
男は内ポケットから巾着を取り出すとその中から金貨を一枚取り出して康人に手渡した。そしてそのごつい手で華奢な康人の手を握った。
「……おっさん……。おっさん……。う、うぅっ……」
男は少し涙声になっていた。
「よかったなアンちゃん。これでまた働けるぞ」
微笑む康人。
「すまねえおっさん。さっきは酷い言葉でののしってしまった。許してくれ」
男は康人の手を握ったまま深々と頭を下げた。
「はは、いいって、気にすんなって。それに俺はおっさんだけどおっさんじゃない。康人のヤッさんだ」
なぜか胸を張る康人。
「へ?……あはは、あはははは。そうかおっさんじゃなくてヤッさんか。そうか、あははは。ありがとうヤッさん。俺の名前はガンマだ。この恩は生涯忘れねぇ。感謝する!」
男は康人の手を強く握ると何度も何度も感謝の言葉を言った。
「ガンマか。よかったなガンマ」
「それと姐御さん」
「姐御さん?」
きょとんとするシーディア。
「さっきはすまねえ。ついいらだってしまってて。許してくれ」
ガンマはシーディアに深々と頭を下げた。
「い、いいって、気にしないで。でも、姐御さんって……」
少し面食らうシーディア。
「俺たちの出る幕はなかったな」
「そうだな兄貴」
康人の行動を見守っていたリュウトとビルは苦笑する。
「ほお。たいした知識をもっているようだな」
リュウトとビルの間に立つ女は興味深そうに康人を見ていた。そして無意識に胸に手を当てると数度目を瞬かせ笑むとふっとため息をついた。
「(ふう……。しかし……、似ているな……。まあ、他人の空似……だろうが……)」
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