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14 まったくどうしたもんかのう
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そして次の火。今日は六月十六日。
『ヤッさん治療院』の開業する日が来た。
「それじゃ先生、開院します。……って先生、サングラスはしないんですか?」
「あ、うん。施術中はサングラスはしないんだ。なんか失礼に感じてさ。それに魂の火は視たい時に視れるようになったしね」
「そうなんですか。でも、サングラス無しだと一層視えないなんて思えませんね。はは」
「そうか、まあ、そう言われることは多いけど。…って、さ、早く開院しようか」
「はい。では玄関開けます」
とにこやかに玄関に行き扉を開けるユキカ。
玄関を開けるとそこにはすでに三人の患者たちが扉を開くのを待っていた。
「おはようございます。ヤッさん治療院へようこそ。さあ、お入りください。あっ、来られた順番で中に入ってくださいね」
「はてさて、どんな治療ができるのかねぇ」
「おはようございます」
「どんな先生なのか楽しみだねえ」
患者たちはあいさつをしながら院内に入る。
「ここでお待ちください」
玄関を入ってすぐの部屋に三人を案内したユキカは奥の施術室に急ぐと康人に報告する。
「先生、患者さんは三人です」
「わかった」
康人は自分の頬をペチンと叩き気合を入れると廊下を待合室に向かった。
部屋の入口に立つと初の患者たちに頭を下げた。
「おはようございます。ご来院ありがとうございます。私が当『ヤッさん治療院』の院長、マッサージ師の康人です。これからみなさんの治療を行います。それでは最初に来られた方から施術します。一番の方、こちらにどうぞ」
康人は奥の部屋に向けて右手を指し示した。
開院初の患者は人族の老人だった。
「肩凝りと腰痛じゃ。他の治癒術師のとこで治療してきたがよくならん。さあ、診てもらおうかのう」
その患者は康人を品定めするように半眼でじろじろと見ている。それをユキカは少しムッとして見ている。当然康人には見えないがその口調で少し気づく。
「そうですか。それでそちらではどのような治療をされてきました?もしよければ教えていただけませんか?」
これまでこの老人が受けてきた治療がどのような治療なのか、その治療がこの老人に効果があったのか、もし効果がなければ別の治療をしなければならない。康人はそう思いこれまでの治療法を尋ねた。
「なんじゃなんじゃ。他の治癒術師がしてきた治療を聞かねば自分の治療ができんのか。まったくどうしたもんかのう」
わざとらしく大きなため息をつく老人。ユキカはますますムッとし眉間を寄せて老人を睨むようにして見る。
「そうですか。わかりました。では私の治療をさせていただきます。それでは触診しますのでまずはこの椅子に座ってください」
背もたれの無い椅子に老人を座らせると後ろに立ち首から肩を触診していく。身長に触診していくと康人の手に傷ついた跡や肉がえぐれた跡が感じられた。
「(なんか傷だらけだな。この人も冒険者だったのかな)」
傷の跡は数多くあった。何度も危険にあってたのかと康人はこの世界の厳しさを感じた。
「あの、少し聞きたいんですが、頭痛や手の先の痺れとかはありますか?」
「ああ」
「……症状が出てきたのはいつ頃でしたか?」
「さあな」
「……では、どう動かした時に痛みますか?」
「いろいろじゃな」
康人の問診に真面目に答えない老人。
「(くそっ。こうなったら)」
少しムッとした康人は奥の手を使うことにした。
「(炎心眼発動)」
康人の見えない目に老人の魂の火が姿を現した。
「(なんだこれは……。頸椎がボロボロだ。前後左右に歪んでるし骨と骨の間も無くなってる。肩関節の形もいびつに変形してる。それと……)」
康人は頸椎を触診していた手をそのまま下にずらしていきしゃがむと魂の火の人型と照らし合わせて脊柱を診る。
「(なんじゃこりゃ!グニャグニャに曲がってる。こんな状態でよく日常生活ができるな。あきれるほど悪い。でも、辛いだろうな)」
周囲の筋群も診るが固まりすぎて指が入らないほどだ。
「(ん?)」
背中全体を炎心眼で診ていた康人の目に妙な物が写った。
「(これは……。黒い火……。悪いのはここか)」
康人は立ち上がると老人に言った。
「だいたいわかりました。それではマッサージしますのでこのベッドに右側を上にして横になってください」
「え……?わかったのか」
「はい。それで施術は何分しましょうか?20分銅貨1枚で、20分と40分それと60分のコースがあります」
「お、お、そうか。そんなら40分で」
「はい、わかりました。それじゃベッドに上がってください」
「あ、ああ」
老人は面食らったようだが言われるままベッドに横になった。
そして康人は頸部から肩上部、背中へのアプローチを開始した。
「(ここだな)」
炎心眼と照らし合わせて首をマッサージしていた康人は黒っぽい火になっているところを施術する。
「(うーん。硬結があるな。それになんか指先に感じるこの熱さはなんだ?……ん?あれ?だんだん熱がなくなっていく。硬結も……。それに頸椎がゆっくりと動いてるような……)」
老人の頸椎、首の骨は前後左右に歪み骨と骨との間にある椎間板もほとんどなくなっていたが、康人が施術しているとそれが徐々に正常に戻っていっているようにみえる。
そして頸椎が元に戻る時にゴキッ、ギギギ、グコンと微かに音がしたのを感じた。
「(うわっ!まただまた音ガスるぞ。今回は骨が動いてるのもわかる……!あっ!頸椎が正常な形状に……。椎間板も復活してきているし……、なんでやねん!)」
康人はパニックを起こしながらも平静を保ちながら施術を続けた。
黒っぽい火の部位は触ると硬くて熱い。だが施術を続けると熱さが消え硬結も徐々に小さくなっていく。それが不思議でたまらない。
「(肩関節も……。脊柱も……、一本の骨のようになっていた腰椎も……。正常な形状になってしまった……。ど、どういうことなんだ…………?)」
黒っぽい火はこの老人からほとんどなくなっていた。
そして最後座ってもらい仕上げとして首と肩の軽いマッサージを施術しこの老人の治療は終わった。
そしてもう一度魂の火を見てみると黒っぽい火はほぼなくなっていて火の勢いもさっきよりはよくなっている。ただし老人で歳が歳なので健康な成人とはかなり違うが日常生活を送る上では問題ないだろう。
「……はい、終わります。……気分はどうですか?」
康人が恐る恐る尋ねると老人は黙ったまま立ち上がると首や肩、腰や足を動かす。
「う、……うっ……」
老人はひとしきり身体を動かすと、今度はただ突っ立ったまま身動き一つしない。ただ何か唸っているだけだった。
「えと、あの……」
どうしたのかと康人が声をかけると老人の肩が大きく揺れた。
「えと……、どうされました、大丈夫ですか……?」
康人は老人の様子を伺う。それを見ているユキカも少しおろおろし始めた。
「……先生……」
老人は康人の方に身体を向けると小さく呼んだ。
「え、あ、はい」
「先生は盲目だと聞いた。そんなヤツが治癒術師になれるのかとせせら笑っていた」
「へ?あ、はい……」
康人がここでマッサージ治療院を開くことはナランハ亭の女将ナーシェと若女将のルミリア、そしてリュウトやガンマたち冒険者が振れ回ってくれた。その時にマッサージ治癒術師の康人は盲目だとも言ってくれていた。
「ワシの身体は他の治癒術師に治療させてもまったくよくならんかった。……だが……」
老人は康人の手を両手で握ると言った。
「先生、ありがとう。どこも痛くない。どこもかしこも思う通りによく動く。ワシ、ワシ……。先生……。感謝します。ありがとうございました!」
治療前の威圧的な言動はなんだったんだと思うくらい老人は康人に感謝を述べる。しかも涙ぐみ康人の手をしっかりと握っている。
「よかったですね。よろこんでもらって私もうれしいです」
「う、うぅっ。ありがとう先生。……さっきは憎たらしいことを言ってもうしわけなかった」
老人は康人の手を握ったまま深く頭を下げる。
「はは、いえいえ、気にしてませんので」
康人はこれだけ喜んでもらって少し恥ずかしくなった。
「さすがです先生!ギルマスがお認めになられただけのことはあります!私、私ここでバイトできてうれしいです!くすん」
ユキカも老人を見て涙ぐんでいた。
「あっ、そうだユキちゃん、忘れてた。えと、来院された患者さんの名前を記録しておいて」
「あっ、そうだった。私も忘れてました。すみません。えと……。お名前を教えていただけますか?」
ユキカが羊皮紙を持ってまだ目元を拭っている老人に尋ねた。
「ん?ワシか?ワシの名はトラウトじゃ」
「それでは次の方どうぞ」
ユキカは元気な声で待合室の患者を呼んだ。
「なあリュウト、ヤッさんの炎心眼の制度はどうだ?上がったか?」
ここはギルド総本部内にある本部長室だ。グランドギルドマスターであるカノンの向かいにはリュウトが座り康人のことを話しあっている。
「そうだな。かなり制度がよくなった。というより自分の意志で見るかどうかコントロールできるようになってきたな。これまでもまあまあコントロールはできていたみたいだが今まで以上に自在になったようだ」
「そうか。しかし変な能力だな。魂が火のように見えるとは。魔力がほぼ無いのにほんと不思議な男だ」
苦笑するカノン。
「それと。図書館の方はどうだった?」
「うーん」
リュウトは一口お茶を飲むと続けた。
「一般図書の中には手がかりはまったく無かった。Aランク冒険者が入れる準禁書庫でも動揺だった」
「となると……」
「グラマス、禁書庫への入室許可をもらいたい」
「禁書庫か……。ギルマスクラスの者以外が入るにはギルマスの許可状がいる。……わかった、許可状を出そう」
「助かる」
ホッとするリュウト。
「だが……、それでも見つかる可能性は低いと思え」
「わかってるよグラマス。で、それはいつもらえる?」
「そうだな。……うーん」
カノンは顎に手を当てると左右に首を曲げると頷き言った。そして一つ咳払いをするとリュウトに尋ねた。
「えとリュウト。確か今日はヤッさんの治療院開業だったな」
「ん?ああそうだが。今頃は最初の患者を施術してるのではないか」
「そ、そうか……。ならば昼過ぎにヤッさん治療院に行く。その時に渡そう。で、ヤッさんに言っといてくれないか昼一に行くって。当然マッサージしてもらうが」
カノンは少し、ほんの少し頬を染めた。
「あ、ああ。わかった。ヤッさんに予約しとく」
苦笑するリュウト。
とその時コホンという咳払いが聞こえた。
「な、なんだマーディロス?」
「はい。お出かけされるのはよろしいのですが、きちんと仕事をなさってからにしてください。カノン様の仕事が遅れますとその後の職員たちの仕事も滞り支障をきたしますので」
「あは、あはは。わかっておるわそんなこと」
カノンは目をキョロキョロ泳がせながらマーディロスの視線に少しうろたえた。
「先生、お疲れ様でした。ようやく午前が終わりましたね」
「ああ。初日だというのに途切れなかったな」
「はい。うれしいことです。これからもこのペースで行けばグラマスの借金もすぐに返済できますよ」
「それはそうだけど、あまり数が増えると俺の体力がもたないかもな。あはは。体力増進しないとかなあ」
「あはは。そうかもしれませんね」
康人とユキカがそんな話をしていると玄関を開ける音が聞こえてきた。
「ヤッさん、いるか?」
「ん?リュウトか」
扉を開けて入ってきたのはリュウトだった。
「おう、ヤッさん。開業初日はどうだった?」
「まあまあ来てくれたよ」
康人に続きユキカも答えた。
「とっても多かったんですよ。一番目に来られたおじいさんが施術後に知り合いに触回ってくれたみたいでたくさんの患者さんが来院されたんですよ。でもちょっと先生はお疲れのようですけど」
と微笑んだ。
「そうか。商売繁盛はいいことだ。でだ、昼一にグラマスがマッサージに来たいと言っていたんだが大丈夫か?と言っても無理やりにでも来るとは思うが」
苦笑しながら康人に尋ねる。
「んーと、まあ、いいかな。カノンちゃんはマッサージだけ……、ってことはないよな。なんか用なのか?」
「ああ。ヤッさんの例の事でな」
「例の事?」
「図書館で異界からの訪問者について調べてたんだがなかなかなくてな。禁書庫への入館許可状をグラマスにもらえることになってそれを持ってきてくれるんだ」
「禁書庫ですか?あそこに入るにはギルマスクラスの方の許可状がいりますからね」
とユキカ。
「そうなんだ。ありがたいな。しっかりとマッサージするよ」
そして昼食も終わりそろそろ午後の部を始めようかとした時にカノンが来院した。
「ヤッさん、来たよ」
スキップでも踏みそうな勢いで院内に入ってきたカノンを見てユキカは非常にとてもものすごく驚いて仰天した。
「ああああ、あの、あのあのあの鬼神のグランドギルドマスターのカノン様が……!ま、まるで少女のように!」
目玉が落ちそうなくらい目を見開き、顎がはずれそうなくらい口を開けてニコニコ笑っているカノンを凝視した。
「ギロッ!」
「ひっ!」
カノンに睨まれたユキカは固まった。その横を何事もなかったようにカノンは康人の前まで行く。
「いらっしゃいカノンちゃん。待ってたぞ。さ、それじゃ早速マッサージしようか」
「うん。その前に。リュウトこれだ。これが私の許可状だ。しっかりと調べるのだぞ」
カノンは肩にかけたピンク色のポシェットから蝋で封印された許可状をリュウトに手渡した。ちなみにそのポシェットにはかわいらしいウサギさんが描かれていた。
「ありがとうございますグラマス。では早速図書館に行って調べてきます」
「うむ」
大きく頷くカノン。
「頼むリュウト。カノンちゃん、ほんとありがとう」
康人は二人に深々と頭を下げた。
「いいって。んじゃ行ってくる」
とリュウトはひらひらと手を振りながら図書館に向かった。
「さあヤッさん。マッサージお願い」
カノンはピョンとベッドに飛び乗ると「早くぅ」とウインクして悩殺ポーズで誘う。が、康人が盲目なのを思い出し顔を赤くし一人悶絶した。
「カ、カノン様……。なんか私……。キュンってなった」
恥ずかしがっているカノンを見てユキカは口元をニヤつかせたのだった。
「あふん……。ふうぁ……。はぁん……。うぅん……。ふぁぁぁん……。ん…、もう、らめぇ……」
「はあ……。おいこらエロエルフ、マッサージが気持ちいいからって変な声出すなって。ほんと声だけ聞いてたら何してるのって思われるから」
「だってぇ、気持ちいいんだもーん。あふん」
「だーかーらー……」
ため息の康人。ユキカはそれを見てクスクス笑っていた。
「それにしてもカノンちゃんの身体中傷だらけだな。リュウトやガンマたちの話を聞いたりみんなの身体を触ってわかってるつもりだったけど、冒険者ってのはかなり危険な仕事なんだな」
「うふん。そうだよ。EやFの低レベルならあまり危険な仕事はないけど高レベルになると危ない仕事が多くなるんだよ。それが冒険者。危険の中の仕事だよ。私の知り合いもたくさんケガしたり死んだりしてるしね。でもこんな仕事が無いと一般の人たちが平和に暮らせないのも確かだし。危険な仕事だから報酬も高いしね。あっ、そこっ!あはーん。いいわあ、もっとぉ!」
康人はマッサージをしながらカノンの話を聞く。命を賭けた仕事に平和な日本で暮らしてきた康人は複雑な気持ちになった。
うつ伏せになってもらい背中から腰、そして足の後ろ側を施術していた康人は足先をする時に思い出した。
「そういえばカノンちゃん。どっかの角にぶつけて痛めた足の小指は治ったか?」
「ん?ああ、机の脚で撃った小指?治ったと思うよ。痛みも無いし」
「そうか。どれどれ」
というと康人はカノンの足の小指に触り炎心眼を発動させた。
「うん。黒い影は無いな。治ってるぞ」
「でしょ。全然痛くないし」
「そっか。治ってよかったな。足の指は撃ったら痛いからなあ。ははは」
「そうそう。ほんと痛かったよ。涙出たもん。あはは」
たわいもない話をしながら二人は笑い合った。
「はい。仰向けになって」
「はい。……ってもしかして胸揉むの?いやん、ユキカが見てるのにい。でも、ヤッさんならいいかなあって。あはは」
「ちゃうわ!胸は揉まん。足だ足。ほんと困ったお子ちゃまだな」
「お子ちゃま言うな!」
「あはは」
笑う康人。
「ところでヤッさん、炎心眼が自由にできるようになったって?」
「ああ。サングラスをはずしたら無条件で視えてたのが意識して止められるようになった。視たいときに視られるようになったんだぞ。ホッとしたよ。これまで視たくもないのに視えてしまってたからな。でも、なんでかわからんけど、突然視えてしまう時もあるけどな。それに……」
「それに?」
「こうやって手で相手に触ってるとその部分がまるでCTのように……、うーん、CTわからないよな」
「うん、わからない」
「えーと、身体の中が立体的に見える、って言えばわかるかな」
「うーん、なんとなくね」
「まあ、なんとなくでいいけど。そうやって立体的に身体の中がわかるから患部がどうなってるのかどこが原因なのかがわかるんだ。とっても便利だぞ」
「そうなんだ。あっ、そこ、あっふーん。……あ痛っ!」
艶めかしい声を出し康人に頭を叩かれたカノンだった。
「ああ、気持ちよかったぁ。なんか身体が軽くなった気がする。これまでの疲れが吹っ飛んでいったよ。ありがとヤッさん」
「どういたしまして。まあ、そうだな。かなり凝ってたな。たまには揉みほぐした方がいいぞ。忙しいだろうけどたまには来院してくれ。愛情込めて施術するからな」
と微笑む。
「うん、ありがと。たまに来るからね。はいこれ治療代」
とカノンは治療代を康人に手渡す。
「はい、確かに」
康人は銅貨2枚を受け取るとユキカに渡す。
「はい。受け取りました」
とユキカは銅貨を木製の箱の中に入れるとチャリンと午前の売り上げの銅貨に当たり音がした。
「また来てくれなカノンちゃん」
「うん。それじゃあね。私も仕事してくるよ。早く還らないとマーディロスが……、いや、何でもない。それじゃあね」
そう言うとカノンは元気に走って行った。
それからもヤッさん治療院には患者が訪れた。気が付いた時にはすっかり日が暮れて夕食時になっていた。
「ありがとうございました。お大事に」
最後の患者を見送った康人とユキカはふうと大きく息をすると椅子にドサッと座った。
「ふう。疲れたな。開院日なのにけっこう多かったな」
「そうですね。私もこんなにたくさん患者さんが来られるとはおもいませんでした。えーと」
といいながらユキカは今日の日報に目をやる。
「えーと、来院数は午前六人、午後七人の計十三人です。で、銅貨二十二枚の売り上げですね。いいんじゃないですかこれ」
「そうだな。でもなあ」
「はい?」
「あんまり忙しいと疲れる。俺も歳だし……。ふう」
「……」
パシッ!
ユキカがヤスヒトの背中を少し強めに叩いた。
「あいた」
「しっかりしてください。五十なんてまだまだ若いですよ。まずは毎日運動しましょう。先生も今日患者さんに行ってましたよ、運動して筋肉着ければ歩くのも楽になりますよって」
「あ、あは、あはは。まあ、そうだけど……」
「実践しましょう!」
「あっ、いや、あの、えと、その……」
「ふふふ」
「……」
どうリアクションすればいいのか悩む康人だった。
「ヤッさん、お疲れ様でした。どうぞ」
康人は看板をしまうと夕食を採りに慣れた足で隣のナランハ亭に向かった。
「ありがとうナっちゃん。おいしそうな匂いだ。じゃ、いただきます」
康人は箸を持つとおいしい食事を次々と口に運んだ。
「おかわりはたくさんあるから遠慮しないでね」
「ありがとうナっちゃん。でも、いつ食べてもうまいなあここの料理は。評判もいいしたくさんの客が来てくれてるし。ほんとウェルクの腕はたいしたもんだ」
今も客であふれかえってる食堂は多くの人たちで騒がしい。
「ありがとヤッさん。ほんといい人と一緒になってくれたわよルミリアは。あっ、はーい」
空のジョッキを掲げた男に呼ばれたナーシェはゆっくり食べてねと康人に声をかけるとにぎやかなテーブルに向かった。
「流行ってることはいいことだ。さ、食べよ」
楽しそうに微笑むと康人は再び箸を動かした。
そしてしばらく一人で食事をしていると聞きなれた声に箸を止める康人。
「お疲れ様ヤッさん」
「ん?ああ、お帰り。ありがとシーちゃん。シーちゃんたちもお疲れ」
「ありがと」
シーディアはそういうと康人の隣に座った。
「けっこう忙しかったみたいだなヤッさん。兄貴から聞いたよ」
と言って康人の向かいに座るビル。
「ああ、そうなんだ。初日からこんなに忙しくなるなんて思わなかったよ」
と苦笑する康人。
「まあ忙しいのはいいことじゃないか。でもあまり無理しないようにしてくれなヤッさん」
リュウトはシーディアの向かいに座った。
「ありがとうリュウト。みんなも今日は忙しかったのか?」
「まあまあね。リュウトは図書館に言ってたし、あたしとビルはギルドの依頼で薬草採りに行ってたくらい」
「そっか。悪いなリュウト、俺のためにシーちゃんたちと依頼受けられなくて」
「気にしないでくれよヤッさん。約束したろ?俺たちに任せてくれって」
微小するリュウト
「ありがとう、みんな」
頭を下げる康人に三人はまあまあいいからいいからと笑った。
「それでヤッさん、今日グラマスから禁書庫への許可状もらって調べてたんだが、悪い、今日は何もわからなかった」
「そうか。でも悪いだなんて思わないでくれリュウト。調べてくれてるだけで俺はうれしいんだから」
「ああ。また時間が取れた時に調べに行くから」
「ありがとう、頼む」
互いに微笑んだ。
「さあ、あたしたちもご飯にしましょう。ナーシェさん。あたしたちにもご飯お願い」
「あいよ。ちょっと待っててね。ルミリア、三人前追加だよ!」
ナーシェは厨房で忙しそうにしているルミリアにオーダーを届けた。
それから四人で和気藹々と食事を進めた。
こうして異世界での初仕事「ヤッさん治療院」の初日が過ぎたのだった。
『ヤッさん治療院』の開業する日が来た。
「それじゃ先生、開院します。……って先生、サングラスはしないんですか?」
「あ、うん。施術中はサングラスはしないんだ。なんか失礼に感じてさ。それに魂の火は視たい時に視れるようになったしね」
「そうなんですか。でも、サングラス無しだと一層視えないなんて思えませんね。はは」
「そうか、まあ、そう言われることは多いけど。…って、さ、早く開院しようか」
「はい。では玄関開けます」
とにこやかに玄関に行き扉を開けるユキカ。
玄関を開けるとそこにはすでに三人の患者たちが扉を開くのを待っていた。
「おはようございます。ヤッさん治療院へようこそ。さあ、お入りください。あっ、来られた順番で中に入ってくださいね」
「はてさて、どんな治療ができるのかねぇ」
「おはようございます」
「どんな先生なのか楽しみだねえ」
患者たちはあいさつをしながら院内に入る。
「ここでお待ちください」
玄関を入ってすぐの部屋に三人を案内したユキカは奥の施術室に急ぐと康人に報告する。
「先生、患者さんは三人です」
「わかった」
康人は自分の頬をペチンと叩き気合を入れると廊下を待合室に向かった。
部屋の入口に立つと初の患者たちに頭を下げた。
「おはようございます。ご来院ありがとうございます。私が当『ヤッさん治療院』の院長、マッサージ師の康人です。これからみなさんの治療を行います。それでは最初に来られた方から施術します。一番の方、こちらにどうぞ」
康人は奥の部屋に向けて右手を指し示した。
開院初の患者は人族の老人だった。
「肩凝りと腰痛じゃ。他の治癒術師のとこで治療してきたがよくならん。さあ、診てもらおうかのう」
その患者は康人を品定めするように半眼でじろじろと見ている。それをユキカは少しムッとして見ている。当然康人には見えないがその口調で少し気づく。
「そうですか。それでそちらではどのような治療をされてきました?もしよければ教えていただけませんか?」
これまでこの老人が受けてきた治療がどのような治療なのか、その治療がこの老人に効果があったのか、もし効果がなければ別の治療をしなければならない。康人はそう思いこれまでの治療法を尋ねた。
「なんじゃなんじゃ。他の治癒術師がしてきた治療を聞かねば自分の治療ができんのか。まったくどうしたもんかのう」
わざとらしく大きなため息をつく老人。ユキカはますますムッとし眉間を寄せて老人を睨むようにして見る。
「そうですか。わかりました。では私の治療をさせていただきます。それでは触診しますのでまずはこの椅子に座ってください」
背もたれの無い椅子に老人を座らせると後ろに立ち首から肩を触診していく。身長に触診していくと康人の手に傷ついた跡や肉がえぐれた跡が感じられた。
「(なんか傷だらけだな。この人も冒険者だったのかな)」
傷の跡は数多くあった。何度も危険にあってたのかと康人はこの世界の厳しさを感じた。
「あの、少し聞きたいんですが、頭痛や手の先の痺れとかはありますか?」
「ああ」
「……症状が出てきたのはいつ頃でしたか?」
「さあな」
「……では、どう動かした時に痛みますか?」
「いろいろじゃな」
康人の問診に真面目に答えない老人。
「(くそっ。こうなったら)」
少しムッとした康人は奥の手を使うことにした。
「(炎心眼発動)」
康人の見えない目に老人の魂の火が姿を現した。
「(なんだこれは……。頸椎がボロボロだ。前後左右に歪んでるし骨と骨の間も無くなってる。肩関節の形もいびつに変形してる。それと……)」
康人は頸椎を触診していた手をそのまま下にずらしていきしゃがむと魂の火の人型と照らし合わせて脊柱を診る。
「(なんじゃこりゃ!グニャグニャに曲がってる。こんな状態でよく日常生活ができるな。あきれるほど悪い。でも、辛いだろうな)」
周囲の筋群も診るが固まりすぎて指が入らないほどだ。
「(ん?)」
背中全体を炎心眼で診ていた康人の目に妙な物が写った。
「(これは……。黒い火……。悪いのはここか)」
康人は立ち上がると老人に言った。
「だいたいわかりました。それではマッサージしますのでこのベッドに右側を上にして横になってください」
「え……?わかったのか」
「はい。それで施術は何分しましょうか?20分銅貨1枚で、20分と40分それと60分のコースがあります」
「お、お、そうか。そんなら40分で」
「はい、わかりました。それじゃベッドに上がってください」
「あ、ああ」
老人は面食らったようだが言われるままベッドに横になった。
そして康人は頸部から肩上部、背中へのアプローチを開始した。
「(ここだな)」
炎心眼と照らし合わせて首をマッサージしていた康人は黒っぽい火になっているところを施術する。
「(うーん。硬結があるな。それになんか指先に感じるこの熱さはなんだ?……ん?あれ?だんだん熱がなくなっていく。硬結も……。それに頸椎がゆっくりと動いてるような……)」
老人の頸椎、首の骨は前後左右に歪み骨と骨との間にある椎間板もほとんどなくなっていたが、康人が施術しているとそれが徐々に正常に戻っていっているようにみえる。
そして頸椎が元に戻る時にゴキッ、ギギギ、グコンと微かに音がしたのを感じた。
「(うわっ!まただまた音ガスるぞ。今回は骨が動いてるのもわかる……!あっ!頸椎が正常な形状に……。椎間板も復活してきているし……、なんでやねん!)」
康人はパニックを起こしながらも平静を保ちながら施術を続けた。
黒っぽい火の部位は触ると硬くて熱い。だが施術を続けると熱さが消え硬結も徐々に小さくなっていく。それが不思議でたまらない。
「(肩関節も……。脊柱も……、一本の骨のようになっていた腰椎も……。正常な形状になってしまった……。ど、どういうことなんだ…………?)」
黒っぽい火はこの老人からほとんどなくなっていた。
そして最後座ってもらい仕上げとして首と肩の軽いマッサージを施術しこの老人の治療は終わった。
そしてもう一度魂の火を見てみると黒っぽい火はほぼなくなっていて火の勢いもさっきよりはよくなっている。ただし老人で歳が歳なので健康な成人とはかなり違うが日常生活を送る上では問題ないだろう。
「……はい、終わります。……気分はどうですか?」
康人が恐る恐る尋ねると老人は黙ったまま立ち上がると首や肩、腰や足を動かす。
「う、……うっ……」
老人はひとしきり身体を動かすと、今度はただ突っ立ったまま身動き一つしない。ただ何か唸っているだけだった。
「えと、あの……」
どうしたのかと康人が声をかけると老人の肩が大きく揺れた。
「えと……、どうされました、大丈夫ですか……?」
康人は老人の様子を伺う。それを見ているユキカも少しおろおろし始めた。
「……先生……」
老人は康人の方に身体を向けると小さく呼んだ。
「え、あ、はい」
「先生は盲目だと聞いた。そんなヤツが治癒術師になれるのかとせせら笑っていた」
「へ?あ、はい……」
康人がここでマッサージ治療院を開くことはナランハ亭の女将ナーシェと若女将のルミリア、そしてリュウトやガンマたち冒険者が振れ回ってくれた。その時にマッサージ治癒術師の康人は盲目だとも言ってくれていた。
「ワシの身体は他の治癒術師に治療させてもまったくよくならんかった。……だが……」
老人は康人の手を両手で握ると言った。
「先生、ありがとう。どこも痛くない。どこもかしこも思う通りによく動く。ワシ、ワシ……。先生……。感謝します。ありがとうございました!」
治療前の威圧的な言動はなんだったんだと思うくらい老人は康人に感謝を述べる。しかも涙ぐみ康人の手をしっかりと握っている。
「よかったですね。よろこんでもらって私もうれしいです」
「う、うぅっ。ありがとう先生。……さっきは憎たらしいことを言ってもうしわけなかった」
老人は康人の手を握ったまま深く頭を下げる。
「はは、いえいえ、気にしてませんので」
康人はこれだけ喜んでもらって少し恥ずかしくなった。
「さすがです先生!ギルマスがお認めになられただけのことはあります!私、私ここでバイトできてうれしいです!くすん」
ユキカも老人を見て涙ぐんでいた。
「あっ、そうだユキちゃん、忘れてた。えと、来院された患者さんの名前を記録しておいて」
「あっ、そうだった。私も忘れてました。すみません。えと……。お名前を教えていただけますか?」
ユキカが羊皮紙を持ってまだ目元を拭っている老人に尋ねた。
「ん?ワシか?ワシの名はトラウトじゃ」
「それでは次の方どうぞ」
ユキカは元気な声で待合室の患者を呼んだ。
「なあリュウト、ヤッさんの炎心眼の制度はどうだ?上がったか?」
ここはギルド総本部内にある本部長室だ。グランドギルドマスターであるカノンの向かいにはリュウトが座り康人のことを話しあっている。
「そうだな。かなり制度がよくなった。というより自分の意志で見るかどうかコントロールできるようになってきたな。これまでもまあまあコントロールはできていたみたいだが今まで以上に自在になったようだ」
「そうか。しかし変な能力だな。魂が火のように見えるとは。魔力がほぼ無いのにほんと不思議な男だ」
苦笑するカノン。
「それと。図書館の方はどうだった?」
「うーん」
リュウトは一口お茶を飲むと続けた。
「一般図書の中には手がかりはまったく無かった。Aランク冒険者が入れる準禁書庫でも動揺だった」
「となると……」
「グラマス、禁書庫への入室許可をもらいたい」
「禁書庫か……。ギルマスクラスの者以外が入るにはギルマスの許可状がいる。……わかった、許可状を出そう」
「助かる」
ホッとするリュウト。
「だが……、それでも見つかる可能性は低いと思え」
「わかってるよグラマス。で、それはいつもらえる?」
「そうだな。……うーん」
カノンは顎に手を当てると左右に首を曲げると頷き言った。そして一つ咳払いをするとリュウトに尋ねた。
「えとリュウト。確か今日はヤッさんの治療院開業だったな」
「ん?ああそうだが。今頃は最初の患者を施術してるのではないか」
「そ、そうか……。ならば昼過ぎにヤッさん治療院に行く。その時に渡そう。で、ヤッさんに言っといてくれないか昼一に行くって。当然マッサージしてもらうが」
カノンは少し、ほんの少し頬を染めた。
「あ、ああ。わかった。ヤッさんに予約しとく」
苦笑するリュウト。
とその時コホンという咳払いが聞こえた。
「な、なんだマーディロス?」
「はい。お出かけされるのはよろしいのですが、きちんと仕事をなさってからにしてください。カノン様の仕事が遅れますとその後の職員たちの仕事も滞り支障をきたしますので」
「あは、あはは。わかっておるわそんなこと」
カノンは目をキョロキョロ泳がせながらマーディロスの視線に少しうろたえた。
「先生、お疲れ様でした。ようやく午前が終わりましたね」
「ああ。初日だというのに途切れなかったな」
「はい。うれしいことです。これからもこのペースで行けばグラマスの借金もすぐに返済できますよ」
「それはそうだけど、あまり数が増えると俺の体力がもたないかもな。あはは。体力増進しないとかなあ」
「あはは。そうかもしれませんね」
康人とユキカがそんな話をしていると玄関を開ける音が聞こえてきた。
「ヤッさん、いるか?」
「ん?リュウトか」
扉を開けて入ってきたのはリュウトだった。
「おう、ヤッさん。開業初日はどうだった?」
「まあまあ来てくれたよ」
康人に続きユキカも答えた。
「とっても多かったんですよ。一番目に来られたおじいさんが施術後に知り合いに触回ってくれたみたいでたくさんの患者さんが来院されたんですよ。でもちょっと先生はお疲れのようですけど」
と微笑んだ。
「そうか。商売繁盛はいいことだ。でだ、昼一にグラマスがマッサージに来たいと言っていたんだが大丈夫か?と言っても無理やりにでも来るとは思うが」
苦笑しながら康人に尋ねる。
「んーと、まあ、いいかな。カノンちゃんはマッサージだけ……、ってことはないよな。なんか用なのか?」
「ああ。ヤッさんの例の事でな」
「例の事?」
「図書館で異界からの訪問者について調べてたんだがなかなかなくてな。禁書庫への入館許可状をグラマスにもらえることになってそれを持ってきてくれるんだ」
「禁書庫ですか?あそこに入るにはギルマスクラスの方の許可状がいりますからね」
とユキカ。
「そうなんだ。ありがたいな。しっかりとマッサージするよ」
そして昼食も終わりそろそろ午後の部を始めようかとした時にカノンが来院した。
「ヤッさん、来たよ」
スキップでも踏みそうな勢いで院内に入ってきたカノンを見てユキカは非常にとてもものすごく驚いて仰天した。
「ああああ、あの、あのあのあの鬼神のグランドギルドマスターのカノン様が……!ま、まるで少女のように!」
目玉が落ちそうなくらい目を見開き、顎がはずれそうなくらい口を開けてニコニコ笑っているカノンを凝視した。
「ギロッ!」
「ひっ!」
カノンに睨まれたユキカは固まった。その横を何事もなかったようにカノンは康人の前まで行く。
「いらっしゃいカノンちゃん。待ってたぞ。さ、それじゃ早速マッサージしようか」
「うん。その前に。リュウトこれだ。これが私の許可状だ。しっかりと調べるのだぞ」
カノンは肩にかけたピンク色のポシェットから蝋で封印された許可状をリュウトに手渡した。ちなみにそのポシェットにはかわいらしいウサギさんが描かれていた。
「ありがとうございますグラマス。では早速図書館に行って調べてきます」
「うむ」
大きく頷くカノン。
「頼むリュウト。カノンちゃん、ほんとありがとう」
康人は二人に深々と頭を下げた。
「いいって。んじゃ行ってくる」
とリュウトはひらひらと手を振りながら図書館に向かった。
「さあヤッさん。マッサージお願い」
カノンはピョンとベッドに飛び乗ると「早くぅ」とウインクして悩殺ポーズで誘う。が、康人が盲目なのを思い出し顔を赤くし一人悶絶した。
「カ、カノン様……。なんか私……。キュンってなった」
恥ずかしがっているカノンを見てユキカは口元をニヤつかせたのだった。
「あふん……。ふうぁ……。はぁん……。うぅん……。ふぁぁぁん……。ん…、もう、らめぇ……」
「はあ……。おいこらエロエルフ、マッサージが気持ちいいからって変な声出すなって。ほんと声だけ聞いてたら何してるのって思われるから」
「だってぇ、気持ちいいんだもーん。あふん」
「だーかーらー……」
ため息の康人。ユキカはそれを見てクスクス笑っていた。
「それにしてもカノンちゃんの身体中傷だらけだな。リュウトやガンマたちの話を聞いたりみんなの身体を触ってわかってるつもりだったけど、冒険者ってのはかなり危険な仕事なんだな」
「うふん。そうだよ。EやFの低レベルならあまり危険な仕事はないけど高レベルになると危ない仕事が多くなるんだよ。それが冒険者。危険の中の仕事だよ。私の知り合いもたくさんケガしたり死んだりしてるしね。でもこんな仕事が無いと一般の人たちが平和に暮らせないのも確かだし。危険な仕事だから報酬も高いしね。あっ、そこっ!あはーん。いいわあ、もっとぉ!」
康人はマッサージをしながらカノンの話を聞く。命を賭けた仕事に平和な日本で暮らしてきた康人は複雑な気持ちになった。
うつ伏せになってもらい背中から腰、そして足の後ろ側を施術していた康人は足先をする時に思い出した。
「そういえばカノンちゃん。どっかの角にぶつけて痛めた足の小指は治ったか?」
「ん?ああ、机の脚で撃った小指?治ったと思うよ。痛みも無いし」
「そうか。どれどれ」
というと康人はカノンの足の小指に触り炎心眼を発動させた。
「うん。黒い影は無いな。治ってるぞ」
「でしょ。全然痛くないし」
「そっか。治ってよかったな。足の指は撃ったら痛いからなあ。ははは」
「そうそう。ほんと痛かったよ。涙出たもん。あはは」
たわいもない話をしながら二人は笑い合った。
「はい。仰向けになって」
「はい。……ってもしかして胸揉むの?いやん、ユキカが見てるのにい。でも、ヤッさんならいいかなあって。あはは」
「ちゃうわ!胸は揉まん。足だ足。ほんと困ったお子ちゃまだな」
「お子ちゃま言うな!」
「あはは」
笑う康人。
「ところでヤッさん、炎心眼が自由にできるようになったって?」
「ああ。サングラスをはずしたら無条件で視えてたのが意識して止められるようになった。視たいときに視られるようになったんだぞ。ホッとしたよ。これまで視たくもないのに視えてしまってたからな。でも、なんでかわからんけど、突然視えてしまう時もあるけどな。それに……」
「それに?」
「こうやって手で相手に触ってるとその部分がまるでCTのように……、うーん、CTわからないよな」
「うん、わからない」
「えーと、身体の中が立体的に見える、って言えばわかるかな」
「うーん、なんとなくね」
「まあ、なんとなくでいいけど。そうやって立体的に身体の中がわかるから患部がどうなってるのかどこが原因なのかがわかるんだ。とっても便利だぞ」
「そうなんだ。あっ、そこ、あっふーん。……あ痛っ!」
艶めかしい声を出し康人に頭を叩かれたカノンだった。
「ああ、気持ちよかったぁ。なんか身体が軽くなった気がする。これまでの疲れが吹っ飛んでいったよ。ありがとヤッさん」
「どういたしまして。まあ、そうだな。かなり凝ってたな。たまには揉みほぐした方がいいぞ。忙しいだろうけどたまには来院してくれ。愛情込めて施術するからな」
と微笑む。
「うん、ありがと。たまに来るからね。はいこれ治療代」
とカノンは治療代を康人に手渡す。
「はい、確かに」
康人は銅貨2枚を受け取るとユキカに渡す。
「はい。受け取りました」
とユキカは銅貨を木製の箱の中に入れるとチャリンと午前の売り上げの銅貨に当たり音がした。
「また来てくれなカノンちゃん」
「うん。それじゃあね。私も仕事してくるよ。早く還らないとマーディロスが……、いや、何でもない。それじゃあね」
そう言うとカノンは元気に走って行った。
それからもヤッさん治療院には患者が訪れた。気が付いた時にはすっかり日が暮れて夕食時になっていた。
「ありがとうございました。お大事に」
最後の患者を見送った康人とユキカはふうと大きく息をすると椅子にドサッと座った。
「ふう。疲れたな。開院日なのにけっこう多かったな」
「そうですね。私もこんなにたくさん患者さんが来られるとはおもいませんでした。えーと」
といいながらユキカは今日の日報に目をやる。
「えーと、来院数は午前六人、午後七人の計十三人です。で、銅貨二十二枚の売り上げですね。いいんじゃないですかこれ」
「そうだな。でもなあ」
「はい?」
「あんまり忙しいと疲れる。俺も歳だし……。ふう」
「……」
パシッ!
ユキカがヤスヒトの背中を少し強めに叩いた。
「あいた」
「しっかりしてください。五十なんてまだまだ若いですよ。まずは毎日運動しましょう。先生も今日患者さんに行ってましたよ、運動して筋肉着ければ歩くのも楽になりますよって」
「あ、あは、あはは。まあ、そうだけど……」
「実践しましょう!」
「あっ、いや、あの、えと、その……」
「ふふふ」
「……」
どうリアクションすればいいのか悩む康人だった。
「ヤッさん、お疲れ様でした。どうぞ」
康人は看板をしまうと夕食を採りに慣れた足で隣のナランハ亭に向かった。
「ありがとうナっちゃん。おいしそうな匂いだ。じゃ、いただきます」
康人は箸を持つとおいしい食事を次々と口に運んだ。
「おかわりはたくさんあるから遠慮しないでね」
「ありがとうナっちゃん。でも、いつ食べてもうまいなあここの料理は。評判もいいしたくさんの客が来てくれてるし。ほんとウェルクの腕はたいしたもんだ」
今も客であふれかえってる食堂は多くの人たちで騒がしい。
「ありがとヤッさん。ほんといい人と一緒になってくれたわよルミリアは。あっ、はーい」
空のジョッキを掲げた男に呼ばれたナーシェはゆっくり食べてねと康人に声をかけるとにぎやかなテーブルに向かった。
「流行ってることはいいことだ。さ、食べよ」
楽しそうに微笑むと康人は再び箸を動かした。
そしてしばらく一人で食事をしていると聞きなれた声に箸を止める康人。
「お疲れ様ヤッさん」
「ん?ああ、お帰り。ありがとシーちゃん。シーちゃんたちもお疲れ」
「ありがと」
シーディアはそういうと康人の隣に座った。
「けっこう忙しかったみたいだなヤッさん。兄貴から聞いたよ」
と言って康人の向かいに座るビル。
「ああ、そうなんだ。初日からこんなに忙しくなるなんて思わなかったよ」
と苦笑する康人。
「まあ忙しいのはいいことじゃないか。でもあまり無理しないようにしてくれなヤッさん」
リュウトはシーディアの向かいに座った。
「ありがとうリュウト。みんなも今日は忙しかったのか?」
「まあまあね。リュウトは図書館に言ってたし、あたしとビルはギルドの依頼で薬草採りに行ってたくらい」
「そっか。悪いなリュウト、俺のためにシーちゃんたちと依頼受けられなくて」
「気にしないでくれよヤッさん。約束したろ?俺たちに任せてくれって」
微小するリュウト
「ありがとう、みんな」
頭を下げる康人に三人はまあまあいいからいいからと笑った。
「それでヤッさん、今日グラマスから禁書庫への許可状もらって調べてたんだが、悪い、今日は何もわからなかった」
「そうか。でも悪いだなんて思わないでくれリュウト。調べてくれてるだけで俺はうれしいんだから」
「ああ。また時間が取れた時に調べに行くから」
「ありがとう、頼む」
互いに微笑んだ。
「さあ、あたしたちもご飯にしましょう。ナーシェさん。あたしたちにもご飯お願い」
「あいよ。ちょっと待っててね。ルミリア、三人前追加だよ!」
ナーシェは厨房で忙しそうにしているルミリアにオーダーを届けた。
それから四人で和気藹々と食事を進めた。
こうして異世界での初仕事「ヤッさん治療院」の初日が過ぎたのだった。
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