俺……、異世界に行ってた……

アデュスタム

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13 まあいい

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 そして4日が過ぎた昼前のオリスメイギルド総本部の受付カウンター。
「ユキカはいるか?」
 オリスメイのギルド本部の一階で少女のような声がロビー中に響き渡った。
「は、はい、ここにいます……が……?はい?」
 名前を呼ばれカウンターの外をキョロキョロ見るも数人の冒険者の男たちがいるだけで他には見当たらない。
「あれ?」
 と再びロビー内を見渡すが声の主がみつからない。少し首をひねると再び声がした。
「どこを見ている!ここだ!」
 カウンターの影からひょっこりと緑色の頭が見えた。
「あ……、も、もしかしてグラマス……ですか……?」
「そうだ!私の声さえ忘れたか貴様!」
 となんとかカウンターの下から顔を出し睨むカノン。
「あっ……、い、いえ、あの、えと、えと、あの、すみません」
 とペコペコ頭を下げるユキカ。
「まあいい。それよりユキカ」
「はいっ!」
 直立不動になるユキカ。
「明日ヤッさんの治療院の開院日だ。覚えてるな」
「は、はい!覚えております!」
「ならばなぜ今ここにいる?!」
「へ?えと、ギルドのお仕事で……」
「そんなもんほっといて今すぐヤッさんとこに行け!」
「「で、でもお仕事が……」
「そんなもん誰かに任せればいいのだ!それよりいますぐヤッさんのところに行って明日からの準備を手伝わんか!」
 カノンの目の仲に怒りの炎が見えたような気がしたユキカ。その少し震える唇を動かした。
「は、はい!わ、わかりました!今すぐ行きます!」
 ユキカはササッと目の前のカウンターの上を整理すると脱兎のごとくカウンターを飛び越えギルドの外に走っていった。
「うむ。さすがは私が見込んだ女だ」
 ニヤリと微笑むとうんうんと腕組みをしてうなづいた。

「ほんとにもうグラマスったら勝手なんだから」
 ぶつぶつと文句を言いながらユキカは康人の治療院への道を歩いている。
 あれもしなきゃダメだったのにとかこれもしたかったのにとか考えながら歩いていると向こうの方からふらふらと誰かが歩いてきたのが見えた。
「あれ?あの人……」
 前からふらふらと歩いてくるのは見たことのある冒険者の女だ。ユキカはギルドで受付なども担うので冒険者たちとも接点がある。前からふらふら歩いてくる女は何度か応対をしたことのあった女冒険者だった。
「えと、名前は……?うん、忘れた」
 てへっと小さく舌を出すとその女性をもう一度見た。
「確か冒険者レベルがCだったかDだったかの人だったかな?でも、どうしたんだろ?なんかふらふらしながら歩いてるけど……」
 よく見るとその女の目がおかしいことに気が付いた。
「あ……、目、目がおかしい……。なんか焦点があってないみたい。それになんか涎まで流してるし。どうしたんだろ……。あっ!」
 その時ユキカは思い出した。最近気が狂ったのかと思うような人たちが増えてきたことを。ギルマスのカノンや秘書のマーディロスも愚痴っていたことを。
「たぶんあの人……。関わらない方が身のため。うん、逃げよう」
 と思ったのが少し遅かった。女はユキカのすぐ目の前にまで来ていたのだった。
「ひっ!」
 ニタァと笑う女を見て息をのむユキカ。背筋に嫌な汗が流れた。
「あ、あわあわ、わわわわ」
 唸るような声しか出ない。
「(に、逃げないと!逃げないと何をされるかわかんない!は、早く逃げないと)」
 そう思うも身体がなかなか動いてくれない。
 女はそんなユキカを知ってか知らずかニタァと不気味に顔をゆがませながら腰にぶら下げた剣の塚を握った。
「あっ!」
 それに気づいたユキカ、そのとたん身体が動いた。
「うひひひひっ!」
 その声と同時に女は剣を抜きユキカにその刃を振り下ろした。
「うひゃっ!」
 それは偶然なのかユキカは大きく後ろに飛びのいた。振り下ろされた剣は空を切り地面に突き刺さる。ユキカはその隙に勢いよく回れ右をすると脱兎のごとく走り出した。
「うぎゃあああああああ!」
思いっきり走るユキカ。
 すると女は地面から剣を抜くと剣を構えたままユキカを追ったのだった。
「いやいやいやいやいやぁぁぁぁぁ!」
 叫びながら逃げるユキカ。
 涎を流しながらユキカを追いかける冒険者の女。
「(どどどどうしよう!)」
 ユキカは逃げながらどうしたらいいのかと考える。
「いひひひひひ」
 不気味な声がユキカを追いかける。
「こ、こうなったら!えいっ!フリーズミストォ!」
 ユキカは後ろを見ずにその右手を肩越しに手のひらを女に向けた。するとその白い手から女に向かって霧状になった白い魔力を放った。そしてその霧状の魔力はうまいこと追ってくる女の顔に当たると頭を包み込む。
「……」
 そのとたん女は立ち止まり剣をだらりと下げた。
「ふう」
 ユキカも立ち止まり後ろを振り向く。そこには頭全体が凍り付いた女が立っていた。
「うまく顔に当たったみたい。よかったぁ。ふう」
 安堵のため息をついたとたん女の顔に張り付いていた氷にピキピキとひびが入りバラバラと地面に落ちていった。
「いひゃひゃひゃひゃ!」
 そこには不気味に笑う女が再び剣を掲げてユキカに向かって笑っていた。
「うぎゃああああ!」
 再び回れ右をして走り出すユキカ。
 ユキカは何度も何度も手のひらを後ろに向けると凍結の魔法を撃つ。しかし女はそれをことごとく避けながら追いかけてくる。
 そしてユキカは道を左に曲がった。
「うわっ!」
 そこはいきどまりだった。
「どどどどうしよう。こここここここうなったら」
 と反対を向くと女もこちらに曲がってきた。そして行き止まりだとわかると今度はゆっくりとゆっくりと歩いてくる。
「ぎゃははははは」
 不気味に笑いながら近づいてくる冒険者の女。
「わわわわ私もギルド職員!これでもレベルEなのよ!そそそそしてわたわた私は雪女。氷魔法は得意!でも寒がり!かかか覚悟しなさい!」
 まっすぐに右手の人差し指を突き出すとその指先は白い霧状の冷気を纏う。そして大地をしっかりと踏みしめている膝はガクガクとふるえていた。おまけに歯もガチガチ鳴っていた。
「くくくくくらえ!フリーズショット!」
 ユキカは自己最大の魔法を放った。その白く細い指先から白く透明な氷の魔力弾が打ち出される。が、女は右に左にとステップを踏むとユキカの攻撃をいとも簡単に避ける。
「なんで、なんであたらないのよ!これならどう!」
 今度ユキカは両手の人差し指を突き出してフリーズショットを撃つ。が女は剣をくるくると目の前で回しユキカの魔法を四方八方に跳ね返した。
「うわあ、ダメみたい。ど、どうしよう」
 ユキカは少しずつ少しずつ後ずさる。と、背中が行き止まりの壁にぶち当たってしまった。
「ひぃ!」
 もう戦意消失のユキカ。
 その時。
「やめろ!おとなしくしろ!」
 不気味に笑う女の後ろからどすのきいた男の声がした。
 そこには二人の兵士が女に向かって警棒を構え立っていた。
「あっ!ボニトさん!コッドさん!」
 ギルド職員であるユキカは兵士たちとも顔なじみだ。この二人もたまにギルドに顔を出していた。
 女は兵士の声にゆっくりと後ろを振り向く。相変わらず不気味に笑いながら振り向いた女は持っていた剣をいきなりボニトに振り下ろした。
「ふんっ!」
 ボニトが振り下ろされた剣を持っていた警棒でその腹を叩き剣筋をそらせる。その隙にボニトの上司のコッドが剣を持つ手を殴打。剣はカランと音を立てて地面に転がった。だが女はひるみもせず今度は素手でボニトに襲い掛かった。
「キェェェェェ!」
 気勢を上げながらボニトに跳びかかる女。
「くそっ!おとなしくしろ!」
 ボニトは身体をひねり跳びかかってきた女を避ける。だが女の爪がボニトの右頬を浅く引っかいた。
「っ!くそっ!おとなしくしろっ!」
 ボニトは自分の足を跳びかかってきた女の足の前に出し背中を手で押した。女はそのまま前に倒れるとすかさずボニトとコッドの二人係で抑え込みあっという間に四肢をロープで拘束した。
 暴れる女だが四肢を拘束されてはもがくだけだ。だがどうにか逃れようと気勢を発しながらじたばたしている。
「おとなしくしろ!」
 コッドが女に猿轡をすると女は口をもごもごさせている。
「大丈夫かユキカ?」
 ボニトが振り向きユキカの方を見ると彼女はほっとした顔で地面に女の子座りをしていた。
「は、はい。ありがとうございました」
「それはよかった」
 脱力するユキカにボニトは優しく微笑む。
「ボニトさん」
「なんだ?」
 頬の傷大丈夫ですか?」
「ああ、少し引っかかれただけだ、大事無い」
「あとできちんときれいな水で洗ってくださいね」
「ああ、わかってるさ。さ、詰所に連れてくか」
 ボニトはコッドと二人で女を引っ立てると去っていった。

「ということがあったんです。ほんとにもう怖くて怖くて」
 と身震いをするユキカはヤッさん治療院の事務机の椅子に座っている。
「それは大変だったねユキちゃん。でも兵士さんがすぐに駆け付けてきてくれてよかったね」
「はい。一時はどうなるかと怖かったです」
「それより一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「はい?いいですけど、何ですか?」
「リュートから聞いてたけど、ユキちゃんって雪女だったんだね?」
「へ?はい、そうですけど……」
「見た目も?」
「えと、たぶん。髪は白いし、肌も白い方ですし、体温も低めです。ほら」
 とユキカは康人の手をそっと触る。
「ほんとだ、冷たいな。雪女だから冷たいってこと?」
「はい。そうですよ」
 とニコニコするユキカ。
「でも私、寒がりなんですよ」
 と苦笑する。
「雪女なのに?」
「はい。でも暑いのも苦手ですけど」
 と再び苦笑する。
「ははは、そうなんだ、大変だな。これから夏になるっていうのにな」
「そうなんです。今くらいがちょうどいいんですけどね。えへへ」
 と笑った。
「でもそうなんだ、ユキちゃん、雪女なんだ。……ということは美人なんだ。へえ」
 となぜか関心する。
「はい?なんで雪女だったら美人なんですか?ま、まあ、美人って言われてうれしいですけど、ちょっとはずかしいけど」
 と少し頬を赤らめるユキカ。
「元の世界じゃ雪女は美人ってことになってるんだよ。他には九尾の狐とか八百比丘尼とかも美人だといわれてる。といっても伝説とか民話だけどね」
「へえ、そうなんですか。キュービノキツネとかヤオビクニとかはわかりませんけど、でも、美人って言われてうれしいです」
「うん。ユキちゃんは声もきれいだしね」
「えへへ。ありがとうございます」
 と照れるユキカ。

「それはそうと、明日開業日ですけど、今日中にやらないといけないことって何かありますか?グラマスに明日開業だから手伝ってこいっていわれたんですけど」
 と疲れたような声のユキカに苦笑する康人。
「いや、特に今日しなきゃいけないことは無いんだけどなあ。カノンちゃんは心配性とみえるな」
「ふふふ。そうですね。それじゃ私、今からどうしましょう?ギルドに戻ってお仕事するにもグラマスの目がありますから」
 と、小さくため息をつくユキカ。
「ふむ。まあ、それならしょうがないな、ここでゆっくりしてたらいいよ。ほんとにすることはないから」
「そうですか。でも……、お掃除くらいはしてもいいですか?じっとしてても退屈だし」
「掃除か、うん、それじゃ頼もうかな」
「はい」
 ユキカは掃除道具入れからバケツやモップ、雑巾などを取り出すと鼻歌を歌いながら掃除を始めた。

 その頃ギルドの執務室でカノンは珍しく一人で執務を行なっていた。
大きな机の上には確認しサインとギルマス印をしなければならない書類が山脈のように山積みになっている。その山の向こうからバシッバシッと殴るようにギルド印を押しているこの部屋の主カノンが眉間に皺を寄せギシギシと歯を食い占めて仕事をしている。
「うっ、く、くそっ!お、おいマーディロス!マーディロスはいるか!出てこい!」
 椅子から立ち上がると背伸びをして書類の山脈の向こう側を見るが秘書のマーディロスの姿はない。
「く、くそっ!どこに行ったのだマーディロスは!くそっくそっくそっ!こんなことしていられるか!私は、私は……!」
「’私は’どうされるおつもりですかなカノン様?」
 音もなくいつの間にか部屋に入ってきた秘書のマーディロスが少し頭を傾げて書類の向こうからこちらを見つめているカノンに尋ねた。
「あ、あは、い、いや、わた、私は仕事をだな、仕事をしているぞといいたかっただけだけでだなそ、そうなんだぞ私は仕事をしているから、えとだな、ああ、うん、す、すごいだろ」
 となぜか胸を張るカノン。
「そうでしたか。しかし、仕事をするのは当然だと思うのですが?」
 ニコリともせずカノンをじっと見つめるマーディロス。
「へ?あ、そ、そうだな。ま、あ……。さ、さあ、仕事を続けるとするか」
「 はい。そのように」
 カノンはそそと座ると再びハンコとサインをし続けた。

 そしてしばらく無言で仕事をするカノンとマーディロス。
「そういえばおいマーディロス」
「はい」
 何かの書類にペンを走らせていたマーディロスはカノンの声に顔を上げた。
「私が一人で仕事をしている間お前はどこにいってたのだ?」
「隔離棟に行っておりました」
「隔離棟?なんでお前が?」
「本日も新たに狂った者が捕らえられたので隔離棟まで運んでおりました」
「そうか。で、今日は何人くらいいた?」
「はい。本日は6名でした」
「お前ひとりで運んだのか?」
「いえギルドのスタッフと3名で運びました」
「ふーん。しかしなマーディロス。秘書のお前がなぜ行く必要がある?お前自ら行かずとも誰かに命じて運ばせればよかったのではないか?」
「いえ、わたくしが行かねばならないのです」
「しかしだな……。お前まさか私に隠し事……」
 マーディロスの青い瞳をじっと見るカノン。すると目をパチクリとすると何度も瞬きをした。
「……まあいい。……仕事するか……」
「はい、そうしてください」
「うむ。しかしまあ、たくさんの書類があるなあ……。逃げ出したいぞ」
「それはおやめください」
「わかっておるわ」
 と口を尖らすカノン。
「さてと」
 カノンは書類の山に手を伸ばすとため息交じりにペンを握った。
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