13 / 14
13 まあいい
しおりを挟む
そして4日が過ぎた昼前のオリスメイギルド総本部の受付カウンター。
「ユキカはいるか?」
オリスメイのギルド本部の一階で少女のような声がロビー中に響き渡った。
「は、はい、ここにいます……が……?はい?」
名前を呼ばれカウンターの外をキョロキョロ見るも数人の冒険者の男たちがいるだけで他には見当たらない。
「あれ?」
と再びロビー内を見渡すが声の主がみつからない。少し首をひねると再び声がした。
「どこを見ている!ここだ!」
カウンターの影からひょっこりと緑色の頭が見えた。
「あ……、も、もしかしてグラマス……ですか……?」
「そうだ!私の声さえ忘れたか貴様!」
となんとかカウンターの下から顔を出し睨むカノン。
「あっ……、い、いえ、あの、えと、えと、あの、すみません」
とペコペコ頭を下げるユキカ。
「まあいい。それよりユキカ」
「はいっ!」
直立不動になるユキカ。
「明日ヤッさんの治療院の開院日だ。覚えてるな」
「は、はい!覚えております!」
「ならばなぜ今ここにいる?!」
「へ?えと、ギルドのお仕事で……」
「そんなもんほっといて今すぐヤッさんとこに行け!」
「「で、でもお仕事が……」
「そんなもん誰かに任せればいいのだ!それよりいますぐヤッさんのところに行って明日からの準備を手伝わんか!」
カノンの目の仲に怒りの炎が見えたような気がしたユキカ。その少し震える唇を動かした。
「は、はい!わ、わかりました!今すぐ行きます!」
ユキカはササッと目の前のカウンターの上を整理すると脱兎のごとくカウンターを飛び越えギルドの外に走っていった。
「うむ。さすがは私が見込んだ女だ」
ニヤリと微笑むとうんうんと腕組みをしてうなづいた。
「ほんとにもうグラマスったら勝手なんだから」
ぶつぶつと文句を言いながらユキカは康人の治療院への道を歩いている。
あれもしなきゃダメだったのにとかこれもしたかったのにとか考えながら歩いていると向こうの方からふらふらと誰かが歩いてきたのが見えた。
「あれ?あの人……」
前からふらふらと歩いてくるのは見たことのある冒険者の女だ。ユキカはギルドで受付なども担うので冒険者たちとも接点がある。前からふらふら歩いてくる女は何度か応対をしたことのあった女冒険者だった。
「えと、名前は……?うん、忘れた」
てへっと小さく舌を出すとその女性をもう一度見た。
「確か冒険者レベルがCだったかDだったかの人だったかな?でも、どうしたんだろ?なんかふらふらしながら歩いてるけど……」
よく見るとその女の目がおかしいことに気が付いた。
「あ……、目、目がおかしい……。なんか焦点があってないみたい。それになんか涎まで流してるし。どうしたんだろ……。あっ!」
その時ユキカは思い出した。最近気が狂ったのかと思うような人たちが増えてきたことを。ギルマスのカノンや秘書のマーディロスも愚痴っていたことを。
「たぶんあの人……。関わらない方が身のため。うん、逃げよう」
と思ったのが少し遅かった。女はユキカのすぐ目の前にまで来ていたのだった。
「ひっ!」
ニタァと笑う女を見て息をのむユキカ。背筋に嫌な汗が流れた。
「あ、あわあわ、わわわわ」
唸るような声しか出ない。
「(に、逃げないと!逃げないと何をされるかわかんない!は、早く逃げないと)」
そう思うも身体がなかなか動いてくれない。
女はそんなユキカを知ってか知らずかニタァと不気味に顔をゆがませながら腰にぶら下げた剣の塚を握った。
「あっ!」
それに気づいたユキカ、そのとたん身体が動いた。
「うひひひひっ!」
その声と同時に女は剣を抜きユキカにその刃を振り下ろした。
「うひゃっ!」
それは偶然なのかユキカは大きく後ろに飛びのいた。振り下ろされた剣は空を切り地面に突き刺さる。ユキカはその隙に勢いよく回れ右をすると脱兎のごとく走り出した。
「うぎゃあああああああ!」
思いっきり走るユキカ。
すると女は地面から剣を抜くと剣を構えたままユキカを追ったのだった。
「いやいやいやいやいやぁぁぁぁぁ!」
叫びながら逃げるユキカ。
涎を流しながらユキカを追いかける冒険者の女。
「(どどどどうしよう!)」
ユキカは逃げながらどうしたらいいのかと考える。
「いひひひひひ」
不気味な声がユキカを追いかける。
「こ、こうなったら!えいっ!フリーズミストォ!」
ユキカは後ろを見ずにその右手を肩越しに手のひらを女に向けた。するとその白い手から女に向かって霧状になった白い魔力を放った。そしてその霧状の魔力はうまいこと追ってくる女の顔に当たると頭を包み込む。
「……」
そのとたん女は立ち止まり剣をだらりと下げた。
「ふう」
ユキカも立ち止まり後ろを振り向く。そこには頭全体が凍り付いた女が立っていた。
「うまく顔に当たったみたい。よかったぁ。ふう」
安堵のため息をついたとたん女の顔に張り付いていた氷にピキピキとひびが入りバラバラと地面に落ちていった。
「いひゃひゃひゃひゃ!」
そこには不気味に笑う女が再び剣を掲げてユキカに向かって笑っていた。
「うぎゃああああ!」
再び回れ右をして走り出すユキカ。
ユキカは何度も何度も手のひらを後ろに向けると凍結の魔法を撃つ。しかし女はそれをことごとく避けながら追いかけてくる。
そしてユキカは道を左に曲がった。
「うわっ!」
そこはいきどまりだった。
「どどどどうしよう。こここここここうなったら」
と反対を向くと女もこちらに曲がってきた。そして行き止まりだとわかると今度はゆっくりとゆっくりと歩いてくる。
「ぎゃははははは」
不気味に笑いながら近づいてくる冒険者の女。
「わわわわ私もギルド職員!これでもレベルEなのよ!そそそそしてわたわた私は雪女。氷魔法は得意!でも寒がり!かかか覚悟しなさい!」
まっすぐに右手の人差し指を突き出すとその指先は白い霧状の冷気を纏う。そして大地をしっかりと踏みしめている膝はガクガクとふるえていた。おまけに歯もガチガチ鳴っていた。
「くくくくくらえ!フリーズショット!」
ユキカは自己最大の魔法を放った。その白く細い指先から白く透明な氷の魔力弾が打ち出される。が、女は右に左にとステップを踏むとユキカの攻撃をいとも簡単に避ける。
「なんで、なんであたらないのよ!これならどう!」
今度ユキカは両手の人差し指を突き出してフリーズショットを撃つ。が女は剣をくるくると目の前で回しユキカの魔法を四方八方に跳ね返した。
「うわあ、ダメみたい。ど、どうしよう」
ユキカは少しずつ少しずつ後ずさる。と、背中が行き止まりの壁にぶち当たってしまった。
「ひぃ!」
もう戦意消失のユキカ。
その時。
「やめろ!おとなしくしろ!」
不気味に笑う女の後ろからどすのきいた男の声がした。
そこには二人の兵士が女に向かって警棒を構え立っていた。
「あっ!ボニトさん!コッドさん!」
ギルド職員であるユキカは兵士たちとも顔なじみだ。この二人もたまにギルドに顔を出していた。
女は兵士の声にゆっくりと後ろを振り向く。相変わらず不気味に笑いながら振り向いた女は持っていた剣をいきなりボニトに振り下ろした。
「ふんっ!」
ボニトが振り下ろされた剣を持っていた警棒でその腹を叩き剣筋をそらせる。その隙にボニトの上司のコッドが剣を持つ手を殴打。剣はカランと音を立てて地面に転がった。だが女はひるみもせず今度は素手でボニトに襲い掛かった。
「キェェェェェ!」
気勢を上げながらボニトに跳びかかる女。
「くそっ!おとなしくしろ!」
ボニトは身体をひねり跳びかかってきた女を避ける。だが女の爪がボニトの右頬を浅く引っかいた。
「っ!くそっ!おとなしくしろっ!」
ボニトは自分の足を跳びかかってきた女の足の前に出し背中を手で押した。女はそのまま前に倒れるとすかさずボニトとコッドの二人係で抑え込みあっという間に四肢をロープで拘束した。
暴れる女だが四肢を拘束されてはもがくだけだ。だがどうにか逃れようと気勢を発しながらじたばたしている。
「おとなしくしろ!」
コッドが女に猿轡をすると女は口をもごもごさせている。
「大丈夫かユキカ?」
ボニトが振り向きユキカの方を見ると彼女はほっとした顔で地面に女の子座りをしていた。
「は、はい。ありがとうございました」
「それはよかった」
脱力するユキカにボニトは優しく微笑む。
「ボニトさん」
「なんだ?」
頬の傷大丈夫ですか?」
「ああ、少し引っかかれただけだ、大事無い」
「あとできちんときれいな水で洗ってくださいね」
「ああ、わかってるさ。さ、詰所に連れてくか」
ボニトはコッドと二人で女を引っ立てると去っていった。
「ということがあったんです。ほんとにもう怖くて怖くて」
と身震いをするユキカはヤッさん治療院の事務机の椅子に座っている。
「それは大変だったねユキちゃん。でも兵士さんがすぐに駆け付けてきてくれてよかったね」
「はい。一時はどうなるかと怖かったです」
「それより一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「はい?いいですけど、何ですか?」
「リュートから聞いてたけど、ユキちゃんって雪女だったんだね?」
「へ?はい、そうですけど……」
「見た目も?」
「えと、たぶん。髪は白いし、肌も白い方ですし、体温も低めです。ほら」
とユキカは康人の手をそっと触る。
「ほんとだ、冷たいな。雪女だから冷たいってこと?」
「はい。そうですよ」
とニコニコするユキカ。
「でも私、寒がりなんですよ」
と苦笑する。
「雪女なのに?」
「はい。でも暑いのも苦手ですけど」
と再び苦笑する。
「ははは、そうなんだ、大変だな。これから夏になるっていうのにな」
「そうなんです。今くらいがちょうどいいんですけどね。えへへ」
と笑った。
「でもそうなんだ、ユキちゃん、雪女なんだ。……ということは美人なんだ。へえ」
となぜか関心する。
「はい?なんで雪女だったら美人なんですか?ま、まあ、美人って言われてうれしいですけど、ちょっとはずかしいけど」
と少し頬を赤らめるユキカ。
「元の世界じゃ雪女は美人ってことになってるんだよ。他には九尾の狐とか八百比丘尼とかも美人だといわれてる。といっても伝説とか民話だけどね」
「へえ、そうなんですか。キュービノキツネとかヤオビクニとかはわかりませんけど、でも、美人って言われてうれしいです」
「うん。ユキちゃんは声もきれいだしね」
「えへへ。ありがとうございます」
と照れるユキカ。
「それはそうと、明日開業日ですけど、今日中にやらないといけないことって何かありますか?グラマスに明日開業だから手伝ってこいっていわれたんですけど」
と疲れたような声のユキカに苦笑する康人。
「いや、特に今日しなきゃいけないことは無いんだけどなあ。カノンちゃんは心配性とみえるな」
「ふふふ。そうですね。それじゃ私、今からどうしましょう?ギルドに戻ってお仕事するにもグラマスの目がありますから」
と、小さくため息をつくユキカ。
「ふむ。まあ、それならしょうがないな、ここでゆっくりしてたらいいよ。ほんとにすることはないから」
「そうですか。でも……、お掃除くらいはしてもいいですか?じっとしてても退屈だし」
「掃除か、うん、それじゃ頼もうかな」
「はい」
ユキカは掃除道具入れからバケツやモップ、雑巾などを取り出すと鼻歌を歌いながら掃除を始めた。
その頃ギルドの執務室でカノンは珍しく一人で執務を行なっていた。
大きな机の上には確認しサインとギルマス印をしなければならない書類が山脈のように山積みになっている。その山の向こうからバシッバシッと殴るようにギルド印を押しているこの部屋の主カノンが眉間に皺を寄せギシギシと歯を食い占めて仕事をしている。
「うっ、く、くそっ!お、おいマーディロス!マーディロスはいるか!出てこい!」
椅子から立ち上がると背伸びをして書類の山脈の向こう側を見るが秘書のマーディロスの姿はない。
「く、くそっ!どこに行ったのだマーディロスは!くそっくそっくそっ!こんなことしていられるか!私は、私は……!」
「’私は’どうされるおつもりですかなカノン様?」
音もなくいつの間にか部屋に入ってきた秘書のマーディロスが少し頭を傾げて書類の向こうからこちらを見つめているカノンに尋ねた。
「あ、あは、い、いや、わた、私は仕事をだな、仕事をしているぞといいたかっただけだけでだなそ、そうなんだぞ私は仕事をしているから、えとだな、ああ、うん、す、すごいだろ」
となぜか胸を張るカノン。
「そうでしたか。しかし、仕事をするのは当然だと思うのですが?」
ニコリともせずカノンをじっと見つめるマーディロス。
「へ?あ、そ、そうだな。ま、あ……。さ、さあ、仕事を続けるとするか」
「 はい。そのように」
カノンはそそと座ると再びハンコとサインをし続けた。
そしてしばらく無言で仕事をするカノンとマーディロス。
「そういえばおいマーディロス」
「はい」
何かの書類にペンを走らせていたマーディロスはカノンの声に顔を上げた。
「私が一人で仕事をしている間お前はどこにいってたのだ?」
「隔離棟に行っておりました」
「隔離棟?なんでお前が?」
「本日も新たに狂った者が捕らえられたので隔離棟まで運んでおりました」
「そうか。で、今日は何人くらいいた?」
「はい。本日は6名でした」
「お前ひとりで運んだのか?」
「いえギルドのスタッフと3名で運びました」
「ふーん。しかしなマーディロス。秘書のお前がなぜ行く必要がある?お前自ら行かずとも誰かに命じて運ばせればよかったのではないか?」
「いえ、わたくしが行かねばならないのです」
「しかしだな……。お前まさか私に隠し事……」
マーディロスの青い瞳をじっと見るカノン。すると目をパチクリとすると何度も瞬きをした。
「……まあいい。……仕事するか……」
「はい、そうしてください」
「うむ。しかしまあ、たくさんの書類があるなあ……。逃げ出したいぞ」
「それはおやめください」
「わかっておるわ」
と口を尖らすカノン。
「さてと」
カノンは書類の山に手を伸ばすとため息交じりにペンを握った。
「ユキカはいるか?」
オリスメイのギルド本部の一階で少女のような声がロビー中に響き渡った。
「は、はい、ここにいます……が……?はい?」
名前を呼ばれカウンターの外をキョロキョロ見るも数人の冒険者の男たちがいるだけで他には見当たらない。
「あれ?」
と再びロビー内を見渡すが声の主がみつからない。少し首をひねると再び声がした。
「どこを見ている!ここだ!」
カウンターの影からひょっこりと緑色の頭が見えた。
「あ……、も、もしかしてグラマス……ですか……?」
「そうだ!私の声さえ忘れたか貴様!」
となんとかカウンターの下から顔を出し睨むカノン。
「あっ……、い、いえ、あの、えと、えと、あの、すみません」
とペコペコ頭を下げるユキカ。
「まあいい。それよりユキカ」
「はいっ!」
直立不動になるユキカ。
「明日ヤッさんの治療院の開院日だ。覚えてるな」
「は、はい!覚えております!」
「ならばなぜ今ここにいる?!」
「へ?えと、ギルドのお仕事で……」
「そんなもんほっといて今すぐヤッさんとこに行け!」
「「で、でもお仕事が……」
「そんなもん誰かに任せればいいのだ!それよりいますぐヤッさんのところに行って明日からの準備を手伝わんか!」
カノンの目の仲に怒りの炎が見えたような気がしたユキカ。その少し震える唇を動かした。
「は、はい!わ、わかりました!今すぐ行きます!」
ユキカはササッと目の前のカウンターの上を整理すると脱兎のごとくカウンターを飛び越えギルドの外に走っていった。
「うむ。さすがは私が見込んだ女だ」
ニヤリと微笑むとうんうんと腕組みをしてうなづいた。
「ほんとにもうグラマスったら勝手なんだから」
ぶつぶつと文句を言いながらユキカは康人の治療院への道を歩いている。
あれもしなきゃダメだったのにとかこれもしたかったのにとか考えながら歩いていると向こうの方からふらふらと誰かが歩いてきたのが見えた。
「あれ?あの人……」
前からふらふらと歩いてくるのは見たことのある冒険者の女だ。ユキカはギルドで受付なども担うので冒険者たちとも接点がある。前からふらふら歩いてくる女は何度か応対をしたことのあった女冒険者だった。
「えと、名前は……?うん、忘れた」
てへっと小さく舌を出すとその女性をもう一度見た。
「確か冒険者レベルがCだったかDだったかの人だったかな?でも、どうしたんだろ?なんかふらふらしながら歩いてるけど……」
よく見るとその女の目がおかしいことに気が付いた。
「あ……、目、目がおかしい……。なんか焦点があってないみたい。それになんか涎まで流してるし。どうしたんだろ……。あっ!」
その時ユキカは思い出した。最近気が狂ったのかと思うような人たちが増えてきたことを。ギルマスのカノンや秘書のマーディロスも愚痴っていたことを。
「たぶんあの人……。関わらない方が身のため。うん、逃げよう」
と思ったのが少し遅かった。女はユキカのすぐ目の前にまで来ていたのだった。
「ひっ!」
ニタァと笑う女を見て息をのむユキカ。背筋に嫌な汗が流れた。
「あ、あわあわ、わわわわ」
唸るような声しか出ない。
「(に、逃げないと!逃げないと何をされるかわかんない!は、早く逃げないと)」
そう思うも身体がなかなか動いてくれない。
女はそんなユキカを知ってか知らずかニタァと不気味に顔をゆがませながら腰にぶら下げた剣の塚を握った。
「あっ!」
それに気づいたユキカ、そのとたん身体が動いた。
「うひひひひっ!」
その声と同時に女は剣を抜きユキカにその刃を振り下ろした。
「うひゃっ!」
それは偶然なのかユキカは大きく後ろに飛びのいた。振り下ろされた剣は空を切り地面に突き刺さる。ユキカはその隙に勢いよく回れ右をすると脱兎のごとく走り出した。
「うぎゃあああああああ!」
思いっきり走るユキカ。
すると女は地面から剣を抜くと剣を構えたままユキカを追ったのだった。
「いやいやいやいやいやぁぁぁぁぁ!」
叫びながら逃げるユキカ。
涎を流しながらユキカを追いかける冒険者の女。
「(どどどどうしよう!)」
ユキカは逃げながらどうしたらいいのかと考える。
「いひひひひひ」
不気味な声がユキカを追いかける。
「こ、こうなったら!えいっ!フリーズミストォ!」
ユキカは後ろを見ずにその右手を肩越しに手のひらを女に向けた。するとその白い手から女に向かって霧状になった白い魔力を放った。そしてその霧状の魔力はうまいこと追ってくる女の顔に当たると頭を包み込む。
「……」
そのとたん女は立ち止まり剣をだらりと下げた。
「ふう」
ユキカも立ち止まり後ろを振り向く。そこには頭全体が凍り付いた女が立っていた。
「うまく顔に当たったみたい。よかったぁ。ふう」
安堵のため息をついたとたん女の顔に張り付いていた氷にピキピキとひびが入りバラバラと地面に落ちていった。
「いひゃひゃひゃひゃ!」
そこには不気味に笑う女が再び剣を掲げてユキカに向かって笑っていた。
「うぎゃああああ!」
再び回れ右をして走り出すユキカ。
ユキカは何度も何度も手のひらを後ろに向けると凍結の魔法を撃つ。しかし女はそれをことごとく避けながら追いかけてくる。
そしてユキカは道を左に曲がった。
「うわっ!」
そこはいきどまりだった。
「どどどどうしよう。こここここここうなったら」
と反対を向くと女もこちらに曲がってきた。そして行き止まりだとわかると今度はゆっくりとゆっくりと歩いてくる。
「ぎゃははははは」
不気味に笑いながら近づいてくる冒険者の女。
「わわわわ私もギルド職員!これでもレベルEなのよ!そそそそしてわたわた私は雪女。氷魔法は得意!でも寒がり!かかか覚悟しなさい!」
まっすぐに右手の人差し指を突き出すとその指先は白い霧状の冷気を纏う。そして大地をしっかりと踏みしめている膝はガクガクとふるえていた。おまけに歯もガチガチ鳴っていた。
「くくくくくらえ!フリーズショット!」
ユキカは自己最大の魔法を放った。その白く細い指先から白く透明な氷の魔力弾が打ち出される。が、女は右に左にとステップを踏むとユキカの攻撃をいとも簡単に避ける。
「なんで、なんであたらないのよ!これならどう!」
今度ユキカは両手の人差し指を突き出してフリーズショットを撃つ。が女は剣をくるくると目の前で回しユキカの魔法を四方八方に跳ね返した。
「うわあ、ダメみたい。ど、どうしよう」
ユキカは少しずつ少しずつ後ずさる。と、背中が行き止まりの壁にぶち当たってしまった。
「ひぃ!」
もう戦意消失のユキカ。
その時。
「やめろ!おとなしくしろ!」
不気味に笑う女の後ろからどすのきいた男の声がした。
そこには二人の兵士が女に向かって警棒を構え立っていた。
「あっ!ボニトさん!コッドさん!」
ギルド職員であるユキカは兵士たちとも顔なじみだ。この二人もたまにギルドに顔を出していた。
女は兵士の声にゆっくりと後ろを振り向く。相変わらず不気味に笑いながら振り向いた女は持っていた剣をいきなりボニトに振り下ろした。
「ふんっ!」
ボニトが振り下ろされた剣を持っていた警棒でその腹を叩き剣筋をそらせる。その隙にボニトの上司のコッドが剣を持つ手を殴打。剣はカランと音を立てて地面に転がった。だが女はひるみもせず今度は素手でボニトに襲い掛かった。
「キェェェェェ!」
気勢を上げながらボニトに跳びかかる女。
「くそっ!おとなしくしろ!」
ボニトは身体をひねり跳びかかってきた女を避ける。だが女の爪がボニトの右頬を浅く引っかいた。
「っ!くそっ!おとなしくしろっ!」
ボニトは自分の足を跳びかかってきた女の足の前に出し背中を手で押した。女はそのまま前に倒れるとすかさずボニトとコッドの二人係で抑え込みあっという間に四肢をロープで拘束した。
暴れる女だが四肢を拘束されてはもがくだけだ。だがどうにか逃れようと気勢を発しながらじたばたしている。
「おとなしくしろ!」
コッドが女に猿轡をすると女は口をもごもごさせている。
「大丈夫かユキカ?」
ボニトが振り向きユキカの方を見ると彼女はほっとした顔で地面に女の子座りをしていた。
「は、はい。ありがとうございました」
「それはよかった」
脱力するユキカにボニトは優しく微笑む。
「ボニトさん」
「なんだ?」
頬の傷大丈夫ですか?」
「ああ、少し引っかかれただけだ、大事無い」
「あとできちんときれいな水で洗ってくださいね」
「ああ、わかってるさ。さ、詰所に連れてくか」
ボニトはコッドと二人で女を引っ立てると去っていった。
「ということがあったんです。ほんとにもう怖くて怖くて」
と身震いをするユキカはヤッさん治療院の事務机の椅子に座っている。
「それは大変だったねユキちゃん。でも兵士さんがすぐに駆け付けてきてくれてよかったね」
「はい。一時はどうなるかと怖かったです」
「それより一つ聞きたいことがあるんだけどいい?」
「はい?いいですけど、何ですか?」
「リュートから聞いてたけど、ユキちゃんって雪女だったんだね?」
「へ?はい、そうですけど……」
「見た目も?」
「えと、たぶん。髪は白いし、肌も白い方ですし、体温も低めです。ほら」
とユキカは康人の手をそっと触る。
「ほんとだ、冷たいな。雪女だから冷たいってこと?」
「はい。そうですよ」
とニコニコするユキカ。
「でも私、寒がりなんですよ」
と苦笑する。
「雪女なのに?」
「はい。でも暑いのも苦手ですけど」
と再び苦笑する。
「ははは、そうなんだ、大変だな。これから夏になるっていうのにな」
「そうなんです。今くらいがちょうどいいんですけどね。えへへ」
と笑った。
「でもそうなんだ、ユキちゃん、雪女なんだ。……ということは美人なんだ。へえ」
となぜか関心する。
「はい?なんで雪女だったら美人なんですか?ま、まあ、美人って言われてうれしいですけど、ちょっとはずかしいけど」
と少し頬を赤らめるユキカ。
「元の世界じゃ雪女は美人ってことになってるんだよ。他には九尾の狐とか八百比丘尼とかも美人だといわれてる。といっても伝説とか民話だけどね」
「へえ、そうなんですか。キュービノキツネとかヤオビクニとかはわかりませんけど、でも、美人って言われてうれしいです」
「うん。ユキちゃんは声もきれいだしね」
「えへへ。ありがとうございます」
と照れるユキカ。
「それはそうと、明日開業日ですけど、今日中にやらないといけないことって何かありますか?グラマスに明日開業だから手伝ってこいっていわれたんですけど」
と疲れたような声のユキカに苦笑する康人。
「いや、特に今日しなきゃいけないことは無いんだけどなあ。カノンちゃんは心配性とみえるな」
「ふふふ。そうですね。それじゃ私、今からどうしましょう?ギルドに戻ってお仕事するにもグラマスの目がありますから」
と、小さくため息をつくユキカ。
「ふむ。まあ、それならしょうがないな、ここでゆっくりしてたらいいよ。ほんとにすることはないから」
「そうですか。でも……、お掃除くらいはしてもいいですか?じっとしてても退屈だし」
「掃除か、うん、それじゃ頼もうかな」
「はい」
ユキカは掃除道具入れからバケツやモップ、雑巾などを取り出すと鼻歌を歌いながら掃除を始めた。
その頃ギルドの執務室でカノンは珍しく一人で執務を行なっていた。
大きな机の上には確認しサインとギルマス印をしなければならない書類が山脈のように山積みになっている。その山の向こうからバシッバシッと殴るようにギルド印を押しているこの部屋の主カノンが眉間に皺を寄せギシギシと歯を食い占めて仕事をしている。
「うっ、く、くそっ!お、おいマーディロス!マーディロスはいるか!出てこい!」
椅子から立ち上がると背伸びをして書類の山脈の向こう側を見るが秘書のマーディロスの姿はない。
「く、くそっ!どこに行ったのだマーディロスは!くそっくそっくそっ!こんなことしていられるか!私は、私は……!」
「’私は’どうされるおつもりですかなカノン様?」
音もなくいつの間にか部屋に入ってきた秘書のマーディロスが少し頭を傾げて書類の向こうからこちらを見つめているカノンに尋ねた。
「あ、あは、い、いや、わた、私は仕事をだな、仕事をしているぞといいたかっただけだけでだなそ、そうなんだぞ私は仕事をしているから、えとだな、ああ、うん、す、すごいだろ」
となぜか胸を張るカノン。
「そうでしたか。しかし、仕事をするのは当然だと思うのですが?」
ニコリともせずカノンをじっと見つめるマーディロス。
「へ?あ、そ、そうだな。ま、あ……。さ、さあ、仕事を続けるとするか」
「 はい。そのように」
カノンはそそと座ると再びハンコとサインをし続けた。
そしてしばらく無言で仕事をするカノンとマーディロス。
「そういえばおいマーディロス」
「はい」
何かの書類にペンを走らせていたマーディロスはカノンの声に顔を上げた。
「私が一人で仕事をしている間お前はどこにいってたのだ?」
「隔離棟に行っておりました」
「隔離棟?なんでお前が?」
「本日も新たに狂った者が捕らえられたので隔離棟まで運んでおりました」
「そうか。で、今日は何人くらいいた?」
「はい。本日は6名でした」
「お前ひとりで運んだのか?」
「いえギルドのスタッフと3名で運びました」
「ふーん。しかしなマーディロス。秘書のお前がなぜ行く必要がある?お前自ら行かずとも誰かに命じて運ばせればよかったのではないか?」
「いえ、わたくしが行かねばならないのです」
「しかしだな……。お前まさか私に隠し事……」
マーディロスの青い瞳をじっと見るカノン。すると目をパチクリとすると何度も瞬きをした。
「……まあいい。……仕事するか……」
「はい、そうしてください」
「うむ。しかしまあ、たくさんの書類があるなあ……。逃げ出したいぞ」
「それはおやめください」
「わかっておるわ」
と口を尖らすカノン。
「さてと」
カノンは書類の山に手を伸ばすとため息交じりにペンを握った。
0
あなたにおすすめの小説
宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~
紗沙
恋愛
剣の名家にして、国の南側を支配する大貴族フォルス家。
そこの三男として生まれたノヴァは一族のみが扱える秘技が全く使えない、出来損ないというレッテルを貼られ、辛い子供時代を過ごした。
大人になったノヴァは小さな領地を与えられるものの、仕事も家族からの期待も、周りからの期待も0に等しい。
しかし、そんなノヴァに舞い込んだ一件の縁談話。相手は国の北側を支配する大貴族。
フォルス家とは長年の確執があり、今は栄華を極めているアークゲート家だった。
しかも縁談の相手は、まさかのアークゲート家当主・シアで・・・。
「あのときからずっと……お慕いしています」
かくして、何も持たないフォルス家の三男坊は性格良し、容姿良し、というか全てが良しの妻を迎え入れることになる。
ノヴァの運命を変える、全てを与えてこようとする妻を。
「人はアークゲート家の当主を恐ろしいとか、血も涙もないとか、冷酷とか散々に言うけど、
シアは可愛いし、優しいし、賢いし、完璧だよ」
あまり深く考えないノヴァと、彼にしか自分の素を見せないシア、二人の結婚生活が始まる。
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
異世界翻訳者の想定外な日々 ~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
ファンタジー
図書館の奥である本に出合った時、俺は思い出す。『そうだ、俺はかつて日本人だった』と。
その本をつい翻訳してしまった事がきっかけで俺の人生設計は狂い始める。気がつけば美少女3人に囲まれつつ仕事に追われる毎日。そして時々俺は悩む。本当に俺はこんな暮らしをしてていいのだろうかと。ハーレム状態なのだろうか。単に便利に使われているだけなのだろうかと。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる