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夜の雫
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その日の夜遅く、グリゴールとランシェットは塔を出た。
いつも塔の傍の厩舎に繋がれていたグリゴールの愛馬は青毛で、夜目にも目立ちにくい。
黒の外衣を羽織った二人を乗せ、力強く駆けて行く。
ヴォルデの王都以外は、緑豊かな森と平原が多いが、それでも村と村を夜間に往来する者は少ない。
雲間から時折覗く月が、肥沃な黒い大地へ二人と一頭の影を投影する。
グリゴールの後ろでそれを眺めながら、ランシェットは未だに夢ではないのかと心がざわめき、落ち着かないでいた。
少し前まで、塔の中で誰とも触れ合えず、会話すら出来ず毎日を過ごしていた自分が、今日初めて顔を合わせたグリゴールと馬に乗って夜闇を駆けている。
がっしりとした体躯、肩につくほどの黒い髪、精悍な顔立ち。
聞けば王と乳兄弟だという。
記憶の中の王とは口ぶりから何まで対照的だと思った。
王は含みを持たせた言葉をよく使うが、グリゴールはさっぱりと腹に溜めない物言いで、ランシェットの知る騎士より随分と砕けている。
元々の気質なのか、諸国を遊歴したからだろうか。
「どうした?やけに無口だな。
久しぶりの外と馬で辛いか?」
「…そうだな、久しぶり過ぎてまだ現実味がない。
掴まっているのがやっとだ」
それを聞くとグリゴールは馬を減速させ、道の大きな樹の傍に寄せると自身の荷物の中から青地の大きめのスカーフを取り出した。
「お前さんは細いからこれでいけそうだな」
そう言うとランシェットの腰にスカーフをくぐらせ、グリゴールの腰のベルトと結びつけた。
より密着し、グリゴールの体温が一層暖かく感じられた。
これは現実なのだと言うように。
「王は…まだ今の私を見ても愛していると言って下さるだろうか」
「何だ、急に」
「怖いんだ…昔と余りにも違ってしまったから。
早くお会いしたいけれど、怖い…」
幽閉生活で、寵愛を受けていた頃数多の宮廷人から持て囃された瑞々しかった肌も髪も爪もボロボロになり、一番輝かしい年代を終えてしまったのだ。
そう思うのも無理も無いかもしれない。
「何だ、そんな事か」
グリゴールがなんでもない事かのように言った言葉に、ランシェットは目を見開いた。
「そんな事とは何だ!私がどれだけ心を痛めていると…!」
「…俺の知ってる王は、情がなくなった相手に毎日好物を届けさせたりしないし、幽閉されて十年も経って体型も変わってるであろう男に似合うような服をわざわざ誂えたりしない」
「……」
憤慨したランシェットだったが、グリゴールに言われ冷静さを取り戻す。
そうだ、王は一度公私の分別をつけなかった為恨みを買い、ランシェットを傷つけ、傍に置くことが出来なくなったのだ。
一度も会いに来てくれなかったが、クランベリーソースを毎日届けてくれていたり、成長したランシェットの服を誂えるほど常に想い、気にかけていたのだろう。
「大丈夫だ。
色んな国を見て回ったがお前さんほど美しい男は見たことがない。
王も後悔することになるさ、十年も会わずにいた事を」
「…そうだと良いな」
ランシェットは、思わず涙ぐんでしまった。
ツンとした痛みが鼻の奥を刺激する。
こんな痛みすらも、久しぶりだ。
一瞬グリゴールが固まったが、前に向き直ると
「そろそろ出発しよう」
と手綱を引き、馬の胴を軽く蹴った。
ブルル、と馬も呼応するように鼻息を荒くし、ゆっくりと加速を始めた。
月は雲から抜け、夜道を明るく照らし出していた。
いつも塔の傍の厩舎に繋がれていたグリゴールの愛馬は青毛で、夜目にも目立ちにくい。
黒の外衣を羽織った二人を乗せ、力強く駆けて行く。
ヴォルデの王都以外は、緑豊かな森と平原が多いが、それでも村と村を夜間に往来する者は少ない。
雲間から時折覗く月が、肥沃な黒い大地へ二人と一頭の影を投影する。
グリゴールの後ろでそれを眺めながら、ランシェットは未だに夢ではないのかと心がざわめき、落ち着かないでいた。
少し前まで、塔の中で誰とも触れ合えず、会話すら出来ず毎日を過ごしていた自分が、今日初めて顔を合わせたグリゴールと馬に乗って夜闇を駆けている。
がっしりとした体躯、肩につくほどの黒い髪、精悍な顔立ち。
聞けば王と乳兄弟だという。
記憶の中の王とは口ぶりから何まで対照的だと思った。
王は含みを持たせた言葉をよく使うが、グリゴールはさっぱりと腹に溜めない物言いで、ランシェットの知る騎士より随分と砕けている。
元々の気質なのか、諸国を遊歴したからだろうか。
「どうした?やけに無口だな。
久しぶりの外と馬で辛いか?」
「…そうだな、久しぶり過ぎてまだ現実味がない。
掴まっているのがやっとだ」
それを聞くとグリゴールは馬を減速させ、道の大きな樹の傍に寄せると自身の荷物の中から青地の大きめのスカーフを取り出した。
「お前さんは細いからこれでいけそうだな」
そう言うとランシェットの腰にスカーフをくぐらせ、グリゴールの腰のベルトと結びつけた。
より密着し、グリゴールの体温が一層暖かく感じられた。
これは現実なのだと言うように。
「王は…まだ今の私を見ても愛していると言って下さるだろうか」
「何だ、急に」
「怖いんだ…昔と余りにも違ってしまったから。
早くお会いしたいけれど、怖い…」
幽閉生活で、寵愛を受けていた頃数多の宮廷人から持て囃された瑞々しかった肌も髪も爪もボロボロになり、一番輝かしい年代を終えてしまったのだ。
そう思うのも無理も無いかもしれない。
「何だ、そんな事か」
グリゴールがなんでもない事かのように言った言葉に、ランシェットは目を見開いた。
「そんな事とは何だ!私がどれだけ心を痛めていると…!」
「…俺の知ってる王は、情がなくなった相手に毎日好物を届けさせたりしないし、幽閉されて十年も経って体型も変わってるであろう男に似合うような服をわざわざ誂えたりしない」
「……」
憤慨したランシェットだったが、グリゴールに言われ冷静さを取り戻す。
そうだ、王は一度公私の分別をつけなかった為恨みを買い、ランシェットを傷つけ、傍に置くことが出来なくなったのだ。
一度も会いに来てくれなかったが、クランベリーソースを毎日届けてくれていたり、成長したランシェットの服を誂えるほど常に想い、気にかけていたのだろう。
「大丈夫だ。
色んな国を見て回ったがお前さんほど美しい男は見たことがない。
王も後悔することになるさ、十年も会わずにいた事を」
「…そうだと良いな」
ランシェットは、思わず涙ぐんでしまった。
ツンとした痛みが鼻の奥を刺激する。
こんな痛みすらも、久しぶりだ。
一瞬グリゴールが固まったが、前に向き直ると
「そろそろ出発しよう」
と手綱を引き、馬の胴を軽く蹴った。
ブルル、と馬も呼応するように鼻息を荒くし、ゆっくりと加速を始めた。
月は雲から抜け、夜道を明るく照らし出していた。
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