【BL】王の花

春月 黒猫

文字の大きさ
28 / 33

篝火

しおりを挟む
艶々とした表情のイーラと、居た堪れないような表情のグリゴールと合流し、遅い昼食に宿の主人が用意してくれた食事を摂る。

「本当に今出ていくのかい?行く宛ては?」

「心配ありがとう。しばらく王城には入れそうもないし、迂回して親戚のいる村にでも行ってみるよ」

「…そうかい、気をつけて。早く落ち着いたらいいんだがねえ…」

心配そうな宿の主人と別れ、四人は来た方向と王城とを繋ぐ街道を外れた細い道へ向かう。
整備されていないほぼ自然のままの草木が四方から茂り、鬱蒼とした森の中に人馬が踏み固めた跡が見て取れる以外は時間や方向感覚すら狂ってしまいそうだった。

「ここから一旦森に隠れて夜を待つよ」

イーラの言葉に頷く三人は、足元や周囲に蛇や毒草などがないか確認しながらアムリを先頭に慎重に分け入っていく。
続くイーラは砂漠を主な領土とする国の王子だと言うのに、慣れた様子で草をかき分けていく。
ランシェットが前を歩く彼はどこでこんな場所を知る機会があったのかと思っていると、不意に振り返ったイーラと目が合う。

「擦り傷とかできてない?王様に会う前なんだから気をつけときなよ」

ふと見ると、からかうような視線を送りつつ、後に続くランシェットが通りやすいように押しのけた草木が跳ねないよう手で押さえてくれていた。

「…殿下のお心遣いに感謝します」

「べ、別に普通でしょ!」
 
思わずふわりと柔和に笑ったランシェットに、照れたように急に視線を前に戻し、イーラはずんずんと進んで行く。
後ろにいたグリゴールがクスっと笑ったのをランシェットは温かな気持ちで聞いて歩みを進めた。


一同は、少し歩いて拓けた場所に出た。
軽く草が凪払われており、簡素なテントが用意されていた。
どうやら、先に王城に潜入したというイーラの配下の者達が使っていた場所のようだ。

「アムリ、虫除けの香を」

「はい、こちらに」

いつの間に用意したのか、アムリの手には小さな蓋付きの香炉が用意されており、その中に手際よく起こした火種を入れて少し経つと、独特な燻した菊のような香りが辺りに広がった。

テントの中に差し入れ少し経つと、隙間からもその香りが漏れ出てきた。

「グラザ菊の除虫香か」

グリゴールは知っていたらしいが、ランシェットは初めて聞く名前だった。

「そう。これがないと野宿なんて堪えられないよ」

大きく伸びをして、イーラは自分の体にもその煙が当たるようにテントの隙間の煙を当てる。
いつの間にかイーラの腕に止まっていたらしい羽虫が、よろよろと力無く飛び立とうとして地面に落ちていった。

「…すごく効くのですね…」

「あんたもこっち来なよ、ほら。息は止めて」

有無を言わさぬ勢いでランシェットはテントの横に引っ張っていかれ、イーラの手によってパタパタと煙を浴びせられた。

「んっ、ぷはっ…目に染みます、殿下」

「目閉じれば良いでしょ、変な虫に刺されるのとどっちがいいの」

これではまるでランシェットの方が王子のような扱いだと思いつつ、イーラの性格をよく知る二人は止めようとせずその様子を見守った。



携行食を食べたりイーラに教えられた近くの泉で身を清めたりしているうち、夜は更けていき四人はテントの中で灯りをともし、示し合わせた時刻を待っていた。
途中で外を伺うと、王城の方角の空が松明で赤く煙る様子が見て取れた。


この先に、王がいる。
十年間あの日から目にすることが無くなった優しく凛々しい姿。
思い出の中の王の年齢はとうに超えてしまった自分が、以前と同じように王に迎え入れられるのだろうか。
その身も見知らぬ男たちによって蹂躙されてしまったのだと思う心と、王はそんな薄情な方では無いと思う心がまたランシェットの不安を駆り立てていた。

ここ数日の間で食べ物や手入れなどをされ、塔にいた頃とは見違えるほど清潔な身なりとなった。
だがまだ体は折れそうなほど細いし、心は萎縮し以前と性格も変わってしまった。
王に見染められた頃の天真爛漫さも、愛されていた頃の若々しさもない。

夜空を焦がす禍々しい赤い光と煙と同じように、ランシェットの胸の内は乱れていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

ある日、友達とキスをした

Kokonuca.
BL
ゲームで親友とキスをした…のはいいけれど、次の日から親友からの連絡は途切れ、会えた時にはいつも僕がいた場所には違う子がいた

後宮の男妃

紅林
BL
碧凌帝国には年老いた名君がいた。 もう間もなくその命尽きると噂される宮殿で皇帝の寵愛を一身に受けていると噂される男妃のお話。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

灰かぶりの少年

うどん
BL
大きなお屋敷に仕える一人の少年。 とても美しい美貌の持ち主だが忌み嫌われ毎日被虐的な扱いをされるのであった・・・。

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~

青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」 その言葉を言われたのが社会人2年目の春。 あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。 だが、今はー 「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」 「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」 冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。 貴方の視界に、俺は映らないー。 2人の記念日もずっと1人で祝っている。 あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。 そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。 あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。 ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー ※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。 表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。

魔王さまのヒミツ♡

黒木  鳴
BL
歴代最年少で魔王の地位に就いたレイには隠し通さなければならない秘密がある。それは……「魔王もうやだぁぁぁ~~!!下剋上こわいよぉぉぉーーー!!!」その実態が泣き虫ポンコツ魔王だということ。バレれば即・下剋上を挑まれることは必至!なので先々代の魔王を父に持ち、悪魔公爵ジェラルドが膝を折ったという2枚看板を武器にクールな魔王を演じている。だけどその実力を疑う者たちも出てきて……?!果たしてレイの運命は……?!溺愛腹黒系悪魔×初心な小悪魔系吸血鬼。お茶目なパパんも大活躍!!

何故よりにもよって恋愛ゲームの親友ルートに突入するのか

BL
平凡な学生だったはずの俺が転生したのは、恋愛ゲーム世界の“王子”という役割。 ……けれど、攻略対象の女の子たちは次々に幸せを見つけて旅立ち、 気づけば残されたのは――幼馴染みであり、忠誠を誓った騎士アレスだけだった。 「僕は、あなたを守ると決めたのです」 いつも優しく、忠実で、完璧すぎるその親友。 けれど次第に、その視線が“友人”のそれではないことに気づき始め――? 身分差? 常識? そんなものは、もうどうでもいい。 “王子”である俺は、彼に恋をした。 だからこそ、全部受け止める。たとえ、世界がどう言おうとも。 これは転生者としての使命を終え、“ただの一人の少年”として生きると決めた王子と、 彼だけを見つめ続けた騎士の、 世界でいちばん優しくて、少しだけ不器用な、じれじれ純愛ファンタジー。

処理中です...