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篝火
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艶々とした表情のイーラと、居た堪れないような表情のグリゴールと合流し、遅い昼食に宿の主人が用意してくれた食事を摂る。
「本当に今出ていくのかい?行く宛ては?」
「心配ありがとう。しばらく王城には入れそうもないし、迂回して親戚のいる村にでも行ってみるよ」
「…そうかい、気をつけて。早く落ち着いたらいいんだがねえ…」
心配そうな宿の主人と別れ、四人は来た方向と王城とを繋ぐ街道を外れた細い道へ向かう。
整備されていないほぼ自然のままの草木が四方から茂り、鬱蒼とした森の中に人馬が踏み固めた跡が見て取れる以外は時間や方向感覚すら狂ってしまいそうだった。
「ここから一旦森に隠れて夜を待つよ」
イーラの言葉に頷く三人は、足元や周囲に蛇や毒草などがないか確認しながらアムリを先頭に慎重に分け入っていく。
続くイーラは砂漠を主な領土とする国の王子だと言うのに、慣れた様子で草をかき分けていく。
ランシェットが前を歩く彼はどこでこんな場所を知る機会があったのかと思っていると、不意に振り返ったイーラと目が合う。
「擦り傷とかできてない?王様に会う前なんだから気をつけときなよ」
ふと見ると、からかうような視線を送りつつ、後に続くランシェットが通りやすいように押しのけた草木が跳ねないよう手で押さえてくれていた。
「…殿下のお心遣いに感謝します」
「べ、別に普通でしょ!」
思わずふわりと柔和に笑ったランシェットに、照れたように急に視線を前に戻し、イーラはずんずんと進んで行く。
後ろにいたグリゴールがクスっと笑ったのをランシェットは温かな気持ちで聞いて歩みを進めた。
一同は、少し歩いて拓けた場所に出た。
軽く草が凪払われており、簡素なテントが用意されていた。
どうやら、先に王城に潜入したというイーラの配下の者達が使っていた場所のようだ。
「アムリ、虫除けの香を」
「はい、こちらに」
いつの間に用意したのか、アムリの手には小さな蓋付きの香炉が用意されており、その中に手際よく起こした火種を入れて少し経つと、独特な燻した菊のような香りが辺りに広がった。
テントの中に差し入れ少し経つと、隙間からもその香りが漏れ出てきた。
「グラザ菊の除虫香か」
グリゴールは知っていたらしいが、ランシェットは初めて聞く名前だった。
「そう。これがないと野宿なんて堪えられないよ」
大きく伸びをして、イーラは自分の体にもその煙が当たるようにテントの隙間の煙を当てる。
いつの間にかイーラの腕に止まっていたらしい羽虫が、よろよろと力無く飛び立とうとして地面に落ちていった。
「…すごく効くのですね…」
「あんたもこっち来なよ、ほら。息は止めて」
有無を言わさぬ勢いでランシェットはテントの横に引っ張っていかれ、イーラの手によってパタパタと煙を浴びせられた。
「んっ、ぷはっ…目に染みます、殿下」
「目閉じれば良いでしょ、変な虫に刺されるのとどっちがいいの」
これではまるでランシェットの方が王子のような扱いだと思いつつ、イーラの性格をよく知る二人は止めようとせずその様子を見守った。
携行食を食べたりイーラに教えられた近くの泉で身を清めたりしているうち、夜は更けていき四人はテントの中で灯りをともし、示し合わせた時刻を待っていた。
途中で外を伺うと、王城の方角の空が松明で赤く煙る様子が見て取れた。
この先に、王がいる。
十年間あの日から目にすることが無くなった優しく凛々しい姿。
思い出の中の王の年齢はとうに超えてしまった自分が、以前と同じように王に迎え入れられるのだろうか。
その身も見知らぬ男たちによって蹂躙されてしまったのだと思う心と、王はそんな薄情な方では無いと思う心がまたランシェットの不安を駆り立てていた。
ここ数日の間で食べ物や手入れなどをされ、塔にいた頃とは見違えるほど清潔な身なりとなった。
だがまだ体は折れそうなほど細いし、心は萎縮し以前と性格も変わってしまった。
王に見染められた頃の天真爛漫さも、愛されていた頃の若々しさもない。
夜空を焦がす禍々しい赤い光と煙と同じように、ランシェットの胸の内は乱れていた。
「本当に今出ていくのかい?行く宛ては?」
「心配ありがとう。しばらく王城には入れそうもないし、迂回して親戚のいる村にでも行ってみるよ」
「…そうかい、気をつけて。早く落ち着いたらいいんだがねえ…」
心配そうな宿の主人と別れ、四人は来た方向と王城とを繋ぐ街道を外れた細い道へ向かう。
整備されていないほぼ自然のままの草木が四方から茂り、鬱蒼とした森の中に人馬が踏み固めた跡が見て取れる以外は時間や方向感覚すら狂ってしまいそうだった。
「ここから一旦森に隠れて夜を待つよ」
イーラの言葉に頷く三人は、足元や周囲に蛇や毒草などがないか確認しながらアムリを先頭に慎重に分け入っていく。
続くイーラは砂漠を主な領土とする国の王子だと言うのに、慣れた様子で草をかき分けていく。
ランシェットが前を歩く彼はどこでこんな場所を知る機会があったのかと思っていると、不意に振り返ったイーラと目が合う。
「擦り傷とかできてない?王様に会う前なんだから気をつけときなよ」
ふと見ると、からかうような視線を送りつつ、後に続くランシェットが通りやすいように押しのけた草木が跳ねないよう手で押さえてくれていた。
「…殿下のお心遣いに感謝します」
「べ、別に普通でしょ!」
思わずふわりと柔和に笑ったランシェットに、照れたように急に視線を前に戻し、イーラはずんずんと進んで行く。
後ろにいたグリゴールがクスっと笑ったのをランシェットは温かな気持ちで聞いて歩みを進めた。
一同は、少し歩いて拓けた場所に出た。
軽く草が凪払われており、簡素なテントが用意されていた。
どうやら、先に王城に潜入したというイーラの配下の者達が使っていた場所のようだ。
「アムリ、虫除けの香を」
「はい、こちらに」
いつの間に用意したのか、アムリの手には小さな蓋付きの香炉が用意されており、その中に手際よく起こした火種を入れて少し経つと、独特な燻した菊のような香りが辺りに広がった。
テントの中に差し入れ少し経つと、隙間からもその香りが漏れ出てきた。
「グラザ菊の除虫香か」
グリゴールは知っていたらしいが、ランシェットは初めて聞く名前だった。
「そう。これがないと野宿なんて堪えられないよ」
大きく伸びをして、イーラは自分の体にもその煙が当たるようにテントの隙間の煙を当てる。
いつの間にかイーラの腕に止まっていたらしい羽虫が、よろよろと力無く飛び立とうとして地面に落ちていった。
「…すごく効くのですね…」
「あんたもこっち来なよ、ほら。息は止めて」
有無を言わさぬ勢いでランシェットはテントの横に引っ張っていかれ、イーラの手によってパタパタと煙を浴びせられた。
「んっ、ぷはっ…目に染みます、殿下」
「目閉じれば良いでしょ、変な虫に刺されるのとどっちがいいの」
これではまるでランシェットの方が王子のような扱いだと思いつつ、イーラの性格をよく知る二人は止めようとせずその様子を見守った。
携行食を食べたりイーラに教えられた近くの泉で身を清めたりしているうち、夜は更けていき四人はテントの中で灯りをともし、示し合わせた時刻を待っていた。
途中で外を伺うと、王城の方角の空が松明で赤く煙る様子が見て取れた。
この先に、王がいる。
十年間あの日から目にすることが無くなった優しく凛々しい姿。
思い出の中の王の年齢はとうに超えてしまった自分が、以前と同じように王に迎え入れられるのだろうか。
その身も見知らぬ男たちによって蹂躙されてしまったのだと思う心と、王はそんな薄情な方では無いと思う心がまたランシェットの不安を駆り立てていた。
ここ数日の間で食べ物や手入れなどをされ、塔にいた頃とは見違えるほど清潔な身なりとなった。
だがまだ体は折れそうなほど細いし、心は萎縮し以前と性格も変わってしまった。
王に見染められた頃の天真爛漫さも、愛されていた頃の若々しさもない。
夜空を焦がす禍々しい赤い光と煙と同じように、ランシェットの胸の内は乱れていた。
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