帝国の曙は、死を望む

葉薊

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第一章

1-3

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メイドから無作法に渡された、貴族の子供が着用してそうな小綺麗な衣服に袖を通し、長い髪を外へと出す。

---どうしようか……。

燻んだところのない、波打つ黄金色の長い髪。
男という性別でありながら、端麗な顔立ちに、未成熟で丸みを帯びた要素が加えられたその容姿には、文句の付けようもなく相応なものであった。

邪魔だと思ったことは確かにある。
だが、切り落とすまでに至らなかったのは、単なる慣れと蓬髪でも支障が無い日常だったからに他ならない。

---……切るか。

髪を束ねて結くことぐらいはできる。
だが、これからも行われる下らない皇族の食事会の度に、身嗜みを整える必要性があるのならば、長い髪は邪魔でしかない。
ただでさえ、着替えが鬱陶しいと思うのに、その上、整髪しなければならないなど、面倒且つ時間の無駄でしかない。

部屋の引き出しには小刀がある。
これを取り出すのは、自害に使用したとき以来だ。

「……っ、何をなされるのですかっ!!」

小刀を鞘から抜き出して、持ち上げた長い髪に近付ける。
あと少しで落とせる筈だったのに、その手を控えていたメイドが阻んできた。

「一体、何を考えておられるのですっ!?」

その声には、酷い動揺が含まれていた。
メイドの方を見れば、見下した態度は鳴りを潜め、周章狼狽した様子である。

「何か問題でもあるのか?」
「大有りですっ!!それは、オリヴィア様の、」
「オリヴィア……?」
「……っ、いえ、何でもありません」

冷静さを取り戻したのか、小刀を持つ方の手首を掴んだ手は、乱暴に振り解かれる。

「ともかく、勝手な行動はお止め下さい。迷惑なので」

ちっ、と舌打ちをしながら、無造作に髪結紐を渡される。
メイドは無理やり小刀を回収して、部屋の外へ出て行ってしまった。

---…………。

部屋の中は、まるで嵐が過ぎ去ったような静けさに包まれていた。

たかだが髪を切ろうとしただけで、メイドのあの取り乱し様は、非常に異様である。
それに、オリヴィアという名前。
小説内でも、登場していない人物の筈だ。
或いは、脇役過ぎて、忘却の彼方に行っているのかもしれないが。
果たして、どのような関連性があるのだろうか。

「……っ、ぁ」

激痛に襲われ、思考を強制的に停止させられる。

汚れが少しでも着用した衣服に付着すれば、後が面倒だ。
不快感を吐き出さないように耐え切らなければならない。
アウロラは、近くにある箪笥に両手を付き、今にも崩れ落ちそうな両足を叱咤した。

「……ぅう、」

嫌な脂汗が首元へ伝う。

もう喉元まで、血液が迫り上がっているのが分かった。
一瞬でも、口元を緩ませれば、吐き出してしまうだろう。
喉の悲鳴を無視して、必死に逆流する血液を飲み込む。

「…………っ、はぁ、」

どのくらいの時間が経過したのだろうか。
メイドが焦れて、部屋の中へ突撃していないことを鑑みれば、恐らくは、寸秒のことであろう。

---最悪だ。

頭痛と耳鳴りが止まらない。
無理やり不快感を押し込めたからだろうか。
こんなことは、今までには無かったのに。

---……仕方ない。

だが、許容範囲外の痛みではない。
十分ではないが、身動きは取ることができる。

アウロラは、鈍痛を無視して、適当に髪を一つに束ねる。
扉を開いて外へ出れば、先程のメイドが部屋の前に立っていた。

「……着いてきて下さい」

怪訝そうな表情で此方を一瞥する。
そして、たった一言だけ発して歩き出したのだった。

◇◇◇

自身の住まう宮殿の敷地内を、それも部屋と噴水広場にしか行き来をしないアウロラにとって、目に映る建物や風景などは初めて見るものばかりだったが、大して興味を惹くものでもなかった。
ただ、自身の荒れた宮殿とは違い、手入れの行き届いた植物や、外装が綺麗な状態を保たれている状態の建物があるだけに過ぎない。
それに、耳鳴りは歩いている途中で治まったが、反対に、頭痛が激しくなってきたのだ。
とてもではないが、風景を吟味する余裕もない。
元々、風情を楽しむ人種ではないが。

「…………っ、」

メイドは、此方の様子を気に掛ける様子もなく、ただ只管に前に進む。
アウロラも文句を言わずに着いていく。
声を上げても、無意味だと分かっているからだ。

---随分遠いな……。

廊下を通って、外へ出て、また別の建物の廊下を通る。
途中ですれ違う使用人や騎士らしき人間達は、不愉快や侮蔑の感情を隠しきれていなかったが、此方に与える影響は微塵もない。
だが、この距離の遠さは、ただでさえ体調が優れないと言うのに、無駄な体力の浪費がありすぎる。
今更ながらに、アウロラという人物の置かれた環境が最低なのだと身に染みた。

「……到着致しました」

メイドは、ある大きな扉の前に立ち止まり、横に一歩身を引いた。

---ここか……。

両端には、騎士であろう二人の男が、腰に剣を携えて立っている。
彼等を気にすることなく、アウロラはその手で扉を開いた。

---まぁ、成るように成る、か……。

ここに来るまでに、頭痛はほんの少しばかりだが緩和した。
宮殿への復路は全くと言っていいほど記憶できなかったが、そんなことを嘆いても仕方のないことだ。

今はただ、集中するしかない。
回避も逃避もできない、憂鬱な気分にさせられる目の前の事柄に。
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