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第一章
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扉の奥へ一歩足を進めれば、張り詰めた空気に襲われる。
白いクロスが敷かれた、長方形のテーブルと椅子に座る五つの人影が目に入った。
アウロラから見て、縦長なテーブルの右側には男性が二人、左側には女性が二人。
そして、上座に座る、壮年の男性が一人。
---……吐きそうだ。
きぃ、という扉の音に反応したのか、五対の瞳が一斉に此方を向いた。
右側の、赤色に染まった一対の瞳は、此方を睨み付け、上座の男性と左右の奥の席の男女は、無関心に一瞥するだけ。
そして、この重苦しい空気の中には相応しくのない、一対の、喜びに満ちた金色を浮かばせる瞳があった。
目を合わせれば、両手を合わせて喜びを表す、癖のない長い銀髪の少女。
アウロラに好意的に接するのは、この世界でたった一人しかいないだろう。
彼女が、アウロラの双子の妹エステラ=ディーウァ=クァエダムだ。
後に、皇族の証たるオパールの宝石名を賜る、正真正銘『帝国の星』の主人公。
---準一卵性だったのか……。
小説には、双子としか表現されていなかった。
故に、男女ということもあり、てっきり二卵性だと思い込んでいたが、どうやら違ったようだ。
髪の色と質が違うだけで、未成熟なその容貌は、鏡で見たのと瓜二つだということに、多少なりとも驚く。
「……さっさと席に着け」
上座の男性が、口を開いた。
極めて冷淡で、冷徹な声だった。
その声に従って、アウロラは空いている下座の席に座る。
ちっ、と苛立ちを表した舌打ちが、右方向から聞こえてきたが、気に留めることはなかった。
---あいつが……。
正面から見える、他とは一線を博す壮年の男性。
ジェダイトの宝石名を持つ、スペルビア帝国の皇帝ディルクルム。
王宮では暴君と謳われる反面、自国民には聖君と崇められている人物だ。
そして、小説の中では、アウロラに、決して振り向くことなく、粗略に扱って、最終的には牢獄へ入れた張本人。
短い、エステラと同じ銀色の癖のない髪が、衰えの感じないその美麗な容貌とよく合っていた。
---凄いな……。
アウロラが席に着いたところで、部屋に控えていた数人のメイドは、料理を運んでくる。
用意された品数の多さに、内心で思わず驚嘆してしまう。
ここまで豪勢な食事は、前の世界でも見たことはない。
「…………」
「……」
食事の間は、食器の擦れる僅かな音しか聞こえてこない静かな時間だ。
そして、アウロラにとっては、ある意味での苦痛な時間。
ずきずきとする頭痛が続く。
本当なら、何も口に入れたくはないが、このまま茫然としていれば、エステラが余計なお節介を焼き、此方に被害を及ぼす可能性がある。
奇しくも、目の前に置かれているのは温かなスープだ。
固形物ではなく液体なので、恐らくは問題ないだろう。
綺麗に揃えられたカラトリーの中からスプーンを取る。
テーブルマナーなど知らないが、此方に関心を向ける人間などいない。
それに、元々悪評が絶えない身の上である。
瑣末過ぎる問題であるし、そもそも、アウロラにとっては、他者の評価など無意味で無価値なものである。
「……っ、」
掬ったスープを一口、口の中へ入れた。
その味の異様さに、思わず手を止めてしまう。
---随分と、幼稚な悪戯だな。
一見すると、普通のスープと何の違いはないがが、口当たりが最悪だ。
まるで、泥水を飲んだかのようだ。
誰一人として異議を唱えないことから、自身の料理にのみ細工がされていることを察する。
「どうかしたの?」
「……何でもない」
何かを察したのか、心配そうに此方を尋ねるエステラを余所に、アウロラは、ただ一言否定した。
声を上げようが、何の意味がない。
ここでアウロラの味方をする者など、エステラを除いて他にはいないし、ただ無駄に労力を消費するだけのことに湧く気力などないのだ。
「そう言えば--」
息苦しさを漂わせる空間の中、それを破るかのように、エステラは口を開いた。
「--」
「----」
それに呼応するかのように、別の声が発せられる。
息苦しさが停滞していた空間は、どうやら動き出したようだ。
彼女の一言をきっかけに、ぽつりぽつりと会話が生まれ始める。
---哀れだな……。
ぽつんと、一人だけ放置されるアウロラは、久しぶりに、この身体の持ち主に同情した。
目の前で、楽しそうに繰り広げられる家族の談笑と自覚させられる猛烈な疎外感。
料理に悪質な嫌がらせをされて、満足に食事も取れない環境。
小説の中でも、このような差別的な扱いをされていただろう。
それなのに、怒りに身を任せ暴れたという描写は一切無かった。
愛に飢え、焦がれる人物だった。
他者からも、血縁からも、無関心に放置される彼にとって、唯一許された家族との時間を、失いたくはなかっただろうことは、容易に想像が付く。
アウロラは、彼等の一切の会話を聞き流しながら、スープを再び掬い、口の中へ入れた。
味は壊滅的だが、食すことができないわけではない。
味覚を遮断していれば、水を飲み込むのと同じことなのだから。
◇◇◇
白いクロスが敷かれた、長方形のテーブルと椅子に座る五つの人影が目に入った。
アウロラから見て、縦長なテーブルの右側には男性が二人、左側には女性が二人。
そして、上座に座る、壮年の男性が一人。
---……吐きそうだ。
きぃ、という扉の音に反応したのか、五対の瞳が一斉に此方を向いた。
右側の、赤色に染まった一対の瞳は、此方を睨み付け、上座の男性と左右の奥の席の男女は、無関心に一瞥するだけ。
そして、この重苦しい空気の中には相応しくのない、一対の、喜びに満ちた金色を浮かばせる瞳があった。
目を合わせれば、両手を合わせて喜びを表す、癖のない長い銀髪の少女。
アウロラに好意的に接するのは、この世界でたった一人しかいないだろう。
彼女が、アウロラの双子の妹エステラ=ディーウァ=クァエダムだ。
後に、皇族の証たるオパールの宝石名を賜る、正真正銘『帝国の星』の主人公。
---準一卵性だったのか……。
小説には、双子としか表現されていなかった。
故に、男女ということもあり、てっきり二卵性だと思い込んでいたが、どうやら違ったようだ。
髪の色と質が違うだけで、未成熟なその容貌は、鏡で見たのと瓜二つだということに、多少なりとも驚く。
「……さっさと席に着け」
上座の男性が、口を開いた。
極めて冷淡で、冷徹な声だった。
その声に従って、アウロラは空いている下座の席に座る。
ちっ、と苛立ちを表した舌打ちが、右方向から聞こえてきたが、気に留めることはなかった。
---あいつが……。
正面から見える、他とは一線を博す壮年の男性。
ジェダイトの宝石名を持つ、スペルビア帝国の皇帝ディルクルム。
王宮では暴君と謳われる反面、自国民には聖君と崇められている人物だ。
そして、小説の中では、アウロラに、決して振り向くことなく、粗略に扱って、最終的には牢獄へ入れた張本人。
短い、エステラと同じ銀色の癖のない髪が、衰えの感じないその美麗な容貌とよく合っていた。
---凄いな……。
アウロラが席に着いたところで、部屋に控えていた数人のメイドは、料理を運んでくる。
用意された品数の多さに、内心で思わず驚嘆してしまう。
ここまで豪勢な食事は、前の世界でも見たことはない。
「…………」
「……」
食事の間は、食器の擦れる僅かな音しか聞こえてこない静かな時間だ。
そして、アウロラにとっては、ある意味での苦痛な時間。
ずきずきとする頭痛が続く。
本当なら、何も口に入れたくはないが、このまま茫然としていれば、エステラが余計なお節介を焼き、此方に被害を及ぼす可能性がある。
奇しくも、目の前に置かれているのは温かなスープだ。
固形物ではなく液体なので、恐らくは問題ないだろう。
綺麗に揃えられたカラトリーの中からスプーンを取る。
テーブルマナーなど知らないが、此方に関心を向ける人間などいない。
それに、元々悪評が絶えない身の上である。
瑣末過ぎる問題であるし、そもそも、アウロラにとっては、他者の評価など無意味で無価値なものである。
「……っ、」
掬ったスープを一口、口の中へ入れた。
その味の異様さに、思わず手を止めてしまう。
---随分と、幼稚な悪戯だな。
一見すると、普通のスープと何の違いはないがが、口当たりが最悪だ。
まるで、泥水を飲んだかのようだ。
誰一人として異議を唱えないことから、自身の料理にのみ細工がされていることを察する。
「どうかしたの?」
「……何でもない」
何かを察したのか、心配そうに此方を尋ねるエステラを余所に、アウロラは、ただ一言否定した。
声を上げようが、何の意味がない。
ここでアウロラの味方をする者など、エステラを除いて他にはいないし、ただ無駄に労力を消費するだけのことに湧く気力などないのだ。
「そう言えば--」
息苦しさを漂わせる空間の中、それを破るかのように、エステラは口を開いた。
「--」
「----」
それに呼応するかのように、別の声が発せられる。
息苦しさが停滞していた空間は、どうやら動き出したようだ。
彼女の一言をきっかけに、ぽつりぽつりと会話が生まれ始める。
---哀れだな……。
ぽつんと、一人だけ放置されるアウロラは、久しぶりに、この身体の持ち主に同情した。
目の前で、楽しそうに繰り広げられる家族の談笑と自覚させられる猛烈な疎外感。
料理に悪質な嫌がらせをされて、満足に食事も取れない環境。
小説の中でも、このような差別的な扱いをされていただろう。
それなのに、怒りに身を任せ暴れたという描写は一切無かった。
愛に飢え、焦がれる人物だった。
他者からも、血縁からも、無関心に放置される彼にとって、唯一許された家族との時間を、失いたくはなかっただろうことは、容易に想像が付く。
アウロラは、彼等の一切の会話を聞き流しながら、スープを再び掬い、口の中へ入れた。
味は壊滅的だが、食すことができないわけではない。
味覚を遮断していれば、水を飲み込むのと同じことなのだから。
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