6 / 12
第一章
1-5
しおりを挟む
孤立した空間にいなければならない苦痛。
そんな中で、身体は激痛に襲われたりせずに安堵するも、まさか、朝食の時間で、こんな無駄な気力を使う羽目になるとは思わなかった。
だが、終わるときは、案外呆気ないものだった。
何の余韻もなく、皇帝が先に退出する。
その後に、皇女や皇子達が続いた。
エステラは、此方に物言いたげな様子であったが、それを皇女の呼び掛けによって、断念したようだった。
---…………。
ものの数分で、部屋の中が静寂に包まれる。
声が聞こえなくなって、アウロラは初めて立ち上がった。
スープは完食しなかった。
元々、壊滅的な味のスープを、それでも口にしていたのは、エステラが此方を気にかけて、その結果起こり得る面倒を避けたかったから。
彼女が家族との談笑に夢中になって以降は、その必要性がなくなったので、その手を止めたのだった。
「あ、アウロラ……」
扉を開けて、部屋を出れば、両端の騎士以外に、向こう側の壁の傍に立つ、先に出て行った筈のエステラ。
出てくるのを待っていたのだろうか。
此方に気づくと、有無を言わさずに近付いてきた。
---あぁ、面倒だ……。
さっさと宮殿へ戻りたかったのに、足止めくらう羽目になるとは、憂鬱でしかない。
頭痛も未だに緩やかに継続していて、気分も最低最悪である。
「ごめんね、アウロラ」
そんなアウロラの内心を知らないエステラは、綺麗なドレスの裾を握り締めて、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
心の中は、不安でいっぱいなのだろう。
その瞳は、先程とは違い、深い緑色に変化している。
「迷惑、だったよね?」
此方の様子を伺いながら尋ねてくるエステラに、アウロラは返答しなかった。
「あの日からずっと、会えなかったから……」
あの日とは、王宮で年に一度行われるデビュタントボールのことを指しているのであろう。
小説の中で、彼女が皇族として相応しい待遇を受けるようになったきっかけは、正にその日なのだから。
「ヴィオラからちゃんと聞いてたの。皇子は、皇女より学ぶべきことがたくさんあるから、会えないのは仕方ない。邪魔しちゃ駄目だって、そう言われてたのに--」
エステラは、間髪入れずに口を開く。
「お父様に、無理言ってお願いしたの。だから、ごめんなさい」
もう一度、謝罪をするエステラ。
アウロラにとっては、彼女の迷惑で謎しかない言動だった。
けれど、これまでに感じてきたが、無益な思考に割く脳はないと、思考せずにいた不可解な違和感の正体を見出せたような気がした。
少なくとも、皇帝のアウロラに対する扱いは、目に見えるほど粗略で、それは他の皇族にも言えることだった。
それにも関わらず、小説の中では、アウロラが死するまで、彼の取り巻く環境に気付くことはなかった。
「怒ってる、よね……?」
現に、沈黙を貫いていることが、怒りを覚えているのだと見当違いな勘違いをしている。
エステラは愚昧ではなかったが、鈍感ではあった。
拍車を掛けたのは、彼女の言動から鑑みても、ヴィオラと言う名の人物であることは明らかだ。
ヴィオラは、小説にも登場しているエステラの乳母であり、彼女から最も信頼されている人物でもある。
設定的に、アウロラの乳母でもあるそうだが、この世界でも恐らくそうであろうが、小説内では、常にエステラの傍に控えていた。
それを念頭に置いて考えれば、彼女がいかにエステラを溺愛し、アウロラを軽んじているのかが分かる。
実際、ヴィオラ自身が、アウロラに抱いている感情は不明ではあるが、エステラに対して吐く虚言には、アウロラに対する何らかの悪意にしか感じ得ない。
「……怒ってない」
その信頼が、エステラを無知にした。
そして、その無知さが、アウロラを死に至らしめた一因でもある。
---関係ないか……。
だが、今のアウロラにとって、それは、取るに足らない内容でしかない。
脳で理解することはできるのだが、残念ながら、感情移入することはできないのだ。
「だから、気にするな」
アウロラは、適当に無難な答えを返した。
面倒事を避けたかったのもあるが、緩やかな頭痛が激しくなり始めたからだ。
さっさとこの場から立ち去りたかった。
「本当?じゃ、じゃあ--」
踵を返そうとした瞬間、顔を喜色で満たし、瞳を金色に輝かせるエステラが、アウロラの衣服の裾を掴んできた。
---どうしてだろうか……?
メイドの見下した態度には何も思えなかったのに、彼女には、何故か、苛立ちを覚える。
もしかしたら、頭痛の所為なのかもしれない。
「そもそも、殆ど面識のない人間に思い入れなんてないだろ」
だからなのだろうか。
思わず、本音の一部が、口を突いて出てきてしまった。
「え……?」
アウロラは、はっ、と我に返り、エステラの方を向けば、呆然とした様子だった。
余計なことを言うつもりはなかった。
何故なら、厄介事が舞い込んでしまう可能性があり、それは、アウロラの本意ではないからだ。
けれど、二度も妨害されて、内心では焦燥が渦巻き、おまけに頭痛に苛まれる脳が、まともな回路を持つはずがなかったのだ。
---もう、いいか……。
はぁ、と思わず溜息が出てしまう。
今すぐに、発言を覆すことはできるだろう。
だが、最早、諦観の境地に辿り着いているからか、ほんの僅かですらも、その気力が湧いてこないのだ。
アウロラは、緩まった彼女の手を振り解き、踵を返して場を離れる。
正直、歩を進ませるその道が、正しい帰路なのかは不明だ。
だが、それでも、足を止めることはしなかった。
そんな中で、身体は激痛に襲われたりせずに安堵するも、まさか、朝食の時間で、こんな無駄な気力を使う羽目になるとは思わなかった。
だが、終わるときは、案外呆気ないものだった。
何の余韻もなく、皇帝が先に退出する。
その後に、皇女や皇子達が続いた。
エステラは、此方に物言いたげな様子であったが、それを皇女の呼び掛けによって、断念したようだった。
---…………。
ものの数分で、部屋の中が静寂に包まれる。
声が聞こえなくなって、アウロラは初めて立ち上がった。
スープは完食しなかった。
元々、壊滅的な味のスープを、それでも口にしていたのは、エステラが此方を気にかけて、その結果起こり得る面倒を避けたかったから。
彼女が家族との談笑に夢中になって以降は、その必要性がなくなったので、その手を止めたのだった。
「あ、アウロラ……」
扉を開けて、部屋を出れば、両端の騎士以外に、向こう側の壁の傍に立つ、先に出て行った筈のエステラ。
出てくるのを待っていたのだろうか。
此方に気づくと、有無を言わさずに近付いてきた。
---あぁ、面倒だ……。
さっさと宮殿へ戻りたかったのに、足止めくらう羽目になるとは、憂鬱でしかない。
頭痛も未だに緩やかに継続していて、気分も最低最悪である。
「ごめんね、アウロラ」
そんなアウロラの内心を知らないエステラは、綺麗なドレスの裾を握り締めて、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
心の中は、不安でいっぱいなのだろう。
その瞳は、先程とは違い、深い緑色に変化している。
「迷惑、だったよね?」
此方の様子を伺いながら尋ねてくるエステラに、アウロラは返答しなかった。
「あの日からずっと、会えなかったから……」
あの日とは、王宮で年に一度行われるデビュタントボールのことを指しているのであろう。
小説の中で、彼女が皇族として相応しい待遇を受けるようになったきっかけは、正にその日なのだから。
「ヴィオラからちゃんと聞いてたの。皇子は、皇女より学ぶべきことがたくさんあるから、会えないのは仕方ない。邪魔しちゃ駄目だって、そう言われてたのに--」
エステラは、間髪入れずに口を開く。
「お父様に、無理言ってお願いしたの。だから、ごめんなさい」
もう一度、謝罪をするエステラ。
アウロラにとっては、彼女の迷惑で謎しかない言動だった。
けれど、これまでに感じてきたが、無益な思考に割く脳はないと、思考せずにいた不可解な違和感の正体を見出せたような気がした。
少なくとも、皇帝のアウロラに対する扱いは、目に見えるほど粗略で、それは他の皇族にも言えることだった。
それにも関わらず、小説の中では、アウロラが死するまで、彼の取り巻く環境に気付くことはなかった。
「怒ってる、よね……?」
現に、沈黙を貫いていることが、怒りを覚えているのだと見当違いな勘違いをしている。
エステラは愚昧ではなかったが、鈍感ではあった。
拍車を掛けたのは、彼女の言動から鑑みても、ヴィオラと言う名の人物であることは明らかだ。
ヴィオラは、小説にも登場しているエステラの乳母であり、彼女から最も信頼されている人物でもある。
設定的に、アウロラの乳母でもあるそうだが、この世界でも恐らくそうであろうが、小説内では、常にエステラの傍に控えていた。
それを念頭に置いて考えれば、彼女がいかにエステラを溺愛し、アウロラを軽んじているのかが分かる。
実際、ヴィオラ自身が、アウロラに抱いている感情は不明ではあるが、エステラに対して吐く虚言には、アウロラに対する何らかの悪意にしか感じ得ない。
「……怒ってない」
その信頼が、エステラを無知にした。
そして、その無知さが、アウロラを死に至らしめた一因でもある。
---関係ないか……。
だが、今のアウロラにとって、それは、取るに足らない内容でしかない。
脳で理解することはできるのだが、残念ながら、感情移入することはできないのだ。
「だから、気にするな」
アウロラは、適当に無難な答えを返した。
面倒事を避けたかったのもあるが、緩やかな頭痛が激しくなり始めたからだ。
さっさとこの場から立ち去りたかった。
「本当?じゃ、じゃあ--」
踵を返そうとした瞬間、顔を喜色で満たし、瞳を金色に輝かせるエステラが、アウロラの衣服の裾を掴んできた。
---どうしてだろうか……?
メイドの見下した態度には何も思えなかったのに、彼女には、何故か、苛立ちを覚える。
もしかしたら、頭痛の所為なのかもしれない。
「そもそも、殆ど面識のない人間に思い入れなんてないだろ」
だからなのだろうか。
思わず、本音の一部が、口を突いて出てきてしまった。
「え……?」
アウロラは、はっ、と我に返り、エステラの方を向けば、呆然とした様子だった。
余計なことを言うつもりはなかった。
何故なら、厄介事が舞い込んでしまう可能性があり、それは、アウロラの本意ではないからだ。
けれど、二度も妨害されて、内心では焦燥が渦巻き、おまけに頭痛に苛まれる脳が、まともな回路を持つはずがなかったのだ。
---もう、いいか……。
はぁ、と思わず溜息が出てしまう。
今すぐに、発言を覆すことはできるだろう。
だが、最早、諦観の境地に辿り着いているからか、ほんの僅かですらも、その気力が湧いてこないのだ。
アウロラは、緩まった彼女の手を振り解き、踵を返して場を離れる。
正直、歩を進ませるその道が、正しい帰路なのかは不明だ。
だが、それでも、足を止めることはしなかった。
10
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
子育ては難しい~廃嫡した息子が想像の斜め上にアホだった件~
つくも茄子
ファンタジー
リオン王国には、バークロッド公爵家、アーガイル公爵家、ミルトン公爵家の三大公爵家が存在する。
三年前に起きたとある事件によって多くの貴族子息が表舞台から姿を消した。
各家の方針に従った結果である。
その事件の主犯格の一人であるバークロッド公爵家の嫡男は、身分を剥奪され、市井へと放り出されていた。
親のであるバークロッド公爵は断腸の思いで決行したのだが、とうの本人は暢気なもので、「しばらくの辛抱だろう。ほとぼりが冷めれば元に戻る。父親たちの機嫌も直る」などと考えていた。
よりにもよって、元実家に来る始末だ。
縁切りの意味が理解できていない元息子に、バークロッド公爵は頭を抱えた。
頭は良いはずの元息子は、致命的なまでに想像力が乏しかった。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
腹違いの妹にすべてを奪われた薄幸の令嬢が、義理の母に殴られた瞬間、前世のインテリヤクザなおっさんがぶちギレた場合。
灯乃
ファンタジー
十二歳のときに母が病で亡くなった途端、父は後妻と一歳年下の妹を新たな『家族』として迎え入れた。
彼らの築く『家族』の輪から弾き出されたアニエスは、ある日義母の私室に呼び出され――。
タイトル通りのおっさんコメディーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる