帝国の曙は、死を望む

葉薊

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第一章

1-5

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孤立した空間にいなければならない苦痛。
そんな中で、身体は激痛に襲われたりせずに安堵するも、まさか、朝食の時間で、こんな無駄な気力を使う羽目になるとは思わなかった。
だが、終わるときは、案外呆気ないものだった。

何の余韻もなく、皇帝が先に退出する。
その後に、皇女や皇子達が続いた。
エステラは、此方に物言いたげな様子であったが、それを皇女の呼び掛けによって、断念したようだった。

---…………。

ものの数分で、部屋の中が静寂に包まれる。
声が聞こえなくなって、アウロラは初めて立ち上がった。

スープは完食しなかった。
元々、壊滅的な味のスープを、それでも口にしていたのは、エステラが此方を気にかけて、その結果起こり得る面倒を避けたかったから。
彼女が家族との談笑に夢中になって以降は、その必要性がなくなったので、その手を止めたのだった。

「あ、アウロラ……」

扉を開けて、部屋を出れば、両端の騎士以外に、向こう側の壁の傍に立つ、先に出て行った筈のエステラ。
出てくるのを待っていたのだろうか。
此方に気づくと、有無を言わさずに近付いてきた。

---あぁ、面倒だ……。

さっさと宮殿へ戻りたかったのに、足止めくらう羽目になるとは、憂鬱でしかない。
頭痛も未だに緩やかに継続していて、気分も最低最悪である。

「ごめんね、アウロラ」

そんなアウロラの内心を知らないエステラは、綺麗なドレスの裾を握り締めて、どこか申し訳無さそうな表情を浮かべていた。
心の中は、不安でいっぱいなのだろう。
その瞳は、先程とは違い、深い緑色に変化している。

「迷惑、だったよね?」

此方の様子を伺いながら尋ねてくるエステラに、アウロラは返答しなかった。

「あの日からずっと、会えなかったから……」

あの日とは、王宮で年に一度行われるデビュタントボールのことを指しているのであろう。
小説の中で、彼女が皇族として相応しい待遇を受けるようになったきっかけは、正にその日なのだから。

「ヴィオラからちゃんと聞いてたの。皇子は、皇女より学ぶべきことがたくさんあるから、会えないのは仕方ない。邪魔しちゃ駄目だって、そう言われてたのに--」

エステラは、間髪入れずに口を開く。

「お父様に、無理言ってお願いしたの。だから、ごめんなさい」

もう一度、謝罪をするエステラ。
アウロラにとっては、彼女の迷惑で謎しかない言動だった。
けれど、これまでに感じてきたが、無益な思考に割く脳はないと、思考せずにいた不可解な違和感の正体を見出せたような気がした。

少なくとも、皇帝のアウロラに対する扱いは、目に見えるほど粗略で、それは他の皇族にも言えることだった。
それにも関わらず、小説の中では、アウロラが死するまで、彼の取り巻く環境に気付くことはなかった。

「怒ってる、よね……?」

現に、沈黙を貫いていることが、怒りを覚えているのだと見当違いな勘違いをしている。

エステラは愚昧ではなかったが、鈍感ではあった。
拍車を掛けたのは、彼女の言動から鑑みても、ヴィオラと言う名の人物であることは明らかだ。

ヴィオラは、小説にも登場しているエステラの乳母であり、彼女から最も信頼されている人物でもある。
設定的に、アウロラの乳母でもあるそうだが、この世界でも恐らくそうであろうが、小説内では、常にエステラの傍に控えていた。
それを念頭に置いて考えれば、彼女がいかにエステラを溺愛し、アウロラを軽んじているのかが分かる。
実際、ヴィオラ自身が、アウロラに抱いている感情は不明ではあるが、エステラに対して吐く虚言には、アウロラに対する何らかの悪意にしか感じ得ない。

「……怒ってない」

その信頼が、エステラを無知にした。
そして、その無知さが、アウロラを死に至らしめた一因でもある。

---関係ないか……。

だが、今のアウロラにとって、それは、取るに足らない内容でしかない。
脳で理解することはできるのだが、残念ながら、感情移入することはできないのだ。

「だから、気にするな」

アウロラは、適当に無難な答えを返した。
面倒事を避けたかったのもあるが、緩やかな頭痛が激しくなり始めたからだ。
さっさとこの場から立ち去りたかった。

「本当?じゃ、じゃあ--」

踵を返そうとした瞬間、顔を喜色で満たし、瞳を金色に輝かせるエステラが、アウロラの衣服の裾を掴んできた。

---どうしてだろうか……?

メイドの見下した態度には何も思えなかったのに、彼女には、何故か、苛立ちを覚える。
もしかしたら、頭痛の所為なのかもしれない。

「そもそも、殆ど面識のない人間に思い入れなんてないだろ」

だからなのだろうか。
思わず、本音の一部が、口を突いて出てきてしまった。

「え……?」

アウロラは、はっ、と我に返り、エステラの方を向けば、呆然とした様子だった。

余計なことを言うつもりはなかった。
何故なら、厄介事が舞い込んでしまう可能性があり、それは、アウロラの本意ではないからだ。
けれど、二度も妨害されて、内心では焦燥が渦巻き、おまけに頭痛に苛まれる脳が、まともな回路を持つはずがなかったのだ。

---もう、いいか……。

はぁ、と思わず溜息が出てしまう。
今すぐに、発言を覆すことはできるだろう。
だが、最早、諦観の境地に辿り着いているからか、ほんの僅かですらも、その気力が湧いてこないのだ。

アウロラは、緩まった彼女の手を振り解き、踵を返して場を離れる。
正直、歩を進ませるその道が、正しい帰路なのかは不明だ。
だが、それでも、足を止めることはしなかった。
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