帝国の曙は、死を望む

葉薊

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第一章

1-6

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記憶が定かではないが、無事、自身の荒れた宮殿に戻ってこれた。

---疲れた……。

寝衣に着替え、適当に結わいていただけの髪紐を解いた。
ベッドに横たわれば、蓄積していた疲労が一気に襲うような感覚に囚われる。
あれだけ無作為に起こった頭痛は、部屋に戻れば治まった。
どうやら、不快感を無理やり押し込めたからだけではなく、無意識下で精神的緊張状態になっていたことも原因の一端を担っていたようだ。

「……はぁ、」

着用していた衣服は、畳んで廊下に出しておいた。
部屋に入られて困ることはないが、今は自身の空間に人の気配がするだけでも億劫に感じる。
そもそも、メイドが衣服の存在を忘失しているかもしれない。
外に置いていた方が、遥かに回収される可能性があるからだ。
それに、敷地外に出る予定も無いし、必要があれば、メイドは来ざるを得ないだろうから、正直に言えば、もうあの衣服には用途がないのだ。

---失敗したな……。

目蓋を閉じれば、あの時の情景が、脳裏に広がる。
失言ではあったが、虚実ではないはずだ。

アウロラとエステラが、互いに顔を合わせたのは、あの日・・・が初めてであると、小説内の序盤に描写されている。
持ち主の記憶がないので、それが事実だとする明確な根拠はないのだが、アウロラには不必要なものだった。
最初から、それが必要なのであれば、人格が別物になった時点で、その内容の信憑性に疑念を持つべきなのである。
そもそも、考慮したところで、答えなど出るはずもないが。

---…………。

今は、何も考えたくない。
まだ、面倒事も厄介事も起こっていないのだ。
そもそも、発生しない可能性だってある。
気にするだけ時間の無駄だ。
何を考えようとも、なるようにしかならないのだから。

◇◇◇

「おいっ!!」

バンッと大きな音を立てて、扉が開く。
閉じていた目蓋を開いて、上体をベッドから起こす。
視線をその音の方向に移すと、短い薄紅色の髪と宝石のような瞳を赤く燃やす、アウロラより背の高い青年がいた。
腰には、身の丈にあった長剣を挿している。

「お前、どういうつもりだっ!!」

宝石の瞳は、皇族のみにしか持ち得ない。
そして、赤色とは、即ち怒りを表している。

---最悪だな……。

彼は、アウロラとエステラの二人とは違い、皇后の御子であり、正統な血筋を持つ三人の内の一人、スペルビア帝国の第二皇子だ。
名をソリュシアン=エメラルド=ディーウァ=クァエダム。
皇族の証たる宝石名を賜っているため、歳は16歳以上であるだろう。
極めて、無意味な情報だが。

---はぁ……。

説明を追加するならば、朝食の時間で、赤い瞳を此方に向けて、睨み付けていた人物でもある。
内心で溜息を吐きながら、アウロラはベッドから立ち上がった。

---早過ぎるだろ……。

あれからどれだけの時間が経過したのか、正確には分からない。
だが、窓をから差し込む陽の光は明るいし、その角度を見れば、夕方には程遠い午後であることが分かる。
たった数時間で、何が起こったというのか。

「どういうつもり、とは?」
「しらばっくれるなっ!エステラを泣かせただろっ!!」

全身で憤怒を表現したソリュシアンが、アウロラに近付くと、グイッとその胸元を無理やり強く掴み上げた。
なまじ身長差があり、強さもあるため、足の底が地面から離れるほど、軽々と持ち上げられる。

「……っ、」

掴み方が最悪だ。
首が締まって、肺に酸素が届かない。
息苦しくなって、アウロラは空中で足をばたつかせた。

「はっ!」

踠く姿が、余程無様に見えたのだろう。
ソリュシアンは、嘲りの含む声で笑って、まるで地面に叩きつけるかのように、その手を乱暴に振り解いた。

「……っ、は」

ドンッと鈍い音と共に、身体がずきずきとした鈍痛に襲われる。
だが、悶えるほどのものでもない。
唐突に解放された身体は、反射的に足りなくなった酸素を急いで取り込もうとして、ごほごほと咽せてしまう。
床に両手を付きながら、呼吸を整えて、ソリュシアンの言葉を思い出す。

---エステラが、泣いた?

全く身に覚えがないから、あの後に起こった出来事だろう。

---あの程度のことで……?

これは呆れを通り越して、最早笑うしかない、と思わず、片手で頭を抱えた。
だが、まずは、目の前の人間をどうにかしなければいけない。

「……申し訳ありません」

すぐさま彼の方向に両手を床に付かせて、頭を下げる。
釈明はせず、素直に謝罪するだけでいい。
自尊心の欠片もないアウロラにとって、土下座など何の損害にもならない。
これで、彼がこの場から消えてくれるのなら御の字である。

「……っ!」

ぎりぃ、と言う歯が軋む音が聞こえてくる。
ソリュシアンは何を思ったのだろうか。
それをアウロラは知る由もないし、別段知りたくもなかった。

「次は無いっ!!」

吐き捨てるように放つ言葉だった。
そして、次に此処から遠ざかるような足音が聞こえてくる。
完全なる無音になってから、アウロラは頭を上げた。
目の前には、もうソリュシアンはいなかった。

「…………はぁ、」

嵐は去って行った。
思わず、溜息を吐いてしまうのは、仕方がないことだろう。
開けられたままの扉からは、風が入ってくる。
アウロラはよろけながらも立ち上がって、その扉を閉めに行ったのだった。

◇◇◇
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