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第一章
1-7. side other
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---くそっ!!
こんな簡単に引き下がるはずではなかった。
きっちり、己の立場というものを分からせようと思っていたのに。
ソリュシアンは、内心で毒付きながら、廊下を足速に歩いた。
---最悪だっ!!
食堂から出たエステラが宮殿に戻らず、自身の片割れを待つと言ったときから心配だった。
それは、良い感情を持っていないという単純な理由だけではなく、ちゃんとした原因もあるのだが。
それが気掛かりで、踵を返して、エステラの元に向かえば、呆然と立ち尽くした様子で、静かに涙を流す彼女がいた。
時間や状況から、考えるまでもなく、アウロラが原因だと理解したソリュシアンは、怒りに身を任せようとしたが、止めたのはエステラ本人だった。
ソリュシアン自身も、まだ今日までに終わらせなければいけない課題があったために、その場は幕を閉じた。
だが、決して溜飲を下げたわけではなかった。
---あり得ないっ!!
あの方が死んでから、一度たりとも足を踏み入れなかった、今は見る影もない宮殿。
メイドや執事と言った使用人は数少ない。
一目で、管理が杜撰なのだと分かる。
だが、それがどうしたというのだ。
ソリュシアンにとって、昔とは違い、今は無価値な建物でしかなかった。
この場所に来たのも、アウロラに忠告するためだ。
アウロラの居場所は、すれ違ったメイドに聞いた。
内包した怒りを剥き出すかのように、まるで、扉を壊すような、勢いのある大きな音を立てながら、部屋の中に入ってみれば、ベッドの上で呑気に寝転がっていた、見窄らしい格好をした彼が、嫌でも目に入った。
皇帝に見放された穀潰しのくせに。
此方に気付いて、ベッドからゆっくりと立ち上がるその姿が、如何にも無神経に見えて、ソリュシアンは、更なる憤りを感じたのを覚えている。
---そんなことが……
怒りのままに、アウロラを掴み上げた。
苦しみ捥がくその無様な姿は、ソリュシアンを痛快な気分にさせた。
床に叩きつけるように、その手を振り解いたのも、個人的な鬱憤もあったが、どんな形であろうともエステラを傷付けた罰のつもりだった。
さて、どんな言い訳をするのか。
聞き入れる気などは、更々無かった。
どうせ、あの日と同じように、長々と媚びるように釈明をするだけだろう、と思っていたからだ。
だから、アウロラが、此方に一欠片の興味も示すことなく、芋虫のように床に蹲り、ただ淡々と謝罪をするなど、完全なる予想外の出来事だったのだ。
---あり得るわけがないっ!!
無感情で無関心な声だった。
その事実が、何とも言えない不快感を湧き上がらせる。
あの時のソリュシアンは、たった一言吐き捨てて、足早に離れることしかできなかった。
---認めない。
いや、認めたくはない。
認めてしまったら、何故か、足元を構築していた世界が崩壊してしまう気がするから。
「…………くそっ、」
ソリュシアンは、足早に動かしていた足を止めて、苛立ちをぶつけるかの如く、片手で舗装もされていない壁をドンッと力一杯叩いた。
もう片方の手で、自身の短い薄紅色の髪を掻き上げると、嫌な汗をかいていたことを知る。
「……っ、」
不意に、あの日のことを思い出す。
エステラとアウロラ、あの双子に、初めて出会ったデビュタントボールでの出来事を。
元々、あの方の死によって誕生した双子に対して、ソリュシアンも、皇帝や他二人の皇子と皇女同様に、内心を憎悪で渦巻かせていた。
それこそ、対面でもしたら、殺意を抑えられずに、本能のまま、殺害してしまうかもしれない、と思ったぐらいだ。
だが、それは、間違いだった。
そんな複雑な感情は、二人を目に入れた瞬間に四散してしまった。
いや、正確に言えば、綺麗に着飾ったエステラではなく、あの場に相応しくない、見窄らしい格好をしたアウロラを認識したとき。
他を寄せ付けない毅然とした態度に、強烈に惹かれたのを覚えている。
惹かれざるを得ない何かを、確かに感じたはずだ。
恐らく、皇帝や他二人も同じだったであろう。
スペルビア帝国の皇族の性質は、本人ですらも手に負えないぐらいの執着を持つ傾向にある。
そして、それが一度でも狙いを定めれば、未来永劫、不変であり不滅だ。
---そうだ。変わるはずがない。
アウロラからエステラに照準を移したきっかけは、彼が、故意にグラスの中身を、エステラの頭に掛けるという下劣な行為をして、尚且つ媚び諂いながら釈明したから。
激しい嫌悪感は、そのときに湧き上がってきた。
四散したはずの憎悪が塊となって、心を深く蝕ませるまで、そう時間は掛からなかった。
---おかしい……。
何故だ。
何故、今までこの異常性を不思議に思わなかったのだ。
---いや、違う。
深くは思考してはいけない。
この程度のことを、自身よりも思慮深く、聡明な皇帝やあの二人が気付いていないわけがないのだ。
ソリュシアンは、その混乱を極めた脳内を振り払った。
警告音が、どこからともなく聞こえるような気がするから。
こんな簡単に引き下がるはずではなかった。
きっちり、己の立場というものを分からせようと思っていたのに。
ソリュシアンは、内心で毒付きながら、廊下を足速に歩いた。
---最悪だっ!!
食堂から出たエステラが宮殿に戻らず、自身の片割れを待つと言ったときから心配だった。
それは、良い感情を持っていないという単純な理由だけではなく、ちゃんとした原因もあるのだが。
それが気掛かりで、踵を返して、エステラの元に向かえば、呆然と立ち尽くした様子で、静かに涙を流す彼女がいた。
時間や状況から、考えるまでもなく、アウロラが原因だと理解したソリュシアンは、怒りに身を任せようとしたが、止めたのはエステラ本人だった。
ソリュシアン自身も、まだ今日までに終わらせなければいけない課題があったために、その場は幕を閉じた。
だが、決して溜飲を下げたわけではなかった。
---あり得ないっ!!
あの方が死んでから、一度たりとも足を踏み入れなかった、今は見る影もない宮殿。
メイドや執事と言った使用人は数少ない。
一目で、管理が杜撰なのだと分かる。
だが、それがどうしたというのだ。
ソリュシアンにとって、昔とは違い、今は無価値な建物でしかなかった。
この場所に来たのも、アウロラに忠告するためだ。
アウロラの居場所は、すれ違ったメイドに聞いた。
内包した怒りを剥き出すかのように、まるで、扉を壊すような、勢いのある大きな音を立てながら、部屋の中に入ってみれば、ベッドの上で呑気に寝転がっていた、見窄らしい格好をした彼が、嫌でも目に入った。
皇帝に見放された穀潰しのくせに。
此方に気付いて、ベッドからゆっくりと立ち上がるその姿が、如何にも無神経に見えて、ソリュシアンは、更なる憤りを感じたのを覚えている。
---そんなことが……
怒りのままに、アウロラを掴み上げた。
苦しみ捥がくその無様な姿は、ソリュシアンを痛快な気分にさせた。
床に叩きつけるように、その手を振り解いたのも、個人的な鬱憤もあったが、どんな形であろうともエステラを傷付けた罰のつもりだった。
さて、どんな言い訳をするのか。
聞き入れる気などは、更々無かった。
どうせ、あの日と同じように、長々と媚びるように釈明をするだけだろう、と思っていたからだ。
だから、アウロラが、此方に一欠片の興味も示すことなく、芋虫のように床に蹲り、ただ淡々と謝罪をするなど、完全なる予想外の出来事だったのだ。
---あり得るわけがないっ!!
無感情で無関心な声だった。
その事実が、何とも言えない不快感を湧き上がらせる。
あの時のソリュシアンは、たった一言吐き捨てて、足早に離れることしかできなかった。
---認めない。
いや、認めたくはない。
認めてしまったら、何故か、足元を構築していた世界が崩壊してしまう気がするから。
「…………くそっ、」
ソリュシアンは、足早に動かしていた足を止めて、苛立ちをぶつけるかの如く、片手で舗装もされていない壁をドンッと力一杯叩いた。
もう片方の手で、自身の短い薄紅色の髪を掻き上げると、嫌な汗をかいていたことを知る。
「……っ、」
不意に、あの日のことを思い出す。
エステラとアウロラ、あの双子に、初めて出会ったデビュタントボールでの出来事を。
元々、あの方の死によって誕生した双子に対して、ソリュシアンも、皇帝や他二人の皇子と皇女同様に、内心を憎悪で渦巻かせていた。
それこそ、対面でもしたら、殺意を抑えられずに、本能のまま、殺害してしまうかもしれない、と思ったぐらいだ。
だが、それは、間違いだった。
そんな複雑な感情は、二人を目に入れた瞬間に四散してしまった。
いや、正確に言えば、綺麗に着飾ったエステラではなく、あの場に相応しくない、見窄らしい格好をしたアウロラを認識したとき。
他を寄せ付けない毅然とした態度に、強烈に惹かれたのを覚えている。
惹かれざるを得ない何かを、確かに感じたはずだ。
恐らく、皇帝や他二人も同じだったであろう。
スペルビア帝国の皇族の性質は、本人ですらも手に負えないぐらいの執着を持つ傾向にある。
そして、それが一度でも狙いを定めれば、未来永劫、不変であり不滅だ。
---そうだ。変わるはずがない。
アウロラからエステラに照準を移したきっかけは、彼が、故意にグラスの中身を、エステラの頭に掛けるという下劣な行為をして、尚且つ媚び諂いながら釈明したから。
激しい嫌悪感は、そのときに湧き上がってきた。
四散したはずの憎悪が塊となって、心を深く蝕ませるまで、そう時間は掛からなかった。
---おかしい……。
何故だ。
何故、今までこの異常性を不思議に思わなかったのだ。
---いや、違う。
深くは思考してはいけない。
この程度のことを、自身よりも思慮深く、聡明な皇帝やあの二人が気付いていないわけがないのだ。
ソリュシアンは、その混乱を極めた脳内を振り払った。
警告音が、どこからともなく聞こえるような気がするから。
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