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第一章
2-2
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「……は?」
口をついて出たのは、一文字だけ。
あまりにも予期もしていなかった男の言葉が、脳に伝達されるまで、ほんの数秒だけだが、時間が掛かってしまった。
だが、男は、そんなアウロラの様子など気にすることもなく、続けて口を開く。
「どうやったら、そんな滅茶苦茶でいられるんだ?」
一体、何が見えているのだろうか。
何かを探るようなその瞳の奥からは、僅かだが、純粋な好奇心が覗いている。
「……どういう意味だ?」
漸く、脳が正常な回路を取り戻せば、男に対しての疑問が、幾つか湧いてくる。
それでも、まず、男の問いに対して、質問で返したのは、真意が見えない以前に、二つの理由があったからだ。
「そのままの意味だ。当事者なら--」
一つは、アウロラには知識が無いこと。
正確に言えば、小説内で描写された以外の知識が。
それ故に、男の指し示す言葉が、例え、この身体を侵食する膨大な魔力のことや異なる器と中身、将又、その両方であり、若しくは、その両方でない、と分かったとしても、理解はしていない。
それら全てに等しく返答する手段がないのだ。
「いや、待てよ……」
そして、もう一つは、非常に単純且つ明瞭で、最たる理由でもあった。
アウロラは、この男に対する関心を持っていなかった。
自身では視認できない何かを、その眼で捉えて、付随する言葉を投げ付ける男。
確かに、疑問は生じるが、それはとても眇眇たるものに過ぎない。
決して引っ掛かりを感じるほどではないのだ。
「お前、何も知らないのか」
此方をじっ、と見続ける男は、どうやら、また何かが眼に入ったらしい。
綺麗だと思えた男の黒い瞳が、一瞬だけ妖しげに煌めいて見えた。
「あぁ、知らないな」
アウロラは動じることもなく肯定する。
何故なら、それは、純然たる事実であるからだ。
「……へぇ?」
男は、その形の良い口角を上げた。
何を考えているのかは分からないが、此方を見下ろす眼差しの中の、僅かながらに存在した、ただ純粋なだけだった好奇心が、何か別なものに変容したように感じる。
「教えてやろうか?」
好奇心と興味は、別物である。
故に、知りたいか、知りたくないか。
この二択しか存在しないのならば、当然前者を選択する。
「……その対価は?」
確かに、そこだけを切り取れば、男の提案は、好ましいものに思えるだろう。
「無知のくせして、聡いんだな」
愉しげに口元を歪ませる男に、アウロラは、一つ溜息を吐いた。
原因に結果が付随するように、願いには代償が存在する。
全ての事象には必ず繋がりがあり、個として独立したものはないのだ。
そもそも、この男には、善意の欠片すら感じない。
それ以前に、不相応に見えるのは、何故だろう。
「安心しろ。お前に不利益はない」
「……そうか」
「何だ?随分あっさりしてるんだな」
違う。そうではない。
ふと、自身の立場を理解しただけ。
これ以上の問答は、余計且つ無駄でしかないのだ。
「俺に、選択肢なんて無いだろ?」
相手は大人であり、小説内の用語で表すならば、所謂魔導師というものだろう。
対して、アウロラにあるのは、この最悪でしかない未成熟な身体と自身の魂、それに、使用することもできない膨大な魔力だけだ。
比べるまでもなく、力の差は歴然としている。
「……よく分かってるな」
言葉を理解して、表情を見る。
男にとっては、この無意味に繰り広げられている会話は、単なる暇潰しでしかないのだろう。
だが、不愉快にもならない。
そもそも、この男に動かす感情が無駄としか思えない。
「だが、嘘は言ってないぜ?」
男は、一拍置いてから続けた。
「寧ろ逆だ。多分、お前には得にしかならないだろ」
とてもではないが、信用できた言葉ではない。
信用する必要性は皆無であるが。
男が、その手の病気でもなければ、虚言を吐く理由はないだろう。
「……死にたいだろ、お前?」
その言葉に、アウロラは、一度だけ目蓋を開閉させながら、一つ息を吐く。
そして、ゆっくりと上体を起き上がらせた。
「あぁ、そうだな」
特段、驚くことでもない。
どうせ、何かが見えて、知ったのだろう。
アウロラは、地面に無造作に生えた芝を見つめながら、落ち着いた様子で肯定した。
「叶えてやるよ」
「それが対価か?」
「あぁ、そうだ。俺にも利があるからな」
なるほど、とアウロラは、ここで唐突に理解した。
「だから、嘘じゃないって言っただろ?」
この男は、此方を人間として見ていない。
いや、正確に言えば、実験や研究などに使用するモノとして見ているに過ぎないのだろう。
「……痛みはあるのか?」
非人道的である、と通常の感性を持った人間ならば、反発や非難をするのかもしれない。
だが、生憎と、アウロラに、そんなものは、一欠片として存在しない。
だいたいからして、拒否権がない時点で、受け入れる他に道はない。
加えて、アウロラとっては、苦痛さえ存在しなければ、死の在り方など何でもいいし、どうでもいいのだ。
それに--。
「どっちがいい?」
「無い方が」
顔を見上げれば、男と目が合った。
恐らくは、光を遮断するように立つ男の位置が要因だろう。
陽の光に反射して、顔が見えないということはなかった。
「……心配しなくても、俺に、人を甚振って愉しむ趣味はねーよ」
「そうか」
「それに、生憎と、お前を殺せる確実な方法も、まだないしな」
男は、妖しげな笑みを浮かべていた。
その表情を目に映しながら、アウロラは、無感動に、だろうな、とだけ思った。
口をついて出たのは、一文字だけ。
あまりにも予期もしていなかった男の言葉が、脳に伝達されるまで、ほんの数秒だけだが、時間が掛かってしまった。
だが、男は、そんなアウロラの様子など気にすることもなく、続けて口を開く。
「どうやったら、そんな滅茶苦茶でいられるんだ?」
一体、何が見えているのだろうか。
何かを探るようなその瞳の奥からは、僅かだが、純粋な好奇心が覗いている。
「……どういう意味だ?」
漸く、脳が正常な回路を取り戻せば、男に対しての疑問が、幾つか湧いてくる。
それでも、まず、男の問いに対して、質問で返したのは、真意が見えない以前に、二つの理由があったからだ。
「そのままの意味だ。当事者なら--」
一つは、アウロラには知識が無いこと。
正確に言えば、小説内で描写された以外の知識が。
それ故に、男の指し示す言葉が、例え、この身体を侵食する膨大な魔力のことや異なる器と中身、将又、その両方であり、若しくは、その両方でない、と分かったとしても、理解はしていない。
それら全てに等しく返答する手段がないのだ。
「いや、待てよ……」
そして、もう一つは、非常に単純且つ明瞭で、最たる理由でもあった。
アウロラは、この男に対する関心を持っていなかった。
自身では視認できない何かを、その眼で捉えて、付随する言葉を投げ付ける男。
確かに、疑問は生じるが、それはとても眇眇たるものに過ぎない。
決して引っ掛かりを感じるほどではないのだ。
「お前、何も知らないのか」
此方をじっ、と見続ける男は、どうやら、また何かが眼に入ったらしい。
綺麗だと思えた男の黒い瞳が、一瞬だけ妖しげに煌めいて見えた。
「あぁ、知らないな」
アウロラは動じることもなく肯定する。
何故なら、それは、純然たる事実であるからだ。
「……へぇ?」
男は、その形の良い口角を上げた。
何を考えているのかは分からないが、此方を見下ろす眼差しの中の、僅かながらに存在した、ただ純粋なだけだった好奇心が、何か別なものに変容したように感じる。
「教えてやろうか?」
好奇心と興味は、別物である。
故に、知りたいか、知りたくないか。
この二択しか存在しないのならば、当然前者を選択する。
「……その対価は?」
確かに、そこだけを切り取れば、男の提案は、好ましいものに思えるだろう。
「無知のくせして、聡いんだな」
愉しげに口元を歪ませる男に、アウロラは、一つ溜息を吐いた。
原因に結果が付随するように、願いには代償が存在する。
全ての事象には必ず繋がりがあり、個として独立したものはないのだ。
そもそも、この男には、善意の欠片すら感じない。
それ以前に、不相応に見えるのは、何故だろう。
「安心しろ。お前に不利益はない」
「……そうか」
「何だ?随分あっさりしてるんだな」
違う。そうではない。
ふと、自身の立場を理解しただけ。
これ以上の問答は、余計且つ無駄でしかないのだ。
「俺に、選択肢なんて無いだろ?」
相手は大人であり、小説内の用語で表すならば、所謂魔導師というものだろう。
対して、アウロラにあるのは、この最悪でしかない未成熟な身体と自身の魂、それに、使用することもできない膨大な魔力だけだ。
比べるまでもなく、力の差は歴然としている。
「……よく分かってるな」
言葉を理解して、表情を見る。
男にとっては、この無意味に繰り広げられている会話は、単なる暇潰しでしかないのだろう。
だが、不愉快にもならない。
そもそも、この男に動かす感情が無駄としか思えない。
「だが、嘘は言ってないぜ?」
男は、一拍置いてから続けた。
「寧ろ逆だ。多分、お前には得にしかならないだろ」
とてもではないが、信用できた言葉ではない。
信用する必要性は皆無であるが。
男が、その手の病気でもなければ、虚言を吐く理由はないだろう。
「……死にたいだろ、お前?」
その言葉に、アウロラは、一度だけ目蓋を開閉させながら、一つ息を吐く。
そして、ゆっくりと上体を起き上がらせた。
「あぁ、そうだな」
特段、驚くことでもない。
どうせ、何かが見えて、知ったのだろう。
アウロラは、地面に無造作に生えた芝を見つめながら、落ち着いた様子で肯定した。
「叶えてやるよ」
「それが対価か?」
「あぁ、そうだ。俺にも利があるからな」
なるほど、とアウロラは、ここで唐突に理解した。
「だから、嘘じゃないって言っただろ?」
この男は、此方を人間として見ていない。
いや、正確に言えば、実験や研究などに使用するモノとして見ているに過ぎないのだろう。
「……痛みはあるのか?」
非人道的である、と通常の感性を持った人間ならば、反発や非難をするのかもしれない。
だが、生憎と、アウロラに、そんなものは、一欠片として存在しない。
だいたいからして、拒否権がない時点で、受け入れる他に道はない。
加えて、アウロラとっては、苦痛さえ存在しなければ、死の在り方など何でもいいし、どうでもいいのだ。
それに--。
「どっちがいい?」
「無い方が」
顔を見上げれば、男と目が合った。
恐らくは、光を遮断するように立つ男の位置が要因だろう。
陽の光に反射して、顔が見えないということはなかった。
「……心配しなくても、俺に、人を甚振って愉しむ趣味はねーよ」
「そうか」
「それに、生憎と、お前を殺せる確実な方法も、まだないしな」
男は、妖しげな笑みを浮かべていた。
その表情を目に映しながら、アウロラは、無感動に、だろうな、とだけ思った。
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