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第一章
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他者による殺害はされたことがない。
だが、あらゆる手段を用いて、試した自死は、悉く失敗に終わっているのだ。
故に、微塵たりとも、期待はしていなかった。
そんな簡単に死が手に入るのなら、早々にこの世界から離脱している。
「とりあえず、」
男は、目の前に座り込む。
それによって、遮断されていた陽の光が降り注ぎ、追うようにして顔を下げたアウロラは、眩しさを感じて、一瞬だけ目蓋を閉じた。
「どっちでもいい。手を出せ」
何をされるかは、分からない。
幾つか推測することはできるが、その域は決して出ることはなかった。
だが、気力を奪うだけの警戒心は、持たないことにしている。
理由に関しても、大して興味が湧かなかったので、聞き出しもせず、素直に片手を差し出した。
そして、男は、その手首を無遠慮に掴んだ。
「……あ?」
「っ、うっ!」
驚くような男の表情が目に入った瞬間、唐突に、何かを吐き出した感覚を得た。
初めての感覚に呆然としてしまったが、口元を汚す不快感で、すぐに意識を取り戻す。
口内から溢れた液体が、自身の寝衣に赤い波紋を作る様子に視線を移せば、その正体に、アウロラは、思わず困惑を隠せなかった。
「……は?」
混乱する脳を、ゆっくりと落ち着かせていく。
何かの正体は、血液であった。
前触れが無かったので、恐らくは、身体が条件反射を起こしたのだと理解する。
いつもならば、激痛と共に、不快感が迫り上がってくるのに。
---無駄だ。
アウロラは、その思考を打ち切った。
どんなに巡らせようとも、答えが、自身の中には存在しないことを理解していたからだ。
それに、理由ならば、この異常を生み出したであろう原因の男に聞けばいいだろう。
そう思って、視線を移せば、何やら考え込んでいるようだった。
「おい」
「……」
どうやら、思考の渦からは逃れられないみたいだ。
一応、呼び掛けを試みるも、反応がない。
「……っ、」
それに、手首は、未だに掴まれたままだ。
付け加えて言うならば、どことなく力が強くなっている気がする。
決して、痛いというわけではないが、気のせいなのだろうか。
試しに、軽く腕を引いてみるも、びくともしない。
---まぁ、いいか……。
急用があるわけでもないので、質問はあとに回しても構わないし、無駄な体力は消費したくはない。
どうせ、掴んだままでいるのにも、何か理由があるのだろう。
無い可能性もあるが、答えが出ないものに、思考に割く時間など皆無である。
---まずは--。
もう片方の手で、汚れた口元を拭った際に、手の甲にべったりと付着した血液を見つめる。
口内に対しても、不快感を感じて、眉を顰めた。
幸にして、背後には水場がある。
不自由さはあれど、片手首を掴まれていても、身体を後ろに向くことはできるのだ。
「……ちっ、」
「ぅ、ぇっ!」
そう考えて、身体の向きを変える直前。
また、唐突に吐血をしてしまった。
だが、直近の二度目なので、最早、混乱はしない。
---舌打ちしたいのは、こっちだ。
理由は不明だが、苦痛や不快感は前兆的に現れないだけでなく、身体だけが反応しているのをみるに、どうやら、意識までに通達しないようである。
アウロラは、再び汚れてしまった口元を、今度は手の平で拭った。
冷静に思考を展開しながら、もう、確定的に原因である男に、視線を戻す。
「……なるほどな、」
「ぅっ!」
呟きの直後に、三度目の吐血は起こった。
愉しげに口角を上げる男が、嫌でも目に映る。
その姿に、ほんの少しでも、苛立ちを覚えてしまったのは、最早、条件反射である。
「……はぁ、」
どっ、と身体が疲労感に襲われて、アウロラは、思わず溜息を吐いた。
どうやら、無意識の吐血でも、体力は奪われるらしい。
無自覚に、疲労を蓄積させていたのが、三度目にして、ついに芽を出したようだ。
---最悪だな……。
ただでさえ、この身体には、体力が無いというのに、極めて迷惑な話である。
未だに、男の行っている具体的な内容も、それに準ずる理由も分からないが、早く終えて欲しいとだけ思う。
「ははっ、」
不意に、男が、可笑しそうに嗤って、手首を解放した。
四度目が無いことに、安堵を覚えるが、何故か、一発殴ってみようかという発想が、脳内に出現する。
原因は、恐らく疲労であろう。
「……はぁ、」
「あぁ、それ、どうにかしてやるよ」
アウロラは、思わず溜息を吐いた。
指し示されなくとも分かる、自身の惨状。
そんな光景に、何を思ったのか、いや、見るに堪えなかったのだろう。
男が指を鳴らせば、全ての汚れが、一瞬にして消え去ってしまった。
---これが、魔法か……。
知ってはいたが、実際に見るのは初めてだ。
ただ純粋に、凄いな、と思った。
何故か、感動はやって来なかったが。
そんな漠然とした感想を持っていれば、男が、言葉を投げ掛けてくる。
「一応、そのぐちゃぐちゃな回路は、調整しといてやったから」
「……回路?」
「まぁ、根本的な解決には、なってないけどな」
回路とは、正式には魔力回路というらしい。
空気中に存在する魔素を、魔力として変換させたり、許容量を越えた魔力を、自動的に体外に排出する機能を持つ器官で、本来、魔力を持つ者なら、必ず備わっているものだそうだ。
だが、あらゆる手段を用いて、試した自死は、悉く失敗に終わっているのだ。
故に、微塵たりとも、期待はしていなかった。
そんな簡単に死が手に入るのなら、早々にこの世界から離脱している。
「とりあえず、」
男は、目の前に座り込む。
それによって、遮断されていた陽の光が降り注ぎ、追うようにして顔を下げたアウロラは、眩しさを感じて、一瞬だけ目蓋を閉じた。
「どっちでもいい。手を出せ」
何をされるかは、分からない。
幾つか推測することはできるが、その域は決して出ることはなかった。
だが、気力を奪うだけの警戒心は、持たないことにしている。
理由に関しても、大して興味が湧かなかったので、聞き出しもせず、素直に片手を差し出した。
そして、男は、その手首を無遠慮に掴んだ。
「……あ?」
「っ、うっ!」
驚くような男の表情が目に入った瞬間、唐突に、何かを吐き出した感覚を得た。
初めての感覚に呆然としてしまったが、口元を汚す不快感で、すぐに意識を取り戻す。
口内から溢れた液体が、自身の寝衣に赤い波紋を作る様子に視線を移せば、その正体に、アウロラは、思わず困惑を隠せなかった。
「……は?」
混乱する脳を、ゆっくりと落ち着かせていく。
何かの正体は、血液であった。
前触れが無かったので、恐らくは、身体が条件反射を起こしたのだと理解する。
いつもならば、激痛と共に、不快感が迫り上がってくるのに。
---無駄だ。
アウロラは、その思考を打ち切った。
どんなに巡らせようとも、答えが、自身の中には存在しないことを理解していたからだ。
それに、理由ならば、この異常を生み出したであろう原因の男に聞けばいいだろう。
そう思って、視線を移せば、何やら考え込んでいるようだった。
「おい」
「……」
どうやら、思考の渦からは逃れられないみたいだ。
一応、呼び掛けを試みるも、反応がない。
「……っ、」
それに、手首は、未だに掴まれたままだ。
付け加えて言うならば、どことなく力が強くなっている気がする。
決して、痛いというわけではないが、気のせいなのだろうか。
試しに、軽く腕を引いてみるも、びくともしない。
---まぁ、いいか……。
急用があるわけでもないので、質問はあとに回しても構わないし、無駄な体力は消費したくはない。
どうせ、掴んだままでいるのにも、何か理由があるのだろう。
無い可能性もあるが、答えが出ないものに、思考に割く時間など皆無である。
---まずは--。
もう片方の手で、汚れた口元を拭った際に、手の甲にべったりと付着した血液を見つめる。
口内に対しても、不快感を感じて、眉を顰めた。
幸にして、背後には水場がある。
不自由さはあれど、片手首を掴まれていても、身体を後ろに向くことはできるのだ。
「……ちっ、」
「ぅ、ぇっ!」
そう考えて、身体の向きを変える直前。
また、唐突に吐血をしてしまった。
だが、直近の二度目なので、最早、混乱はしない。
---舌打ちしたいのは、こっちだ。
理由は不明だが、苦痛や不快感は前兆的に現れないだけでなく、身体だけが反応しているのをみるに、どうやら、意識までに通達しないようである。
アウロラは、再び汚れてしまった口元を、今度は手の平で拭った。
冷静に思考を展開しながら、もう、確定的に原因である男に、視線を戻す。
「……なるほどな、」
「ぅっ!」
呟きの直後に、三度目の吐血は起こった。
愉しげに口角を上げる男が、嫌でも目に映る。
その姿に、ほんの少しでも、苛立ちを覚えてしまったのは、最早、条件反射である。
「……はぁ、」
どっ、と身体が疲労感に襲われて、アウロラは、思わず溜息を吐いた。
どうやら、無意識の吐血でも、体力は奪われるらしい。
無自覚に、疲労を蓄積させていたのが、三度目にして、ついに芽を出したようだ。
---最悪だな……。
ただでさえ、この身体には、体力が無いというのに、極めて迷惑な話である。
未だに、男の行っている具体的な内容も、それに準ずる理由も分からないが、早く終えて欲しいとだけ思う。
「ははっ、」
不意に、男が、可笑しそうに嗤って、手首を解放した。
四度目が無いことに、安堵を覚えるが、何故か、一発殴ってみようかという発想が、脳内に出現する。
原因は、恐らく疲労であろう。
「……はぁ、」
「あぁ、それ、どうにかしてやるよ」
アウロラは、思わず溜息を吐いた。
指し示されなくとも分かる、自身の惨状。
そんな光景に、何を思ったのか、いや、見るに堪えなかったのだろう。
男が指を鳴らせば、全ての汚れが、一瞬にして消え去ってしまった。
---これが、魔法か……。
知ってはいたが、実際に見るのは初めてだ。
ただ純粋に、凄いな、と思った。
何故か、感動はやって来なかったが。
そんな漠然とした感想を持っていれば、男が、言葉を投げ掛けてくる。
「一応、そのぐちゃぐちゃな回路は、調整しといてやったから」
「……回路?」
「まぁ、根本的な解決には、なってないけどな」
回路とは、正式には魔力回路というらしい。
空気中に存在する魔素を、魔力として変換させたり、許容量を越えた魔力を、自動的に体外に排出する機能を持つ器官で、本来、魔力を持つ者なら、必ず備わっているものだそうだ。
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