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(31) 遠くからの手紙

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誰も知らない街の中での魔女と魔法使いの戦い。この世界に飛ばされた魔法使いたちは、自分の世界へ帰って行きました。

それから、数ヶ月後のお話です。

朝のキッチンで弁当を作る母親の側に立って、ラーメンを作る息子。母親が、聞いた。



「ねえ、太。昨日の夜、遅くまで起きてたわね。何してたの?」
「勉強に決まってるじゃん。学生だよ、僕は。」
「へー、勉強ねえ。アニメか動画でも観てたんじゃないの。」
「今日は、バイトの日だから。」
「そう、ちゃんと働くのよ。」
「分かってるって!」



出勤する母親の目が、壁に有る写真を見るのを太は気がついていた。あれは、叔父の芙蓉の写真だ。

芙蓉はマンションの部屋を解約して、姿を消したままだ。母親は知っている場所を探すだけ探して諦めたらしい。

太は、大学へ戻った。単位が危ないけど、留年も覚悟している。


「隅田くん、配達をお願い!」


大学の講義の後、カフェでのアルバイトも始めた。大学に行かなくなって親に迷惑かけた分、働こうと思ったのだ。

コーヒーの入ったポットを2つ持って、同じビルの上階にある会議室へ届ける。エレベーターに乗ると背広の男も乗って来た。


「お疲れ様です!」「お疲れ様です。」


元気よく挨拶すると、向こうも挨拶を返してくる。ここは、黒厳興産の持ちビルなので挨拶は厳守。そう、店長に教えられていた。

太はエレベーターを降りるまで、同乗している相手を観察する。


(背、高い。イケメン重役。確か、この会社の跡取りとか言ってたなあ。黒いスウツは、ブランド?高そー。ブラックカードだよな。きっと!)


会釈して降りて行く少年を見送った男は、ふっと笑う。


「今度は、壊さないように気をつけるから。」


そう、呟くのを太は知らなかった。









時計を見た太は、お菓子の袋を持って押し入れの前に立った。その時間になると、押し入れにドアが出現する。ドアを開けると顔見知りが待っているのだ。


「いらっしゃい、太くん!」「美味しい日本茶を持ってきてくれてる出来事にのかしら?」


太は頼まれていた玉露(ぎょくろ)茶とお菓子の袋をテーブルに置く。そこへ、パトリシアが現れた。


「皆、揃ったかい。じゃ、授業を始めようか。」


週に2回、パトリシアの用意するドアから太は通っていた。「夜の魔法学校」に。魔法使いの修行中です。

実は、パトリシアは太が召喚された後の記憶を閉じていた。太は、自分が女の子になって婚約した事を知らないのだ。





『記憶を封印した呪文』

あなた以外の男と婚約して結婚する(これを唱えないと解除できません)





今夜の「魔法学校」には、チーム「茹で玉子」のメンバー以外にお客様です。


「久しぶりだね、ふーちゃん。」


日に焼けた芙蓉が笑顔で顔を出す。病が消えて元気になった彼は、パトリシアの商いを手伝って旅に出たりと忙しい日々を送っている。

芙蓉が手紙を太に手渡した。こうやって預かった手紙を太が魔法で遠くの町のポストから投函(とうかん)するのだ。


「たまに、パトリシアさんに里織(元妻)の様子を映し出してもらうんだけど。タカ(幼馴染)と会ったりしてるらしいんだ。」


ちょっと寂しい顔で、少し嬉しそうに芙蓉は言う。

僕が居なくなっても、皆が幸せになって欲しいんだけど。
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