キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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きつねの夜這い 3

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「まってまって!」
「ちょっとちょっと!」

 人間の姿になった右近と左近が、左右から二人がかりで楓を羽交い絞めにする。
 拝殿の障子は目の前で閉まったきり、押しても引いても蹴っても叩いても開かない。

「落ち着いて、楓」
「この時間じゃあ、もうお城には入れないよ」

「でも、約束したものっ!」

 後で届けると言ったのは、楓なのだ。
 秋弦が待っているのに行かないなんて、そんなことはできない。

 楓は、知っている。

 十年前、秋弦は伊奈利山でなかなか来ない迎えをずっと待っていた。
 期待しては裏切られ、裏切られては期待して、ずっとずっとひとりぼっちで待っていたのだ。

「約束は破ってはいけないもの! なんとかに二言なしだものっ!」

「うーん、どうしてそう決まらないのかな」
「武士に二言なしって言いたいの? 楓は武士じゃなくて狐だけどね」

 楓は、揚げ足を取る二人をきっと睨みつける。
 右近と左近は呆れ顔だ。

「尻尾が四本あれば、大人なんじゃなかった?」
「普通はそうだけど、天狐の血が入っているから違うのかも?」
「葛葉さま、丸投げするのはやめてくれないかなぁ……」
「やっぱり、荒療治だけどなし崩しに攻めて、大いに揺さぶって、その拍子に思い出してもらうのが一番じゃないかなぁ」
「お殿さまも初心だしね」

 ぼそぼそと小声で相談していた二人は、楓の手から草餅の入った重箱を取り上げるとものすごい力で楓を押し倒した。

「楓。今から、とっておきの技を教えてあげる。お殿さまが、楓のことを離したくなくなるようにね」
「どんな男だってイチコロだよ。経験のないお殿さまなら一発で十分」
「でも、一歩間違うと、曲者として首を刎ねられるかもしれない」
「うまくできないと、お殿さまに嫌われるかもしれない」

 楓はごくりと唾を飲み込んだ。

 とっても危ないところへ足を踏み入れようとしている気がしたが、秋弦の傍にいられるのなら、楓は何だってするつもりだ。

 だって、十年前からずっと、つがいになるのは秋弦だけと決めていたのだ。

「それでもやる?」
「やってみる?」

 楓は、覗き込んでくる二対の黒い瞳を見上げながら、意を決して頷いた。
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