キツネつきのお殿さま

唯純 楽

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思い出と策略の日々 2

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 春之助は秋弦から目を逸らし、視線をさまよわせていたが、やがて強張っていた身体から力が抜けた。

「……わかりました」

 秋弦が掴んでいた手を離すと、立ち上がって乱れた着物を整える。

「すぐに、連れて参ります」

 青い顔できっぱり言ったものの、衿を直す手が震えているのを見て、秋弦はいつの間にか少し離れた場所で控えていた楓を呼んだ。

「楓。春之助と一緒に行ってくれるか?」

 楓が一緒に行けば、春之助も淨春院への私的な感情を堪えやすくなるだろう。

 それに、楓なら、淨春院の頑なな心を解すこともできるだろう。

 秋弦や春之助はもちろん、夫であった秋弦の父にも言わなかった真実を楓に語ったのだから。

『はい。秋弦さまのお役に立てるなら』

 楓はもちろんだと大きく頷いた。

 春之助はなんとも言えない表情で楓を見下ろしていたが、断っても無駄と悟ったらしい。苛立たしげな溜息を吐いて、受け入れた。

「日が暮れるまでに、戻ります」

◇◆

 春之助と楓を送り出してから、秋弦は別途父とお須磨の住まいへ使いをやった。

 きっと父は、あの文箱を処分していないだろうと思った。

 たとえそれが忌まわしいものであっても、母と直接繋がるものを父が手放せるはずがないと信じていた。

 案の定、大事にしまい込んであったのだろう。春之助が淨春院を連れて来るのとほぼ同時に、それは秋弦の下へ届けられた。

 日が沈み切る直前、誰の目にも触れないよう、西門から駕籠のまま城内へ入り、秋弦の寝所へと案内された淨春院は、形式ばった挨拶もなくコロコロと笑った。

「おやおや……ますます『異形』が際立ってきたようだねぇ? キツネのお殿さま」

 向き合って座った墨染の衣と白頭巾という姿の淨春院は、五年前と比べると少し痩せたようだが、健康そうだ。

 城の暮らしの煩わしさから解放されて、清々しているようにも見える。

「淨春院殿は、変わりないようで何よりだ」

「うるさく吠えたてる犬っころにまとわりつかれているけどねぇ。で、急に呼び出したからには、茶の一杯くらいはもらえるんだろうね?」

「ああ、もちろんだ」

 春之助がこめかみをピクピクさせながら、茶の湯を沸かしている様子をにんまり笑って見つめていた淨春院の視線が、床の間へ向けられた。

「あれも、馳走になりたいねぇ」
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