菊の華

八馬ドラス

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第一章

菊の土曜日

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菊の土曜日

麗華の所属している陸上部はたまに土曜日でも練習している。
麗華が部活に行っているときは、菊は基本的に暇になる。麗華は部活がないときは菊の家に上がってきて家から持ってきたもので遊んでいるが、それがないと自ら遊ぼうとは思わない。スマホを使うにしても、SNSを見て、同じキャラを線でつなげて消すゲームを少しやったらスマホでやることがなくなる。あとはテレビを見るか散歩をするぐらいである。だがこの時の菊は違った。

「よし、走ろう」

運動する気力が湧いたのである。原因はもちろん花見に行ったときだ。自分からあまり激しく動かなかったのは自覚していたが、ここまで体力が落ちていたとは思わなかった。

(子どものころは走るの好きだったんだけどな)

小学生くらいの時は外で遊ぶのが好きだった。周りの男子と走り回ったりボール遊びをしていたが、その熱も小学校を卒業したときに置いてきてしまった。それと入れ替わるかのように、麗華が陸上部に入って走っていた。あまり運動は得意な方ではなかったのにどういう風の吹き回しなのだろうと思っていた。最初は休日の麗華の練習に付き合っていたが、麗華の成長スピードについていけず、いつしか一緒に走らなくなってしまった。

(やっぱり散歩してるぐらいじゃ体力もつかないよな)

運動しやすい服に着替え、外に出ようとしたとき母さんも起きてきた。

「菊、朝からどこ行くの?」
「ちょっと外出てくる」
「へぇ、珍しいこともあるのね。普段は昼ぐらいからなのに」
「たまにはいいだろ、行ってきます」
「いってらっしゃい」

朝から外に出るのはいつぶりだろうか。外はとても天気が良く、絶好のランニング日和だ。さてどこを走ろうか。漠然と走ることしか考えていなかったので特に目的地になりそうなところがなかった。

「まあ適当にこの先まっすぐ行ってみるか」

家の前の道はそこそこまっすぐ伸びていてここから北向きに行けば学校があるが、学校の前を通るのは嫌なので逆方向の南向きにまっすぐ走ってみよう。こっちの方はあまり行くことはなかったな。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

きつくならない程度のペースで走る。

(こうすると走ってるだけで特に面白くないな。だから曲を聞きながら走っている人がいるんだな)

(このあたり大体住宅街なんだな、景色がほとんど変わらん)

(おー、あの人走るの早いな、あたしには無理だな...)

(ここ分かれ道か、ん-こっち)

などと見たものに対して何か感想を言うぐらいしかやることがなかった。ゆっくり走っている分まだ体力的にはまだ大丈夫だなと自分と相談しているところ、なんだか奥のほうに人が集まっているのが見えた。

(あれはなんだ?)

気になって行ってみると、金木神社という看板があった。奥に神社があり、その前に食べ物屋さんやらお土産屋さんが並んでおり、一つの観光名所になっていた。

「こんなところに神社なんてあったんだな」

適当に南向きに走っていただけなので試しに地図アプリを開いてみる。

「えっ、あたしこんな走ってたのか」

見ると5キロぐらい走っていた。気にせず走っていると案外分からないものだな。距離を自覚した瞬間どっと疲れがのしかかった。こうなるのであれば見ないほうがよかったかもしれない。このあたりならちょうどいいし一回休憩入れるかと近くのあいていたベンチに座った。

(あのアイスおいしそうだな、落ち着いたら食べるか)

家の近くの自販機で買ったジュースを飲み、一息ついた。こんな疲れを感じたのも久しぶりな気がする。体はだるいが気持ちのいいものだな。

「じー...」
菊は誰かに見られているような感覚を覚え背中がぞわっとした。

(なんか視線を感じる...)

そこだ、そっちだ、とあたりを見回すがこっちを見ている人はいない。
菊は不思議な思いながらも気のせいとし、しばらくベンチで一休みし、気になっていたアイスを食べて神社を見に行った。

「あの人やっぱり...」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

一通り神社を一周し、最初のベンチ近くまで戻ってきた。

「そろそろ帰るか」

時計を見ると昼をそこそこ過ぎていた。思っていたよりも金木神社の敷地が広かったので回るのに時間がかかった。このまま走っていけば、夕方前には家に帰れるだろう。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

神社の中を歩き回ったわりにはそこそこ走れていた。思っていたよりも体力が回復していたらしい。これも神様のおかげかな、とガラにもないことを思う。

(麗華のやつ、今頃何やってるんだろうな、当然部活か)

ふと麗華が頭の中に出てきた。もう特に考えることもなくなったからだ。麗華だったらこの道をどれくらいで走るだろう、何を考えてるだろう、あたしのペースが落ちたら煽ってくるだろうな、と麗華の走る姿を想像する。中学のころ一緒に走っていた姿、今の麗華の姿の両方が思い浮かぶ。どっちの姿も輝いていてまぶしいほどだったが、菊はその姿が好きだなと改めて自覚した。するとよく聞いた声が聞こえた。

「きくちゃ~ん!」
「れ、麗華!?」

家の前で麗華と出くわしてしまった。走ってると思われると恥ずかしいから、悟られないために無理やり平然を装った。

「ぶっ部活はどうしたんだよ?」
「早めに終わったの~。それよりも~」

麗華は何かを察し、懐かしむような笑顔になり、

「走ってたの?」

と見事に見抜いてきた。まあこんな汗だくなっていればそうだろうが無駄だと分かっていても取り繕った。

「たっただ散歩してただけだし」
「そんな汗だくになって?」
「暑かったんだよ」
「あ~確かに今日は暑かったねぇ~。私も汗すご~い」

なんとかごまかせたか、いやそんなわけないか。また何か言われると思ってかまえたが。

「今日は疲れたから帰るね~。じゃあね~」

特に何もなく手を振って帰っていった。何もなかったことに驚いたが、菊も疲れていたので家に帰った。


「おかえりなさい、なにしてたの?」
「散歩」
「そんな汗だくで?」
「母さんも同じこと言うなよ!」


続く
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