愛しのアリシア

京衛武百十

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ロボットメイド、アリシアの優雅な日常

アリシア、辞令を受けとる

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乗船してまず自分達の部屋に入った千堂は、自分の携帯端末に届いているメッセージのチェックを行った。その一つを見た千堂の顔がふっと柔らかくなった。そしてアリシアに向き直り、静かに言う。

「アリシア、本日付で君を、開発部メイトギア課、特別開発チームの主任に任命する」

「…え?」

と呆気にとられた表情をした彼女に、JAPAN-2ジャパンセカンド社からのアップデートの通知が届いた。それを確認すると、千堂が今言った内容と同じ文面と、JAPAN-2ジャパンセカンド社の正式な社員としての、それも開発部の一員としてのID及び、社員として振る舞うのに必要なデータが含まれていた。それに従いアップデートした瞬間、彼女は自分が本当にJAPAN-2ジャパンセカンド社の職員になったことを理解したのだった。

「私が、JAPAN-2ジャパンセカンド社の…」

両手で口を覆ったまま自分を見詰めるアリシアに対し、千堂は語り掛けた。

「書面としての正式な辞令は本社に帰ってからになるが、お前、いや、君も理解しただろう? 今から君は、私の部下でもあるっていうことだ。しかも、現時点では君一人の部署とはいえ、開発部の役職だからな。私とそう変わらない権限もある。君のIDを使えば、今、この船に乗ってるアリシアシリーズに対して命令だって出来る立場だ。責任重大だな」

その時の千堂の表情は、まさに娘の就職を喜ぶ父親のそれのようであった。穏やかで誇らしげでありながら、しかし毅然とした雰囲気も垣間見えた。そんな千堂に対し、アリシアは深々と頭を下げる。

「千堂アリシア、開発部メイトギア課、特別開発チーム主任の任、謹んで拝命いたします」

それから、乗船したらまず食事に行こうと約束していた廣芝達と合流し、その場で廣芝達に対してアリシアが開発部の役職に就いたことを告げた。

「おめでとうございます、アリシアさん!」

廣芝ひろしばが彼女の手を取り、本当に嬉しそうにそう言った。他の三人もアリシアの着任を祝福してくれた。彼女は照れ臭そうに笑い、頭を下げる。六人での夕食は、即席ではあるがアリシアの就任パーティーとなった。彼女は当然食べられないものの、千堂や廣芝達が自分を祝ってくれていることだけでも満たされる気がした。

食事を終えて千堂と二人でデッキに上がり、夜の海の風に吹かれる。人間の女性なら実にロマンティックな気分にもなれるところでも、アリシアにとっては塩分を含んだ風が自分に与える影響がついつい気になってしまっていた。それを気にしながらも千堂と二人きりになれたことは素直に嬉しかった。

港はもう遥か彼方となり、空を見上げればまるで作り物にさえ見えるほどの満天の星。

「おめでとう、アリシア」

改めて千堂にそう言われ、彼女はそれが自分の中に沁み込んでくるのを感じた。自分が千堂と同じ、JAPAN-2ジャパンセカンド社の職員となったことに浸る。

「千堂様、私、これからもっと、千堂様の為に頑張ります!」

そう言った彼女を、千堂が包み込むように見詰めていたのだった。



千堂とアリシアが、デッキで二人きりの時間を過ごしているちょうどその時、船倉の中では異変が起こっていた。食材が詰められたコンテナの中から、何者かが現れたのである。それは明らかに戦闘用のヘルメットとバイザー及び完全装備の戦闘服に身を包んだ人間だった。それが次々とコンテナの中から現れ整列し、たちまち二十人ほどの集団となる。

そしてコンテナが収納されていた保管庫が外から開けられ、その集団が外へと走り出し、全く迷いなくそれぞれの方向へと散らばっていった。間違いなく高度に訓練された者の動きだった。

その者達が去った後、ゆったりとした動きで最後に現れた者がいた。戦闘服の上からでも分かるがっしりとした頑健そうな肉体を持ち、ギラリと光を放つ、まるで野生の肉食動物のような目をした男だ。男は軽く体をほぐすような仕草を見せた後、口角を吊り上げて笑みの形を作り、しかし目は全く笑っていない状態で、呟くように言葉を発した。

「さあて、狩りを始めるとするか」



それは、船体後部の二等船室から始まった。その部屋にいた乗客が全員、何者かによって殺害されたのだ。しかも、その乗客が連れていたメイトギアは何もすることなく、ただその場に立ち尽くしているだけだった。その場に立ち尽くし、自分の主達の死体を見詰めているだけ。

それが一部屋ずつ、他の乗客や船員に知られることなく、静かに起こっていたのである。もちろんこの時間だとまだ、食事や船内で行われてるアトラクションを楽しむ為に船室に戻っていない乗客も多い。だが船室にいた乗客達は確実に殺害されていった。

異変が始まって三時間。それでも誰も気付いていないのか、船内は一見、平和そのものだった。だから余計に、がん細胞が体を蝕んでいくかのように静かに確実に侵蝕していくのが恐ろしい。

その時、一人の上品そうな中年の夫婦と思しき男女が、廊下を歩いてやってきた。男女はメイトギアを従えていた。フィーナQ2だった。だがその二人が自分達の部屋に入った瞬間、そこに潜んでいた何者かによって殺害された。一瞬の出来事だった。従えていたフィーナQ2は何も反応しなかった。いや、反応しかけたのだが、それが途中でキャンセルされたのだ。見れば、そのボディーに、極細のワイヤーで繋がった小さな端子が刺さっていた。それを通じて、フィーナQ2は待機状態を命じられていたのだった。

部屋に潜んでいた何者か達は音もたてずに移動し、次の部屋へと侵入。そうして次々乗客達を殺害していったのである。その者達がいた部屋には、乗客の死体と、頬に赤くバッテンが書かれたメイトギアだけが残されていた。

それにしても本当に誰も気付かないのだろうか? いや、気付けないようにされているのだ。この船には、コンシェルジュとしてフィーナQ3と男性型のメイトギア<ルシアンF5>がそれぞれ十機ずつ配備されていた。しかし、どちらも異変には気付いていなかった。船内の異変を知らせる信号が届いていないのである。何者かが船のシステムを乗っ取り、異常を知らせる信号が届かないようにされていた。

だが、この時、この船で恐らく唯一、異様な気配を察知している者がいた。千堂アリシアだった。先程から時折、緊急信号やそれに類するものが発せられてはキャンセルされるということが何度も続いていたのだ。その種の誤作動や、異常事態と判断してそのすぐ後にそうではなかったと確認されることで緊急信号がキャンセルされるということ自体はさほど珍しいことではない。ただ、今日はそれがあまりに頻繁している。そのことが言いようのない不安となって千堂アリシアを捉えていたのだった。

それ故アリシアは、いつも以上に自身の機能を入念にチェックしていた。もし何かあったとしても、自らが発揮しうる最大のパフォーマンスで対処する為だ。そんな彼女の前で、アクロバティックなショーが行われている。そこで千堂は、たまたま乗り合わせたニューカイロに本社を持つ企業の役員と、ショーを見ながら言葉を交わしていた。既に深夜だが、千堂の仕事はまだ終わっていなかった。

その瞬間、ズシン、と船体に振動が奔り抜けた。その場にいた人間達の多くは、アトラクションの演出だと思ったのだろう。特に反応する者はいなかった。だがアリシアは違った。それが間違いなく爆発物による爆破だと認識した。アトラクションの演出では有り得ない威力の爆発による振動だったからだ。そう判断したアリシアが緊急信号を発すると同時に、船内に非常用のアラームが鳴り響き、火災発生を知らせるアナウンスが始まった。

「現在、船内で火災が発生しております。乗客の皆様は、係員の指示に従い、落ち着いて行動していただけますよう、お願い申し上げます。現時点では重大な火災ではありません。慌てる必要はありませんので、落ち着いて行動していただけますよう、重ねてお願い申し上げます」

アリシアは、他のロボット達と情報を交換しつつ、自分がどう対処するべきかを検討し始めていたのだった。

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