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鼻歌

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次の一基は地下の配管が一部破損しており、蒸気が漏れて出力が安定しなかった。

「防護服はありますか?」

そう訊いたひめの前に持ってこられたのは、非常に旧式のそれだった。

「あはは、古いですね」

などとついまた失礼なことを口にしてしまうが、ある意味では無理もないことかもしれない。断熱性能がひめの知るモノとは格段に差があるからだ。実際、それを着ても人間では破損している蒸気配管に近付くこともできなかった。

「まあでも、これで十分です」

そう言ってひめは、自身の<メイド服>にも見える外装パーツのスカート部分を取り外した。すると、その下は補正下着のボディースーツのようにも見えるデザインが施されていた。しかしもちろん、『そう見える』というだけで本当の下着ではない。仁左じんざをはじめとした男性職員達が見ている前でも平然としている。それに、ここの過酷な環境で生き延びてきた人間達は、<恥じらい>などというものに拘る余裕もなかったので、男性職員はおろか女性職員達も特に気にしている様子もなかった。

なんにせよとにかく、ひめはその耐熱防護服を身に付けて、地下の蒸気配管のある区画へと、補修用の資材と工具を入れた大型のバックパックを背負って、自宅の地下室にでも入っていくかの如き気安さで下りていく。漏れた蒸気が充満するそこはすぐさま二百度を超え、耐熱防護服の中の温度すら六十度を超えた。この温度の中で人間が長時間作業すれば、容易く死に至る。ましてや極寒の環境に慣れた為に暑さに弱いここの人間達では五分と耐えられない。破損個所に辿り着く前に倒れてしまう。

それでも彼女は、鼻歌さえ歌いながら自ら破損した配管のところまで行き、修理を始めた。吹き出す蒸気を浴びると、防護服内の温度も百度を優に超えていたが、ひめの実用耐熱温度は百六十度なのでこれでもまだ余裕がある。

中に取り付けられていた監視カメラは湿気と熱で全て壊れていて仁左じんざ達は、防護服に付けられた無線から届く音声のみで様子を窺うしかなかったが、そこから終始聞こえてくる、自分達の知らない<歌>に、緊張しながらも聞き入ってしまっていた。

「はい、修理終わりました」

無線からひめのそんな声が聞こえてくると、その場にいた職員達の間から「おお…!」というどよめきにも似た低い歓声が湧きあがる。

なお、ひめがこの時、<鼻歌>を歌っていたのは、自分が無事であることを常に外の人間達に伝えるためというのもあったのだった。

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