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友人にして恩人

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 こうして新しい生活を始めた一真と琴美だったが、少し広くなり、しかも自分達を抑圧する者がいなくなったというのに、部屋の真ん中にユニット畳を敷きその上に置いた炬燵に収まって、二人してコーヒーを飲みながらスマホをいじっているだけだった。
 それでいて、
『イヤッホウ! 新生活ぅ~!』
『バリヨロ~!』
 などという、あまりにも現実のテンションと乖離したコメントを呟いていたりもした。
 ただしこれも二人にとっては普通のことなので、むしろ落ち着いた様子である。
 その調子で外が暗くなってきた頃、
『今から俺と沙奈子さなこ千早ちはやでそっち行くけど、大丈夫か?』
 とのメッセージが、一真のスマホに届いた。
『おう、大丈夫だ』
 琴美に目配せして確認を取った後、そう返信すると、三分も経たないうちに、玄関のチャイムが鳴らされた。
「こんばんは~!」
 笑顔で言いながら玄関に入ってくる結人ゆうとの背後に、二人の女性の姿。
「いよっ! ケーキ持ってきたぜ!」
『にしし♡』といった感じで笑みを浮かべながらそう言ったのは、ベリーショートの髪に真っ赤なメッシュを入れた、結人よりも背の高い、凛々しい感じの女性だった。
 ケーキ屋を営む彼女は、一真と琴美の新生活を祝うために、自身の手によるケーキを持参したのである。
 そしてもう一人、
「こんばんは、お邪魔します……」
 ケーキを手にした女性とは実に対照的な印象の、まるで日本人形のようにも見える、艶やかな黒髪を胸の辺りまで伸ばした、楚々とした女性の姿。風呂敷包みを持ったその左手薬指には、シンプルなデザインの指輪が光っている。
「いらっしゃい。あがって、どうぞ。狭いところだけど」
 結人からのメッセージが届いたと同時にエアコンで暖房を始めたことで全体があたたかくなった部屋に三人を招き入れる。
 今は、美嘉と共にノルウェーのオスロに滞在中だという大希ひろきを合わせたこの四人が、一真の高校自体からの<友人>であり、一真と琴美にとっては直接の<恩人>達だった。この四人と出逢ったことが、今に繋がっていると言えるだろう。
「千早さん! いらっしゃい!」
 琴美は、ケーキを手にした赤いメッシュの女性を出迎え、ケーキを受け取る。その表情は明るく、あどけない。彼女を<自分の家>に迎えられたことを喜んでいるのが分かる。
 琴美にとっては、
 <憧れの女性>
 だったからだ。そして、
「わあ~、かわいい♡ 素敵!」
 炬燵の上に置いたケーキの箱を開けて琴美が声を上げる。イチゴがまるで踊るように配されたガトーショコラを見てテンションが上がったようだ。
 先ほどまで、一真と二人だけだった時の冷淡な様子とは大違いな、それこそ、
 <普通の高校生の女の子>
 の姿がそこにあったのだった。

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