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込み入ったことを訊いて……

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「古隈さん……?」
 羅美の検診に付き添うために行った病院で、声を掛けられた。
「あ……どうも……」
 視線を向けた先にいたのは、仕事で訪れた時によく顔を合わす看護師だった。名前は確か、<島本>だったか…?
 名札を見ると確かに<しまもと>と書かれていた。
 島本は俺の隣にいる羅美をちらりと見て、
「娘さんですか?」
 と訊いてきた。まあ、俺の歳なら羅美くらいの娘がいても不思議じゃないし、牧島まきしまには実際、羅美と同級生の娘がいるしな。だから俺も、
「はい。わけ有って名字は違いますけど、娘です」
 と言っておいた。法律上は赤の他人だが、事実上今は俺が保護者だし、<言葉の綾としての娘>ってことでいいだろ。
 すると島本もいろいろ察したか、
「あ、ごめんなさい。込み入ったことを訊いて……」
 バツが悪そうに応えた。本来、病院なんかに勤めてるとそれこそいろんな事情を抱えた患者が来るだろうに、話の取っ掛かりだとしてもそういうのを訊くのは悪手だと思うぞ。俺は別に気にしないが。
 余計なことは一切口にせず、必要なことだけをするのが結局は吉だと俺は思う。明らかに虐待を窺わせる所見があったりしたら警察に通報するようには言われてるらしいが。
 実際、俺が担当してる他の病院でも、虐待の疑いがある子供が救急で担ぎ込まれてきてその場で警察に通報。母親とその彼氏が逮捕されたという話はあった。あん時はマスコミが取材に押し掛けててあれこれごたついて俺の仕事が後回しにされてムカついたな。
『病院にまで押しかけてんじゃねーよこのマスゴミが!!』
 とは、正直、思ってしまった。そこで騒動を起こしたらアレだから抑えたけどよ。
 とにかくここで島本が何か騒ぎを起こしてくれたら話的には盛り上がるのかもしれないが、それもノーサンキューだ。余計なことはしないでくれ。
 そして島本もそれからは事務的に対処してくれた。そもそも、産婦人科に来る未成年の女の子なんて、<触れられたくない事情>を抱えてるって考えた方がいいだろ。羅美は今回は妊娠で来てるが、普通の病気だって一般の内科とかじゃなくて産婦人科に来るようなそれなら、触れられたくないってのが普通じゃないか?
 島本は経験の浅い看護師らしいが、その辺りもわきまえた方がいいと思うぞ。でないと必要のない厄介事を起こすかもしれないし。
 さらにそこに、
「古隈さんと羅美さんですか…?」
 スーツ姿の中年女性が声を掛けてきた。
「私、この度改めて羅美さんの担当をさせていただくことになりました森本と申します」
 児童相談所の職員であることを示す名札を掲げながらその女性は頭を下げたのだった。

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