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さあ、今日はどこに出掛けようかな
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『好きでもない男の子供を育てる』
ってのが、羅美に与えられた罰だと俺は思う。好きな男、愛している男の子供ならまだしも、そうじゃない男の子供育てなきゃならないってのは、<愚かな行いに対する罰>としちゃ、上等すぎるぐらい上等だろ。
ただ、同時に、誠一は<羅美に罰を与えるための道具>ってわけじゃないから、もし羅美が誠一を虐待しようとするようなら、きっちり引き離すさ。それとこれとは話が別だ。<臨機応変>って言葉を使いたがる奴は、これもそういうことの一つだと理解しやがれ。
その一方で、自分の気に入らない相手を痛めつけたがる奴は、てめえの個人的な主観が正道ってわけじゃねえってのを理解しやがれ。
ま、そもそも罰っていうのは本人が反省しなきゃ罰になんねえからな。
その点、羅美は自分の行いをしっかりと反省している。てか、誠一を産む時に大変な思いをした時点で罰はもう終わってると思うんだけどな。
そうして、羅美と俺は、誠一を育てた。
もちろん決して楽じゃなかったが、俺としては、長女の時にはほとんど関わることがなかったから、誠一が人間として成長していく様子を間近で見ることができた上に、
『赤ん坊も間違いなく人間なんだ』
ってことを改めて確認できて楽しかったよ。まあ、実質的には歳の離れた姉弟を育ててるようなもんだったのも事実か。
でも、よかった。本当に充実した八年間だった。
誠一は、それこそ、
<絵に描いたような悪ガキ>
には育たず、ややおとなしいが、少なくとも他者を傷付けて平気な顔をしてられるような子供にはならなかったよ。
そりゃそうか。言葉を覚えるのと同時に俺の振る舞いを見て、
<人間としての在り方>
も学んだんだからな。俺がやってるのと変わらない接し方をするようになっただけだ。ちょっとばかり、
<子供らしい未熟さ>
はありつつも。
でも……
でも、そんな誠一も今はもうこの部屋にはいない。羅美もいない。以前のように俺は一人暮らしに戻ってた。
それと言うのも、二年をかけて残りの単位を取得、通信制高校を卒業して晴れて<高卒>になった羅美は、近所の洋菓子店で働き出してな、そこの店主の息子と結婚したんだ。そして今は、誠一も一緒にその息子の家で暮らしてる。
『血の繋がらない子供なんか愛せるわけがない!』
とか言う奴もいるだろうが、それは自分の親を見て、類に呼ばれた友として集まった周囲の大人を見てそう思うだけだろう? 俺が誠一をきちんと人間と見做して接したのと同じことができる奴は、そりゃ他にもいるさ。
<自分の子供という以前に、愛する女が生んだ人間>
として接することができれば何の問題もない。
何より、羅美自身が彼にとって愛せる人間になってたというだけの話だしな。大虎だった頃の彼女じゃさすがに選んでももらえなかっただろう。加えて羅美自身、誠一のことを<自分の子供>という以前に<一人の人間>として接することができるようになったんだ。
<自分が生んだ、自分がどうにでも思い通りにできるモノ>
としてじゃなく、<自分とは別の一人の人間>としてな。
ちなみにその洋菓子屋は工藤の女房のお気に入りだそうで、ちょくちょく顔を出しては羅美の様子を確かめて俺に教えてくれる。その工藤も、四年をかけて通信制高校を卒業した。
双方の親族数名だけを招いて行われた小さな結婚式の日、安物のレンタルとは言え純白のウエディングドレスに包まれて、
「今日までありがとう、お父さん……」
せっかくのメイクが崩れちまいそうなほどボロボロと泣きながら言ってくれた羅美に、俺も不覚にも泣いちまってたよ。
「バカヤロウ……父親を泣かせるんじゃねえよ、この不良娘がよ……」
もっと気の利いたことを言ってやりたかったのに、出てきた言葉はそれだった。けど、俺にとっては一番素直なものだったと思う。
それでもう、すべてが報われた気がした。
これで、<大虎と呼ばれた頭のおかしい娘>の話は、終わりだ。後はもう、
<羅美という妻であり母親である普通の女>
の話が続くだけだし、俺はそこにはほとんど関わることはないだろう。羅美の夫になった男は、彼女の過去も知った上で選んでくれたんだしな。
あと、今の羅美を継父と実母が見たところで自分達の娘とは気付かないだろう。顔つきまですっかり別人になってたし、羅美の方から関わることもない。その辺りは栗原が上手くやってくれたそうだ。
そんなわけで、残るは俺のことだが、今日は長女の二十歳の誕生日でな。近所の喫茶店で顔を合わすことになったんだ。そこで、
「お父さん。今まで養育費、ありがとう。だけどもう要らないから。でもその代わり、お父さんと面会するのもこれで最後だから」
きっぱりと告げられた。ただしこれも、予測してたことだし、言われていい気分じゃなかったのも事実ではありつつ、別にいいさ。長女にとっての俺は、そう言いたくなるような父親でしかなかったんだからな。
こうして俺のところに残ったのは、以前と同じく愛車の、
<TN360型バモスホンダ(バモス4)>
だけだった。
だが、それでいい。それで十分だ。この、
<最高にバカになれるバカな相棒>
が俺にはお似合いだよ。
羅美も誠一も前妻も長女も、一時、俺の人生と交わっただけの、
<自分じゃない人間>
だ。
「コグマって本当に不器用な奴だね」
牧島にはそう呆れられたが、ふふん、それは俺にとっちゃ誉め言葉だ。
さあ、今日はどこに出掛けようかな。
~了~
ってのが、羅美に与えられた罰だと俺は思う。好きな男、愛している男の子供ならまだしも、そうじゃない男の子供育てなきゃならないってのは、<愚かな行いに対する罰>としちゃ、上等すぎるぐらい上等だろ。
ただ、同時に、誠一は<羅美に罰を与えるための道具>ってわけじゃないから、もし羅美が誠一を虐待しようとするようなら、きっちり引き離すさ。それとこれとは話が別だ。<臨機応変>って言葉を使いたがる奴は、これもそういうことの一つだと理解しやがれ。
その一方で、自分の気に入らない相手を痛めつけたがる奴は、てめえの個人的な主観が正道ってわけじゃねえってのを理解しやがれ。
ま、そもそも罰っていうのは本人が反省しなきゃ罰になんねえからな。
その点、羅美は自分の行いをしっかりと反省している。てか、誠一を産む時に大変な思いをした時点で罰はもう終わってると思うんだけどな。
そうして、羅美と俺は、誠一を育てた。
もちろん決して楽じゃなかったが、俺としては、長女の時にはほとんど関わることがなかったから、誠一が人間として成長していく様子を間近で見ることができた上に、
『赤ん坊も間違いなく人間なんだ』
ってことを改めて確認できて楽しかったよ。まあ、実質的には歳の離れた姉弟を育ててるようなもんだったのも事実か。
でも、よかった。本当に充実した八年間だった。
誠一は、それこそ、
<絵に描いたような悪ガキ>
には育たず、ややおとなしいが、少なくとも他者を傷付けて平気な顔をしてられるような子供にはならなかったよ。
そりゃそうか。言葉を覚えるのと同時に俺の振る舞いを見て、
<人間としての在り方>
も学んだんだからな。俺がやってるのと変わらない接し方をするようになっただけだ。ちょっとばかり、
<子供らしい未熟さ>
はありつつも。
でも……
でも、そんな誠一も今はもうこの部屋にはいない。羅美もいない。以前のように俺は一人暮らしに戻ってた。
それと言うのも、二年をかけて残りの単位を取得、通信制高校を卒業して晴れて<高卒>になった羅美は、近所の洋菓子店で働き出してな、そこの店主の息子と結婚したんだ。そして今は、誠一も一緒にその息子の家で暮らしてる。
『血の繋がらない子供なんか愛せるわけがない!』
とか言う奴もいるだろうが、それは自分の親を見て、類に呼ばれた友として集まった周囲の大人を見てそう思うだけだろう? 俺が誠一をきちんと人間と見做して接したのと同じことができる奴は、そりゃ他にもいるさ。
<自分の子供という以前に、愛する女が生んだ人間>
として接することができれば何の問題もない。
何より、羅美自身が彼にとって愛せる人間になってたというだけの話だしな。大虎だった頃の彼女じゃさすがに選んでももらえなかっただろう。加えて羅美自身、誠一のことを<自分の子供>という以前に<一人の人間>として接することができるようになったんだ。
<自分が生んだ、自分がどうにでも思い通りにできるモノ>
としてじゃなく、<自分とは別の一人の人間>としてな。
ちなみにその洋菓子屋は工藤の女房のお気に入りだそうで、ちょくちょく顔を出しては羅美の様子を確かめて俺に教えてくれる。その工藤も、四年をかけて通信制高校を卒業した。
双方の親族数名だけを招いて行われた小さな結婚式の日、安物のレンタルとは言え純白のウエディングドレスに包まれて、
「今日までありがとう、お父さん……」
せっかくのメイクが崩れちまいそうなほどボロボロと泣きながら言ってくれた羅美に、俺も不覚にも泣いちまってたよ。
「バカヤロウ……父親を泣かせるんじゃねえよ、この不良娘がよ……」
もっと気の利いたことを言ってやりたかったのに、出てきた言葉はそれだった。けど、俺にとっては一番素直なものだったと思う。
それでもう、すべてが報われた気がした。
これで、<大虎と呼ばれた頭のおかしい娘>の話は、終わりだ。後はもう、
<羅美という妻であり母親である普通の女>
の話が続くだけだし、俺はそこにはほとんど関わることはないだろう。羅美の夫になった男は、彼女の過去も知った上で選んでくれたんだしな。
あと、今の羅美を継父と実母が見たところで自分達の娘とは気付かないだろう。顔つきまですっかり別人になってたし、羅美の方から関わることもない。その辺りは栗原が上手くやってくれたそうだ。
そんなわけで、残るは俺のことだが、今日は長女の二十歳の誕生日でな。近所の喫茶店で顔を合わすことになったんだ。そこで、
「お父さん。今まで養育費、ありがとう。だけどもう要らないから。でもその代わり、お父さんと面会するのもこれで最後だから」
きっぱりと告げられた。ただしこれも、予測してたことだし、言われていい気分じゃなかったのも事実ではありつつ、別にいいさ。長女にとっての俺は、そう言いたくなるような父親でしかなかったんだからな。
こうして俺のところに残ったのは、以前と同じく愛車の、
<TN360型バモスホンダ(バモス4)>
だけだった。
だが、それでいい。それで十分だ。この、
<最高にバカになれるバカな相棒>
が俺にはお似合いだよ。
羅美も誠一も前妻も長女も、一時、俺の人生と交わっただけの、
<自分じゃない人間>
だ。
「コグマって本当に不器用な奴だね」
牧島にはそう呆れられたが、ふふん、それは俺にとっちゃ誉め言葉だ。
さあ、今日はどこに出掛けようかな。
~了~
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