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宿角健雅

責任の所在

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まるで暴君のように家を支配していた宿角将全すくすみしょうぜんであったが、病に倒れ半身が不自由になり、後妻であるさとの献身的な介護を受けると、まるで人が変わったかのように穏やかな顔をするようになった。それはもしかすると、さとの機嫌を損ねて見捨てられると自分は生きていけないということを悟ったからなのかもしれない。

そんな突然の父の変貌に戸惑いつつも、心を入れ替えてくれたのなら敢えて噛み付く必要もないと、既に先代の杜氏の仕事の殆どを引き継ぎ、実質的な杜氏として酒造りを取り仕切っていた三男の隆三りゅうぞうは父親のことを受け入れようと心に決めていた。

しかし、父親が半身不随の哀れな姿になったと知った長男の健剛けんごうが突然現れ、

「これでてめえもお終いだなあ!? 後は俺がこの家を受け継いでやるからよ! 安心してくたばりな!!」

と罵ったのだった。

だがもちろん、健剛に真っ当に造り酒屋としての家を継ぐ意思などなかった。財産を食い潰し家業を滅茶苦茶にして、宿角すくすみの家そのものを途絶えさせることこそが狙いだった。

それを察した将全は様々な人間に手を回し、宿角の家督は三男の隆三に継がせることを決め、健剛を徹底的に排除した。

「お前など、儂の子供ではないわ!!」

さとに支えられてようやく病床から身を起こした将全は、渾身の力を振り絞ってそう一喝したという。

誰からも嫌われていた健剛の味方をする者は一人もおらず、蔵人くらびとや親戚すべての総意として家督を三男の隆三に譲ることが決まり、健剛は絶縁を申し渡されて追い出されることとなった。

だがそれで健剛の恨みが治まる筈もなく、それどころかますます宿角家への憎悪を募らせて、

「俺の呪いで貴様らを地獄に落としてやる…!」

と言い放ち、姿を消したのだった。

こう書けば、殆どの人間は、健剛の単なる逆恨みであり、彼にこそすべての責任があると考えるだろう。

しかし本当にそうなのだろうか? 彼の母である清江きよえを虐げ死に至らしめた将全に罪はないのだろうか?。幼い彼の目の前で母親を暴力で打ちのめし、自身の暴力が原因で清江が死んだにも拘らず不摂生をした清江にすべての責があると貶めて遺骨を墓にも入れさせないようにした将全は、その罪を購いも償いもしていなかったのではないのか?

それらの事実に目を瞑り、元々は被害者であった筈の健剛だけにすべての責任を擦り付けて放逐したことが、本当に正しいことであったと言えるのだろうか?

将全はその後、八十にして永眠するのだが、結局、清江やさとに迷惑を掛けた事実について一言も詫びることさえなかったのだという。

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