死の惑星に安らぎを

京衛武百十

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『星歴2007年10月29日。ここまで観察してきたが、彼らは本当に知能というものがないようだった。段差を超えられないというのも、階段などは這って登れば上がれるだろうに、彼らは段差につまづいて倒れても、わざわざ立ち上がろうとするのだ。だから上ることができない。しかも何度も何度も同じ動作を繰り返すだけだ。学習するということができないらしい。

サオリも、そんな彼らの仲間になってしまったのが悲しかった。いや、サオリの姿形をしていても、あれはもう私が愛した彼女ではない。バリケードの向こうで私達の姿を見付ける度に近寄ってきては、こんな隙間だらけの簡単なバリケードすら潜り抜けて入ってこられないその姿を見ているうちに、それが実感できてしまった。

だから私は、彼女を撃った。あんな浅ましい姿のまま、知性の欠片もない行動をひたすら繰り返すだけなのを放っておくのに耐えられなくなったのだ。それにもう、私を止めるメイトギアもいない。

銃は、事務所にあった護身用と思われるものだった。銃弾は百発入りが一箱しかなかったから無駄にはできないが、だからこそ彼女の為に使いたいと思った。

さすがにアンナには私が母親を撃つところを見せたくなかったので、彼女がまだ寝ている間に、服で包んでなるべく音をさせないようにして、かつ一発で確実に仕留める為にバリケードのすぐ傍まで行き、サオリの姿形をしたそれの頭を撃った。

私の狙いは見事に的中し、サオリの姿形をしたそれは一撃で動きを止めた。私はさっそくバリケードを潜り抜けて外に出て、動かなくなったそれをバリケードからは見えない位置にまで引きずっていった。そして服と髪を整えて手を胸の前で組ませると、それはようやく私の愛したサオリに戻った。それを見た瞬間、私の目から涙が溢れた。

胸が締め付けられるのを感じ、私は声を殺して泣いた。彼女が死んだのだと、やっと実感できた気がした。

しかしこのフロアに残っていた彼らが私の姿に気付いたらしく集まってきてしまい、感傷に浸る暇もなく私はバリケードの中へと戻った。

サオリの姿形をしたそれ以外の彼らは殆ど階下に突き落としてやった筈だったのだが、こちらからは見えない位置にいた連中だったのだろう。

彼らは動く生き物しか襲わないらしいので、サオリが彼らに襲われることはない筈だ。それだけが救いだった。

結果としてバリケードのところに新しい彼らをおびき寄せることになってしまったが、私にとっても今日は区切りの日となったと思う。

そして今日から、新しい毎日をアンナと共に生きるのだ』

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