死の惑星に安らぎを

京衛武百十

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喪失と回復

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『星歴2007年11月12日。数日前からアンナが体調を崩し、まだ回復する様子が見えない。様子がおかしくなったのを見て最初はとうとうこの子もかと不安になったが、どうやらそういうのとは違うようだ。ただの風邪かも知れないものの、熱が高い。モールの自家発電はまだ生きてるので冷蔵庫も使えているし、保冷剤で体を冷やすことはできているが、解熱剤辺りが欲しいところだ。

だから、薬局まで薬を取りに行こうと思う。薬局は確か一階だった。その間、この子を一人にしてしまうことになるが、寝ている間に行ってくれば寂しくもないだろう。

また、彼らは、夜はあまり活動しないようなので、今夜、行くことにした。

水分は十分に摂らせている筈だが、食事があまり摂れないからか、アンナは痩せてしまったように見える。それが痛々しくて可哀想で、胸が締め付けられた。このくらいの熱ならば、本来、医者に見せればすぐの筈なのに、そういう便利なものが失われると人間というのはこんなにもか弱いものなのかというのを思い知らされる』



『星歴2007年11月13日。日付が変わり、アンナは眠ったようだ。寝られるということはまだ大丈夫だと思うが、やはり心配なので薬局まで薬を取に行くことにする。早くまた元気な姿を見せてほしい。

アンナ。愛してる』



日記はそこで終わっていた。恐らく、薬局まで薬を取りに行こうとしてそこで何かがあり、結局、戻ってこれなかったのだろう。メイトギアには涙を流す機能はないし心もないが、タリアP55SIはその日記を読んで泣いているような表情をしていた。

今日は星歴2017年6月15日。この日記が本当で、この少女が日記の中のアンナだとするならば、彼女はそれから十年近く、たった一人でここで生きてきたということなのだろう。それがもはや奇跡にも等しい幸運であったことは分かっても、実際にどれほど過酷なことであったのか、ロボットであるタリアP55SIには推測することさえできない。

だがそれ故に、タリアP55SIは冷静に対応することができた。掃除を全く行わなかったからであろうゴミが散乱した劣悪な環境だったそこを、メイトギアの本来の役目を果たしたちまち綺麗にした。客用のトイレは詰まったり汚れたりすると次のトイレを使うようにしていたらしいのを徹底的に清掃し、本来の清潔なものへと戻してみせた。その間、タリアP55SIはどこか楽しげだった。なぜならそれがメイトギアなのだから。人間の生活の補助を目的として、日常生活の全般をケアしサポートするのが彼女達なのだから。

リヴィアターネに投棄されて数ヶ月。トイレ掃除を終えた後で、バックヤード内にあったメンテナンスルームに入りスチームによる洗浄・滅菌処理を行いながら、タリアP55SIは満たされたような表情をしていたのだった。

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