あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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命の営みの匂い

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『あたたかい……』

少女は、明瞭ではない意識の中でぼんやりとそんなことを思った。

鼻を突く焦げ臭さ。木や葉や草が強い熱で灰へと変わっていく臭いだ。

しかも、堅く締まった冬の空気の所為であまり感じられなくなっていた、木々や下草や腐葉土や生き物の排泄物や動物の死体やらが放つ、森独特の<命の営みの匂い>までもが混じっているのが分かる。

それが少女の意識を揺さぶり、覚醒へと導いた。

しかしそれは、自身が死に損なったことも表しているのが少女には分かってしまった。

あの、辛く、悲しく、痛く、苦しく、おぞましい世界に引き戻されてしまったことを察し、たまらない気持ちになる。

おそらく、<絶望>と呼ばれるもの……

だが同時に、久しく忘れていた『あたたかさ』も感じ取れたことで、いったい自分の身に何が起こっているのかを確認しようと、少女はまぶたを何とか持ち上げた。

と同時に、鼻腔を打つ、強烈な<芳香>。

「!?」

それまで感じ取っていたどの感覚よりも激しく体を突き動かすそれに、ガバッと体を起こして、今の今まで死に掛けていたことすら忘れて、本能が命じるままに<匂いの元>に手を伸ばして奪い取り、ぐあっと喰らいついた。

瞬間、口の中に広がる<命の匂い>。命が命を支えているという現実を何よりも強く魂にまで打ち付けてくるが、正直、この時の少女にとってはそれどころではなかっただろう。

ただただ、命ある者が根源的に備えている<生への渇望>に操られ、何も考えることもできずに少女はそれを貪った。

だが、ようやく一口目を呑み込み、それが胃の腑に落ちるのを感じた途端、どん!と腹の底から何かが蹴り上げてくるような衝撃。そして反射的に、

「げえっっ!!」

と、せっかく呑み込んだものを戻してしまった。

「げ、げえっっ! げへっ!」

生きようとする本能が求めていたはずなのに、同時に体の方がそれを拒んでしまった。呑み込んだものを地面へとぶちまけてしまったのだ。

胃液と共に。

『!? ……っ!?』

自分の身に何が起こったのか理解できずパニックに陥った少女の耳に届いてくる<声>。

「無茶するな……死ぬぞ……」

酷く冷淡で事務的で、<心>というものを感じさせないそれに、少女の耳がまた反応する。

それに遅れて口を拭いながらようやく顔を上げた少女の目が捉えたもの。

ゆらゆらと揺らめく光の中に浮き上がる姿。

『…人間……っ!?』

そこで少女はやっと自分の状況を認識することができた。動物の毛皮に覆われて焚き火の傍で寝ていて、そしてその焚き火で串に通した肉を焼き始めたところで目を覚まして、それを奪い取って貪ってしまったことに。

人間から食料を奪い取ってしまったことに。

『殺される……』

そして少女は、再び死を覚悟したのだった。

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