あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

文字の大きさ
2 / 126

死の境界

しおりを挟む
「……」

突然現れた狩人は、自身が仕留めた狼に更に矢を向け、完全に息の根が止まるのを待った。ここで油断して近付くと逆襲されることもあるのを知っているからだ。

しかし、完全に致命傷だったことで、ほんの数分で、雪の上に倒れ伏した狼は死んだ。

一つの命が消え失せた無慈悲な現実がそこにあった。

だが、狩人の警戒はまだ解かれない。自身が射た狼は確かに死んだが、まだ<獣>はいる。

実は狩人が先に見付けたのはそちらの<獣>の方だった。

とは言え、小さく、正直、毛並みも魅力的ではなかったことで敢えて様子を窺っていただけなのだ。もう動くこともできないらしいそれを狙って他の獣が現れるのを。

つまり狩人は、少女を<囮>に使ったというわけである。

「獣人……か?」

狩人は、それが鼠色の毛皮に包まれてはいるものの人の形もしている獣人であることにようやく気付いたらしかった。体を丸めて蹲っていたことで、よく分からない獣にしか見えなかったのである。

精々、おかしな色をした狸か何かだと。

すると、狩人の呟きが届いたのか、獣人の少女の耳が反応し、彼の方へと向けられた。

そして、最後の力を振り絞って体を起こし、彼を見た。

「獣人の、子供……」

日は傾き始め、雪に塗れているとはいえ、明らかに鼠色をした毛皮に包まれつつもそのシルエットは人間の子供のそれに近いものだった。

「……」

少女は、言葉もなく、力のない目で狩人を見詰めた。

どうしてそんなことをしたのか、少女自身も分からなかった。ただ無意識のうちに体を起こして、狩人にはっきりと姿を晒したのだ。

もしかしたらそのまま矢で射殺されていたかもしれないというのに。

実際、狩人は油断なく矢を少女に向けていたのである。いつでも射ることができるように。

逆に、少女はそれで楽になりたかったのかもしれない。

けれど、狩人は、矢を放たなかった。

油断はせずにゆっくりと弓を下ろし、代わりに纏った毛皮の中からギラリと鈍い光を放つ短刀を取り出して構え、慎重に少女へと近付いていった。

矢ではなく、その短刀で確実に首を掻き切ろうとでもいうかのように。

でも、狩人が辿り着く前に、少女の体からフッと力が抜けた。もう自分で自分を支えていることさえできなかったのだろう。

「……馬鹿か、俺は……」

意識を失ったらしい少女を見下ろしつつ短刀を毛皮の中にしまい、狩人はそんなことを呟いた。

顔まで毛皮に覆われていて目しか見えなかったが、唇を噛み締めているのが分かる気配を発していたのだった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...