あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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普通の人間なら

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ウルイは、身体的には非常に恵まれていたと思われる。

それまで道具のように苦役に就かされていたとはいえ、十二歳の時点ですでに、鍛えてもいない脆弱な大人くらいなら、拳の一撃で気持ちを萎えさせる程度には。

あれほど自分に対して高圧的で支配的だった父親がたった一撃で不様に腰を着く光景に、ウルイは<大人の実態>を見てしまった。

だからもう、人間に対して何も期待できなかった。自分ももうすぐこいつらの仲間入りをするのだと思うと、耐えられなかった。こんな奴らと同じになるくらいなら、<獣>になった方がマシだと思った。

そうして人間の世界を捨て、<獣>となるべく森に入った。

とは言え、人間は本当に獣になることはできない。知恵と道具を使ってようやく同等なのだから。

その現実を思い知らされながらも、それでも人間の世界よりはマシだと一人でこうして生きてきた。

そこに転がり込んできた、<獣人の少女>。

イティラと名乗るその少女が現れても、ウルイの暮らしはそれほど大きく変化しなかった。

ただただ、狩りをし、食う。

それだけだ。酒がないから酒も飲まず、遊興の類がないから遊ぶこともない。

起きて、狩りをして、食って、寝る。

ひたすらその繰り返し。自身の命が尽きるまでの、無限のローテーション。もしかすると刑務所での懲役の方がまだ人間味があるかもしれない。

そこにイティラが加わっても、変わらない。

イティラと共に起きて、イティラと共に狩りに出て、イティラと共に食って、イティラと共に寝る。

普通の人間なら気が狂いそうなほど味気ない毎日。

なのに、イティラは嬉しそうだった。

笑顔を向けてくれるわけでもない。

優しい言葉を掛けてくれるわけでもない。

どうしようもなく不器用で無愛想で武骨で、そして、どうしようもなく誠実なだけのウルイの後を、イティラは懸命について歩いた。

彼女自身、数ヶ月に亘って森で生き延びた経験があることからか、最初から苦も無くウルイの暮らし方に馴染んでみせた。

当然か。彼女もまったく同じようにして生きてきたのだから。

こうして毎日を淡々と過ごし、冬を乗り越え、一緒に春を迎えていた。

森に<命の匂い>が満ちる中、

「ウルイ、向こうに鹿がいる…!」

イティラがウルイに告げる。

彼女は、膂力こそ普通の人間の幼児並みしかなかったものの、とにかく耳と鼻が利いた。そして持久力もウルイの足手まといにはならない程度にはあった。

そのおかげで、危険な獣が住むこの森でも一人で生きてこられたのだろう。

狼はもちろん、鹿も、ただおとなしくて肉食獣に狩られるだけの存在ではない。臆病ではありつつも、いざとなれば一対一なら狼さえ退けることもあるほどに凶暴で勇猛な一面も併せ持つ。

非力なイティラなど、角の一突きで殺してしまえる程度には、危険な獣なのだった。

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