あなたのことは一度だってお父さんだと思ったことなんてない

京衛武百十

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イティラ

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イティラは、獣としてはあまりにも非力だった。

耳と鼻はよく利いて、そして持久力はあったものの、それだけだ。

狼どころか、鹿はもちろん、狸にさえ勝てないだろう。

狸は雑食性の獣であり、時には小動物を襲って食うこともある。牙と顎は、人間の指くらいなら容易く食いちぎる程度には鋭く強い。正面切って戦えば、イティラはきっと負ける。

彼女は、この森の中ではその程度の存在だった。

けれど、よく利く耳と鼻のおかげで、危険を事前に察知して、躱すことができた。狼や鹿は、木に登ってしまえば怖くはなかった。狸も、狼や鹿よりは木に登ることはできたが、それでも自在には動けない。

ただ、木の上にも危険はある。

その代表が、蛇だ。蛇にとっては木の上はむしろ鳥の巣を狙ったり鳥そのものを狙ったりと、それこそ得意とするフィールドである。

毒のない蛇ならイティラも捕えて食うことはあったものの、やはり毒を持つ蛇は危険すぎて近付けなかった。一応、家族と共に暮らしていた頃にある程度の知識は得ていたことが助けとなった。

そして今、非力ではあるものの、ウルイのそれを大きく上回る耳と鼻が、彼女の武器となっていた。

「この方向。ウルイの足で歩いて百歩くらい。大きい。たぶん雄だ」

木々の枝葉と下草の茂みに紛れて目では全く見えないが、音と匂いだけで、イティラはそれだけの情報をウルイにもたらす。彼女は、音と匂いを自身の頭の中で視覚情報と併せて総合的に処理し、ほとんど目で見るかのように映像化できているようだ。

「どっちに向かってる…?」

ウルイが問うと、イティラは再び耳を澄まし、鼻を動かし、

「餌を食べながら、こっちに近付いてる……」

と告げる。

「……分かった。なら、このまま待とう」

そう言ってウルイは、瞬間的に気配を断った。イティラもそれに倣う。

ウルイは鹿の毛皮を纏い、イティラは自前の毛皮で、二人して木々や下草と一体となり、獲物が十分に近付くのを待つ。

虫が二人の体の上を平然と通り過ぎていく。完璧な<待ち伏せアンブッシュ>だった。

けれどそこに近付くものの気配。

『毒蛇……!?』

イティラの体が竦む。

瞬間、ギラリと光が奔り、イティラの眼前で鎌首をもたげた毒蛇の頭がコロリと地面に落ちる。

ウルイだった。ウルイが短刀で毒蛇の首を薙いだのだ。

しかし、その気配を悟ったのか、鹿がびくりと体を竦ませ、走り去ってしまった。

「あ……!」

イティラはそれを察して、悲しげに顔を曇らせる。

「ごめんなさい……」

自分の所為でせっかくの獲物を逃してしまったと感じ、彼女は顔を伏せながら謝った。

「……別に…よくあることだ……」

ぶっきらぼうではありつつも、ウルイの言葉は決してイティラを責めていなかったのだった。

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